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『白雪の宵 』
海原・みなも1252


 その日は、数年ぶりの大雪だった。
 積もっているとはいえ、朝には降り止んでいたおかげで学校は平常通り開かれたのだけれど、それが良かったかどうかはわからない。
 下校時間を見計らったかのように、吹雪になったのだから。
「そ、遭難するかも……!」
 横風になぶられる青い髪を、手袋を嵌めた手で押さえながら、海原みなもは呟いた。
 大粒の雪のおかげで視界が悪い。見慣れた通学路も、どこもかしこも真っ白ときては、知らない道のようだった。その上、そろそろ日暮れが近い。
 立ち止まって、みなもは道が合っているかどうかあたりを見回して確認する。そうしている間にも、学校指定の白いコートに、吹雪く雪がうっすらと積もっていった。
「これは……早く帰らなきゃ、迷う前に雪だるまですね」
 自分を元気付けるようにちょっと笑って、みなもは足を早める。こう風が強くては差しても意味がないので、鞄に入れて来た折り畳み傘を使うことは、とっくの昔に放棄していた。
 ここを曲がれば、家はもうすぐ。
 そう思って角の向こうに一歩、足を踏み入れた瞬間だった。
 違和感を覚えて、みなもは目を瞬いた。
 雪は音を吸収する。そのおかげで帰り道はずっとしんとしていた。けれど。
 柔らかい新雪を踏む、自分の足音さえも聞こえないのはおかしい。
 足を止めると、あんなに吹き荒んでいた風の音さえもしなかった。突然、自分の周りだけすっぽりと、透明な屋根でも被せられたような感じだ。
「え……?」
 呟いた自分の声もどこか遠くて、寒さのあまり耳の中までかじかんだかと、みなもは思わず掌を耳にやった。
 そんなみなもの仕草を、誰かが見ている。後ろからだ。気配を感じて、振り向いた。
 目の前は真っ白。そこに気配の主を見つけるために、みなもはぐっと視線を下げねばならなかった。
 雪の上に立っているのは、舶来品だと一目でわかる、青い目のお人形。リボンとフリルのついた、白いドレス。茶色い巻き毛に、丸い頬を、みなもはよく知っている。
「あっ」
 あなたは、と、言い切る前に唇が動かなくなった。
 みなもの膝ほどまでの身長しかないお人形は、小さな子供がそうするような格好で、みなもの顔を見上げていた。
 不思議な体験をした雨の日の夜に、みなもの腕の中に残っていたお人形。その顔がなんだか寂しそうに見えて、みなもはそれを家に持ち帰った。自室に飾ってあったのに、それがなぜ、今ここに?
(嫌な予感です……!)
 そして、その予感は外れなかった。
 突然、強い風がみなもの周囲を吹きぬける。
 すると白いコートが、その下の制服が、まるで細かな粉雪にでもなったかのように舞い散った。
 突然冷たい空気に晒された肌が、縮み上がって鳥肌を立てたのだから、ただの幻覚ではありえない。
 逸し纏わぬ姿になってしまったことに気付いて、みなもが慌てて腕で体を覆おうとするのと、どっさりと白い雪が頭上から落ちてくるのとが、同時だった。
 心臓が止まるほどの冷たさを予測して、みなもは固く目を閉じる。しかし、体を包み込んだのはふんわりと温かい感触――そろそろと目を開けると、みなもは純白の衣装を身に付けていた。
 パフスリーブに、カフスのついた袖口。ふわりと裾の広がったスカート。ピンとフリルの立ち上がったヘッドドレスと、やはりフリルのふんだんについたエプロン。フリルの縁は全て、雪の結晶の形を模したような編みレースに飾られている。
 その全てが、雪の色そのままの色。
 ちょっと変わっている感じがするが、メイドさんの着る服だと、みなもは思った。
 周囲はもう雪景色ではなくなっている。
 足元に広がったのは、色褪せた赤い絨毯。はっとして顔を上げると、小花模様の散ったカバーのかかったベッドが目に入る。すぐ近くにはテーブルがあって、その上にはスズランのような形のランプが乗っている。ランプの明かりに照らされるのは、こまごまとしたおままごと道具たち。
(ああ、ここは、あの時の)
 みなもは、いつか不思議な体験をした夜に入った部屋の中に居た。
 そして、テーブルの前に置かれた、ビロード張りの椅子の上。あの夜と同じ場所に、同じように、お人形は座って、微笑んでいた。
