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『琥珀の陽 』
山際・新2967

 年末は何処もかしこも大忙し。
 先生も走るほど忙しい月で、様々な準備をしなければならない月でもある。
 それは、喫茶店「銀の月」でも同様で。
 一年に一度、夫婦のみでやる年末大掃除が始まっていた。

「あんまり無駄になるような物は置いてないから楽勝だと思ったんだけどなあ……」
 と、言いながら山際・新は妻の手が届かない部分――主に棚の上など高い場所を中心に掃除をしながら呟く。
 すると、唇の動きが読み取れない筈の位置に居た詠子がメモ帖へとペンを走らせ、
『掃除は大変なものと決まっています』と、書いて見せに来た。
 新の顔が「むぅ」としたものになる。
「いや、詠子……それは解ってるけどね。でもねえ……」
『でもも、かかしもありません。上の方が終れば後は拭き掃除だけだから頑張りましょう?』
 ね?と幼い子供に言い聞かせるような柔らかい微笑を浮かべられる。
 ぽりぽり。
 そんな音をさせ、新は頭を掻き、「はいはい」と頷くと再び作業を開始した。
 棚の中は綺麗に整頓されてはいるものの、やはり、日付切れがおきそうになっている商品もあったりして、そう言うものを手前へ、持っていく。
 すると。
 かなり奥の方に見慣れない紅茶缶が置いてあり新は「おや?」と首を捻った。
 鳳凰が舞い、舞った後の風を示すように菊や茉莉花の華が散った缶のデザインは優しいセピア色をしており、銘は無く、また製造者についての表示もない。
(……こう言うのって普通に仕入れたら表示ミスで返品が……って、違う、違う、そうじゃなくて)
 今は何処で買ったかを思い出さないと。
 どうにも、見覚えがあるような、ないような……不思議な感覚が、その紅茶缶にはあった。

 こう言う缶のデザインなら骨董品店か、何処か露店か……骨董品店にはあまり出かける機会もないし、露店だとするたら、数年前に出かけた骨董市かもしれない。
 その時に数点買った物に、この缶があったような……額に手を当て、新は当時の記憶を思い返す。

『この……はね、―――』

 不思議な声音。
 高くも無く低くもない声に、へえと思い手に取った紅茶缶。
 柄は他にも幾つもあったのに、何故かあの缶を取っていた。
 ああ、何て言ったんだっけ、あの店主は……

『この紅茶はね、願いを叶えてくれるのですよ』
『どうやって願いを叶えてくれるんです??』
『なあに、簡単ですよ。煎れるだけで良いんです、それだけでね。
ちなみに……と言っちゃあ何ですが、この紅茶から出てくるのはチャイナ服に身を包んだ少女の妖精でしてね』
 どうでしょう、如何ですか?
 店主は更に言葉を続ける。
 話のネタに買うも良し、嘘と思われ、此処で笑うのも良し……全てはお客様次第ですが。
『うーーーーーん……此処で笑って面白い話があったよって、奥さんに話すのも面白そうだし捨てがたいけど』
『けど?』
『やっぱ、此処は買わなくちゃ嘘でしょう。……幾らですか?』
『御代ですか? そうですね……では500円ほどで如何でしょう?』
『…安すぎませんか?』
『いえいえ、これでも吹っ掛けているんですよ』
 だってね、と店主はそれぞれの紅茶の缶を指し、
『第一、目で見るまで嘘か本当か解りはしないんですから。
それで500円。もし、紅茶が美味しかったとしても願いが叶わない、妖精が見れないじゃあ、腹が立つでしょう?』
『成る程……じゃあ、はい。500円』
『確かに』
 ちゃりん。
 金属の重なる音を響かせ、店主は微笑う。
『願い事はひとつだけ――お客さんなら何を願うんでしょうかね』
『俺は……何だろう。けど、多分』
 皆が聞いたら他愛ない事を願いそうな気がするな。

(……と言う事はこれは願いを叶えるお茶で……俺は随分長い間、此処に置きっぱなしにしてたってことで……)

