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『古本屋の福袋 』
城ヶ崎・由代2839


 大きな玄関でピカピカに磨かれた靴を履き、元旦の賑やかさに包まれた街へと繰り出そうとする男がいた。彼の名は城ヶ崎 由代。彼の趣味は古書店巡りで、外出の目的も古書店巡りである。わざわざお正月にまで古書店を散策する必要もないだろうと誰もが思うかもしれない。しかし今日は特別だ。実はある古本屋で福袋を販売しているという。最近ではあまり聞かない変わった趣向の企画で、すぐに城ヶ崎の興味を引いた。もしかしたら面白そうな本も混じっているかもしれないと期待に胸を膨らませ、年が明けるのを楽しみに指折り待った。そしてようやく今日という日を迎えたのである。彼が玄関の扉を開くと澄んだ空がまぶしい光と冷たい風を一緒に運んできた。普段なら外出するのがおっくうになるくらい寒いのだが、扉の向こうは普段よりも人が歩いている。晴れ着姿の女性は破魔矢を持って嬉しそうに仲間たちと談笑していた。厚い扉一枚開けると別世界……そう感じた城ヶ崎は大きな扉の背を何度かやさしく叩いた。そんな仕草をする彼に、ある男が声をかける。相手は屋敷の大きな門の影からすっと現れた。先ほどの女性と同じ理由からなのか、彼もまた和服を着ていた。

 「由代君、ご出発かね?」
 「瀬崎くんじゃないか。あけましておめでとう。君もあそこに行くのかな?」
 「あまりに珍しいんでね、つい興味を引かれた。僕も一緒に連れていってくれたまえよ。」
 「ああ、いいよ。じゃあ行こうか。」

 門の前にいたのは城ヶ崎の友人で考古学者の瀬崎 耀司である。彼も福袋の話を耳にしたひとりだ。思わぬところで同行者を得た城ヶ崎は横に並んで歩調を合わせながら嬉しそうに話す。

 「その様子だと、ちゃんとしたお目当てがあるようだね。」
 「君だって面白そうな蔵書を見つけに行くのだろう。一緒じゃないか。僕はペルー遺跡に関する書物と、最近関心のあるネクロノミコンとかいう蔵書が欲しいんだよ。なんでもそれには死人を蘇らせる術が記されているらしいじゃないか。本当にそんなものが書かれているのならぞくぞくするね。」
 「どうだろうね……遺跡の本はともかくとして、ネクロノミコンほどのものまで福袋の中に入っているものかな?」

 瀬崎の話を聞いて城ヶ崎もさすがに首を小さくひねった。しかし、彼の仕草は友人のお目当てが絶対にないと断定したものではない。実は城ヶ崎は何の変哲もない店で驚くべき発見を何度かしたことがあるのだ。しかも信じられないほどの安い値段が掲げられており、彼は何度も中身を確かめたほどである。そんな発見が現実で起こっている以上、ネクロノミコン級の書物が出てきても何の不思議もない。城ヶ崎は考えれば考えるほど、頭の中に期待と不安がほどよく入り混じるのだった。

 「ところで由代君は何をご所望かね?」
 「ああ、僕は魔術に関するものなら何でもいいが、特に『仕事人ノ為ノ最新西洋妖術』というのが欲しいんだ。自分の持ってる書物にそういう名の続刊があることが書かれていてね。前から気になっていたんだ。」
 「仕事人か。いったい何をもって仕事人と定義しているのかが気になるねぇ。」

 素直に疑問を口にする瀬崎。「おかしな蔵書を読んでは使えない魔術を試しているのではあるまいな」と微笑む。すると城ヶ崎は「これは手厳しい」と言って笑った。ふたりの足取りは軽く、普段よりも人通りの多い道も苦にならない。彼らはこんな調子で目的地へと向かった。