 何かに操られるように、みなもはお人形に手を伸ばす。
「さあ、お嬢様。今日は御髪をどのような形になさいますか?」
 するりと、みなもの意志ではなく、口から言葉が出た。
 まるで、見えない糸に引っ張られているよう。手は、人形を抱き上げ、テーブルの上のおままごと道具の中から、お人形用の小さなブラシを取り上げた。
 意識ははっきりしているのに、体がちっとも言うことをきかない。そのことに内心とても驚いているのに、みなもはもう、自分の感情で目を見開くことさえ出来なかった。
「お下げに編んで差し上げましょうか。ご本を読む時に邪魔にならないように」
 お人形に向かって語りかけながら、茶色い髪を梳り、三つ編みを二本作る。まるで、毎日それをしているかのような慣れた手つきに、みなもは戸惑った。
「お茶をお入れしましょうね。今日は寒いので、お風邪を召さないようにローズヒップのお茶を」
 髪を結い終えると、うやうやしく人形を椅子に座らせ、お茶の机を用意を始める。
(これは……あの、劇のまま。“メイド”は、“人形”さんをご主人様として扱って……)
 夏休み、みなもの所属している演劇部は、人形を死んだ娘と思い込んだ金持ちの男の物語を、コンクールで発表した。みなもは、人形を生きた人形のように世話をしなければならない、屋敷のメイドの役だった。
 そう、あの劇の練習をしていた折に、あまりにも不思議な出来事が起こったものだから、台本を用意した部長に訊いてみたのだ。この劇は、何か実話を元にしたものなのでしょうか、と。
(そうでした。そうしたら……)
 みなもを動かす何かは、くるくると、みなもを操る糸を繰りつづけた。時間が来れば食事を運び、カーテンを開け、ご本をご所望ですかと語りかけては、その通りに本を運ぶ。
 人形は、静かに微笑んで、されるままになっている。
「もうお休みの時間ですよ。ベッドに入りましょうね」
 ひとしきり甲斐甲斐しく世話を焼いた後、メイドは椅子に座り、お人形を膝に乗せた。
 最初とは逆に、みなもの指はするすると、お下げに編んだ髪を解いてゆく。 
「旦那様のために、お嬢様の代わりをしなければならないなんて、可哀相なお人形さん」
 元通り、茶色い巻き毛を整えてやりながら、メイドはぽつりと口を開く。
「本当は、あなたにだって別の名前があった筈でしょうに」
 初めて、人形を人形として扱う言葉だった。抱き上げ、顔を見ると、人形の微笑みは寂しげに翳っているようで。
(そう……あのお話には、元になった実話があって)
 部長から聞き出した話を、みなもは思い出している。
 人形の世話のためにメイドを雇った男は、死の直前になって正気に戻った。病床で、人形を目の前にして、これは娘ではない、娘はどこだ、と、言ったのだと。
 男が死んで、捨てられかけた人形を、メイドが引き取った。台本を書いた作家は、そのメイドの子孫から話を聞いた――とか。
 劇は、男が死ぬところで幕が引かれる。けれど、実際の話では、その後に人形とメイドが残されるのだ。
 そして、男が死んだのは雪の日。
 みなもは、みなもの意志で、人形を抱きしめた。
「あなたは……昔のご主人様を、憎んではいないのですね」
 唇から零れ落ちるのは、みなも自身の言葉。
 死んだ娘の身代わりとしてだけ扱われても、それでも、人形は主人のことが愛しかったのだと。
 きっと、雪の日には遠い昔が恋しくなってしまうのだと。
 そう思うと、いじらしくて、可哀相だった。



 気がつくと、みなもは人形を抱いて、道端に立っていた。
 辺りは相変わらず真っ白いが、雪はもう止んでいる。
「一緒に帰りましょうか、お人形さん」
 頬を伝う温かい涙をぬぐって、みなもは足元で雪に埋もれていた学生鞄を片手に拾い上げた。
 腕の中の人形は、もうさっきまでのような微笑を浮かべてはいない。けれど、どこか満足げな顔をしているように見えた。


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PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月09日

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