 これは居ても立っても居られない事かも知れない。
 新は近くで拭き掃除をしている詠子を呼び、話し掛ける。

『何ですか?』
「良い物が見つかったから明日にでも新年会をしよう。晃君もべスも誘って皆で」
『場所は? この時期何処もやってる場所は無いでしょう? それに良い物って……』
「それは大丈夫、出かける先は広いし騒いでも心配ない場所だし。良い物はね、随分前に買っておいて放置してたんだけど……願いが叶うお茶♪」
『……そんな場所、本当にあるの? 願いが叶うお茶と言うのも何だか……』
 どっちも新の思い違いじゃないの? ――と、メモに書きたい気持ちがあるものの、此処はぐっと堪えて詠子は新の言葉の続きを待った。
 癖なのかゆっくりした口調で新が再び言葉を紡いだ。
「あるよ。ただ、ちょっと歩くけれどね。でも大丈夫、門はいつでも開いてるらしいし。お茶で願いが叶えられたら皆で竜宮城で暮らしたいなあ……」
 しみじみと、そんな事を呟く新に詠子は目には見えない汗をだらだら流した。
(竜宮城って、竜宮城って……と、止めた方が良いのよね、やはり)
 行くとなったら行く人だと解っているだけに止められず、出来る事と言えば一緒に行って何とかしようと頑張る事くらいで。
 ……せめて、場所が解ればその人達にも「ご迷惑をおかけします」と書いた手紙を渡す事も出来るのに……
『ねえ……行く時まで場所、言わないつもり?』
「うん。さーて、掃除が終ったら早速、ベスに連絡取らなきゃ!! ご飯の支度をしてくれてる晃君にも後で話をしないとだね」 
『……無事に新年会が済むといいのだけれど』
「やだなあ、そんな心配しなくても♪」
『……心配じゃなくて、不安なの』
 メモ一面に大きな文字で書きなぐり見せる。
 が、新の表情は変わらず、いいや、ますます穏やかになり、
「楽しい一日になると思うよ、きっと」
 と、言うのみで。
 詠子は、それ以上は何も言えずに、止めていた手を動かした。





 その後、掃除も無事に終わり、夕飯時の食卓。
 ぱちぱちと瞳を瞬かせる人物が、居た。
 先ほど、新が言っていた「晃君」こと、皆木・晃である。
 首を傾げ、何度も何度も言われた言葉を心の中で反芻してはいるものの、いまだ、現実感は無く。
 まるで、御伽の中の話のようだと、思える内容で。

「願いが叶うお茶……ですか?」
「うん。いいよねえ、願いが叶うお茶」
「それは絶対に絶対なんでしょうか?」
 確認するように聞く晃に、新は「うーーーん」と唸った。
 持っていたお茶碗と箸をテーブルの上に置き、
「俺は絶対だと思っているけれど」
 ……中々、皆には信じてもらえないところが哀しい。
「僕は……そう言うのがあるんだったら良いなあと思うのは自由だと思うんですけど……」
 でも、それで新年会はどうなんだろう。
 アルさんが聞いたら、驚くんじゃないかなあ……
 晃は、ぼんやり思考を巡らせる。
 新の事は無論大好きだし、良い人だと思うが、時々、面白いと言うか……素直すぎないかと思う節がある。
が。
「なら、良かった! 明日、皆で飲んでみる前にどう言う事が起こるかちゃんと見てみよう♪ 竜宮城は間近だなあ……」
 と、嬉しそうにご飯を食べる新に「竜宮城って何ですか……」等とは聞けずに詠子に戸惑いの視線を向けた。
 それを受けて詠子も困ったような微笑を浮かべると、メモに「それが新の願いなの」と書いた。
(竜宮城……)
 もし、行けたとしても、ずっと其処で暮らすのは無理なんじゃ……と言おうと思ったが、あえて晃はその事は言わず「良い夢ですね」と呟いた。
 願いと言うよりも美しい夢のように晃には思えたから。
 そうして、その夢の中に自分が居る事が何より嬉しかったから。