 一時間ほどかけて店にやってきたふたりはまず驚いた。自分たちの想像以上に、古書の福袋は人気があったからだ。店の軒先には大きな袋が並んでおり、どうやらこれが目的の福袋らしい。袋はビニール加工したものを使っており、突然の悪天候に見舞われても大丈夫なように配慮されていた。また中身の重量もかなりなものらしく、底が抜けないように頑丈なものになっている。まずは額に手をやって遠くを見る仕草をして辺りの様子を確認する瀬崎。

 「餅は餅屋といったところかね。あの袋はさまざまな配慮がされているよ。中身も多少は配慮してくれているといいのだがね。」
 「福袋だよ、瀬崎くん。福があればいいものに巡り合えるとこういうわけさ。それではさっそく一袋購入しようか……」

 彼らが店に近づくと、別の一団が同じタイミングで福袋に向かって歩いてきた。麗しき女性がふたりに紳士姿の男性がひとり。城ヶ崎はその男から発せられる不思議な力を察すると、その3人に陽気な笑顔を向けて声をかけた。

 「おや、あなた方も我々と同じ目的でやってこられたのですかな?」
 「というと、この福袋目当てということかしら。ええそうよ。古書の福袋なんて珍しいもいいとこだし。実は隣にいる綾和泉 汐耶さんの紹介でここに来たの。私はシュライン・エマよ、よろしくね。」
 「私、セレスティ・カーニンガムも彼女の話を伝え聞きまして、いくつかの奇書を得ようと同行した次第です。」
 「ふふ、似たもの同士だねぇ。由代くん、これだけの人数がいたら福袋の中身を交換することができると思わないか。もしかしたら自分の欲するものを他人が持っているかもしれないしね。」
 「それは名案だ、瀬崎くん。綾和泉さん、近くに私の行き付けの和風喫茶があるのですが……そちらで本の交換会などをしてみませんか?」
 「全員に等しく好みの本が行き渡るかどうかはわかりませんけど、それでいいんじゃないでしょうか。こんな重そうな福袋はひとりで3つも持てそうにありませんし。これだけいれば誰かが福袋の中に入っている本についての知識を持っているでしょうしね。」

 福袋の中身を見せ合うことで一致した彼らは、思い思いの袋をひとつずつ取って店内のレジへと向かう。男たちは運試しとばかりにさっさと袋を決めたが、汐耶とシュラインは両手と全神経を使って袋の重さを感じながらどれを買うか悩んでいた。大いに悩んでしかめっ面をしていると、目の前で同じようなことをしている身なりのきれいな男性がいるではないか。彼もシュラインと同じように華奢な両手を忙しく動かしている。しかも袋の底を持ってはそれを左右に揺らすほどの徹底振り。どうやら彼の場合は「重ければいっぱい本が入っている」とでも考えているらしい。そんな彼とシュラインは不意に目が合った。

 「重ければいいってもんじゃないと思うけど……まぁ、お互いにね。」
 「でも後で交換会するんですよね。さっきそこで聞きました。お願いです、私も混ぜて下さい。私、シオン・レ・ハイって言います。立派なタイトルが入った本はいらないんで、連れていくときっと便利ですよ〜?」
 「自分でアピールするあたり、さては必死ね。わかったわ、あちらさんには私から言っておくから。ところでお隣の奥様はどうなの?」
 「………はい、もしかして私ですかぁ?」

 シオンのすぐ隣にいた金髪の美しい女性にもついでとばかりに声をかけるシュライン。彼女はさっきから袋の前でぼーっと立っていた。シュラインは彼の友人か何かと思い気を回したのだが、シオンが遠慮がちに声をかけるところを見るとどうやらそうではないらしい。しかし彼女はおもむろに目の前の袋を手に取ってにこやかに笑って頷いた。彼女の身体が小さいせいか、袋がやけに大きく映る。

 「決まりね。失礼ですけど、あなたのお名前は?」
 「アレシア・カーツウェルです。よろしくお願いします。」
 「あら、シュラインさん。いつのまにか大所帯になっちゃったわね〜。お店の方は大丈夫なのかしら?」
 「その辺は道々相談しましょ。さ、私たちもさっさと会計を済ませちゃいましょうか。」

 汐耶の心配を笑い飛ばし、シュラインはみんなを引き連れて店の奥へと入っていく。すでにレジを済ませた城ヶ崎たちは、店の外で彼女たちを待つことになった。いったい彼らが手にした袋の中には何が入っているのだろうか……?


