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『□■□■ 忌み名の枷 ■□■□ 』
レイン・シルフィード0620


 名。字名。渾名、綽名、仇名。本名、偽名、真名。名と言う言葉、概念一つとっても様々な意味がある――ぼんやりとそんなどうでも良いことを考えながら、レイン・シルフィードは自分の拳銃に弾を込める。愛用の二丁、赤と黒の名を持つ『ルージュ&ノワール』――赤、と、黒。思えば随分と混沌を象徴するような名前だ、夜の闇と血の赤。酸化した血液は変色して、やがて黒。闇に飲まれて無。
 姿を隠していた物陰から、近くにあった瓦礫の欠片を三つ空中に放り投げる。センサーが反応したのかシンクタンクの砲撃があった。それほど大型でもなく、数も少ない。精々四機、全機が砲撃しているのだとしたら。それを瞬時に判断しながら、彼女は身を隠していたコンクリートの塊の影から飛び出す。夜の闇の中、確認できるサーチライトは三つ。ぐるりと旋回した砲台が彼女の方を向くより前に、レインはその銃を撃ち放つ。

 舞い込んで来た仕事に対して多少の不信感はあったものの、よくある種類の内容だと高を括っていた。その油断から依頼人の素性を調べることに多少手を抜いていたかもしれない、今にして思えばそうだった。便利屋とは、つまり、何でも引き受ける。仕事を選んでいては生活も厳しい、だから選り好みはしない。他社に奪われた重要データの奪還も行方不明の犬探しも、彼女にとっては同列だった。走り込んで来た男に向かって引き金を引く、急所は的確に。

 字名は付いて回る、それは呪いに少し似ているかもしれない。三つ子の魂百までとか言う言葉を聞いたことがあるが、それはつまり、昔のことは何時までも残ると言うことらしい。禍根になると言う意味ではないのだろうが、自分に限っては、そうだ――腕が突っ張らないように肘関節の力を抜きながら、拳銃のトリガーを交互に引く。三人。さて、あと何人か。
 『破壊神』。その名で呼ばれ始めてからの年月は、年齢と比較すればそれほど長くは無い。レイン・シルフィードの名で生きている年月の方が遥かに長いが、日常で彼女を取り巻く事態は、殆ど『破壊神』を相手にすると想定されているものばかりだ。一介の便利屋ではなく、『破壊神』に対する依頼。まったく本当に面倒な。ヂッと音がして、弾丸が髪を掠める。転がって、彼女は物陰に入る。

「ああ、いい加減、苛々して来たぞ……」

 呟いた言葉も銃撃音に掻き消される。
 大体にして、喧嘩を吹っ掛けて来るのならすれば良い。仕事の依頼として場所を指定し、それで待ち受けていたのが銃撃戦。つまりは、『破壊神』の名を持つ彼女を殲滅するのが、当初からの相手方のたくらみだったのだろう。戦闘はまだ良いが、騙し討ちは少々頂けない。裏稼業は信用が第一だと言うのに、そんな事も分かって居ないのか。
 簡単な仕事だと思っていただけに、この現状のギャップには苛々する。むしろ、いい加減に飽きてきた。早く終わって部屋に戻ってしたいこともあるのだし、やらなくてはならないこともあって。大体殆ど護身用の意味合いで持って来た銃だって、突然こんなに使ったら磨耗が激しくなる。寿命が早まったらどうしてくれるんだ――沸々と込み上げてくる感覚に、レインは乱暴に弾を詰め替える。そろそろ残弾も心許ないのだから、一気に片付けなくては。

 バラバラバラバラ、と音がして顔を上げれば、ヘリコプターの影が見えた。垂らされる梯子からまた増員が降って来る。いい加減にしろ、遊んでいる暇は無いのだからこんな所に中隊レベルの人数を投入するな。もっと有意義な使い方をしろ、そういう人数は。

 少しは減ってきていた人の気配と、銃撃の音がまた多くなる。
 彼女は大きな溜息を吐いた。
 眼を閉じる。
 慎重に意識を集中させる。

 走りこんでくる気配。自分を探しているのだろう。がちゃり、サブマシンガンを構える音がする。爆音。人が隠れられそうな物陰を、シンクタンクで片っ端から破壊しているのだろう。ここもそう長くは持つまい、と思ったところで、近付いてくる足音。向けられる銃口。億劫な気分の中で眼を開ければ、向けられているのはバズーカ砲の口だった。

「レイン・シルフィード」
「人違いだ」
「赤と黒の二丁拳銃で言えることか?」
「言えることだね」
「動くな。こちらB−2座標、目標を補そ」
「今の僕は破壊神なんだろうが、雑魚共」

 ああ、まったく。
 集中させていた意識を弾くイメージ、周囲の空気を感知するイメージ。そこに満ちている全ての原子を、分子を、イメージする。水素分子が少し足りない、近くが水場だったら良かったものを――まあ、贅沢は言っていられないか。
 目の前の男がバズーカのトリガーを引くその一瞬前に、彼女は眼を見開く。

 爆発が、起こった。

「な、なんだ!?」
「何、うわあッ」

 水素分子をナノ単位で振動させることにより、周囲の他原子との摩擦で発火点に追い込み、爆発を起こす。水素は燃えやすく爆発も起こりやすいし、比較的空気の中でも割合は高い。男の目の前で起こした爆発とその眼を焼く、続けざまに、小さな爆発を繰り返す。居場所がばれないようにの配慮だったが、先程の通信の所為か発信機でも持っていたのか、チッと彼女は舌打ちをし、また物陰に身を隠す。
 稼ぐ時間は数十秒で構わない、イメージをすれば良い。振動、摩擦、爆発、連鎖、そして何よりも破壊。

「ッぐあ」
「ひ」
「う、わぁあッ」

 爆音の向こうに、悲鳴が、響いた。



「……これ以上戦うというのなら、重力操作で一気にカタを付ける! いい加減僕も飽きたんだ!」

 爆音の繰り返しがやんだ所で、彼女は声を張り上げた。周囲に集まっていた連中は粗方無事ではいないだろう。たまに呻き声が響く、だが、誰も彼女の声には答えない。
 物陰から身体を出せば、そこには人の破片が瓦礫のように落ちていた。
 爆散、爆惨。ある程度の規模を持てば、もう制御は利かない。だからこその、『破壊神』の字名。

「……これは。もしかして皆殺しと言う奴かな、失敗失敗。こんな連中に向けて声なんか張り上げたって何の意味も無いじゃないか、いやー、恥ずかしいな……」

 けり、と転がっている頭を靴の先で蹴飛ばし、彼女は溜息を吐く。
 そして、そのまま。
 何事も無かったかのように、踵を返す。

 破壊を繰り返す『破壊神』の字名、そこから来る呪いのような禍への引力。引き離せないのなら向かい討てば良い。その名と共に生きるのが嫌なわけでは、無いのだから。

「……『レイン・シルフィード』の方が、生き易くはあるのだけれどね……」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年02月10日

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