 リン……
 微かな、鈴音。

 その音色に一人の人物が「おや」と呟き―――、

「どう、しましたか?」
 呟く声に、もう一人の人物が問い掛ける。
 窓辺に掛けられた一つの風鈴が余韻を楽しむように、り、り、と鳴り続け。
「いや……明日はお客様があるようだよ」
「お客様が来るのは随分と久しぶりな事ですね」
「全く……とは言え、我々も此処最近は出ていないけれど」
「猫が、でしょう? 私は猫が出ていれば、此処で留守番しか出来ません」
「これは失礼」
 何はともあれ、楽しみな事だ。
 風鈴に触れると猫は、少女へと手渡した。
 手渡される風鈴の中に見える顔は、何処か懐かしくも見え。
「ああ……成る程。あの方が、来るのですね」
「ああ」
 少女の掌の中、緩やかに鈴の音が、止まった。




 翌日。
 新年、と言うと不思議なほどに快晴が多いが、今日この日も例に洩れる事無く気持ちの良いほどに晴れていて。
 新を先頭に、仲良く歩く姿があった。
 新、詠子、晃の傍らに眩い金髪を持つ女性が一人居るが……彼女が新が言っていたバイトの一人「ベス」こと、アルメリア・ルーデンだ。
 何故「ベス」と呼ばれたかといえば、話せば長くなるので掻い摘んで説明すると、愛称で呼んだ方が親しみがあると言う新の言葉の元、イギリスの女性だからと言う事で「エリザベス」……略して「ベス」と呼ばれるようになったのだが……取り敢えず、晃は「アルさん」と呼ぶし、「ベス」と呼ぶのは新と詠子の二人だけなので、アルメリア自身は二つの名前があるような、そんな気がしていた。
 それに何より、考えて呼んでもらえたと言うのも嬉しいもので……いつも一緒に持ち歩いているぬいぐるみ「フラン」と「アルベルト」を抱きしめる。
 暖かい陽射しと相まって、僅かなぬくもりがぬいぐるみに生まれていた。

「そりゃあね、何となくは紛い物じゃないかなあと思うけれど……」
「でも、まあ新さんが本物と思っていると言うし」
『お茶の真偽はともかく新年会は楽しそうですし』
「ええ、確かに新年会は良いわよね……お茶だってどう言うものか見れるのは実を言うと楽しみだし」

 三者三様、呟く言葉も気があっているのか、いないのか、話を聞いて思う事はあるものの、皆で仲良く向かう先は――、さて、何処なのやら?

「…いい加減、新年会の場所を何処でやるかくらい教えてくれてもいいと思うんですよね」
「そうよねえ……とは言え、人通りが少ないところと言うか……寂しい場所、寂しい場所へ行ってる気がしないでもないけれど」
 等と晃とアルメリアが話していたときに、突如として白い門が現れた。
 門が無くても良い場所に、ある奇妙さ。
「ああ、あった……随分久しぶりだから、間違えたかと思っちゃったけど。ほら、皆、行くよ〜♪」
 門の向こうに風景が見えそうで、見えない不思議さに驚くのも束の間、其処に新が躊躇もせず入っていく。