 城ヶ崎が行き付けの和風喫茶に到着するまでにそれぞれの自己紹介と欲しい本の種類を伝えた。最も人気が高かったのは魔術系の本で、しかも原書。これには瀬崎も納得だ。セレスティや城ヶ崎は大きな屋敷に多くの書物を抱えているため、どちらかといえば希書よりも奇書や珍書がご所望らしい。ともかくご一行様は喫茶店の中に入り、大きなテーブルに全員が腰掛けてその目の前にお揃いの袋を並べた。城ヶ崎は店主に事情を話すと、相手は「はいはい」と答えて甘酒を全員に振る舞ってくれた。まずはみんながそれを飲んで身体を温める。

 「ふぅ、なかなか寒いねぇ。買い物が買い物だけに、雪が降らなくて本当によかった。」
 「そうですわね〜。」
 「でも古本屋の福袋ってどんなものが入ってるんでしょうね……まぁ全部が全部欲しいものとはいかないんでしょうけど。」
 「じゃあ、まず実験台に私が中を見てみましょう。じゃじゃーんっと。」

 汐耶の甘酒を一口飲んだ後に放った言葉は、まずシオンを動かした。彼は袋を豪快に開けると、さっそく手を突っ込んで一冊の本をテーブルの真ん中に置く。しかし、その本のタイトルを見たほとんどの人間が絶句してしまった。古本屋の陰謀に嵌ったのではないかと表情をだんだんと暗くさせる。

 「は、早口言葉の、本……?」
 「どうもあの店の在庫処理に乗せられた感じがするわね。」

 先行きを案ずるシュラインの言葉を吹き飛ばすかのようにシオンは一生懸命に中身を読み始める。でも読んでも読んでも、出てくるのは普通の早口言葉だけ。それでも彼は舌を噛まないようにがんばり続ける。

 「生麦生米生卵っ、東京特許許可局っ、隣の客はよくキャキ食う客だっ……」
 「キミキミ。『柿』のところでしっかり噛んでますよ。」
 「セレスティさん。程よいところでのツッコミ、本当にありがとうございます。」
 「でも〜、この調子じゃあんまり期待できないですかね〜?」

 さすがのアレシアも不安な表情を見せた。シオンはそんな陰謀に負けじと本に手を突っ込むが、次に出てきたのは最近出版されたお経の解説本。これに至っては中身を開くことなくあっさりと手元に置いた。実は彼、漢字の多い本は大の苦手。みんなにそれをわざわざ知らせる必要もないだろうとシオンは半ばヤケクソ気味にどんどん中身を取り出す。彼が出した本に対して周囲が反応を示さないということは、その本は交換の価値すらないということだ。ハズレを引きっぱなしとなれば、それはそれで頭に来る。しかし出てくるのは、実際に2冊100円で売られているホラー小説『怪奇!猫ばば』に『今日からできる人体解剖』……もはや今年の運も決まったと意気消沈するシオンだったが、意外なタイミングで声が上がった。

 「キミ、ちょっと待ちたまえ。僕はその本に興味がある。その『今日からできる人体解剖』とやらだ。」
 「えっ! 瀬崎さん、本当ですか!?」
 「僕が欲しい本を手に入れた時にそれが役立つかもしれない。それはキープしておいてくれないかな?」
 「やった、交換できる本がやっと出てきた! この調子で次もぉ……ってなんだこれ。緑色の人参の作り方なんていらな」
 「ちょっと待ってもらえませんか……その表紙に書かれているのは人参ではなく、おそらくはマンドラゴラですね。本にはきっとその育て方が書かれているに違いない。もしよろしければ、そちらは私のために残しておいてもらえませんか?」
 「……な、なんか引く手数多ってなんとなく気持ちいいですね。」

 瀬崎、セレスティと続けざまに本の交換を申し入れられ、シオンも悪い気分がしない。これで自分の欲しい本が出てきた時に名乗りを上げることができるからだ。このまま自分はおろか誰の興味も引かない本ばかりが出てきたらどうしようかと悩んでいた彼にとっては大きな収穫である。結局、シオンは自分では欲しい本を手に入れることができない結果に終わった。
 続いてシュラインが袋を開けて中を覗く。すると困ったことにドデカい本が数冊入っているだけのハズレくさ〜い内容だ。しかし彼女の欲しいのは古辞書類なので、これは計算のうちとも言える。まずは計算通りと口元を緩ませ、さっそく最初の本を出すと見事それっぽいタイトルの本をゲットした。

 「和蘭考……きっと江戸時代あたりの辞書ね。古そうな感じもするし、私的には大当たり!」
 「でも、シュラインさん。なんで裏表紙に大きな花模様がついてるのかしら……ちょっと中身を確かめてみたらどう?」

 汐耶の冷静なツッコミはシュラインを一気に不幸のズンドコまで叩き落す。確かにヘンだ。なぜ辞書にこんな装飾が必要なのだろうか……パラパラと本をめくると「あっ!」と一声上げてガックリと肩を落とした。どうやら悪い予感が的中したらしい。

 「『和蘭』とは、日本とオランダを意味するわけではなかったらしいですね……シュラインさん?」
 「大正解よ、城ヶ崎さん。あーあ、これただのランの図鑑じゃない! しかも最近の! なんでこんなにボロボロなのよ〜。期待しちゃったじゃない。」

 自分の冊数は人より少ないのに最初からこの有様では目も当てられない。シュラインは次の本を取り出すが、こちらはタイトルを見た瞬間にうなだれた。

 「こっちは最初からハズレね……『薬と毒の微妙なライン』って、いったい何について語ってる本なんでしょうね?」

 ところが周囲の反応は過敏だった。実は彼女が気づいていないだけで、読み上げたタイトルに対して幾人かが興味を示していたのだ。あのおとなしげなアレシアも彼女の持つ本をじーっと見つめている。シュラインはさっきの例もあるので、とりあえず中身を確認することにしたのだが……突如、店内に彼女の悲鳴が響き渡った!

 「キャーーーッ! キャーーーーーッ! いらないっ、こんな本いらないっ! バカバカっ!!」
 「どど、どうしたんですか、シュラインさん。落ちついてくださいっ!」
 「これが落ちついていられますかっ! 何よこの本、なんで茶色いアレがでっかく図解してあるのよっ!!」

 椅子を立って大騒ぎする彼女をなんとか落ちつかせようとシオンが両肩をつかむが、相手の混乱は想像を超えていた。店内の視線がすべて大騒ぎするシュラインに集まる。彼女が放り投げた本をアレシアがおもむろに拾い、それをじっくりと読み始めた。そして悲鳴を上げた原因と思われるページを読みながら何度か頷くと、その場にいるみんなにわかりやすいように説明する。

 「これは魔法使い向けの本ですわね〜。ヤモリの黒焦げやマンドラゴラについても詳しく書かれてますし、おそらくは普通じゃないお薬を作るための教則本かと思いますわ。日本語で書いてあるなんて珍しいですね〜。それにしても、本当にリアルなゴキブ」
 「その名前は言わないでっ、形状と動きと光沢を思い出すからっ!」
 「それってほぼ全部じゃないかしら、シュラインさん……」
 「一匹入れるだけで、薬によってはいいアクセントになるって書いてありますよ〜。」
 「ううっ、気持ち悪い話だわ……わ、私はその本いらない。な、なんだったらそれ、アレシアさんにあげるわ。」
 「まぁ。それじゃあ頂いていきますね。と、それじゃあ今度は私が開けましょう……」

 本をもらったお礼なのか、それとも混乱を収めようとしたのかはわからないが、今度はアレシアがゆっくりとした動作で袋を開ける。シュラインもなんとか落ちつきを取り戻し、座りながら本を取り出すのを見ていた。すると、中から出てくるのは幼児向けの本だった。誰も本気で欲しくはないのだろうが、みんなの興味は引くことだけはできた。