「「新さん!?」」

 詠子が新の背を追いかけ、同様に晃達も詠子の背を追うように中へと入る。
 すると、其処は。

 庭。
 誰の、と聞くのも可笑しいような庭園が目の前に広がっていて。
 確かに門をくぐる前は、こんな風景があるようには見えなかったのに。

「うんうん、全然変わってないなあ……と、言うわけで新年会の場所は此処……って、どうしたの皆」
「ど、どうしたって、新さん何も言わずに入って行くから僕達、驚いて……!!」
 晃が皆の気持ちを代弁するものの、当の本人は満面の笑顔で、「驚いてくれた? 良かった!!」等と言うものだから、ついつい、皆で一緒に聞き返してしまう。
「「「はい??」」」
 今、何と仰いました?
 そんな気持ちを込めての、問いかけ。
 だが、答えはと言えば。
「だって驚かせる為に今まで言わなかったんだし」
 そんなもので、一気に三人の力が、抜けた。
「「「………………」」」
 そうして、今まで見ていたかのような頃合で出て来る人物が一人。
「いらっしゃい。今日は一体、どんな用なのかな?」
 新年であろうとも何時であろうとも変わらない、黒尽くめの姿のまま。
 その、変わらない姿に新は微笑う。
「用が無きゃ、来ちゃいけませんか?」
「そんな事は言ってないよ。ただ、珍しいと思ってね」
「ええ、珍しい用事です。新年会を此処でやらせて頂こうと思いまして」
「で、何か良い物でも?」
「はい。願いが叶うお茶を持ってきました。宜しければ風鈴売りさんもご一緒に」
「ほう……じゃあ、ご一緒しようか。今日は日当たりも良いから四阿(あずまや)で飲むのも悪くは無いだろうし」
 話が二人の間で、どんどん進んでいくのを見て「自己紹介とかそう言うものはいらないんだろうか……」と言うツッコミがふと浮かんだが、誰も何も言わないままだった。
 否。
 ツッコミを入れる間が掴めなかったのかも知れない――、二人が話しながら、どんどん歩いていくので三人は、追いかけるしか出来なかったのだ。
「……ねえ、何だか奇妙なところに迷い込んだ気分じゃない?」
 アルメリアが、ぼそっと呟く。
 腕の中のぬいぐるみたちも、同意するかのように揺れた。
『奇妙と言うか……面白い場所ですよね』
 その言葉に詠子が言葉を書き、見せる。
 うーん、と唸り声を上げながらアルメリアは「紅茶の件もだけれど……取り敢えず流された方が楽しめるのかもね」とだけ言い。
「それもそうですね」と晃も頷いた。

 歩く度に、何処かから風鈴の音が聞こえ、冬に聞くその音色は僅かな寂しさを感じさせた。





 新と、もう一人の人物が歩いているのを後ろから追いかけていると、「――あら、一気に賑やかになりましたね?」と、語りかける声が聞こえた。
 そうして青年がそれにあわせ、答える。
「本当に。新年会だそうだよ、少女」
「まあ……楽しみですね…って、四阿でやるのですか?」
「いけないかな?」
「いえ、良い案だと思いますが。山際様、こちらで準備するものは何かございますか?」
 問われて新は、頷く。
 人当たりの良さそうな顔が一層、和やかな表情へと変わる瞬間だ。
「紅茶を持ってきたので、茶器一式と温かいお湯でしょうか……お菓子等は、持ってきたんで、ご心配なく」
「解りました、じゃあ、直ぐに持ってきますね」
 ぱたぱたと駆けていく少女を見送りながら、皆は四阿の中へと入った。
 花が飾られた棚や、テーブルに椅子……一時の休み処と言うより、部屋に近い印象を受ける場所だったが、それぞれが思い思いの席へと座った。
 晃が「そう言えば」と呟く。
「何かな?」
「自己紹介、と言うか名前をまだ言っていないんですが……先ほどの方が戻ってからの方がいいでしょうか?」
「そうだね、では、戻ってきたらと言う事で…が、あまり私たちは名前を言うのが好きではなくてね」
 青年の言葉にきょとんとした表情を浮かべるのはアルメリア。
「あら、でも名前を言わないと何と呼んで良いか解らないじゃない?」
「何とでも呼んで構わないようなものだよ。二人だけだとね」
「……そんなものかしら」
「そんなものだよ」
 自身の言った言葉に納得するように青年は頷くと、「では、少女がくるまで準備をして待っていようか……お茶菓子は何かな?」と逆に問い掛けた。
「ああ、ベスが今回ケーキを持って来てくれたんですよ。何でもお姉さんのお手製だとか」
『ベスさんのお姉さんはお菓子作りがとてもお上手なんですよ』
 新が言い、詠子がメモに書いていきながら、晃が持ってきたケーキの箱を開ける。
 ふわりとした甘い香りが漂い「これは本当に美味しそうだ」と青年も頷き、漸く茶器の入った籠とポットを持ってきた少女が入ってきた。
「美味しそうなケーキですね。紅茶を飲むのが楽しみです」
「本当に……風鈴売りさん、あとは俺がやりますから座ってて良いですよ」
「はい。有難うございます」
 少女から、茶器などを受け取るとテーブルの上に置いていき、新は持ってきた紅茶を取り出した。
 簡単な自己紹介をしながら、自然と、皆の目線が紅茶へと集まる。
 願いが叶う、と言われるお茶。
 紛い物なのか、本物なのか――温められた茶器の中、くるくると茶葉が回り、花開く。
 すると。
 ぽんっ!と言う音と共に小さな少女の精が現れた。
 背中に小さな羽があり、ぱたぱたと身じろぎをするかのように震えたかと思うと、くりくりとした瞳で辺りを見渡し、そうして。
「やったーーー!! 久しぶりの自由っ♪ 嬉しいっ!!」
 と言いながら、飛び立とうとしているではないか!
 願い事を言う間などなく、新と晃が捕まえようと追いかける。
 アルメリアはフランとアルベルトに靴を履かせ、「あの妖精を追いかけてね」とお願いすると能力を使い動かす。
 元気良く、ぬいぐるみたちも意思を持ち庭園を駆け抜けていく。
 そして、詠子はと言うと。
『あのですね、申し訳ないんですが見取り図、もしくは構図なんて聞けますか……?』
 と、猫と少女へと問いかけ。
「ええと…言えますし、見せれますけれど……あの、一体何が」
 少女の逆の問いかけに詠子はペンを勢い良く走らせ『新のお願いを何としても止めたいんです…!!』と書いた。
 竜宮城で暮らすのもそれは悪くはないのだけれど。
 多分、其処で過ごすのは穏やかな時間であるとは思うのだけれど。
(でも、竜宮城じゃなくたって何処でも幸せだから)
 ……出来るなら違う事をお願いして欲しくも在る。
 家に居るシロも可愛いし、大好きな子供。
 けれど、やはり血を分けた子供も欲しくて。
 一人でも良いから、早く、新の子供が欲しい。
 そんな事を考えていたからだろうか、猫も少女も、アルメリアも笑っている。
(あ……)
 頬に朱が走るのを感じながら詠子は庭園の構造を二人から聞いていた。
 新より早く見つけ、止めれるように。
 素早く、動けるように。