 「あら〜、うちの子が見てる『銀河鎧甲ファティルード』のご本じゃない。持って帰ったら喜ぶかしら〜?」
 「それは……いったいどういう種類の本ですか?」
 「あれ、セレスティさんは知らないの? カッコいい若手俳優がいっぱい出演してるお子様向け特撮番組よ。最近ブームなのよ。」
 「そうなんだ。そういうものが流行りなんだね、知らなかった。」
 「あらあら、殿方には少し難しいお話でしたかしらぁ〜?」

 城ヶ崎もセレスティも、シュラインの説明を聞いて納得した表情を浮かべていた。きっと興味の範疇外なのだろう。続いてアレシアは新書を取り出した。タイトルは『じゃんけんは気合いで勝てる』。また彼女は微笑みながら本を脇に置いた。

 「これも娘が読むかしら〜。いそいそ。」
 「……アレシアさんは、あのラインナップで喜んでおいでなのかね?」
 「でも大事そうに本は揃えてますからね。途中で捨てて帰るってことはないんじゃないですか?」

 瀬崎の疑問に自信なさげに答えるシオン。彼女は本を出しては横に置き、本を出しては横に置きしているだけである。本当に喜んでいるのかどうか、そして本当に必要かどうかはちょっと測りかねる部分があった。ところがその明るい表情も一冊の本で戸惑いへと変わる。それはテレビ番組が出している料理の教則本で、もう再放送すらしていない時期ハズレのものだった。

 「あら。これはちょっと……どうしましょ。」
 「はいはい、私に下さい!」
 「シオンさん、よろしいですの〜?」
 「よろしいです、よろしいです。とってもよろしいです。いや〜、私はこういうのが欲しかったんですよ〜。」
 「僕が言うのもなんだけどね。シオンさんは変わったものが欲しいんだね。」
 「これで3週間はおかずに困りませんよ。もちろんこれでおかずを作るわけではないんですがね。」
 「まさかそれを見ながらご飯食べるつもりなの? それはある意味、すごいわね。」

 瀬崎も汐耶もシオンの根性に思わず感心してしまう。本人は教則本にキスするほどの喜びようで、アレシアの表情にも笑顔が戻った。彼女の本のほとんどは娘に読ませるものがほとんどだったが、お年玉代わりにも使えると本人は大満足だった。

 さて今回の福袋でネクロノミコンを手に入れるつもりの瀬崎は、友人の城ヶ崎とともに中身を確認し始めた。しかし今までの流れからいってもそう簡単に自分の欲しいものが出てくるはずがない。特に瀬崎は『今日もおかず3月号』を引き当ててしまい困惑していたが、隣でシオンが人体解剖の本を持って必死のアピールをしたので迷いなく交換した。またまたお食事関係の本を手に入れ大喜びのシオン。彼は他のメンバーと違い、欲しいもののランクがかなり低いので望みのものも容易に手に入るというわけだ。一方の城ヶ崎も『3分ミラクル変身法★秘密のステッキ付き♪』などという、よくわからない本を引き当ててしまい思わず苦笑い。あまりの引きの悪さにふたりの表情が曇ったその時、ついに城ヶ崎が最高の本を引き当てた。

 「おっと、これはネク……」
 「ネクロノミコンかね!」
 「いや、残念ながらそうじゃないようだよ。瀬崎くん、これは全然違う本だ。『ドロドロ愛憎劇〜根暗の未婚〜』という小説本らしい。」
 「ね、ネクラノミコン? ネクロノミコンではなく?」
 「ああ、それって昼ドラで有名になった作品のノベライズよ。女の嫉妬と愛を描いたとかなんとかっていう……」

 汐耶の解説で本当の偽物だとわかった瀬崎はガックリ。しかしそれを手にした城ヶ崎は「女性の忌むべき心情を書いた作品なら一見の価値はあるかもしれない」という理由でこれを持ちかえることにした。結局、このふたりは大したものを手に入れることができなかった。実はこの時、瀬崎は密かに店に戻ってもう一袋買う決心を固めていた。中途半端に『人体解剖の本』だけ手元にあるのでは、ウズウズするに決まっている。それを防ぐためにも、彼は追加投資することを誓った。