 鼻歌を歌い、妖精はどんどんと先へ進む。
 新と晃は別方向へと行く事にし、それは無論アルメリアが持ってきたぬいぐるみたちも同様である。
 皆が皆、本物だったと解れば願い事は叶えてもらいたい。
 それが喩え、叶え難いものであろうとも。



「ぜ、全然解んない……!!」
 何処行っちゃったんだろう……と晃は呟くように下を向くと。
「お兄ちゃん、こっちだよ〜♪」
 そんな声が真上で聞こえ、掴もうとするとするりとすり抜けられ。
 掴みたいのに逃げられ、思わず考えてしまう。

(なんで、僕追いかけてるんだろう……?)

 願い事は?と言われても実際、良く解らない。
 何を願うのか――なんて、考えるより先に、もう叶ってしまっているから。
 場所があることへの喜び。
"此処"に居られる事の嬉しさ。
 存在を認められると言う事を、どれだけ感謝したか知れない。

(今があるのが本当に何よりで嬉しくて、だから)

 本当なら追いかける理由がない。
 無いのだけれど――強いて言うのであれば、そう。
 お世話になってる人たちの誰かが願い事を言えればいいと、思うからかもしれない。
 自分の大事な人たちが笑ってくれていると言う事が幸せだから。

 だから晃は妖精を追いかける。
 上を向いてばかりで、途中、転びそうになりながらも懸命に。




 晃も新も追いかけていた、その時、漸く詠子も合流し、追いかけ始めていた。
 が、皆が向かう先とは逆方向、なのだが。
 取り敢えず裏道を使い、要所要所から出れば早いのではと言うのが猫と少女の一致した意見で詠子も頷いたのだが……流石に羽を持っているだけあって、早い早い。
 見れた!と思っても次には何処に居るか解らず、庭の中で新や晃たちの声が響いている。

(ああ、見つけるなら、いっそ晃くんが見つけてくれたら……!!)

 お願いだから、新の願い事が変わってくれたら良いのだけれど。

 詠子は再び、裏道へと入るべく目印の花壇を探した。
 華奢な人が漸く入れる場所から場所へと入りながら。

 まだまだ妖精は元気に飛び回っている。

「ところで」
 場所は四阿に戻り、こちらにはアルメリアと少女と猫が、のんびりお茶を飲んでいる。
「はい?」
「アルメリア様はご一緒に追いかけないんですか?」
「はい。だって……フランたちが追いかけてくれてるし。それに……」
 にこりと花が綻ぶ様に微笑う。
「?」
「私まで居なくなったら誰も貴方たちと話す人が居なくなるでしょう?」
「成る程。ところで君は願うとすれば何を願ったのかな?」
「私の願いは……フランたちが命を持つ事……かな。今は私の力で生きてるように動かせるけど、歩かせる事も探させる事も出来るけど…それはやはり」
 どうあっても私の目だし、私の力で、私から飛び立つ事はないから。
 だから命が宿ってくれたら、と思う。
 ぬいぐるみだけれど、ありえないと知っているけれど。
 それでも願いは、願い。
 誰も笑う事は出来ないし、また笑われる言われも無い、一つの。
「それは……素敵な願いだね。さて……誰が捕まえるのか」
「ふふ、本当に。誰が捕まえるのかしら……あら?」
 アルメリアが首を傾げ考え込む。
 確か目の前に自分用に取っておいたケーキがあった筈なのだが……
「どうか、なさいましたか?」
「いえ……此処においてあったケーキが無くなってて…私、さっき食べてたかしら?」
「さあ…食べて無かったとは思いますが」
「そうよね……え? え?」
 どう言う事でしょう、と呟く二人を見、猫は瞳を細めた。
「中々、すばしっこいようだね……お見事」




 ノースポールの花が、揺れる。
 がさがさと音を立て誰も来ないか辺りを見渡す影がやがて、一つの形を取り……更に、花が揺れた。
 とある物体が花の上に座ったからだが……その影はと言うと。
「あ、美味し〜♪」
 此処暫く出て来れなかったけど、人間の世界は美味しいものがたくさんあるなあ……
 ぱくぱく食べながら妖精はにっこり微笑む。
 さっきから色々な人が追いかけて来ているけれど……
「もう少し、遊びたい……」
 だって本当に久しぶりなんだもの!
 と、妖精は叫ぼうとした。
 が、いきなり暗くなった事もあり雨でも降り出すのかと上を向いた瞬間。
「見ーつけた♪」
「いやーーーーーー!!!!!」
「…って、失礼だなあ。どうして、そんな大声で叫ぶの」
 新は耳を押さえながら妖精に話し掛けた。
 だが見つかってしまった妖精にすると大慌てなのだろう、ぶるぶると首を振り、
「だってだって……何か、変なんだもんっ!!」
 うー……とケーキにしがみついてしまっている。
「変って……あのね、俺たち、まだ出逢って会話らしい会話もせず、君は逃げちゃったのに何で変ってわかるの?」
 可笑しくないかなあ?
「う……でもでも、あんなに沢山のお願いは無理だもんっ」
「人が沢山居たのは分かるんだ……大丈夫、皆でじゃんけんかアミダで決めるから」
「いやーー!! まだまだ遊ぶの!」
 ぴたり、と。
 新の動きが止まり、きょとんとした顔になった。
「……実はそれが本音?」
「うん……」
 じゃあ、と新は掌の上へと妖精を乗せる。
「また後で皆と一緒に遊べばいいよ」
「いいの?」
「良いんじゃないかな……今日は新年会だし、お菓子も気に入ったならもっとあげるから」
 そのまま歩き出すと新は駆けて来る詠子へ「見つけたよ」と手を振る。
 やってくる人へ、小さな妖精を見せるため、こっちだと教えるように。




「で……見つかって、どう言う訳か、僕の頭の上が気に入ったらしくて」
 こうなってるんですよね……
 晃は黄昏るように遠い目をしてアルメリアを見た。
 アルメリアの手元、戻ってきたアルベルトとフランが揺れ、アルメリアも肩を震わせている。
 可笑しくてしょうがないのだが、笑っていいものか迷い笑えないでいるのだ。
「可笑しいなら笑っても良いんですよ、アルさん……」
「ご…ごめんね、晃ちゃん……あは…あははっ……!!」
「いやあ、晃君の頭が気に入ってくれて本当に良かったよ。俺の掌じゃ落ち着かないらしくて」
『私の肩の上は気に入ってくれたようなんですが、新が妖精さんの頬を突付いたりするから……』
「親愛の情なんだけどなあ……」
 ぼそり。
 呟く新に皆が暖かい視線を向けながらも、猫が「で、願い事はどうするんだい?」と聞いた。
「ああ……何だか探してる内に竜宮城はどうでも良くなったんで…どうする、皆?」
「僕は、皆が病気をせず、一年を楽しく幸せに過ごせるなら、願わなくても」
「私も……晃ちゃんと同じかな……何だか、この子見てたら自分だけのお願いを言うのも違う気がしてきたし……」
「詠子は? 何かあるのなら……」
 改めて聞かれ、詠子は「ううん」と唇を動かした。
 そうして、メモへとペンを走らせ、
『じゃあ、いっそ晃君の言っていたお願いはどう? 今年一年、皆で元気に幸せ、一番じゃない』
 皆へと見せるとにっこり、微笑んだ。
「良いね。じゃあ……願うとしようか。猫さんも風鈴売りさんにも、証人になって貰って」
「私たちでいいのなら、喜んで」
「はい」
 猫と少女も微笑う。
 妖精は、新から出た「皆で幸せになれますように♪」との言葉を聞くと「了解♪」と頷き、そうして。
「今回、沢山遊んで貰えたから……お詫びに、これあげる」
 と、人数分の何かを、出した。
「お願いは聞けないけど、お手伝いくらいはできるよ」
 だから、また遊んでね?
 どうやら、懐かれてしまったらしい。
 消えてしまった妖精を見送る事も出来ず、皆は視線を合わせると、差し出されたものを見た。

 それは琥珀色をした音匣で。
 まるで、今飲んでいる紅茶の色のように鮮やかだった。






 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【2967 / 山際・新(やまぎわ・あらた) / 男性 / 25 / 喫茶店のマスター】
【2950 / 皆木・晃(みなぎ・あき) / 男性 / 17 / 高校生、パン喫茶「銀の月」アルバイト店員】
【2968 / 山際・詠子(やまぎわ・うたこ) / 女性 / 23 / 喫茶店マスターの妻】
【3025 / アルメリア・ルーデン / 女性 / 21 / 服飾関係&「銀の月」ウェイトレス】

NPC:風鈴売りの少女&猫&紅茶の精(茉莉花)

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、初めまして。
ライターの秋月奏です。
今回はこちらのノベルをご発注、本当に有難うございました!!

>新さん

こう言う形では初めましてですね(^^)
以前はリンクシナリオで猫や少女がお世話になりました。
とても楽しいプレイングで猫や少女を呼んで頂き本当に有難うございます!!
新さんの何処か不思議なテンポが大好きです♪
少しでも楽しんでいただけたら幸いですv

>詠子さん

初めまして(^^)
新さんとご夫婦と言う事で……そう言う雰囲気が出せたら良いなあと
思ったのですが…おふたりの会話が書いていて凄く楽しくて。
何処と無く、しっくりくるお二人で良い夫婦さんだなあとも♪
口調等も、間違えてなければいいのですが……!!

>晃さん

初めまして(^^)
あまりに美人さんでしたので緊張したのは抜群に秘密です……
が、要所要所で和みの場所を提供していただける晃さんは
とてもいい方だなあ…と言うか、上手く言えないのですが
独特の雰囲気があると言うか……今回は本当に有難うございました♪

>アルメリアさん

初めまして(^^)
ぬいぐるみさんたちを連れて…というプレイングに可愛いなあと。
何処かほのぼのした気持ちになってしまい、アルメリアさんには
猫達と一緒にお茶など飲んでもらったり…お相手本当に感謝です♪

本当に皆様ご参加有難うございましたv
ちなみに紅茶の精の名前は「まつりか」と言うようです。
ジャスミンの別名でもありますが……それと、今回アイテムの付与があります。
最後に茉莉花が言ったものでもありますが、詳細はアイテムをご覧頂けましたら♪

思いの他、長くなってしまいましたが此処までのお付き合いに感謝を。
また、何処かにてお会いできる事を祈りつつ……
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月14日

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