 最後はセレスティと汐耶である。まずはセレスティが袋を開けると、最初に出てきたのは『2003年版・最新インディーズロックバンド紹介』なるものだった。しかも人気女性バンドのリフ付き。誰がどう見ても、彼には縁遠い雑誌だ。興味はまったくと言ってないのだろうが、とりあえずそれを置いて次の本を出す。すると次は『盆栽を愛でる』という、これまた微妙な本が出てきた。常に無言で黙々と中身を確認する彼を見ていられなくなったのか、アレシアが一声かけた。

 「皆さんとはまた違ったご本が出てきますわね〜。」
 「音楽に関してはよく存じませんが、植物に関しては詳しい者がおりますので持ち帰るつもりです。しかし困りました。シオンくんと交換するための本が出てこないですね……おっと、これもどうでしょうね。」

 そう言って取り出した本にシオンは飛びついた。そしてキープしていた本とそれをさっさと取りかえる。あまりにもシオンが嬉しそうな顔をしているのでセレスティは驚いた。こんな本が彼の琴線に触れるとは思いもしなかったからだ。彼は半ば無理やりの交換で手に入れた『マンドラゴラの育て方』をやさしく手でさすりながら、ゆっくりとした口調でシオンに話しかける。

 「そんなもので交換して頂いていいのですか……?」
 「これがいいんじゃないですか! 『ウサギはひとりでかわいそう』なんて泣けるタイトルですよ。それにこの愛くるしいイラスト! 最高ですね、たまりませんよ!」
 「ウサギがお好きなのですね……フフフ、そうですか。」

 不思議な笑みを浮かべながら望みの本を大事そうに抱えるセレスティ。そんな満足げな彼を横目で見ながら羨ましそうにしているのは汐耶だった。彼女が最初に取り出したのは、題名も口にしたくない下らない雑学の本で『食うと太る神話』である。あまりにバカバカし過ぎて見せる気にもならない。そのまま袋の脇に押しこめて気を取りなおして次の本を取り出した。それはずいぶんと痛みの激しい本だった。文庫本にしては大きめで、今はあまり見ないサイズである。タイトルも英語で、外見だけならそこそこ期待できる雰囲気が漂っていた。しかしさっきは期待させといて『食うと太る』だったから、汐耶は過度の期待をしない方向で背表紙を見る。

 「レインストリート……レインストリートってもしかして、18世紀ヨーロッパでベストセラーになったあの?!」
 「ああ、それはきっと初版本ですね。私も同じものを持っています。そういえば当時も『初版だけ表紙が違う』ことで有名になりましたね。なかなか面白い本ですよ。」

 セレスティがここまで言うのだから、間違いなくこれは本当で本物なのだろう。思わぬ掘り出し物に汐耶は喜んだ。さっきの本とは雲泥の差である。彼女は洋書の原書が欲しいと思っていたのでこの本を手に入れられたことはちょうどよかった。その他の本は大した物はなかったが、これ一冊で十分お釣りがくる。汐耶は本をじっと見つめ、さっそく修繕個所のチェックを始めていた。これも一種の職業病だろうか……いや、きっとこの本を大切に保管したい一心の行動なのだろう。


 望みの本を得た者、手に入れられなかった者……人それぞれだったが、とりあえず福袋の醍醐味は味わえた。喫茶店の店主が空になった湯のみにまた温かな甘酒を注いでくれたので、改めてそれで乾杯となった。今年がいい年でありますように。古書の福袋という奇縁で出会った彼らはそう願って正月のひとときを楽しんだのだった。



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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号:PC名/性別/年齢/職業】

【2839:城ヶ崎・由代       /男性/ 42歳/魔術師】

【0086:シュライン・エマ     /女性/ 26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449:綾和泉・汐耶       /女性/ 23歳/都立図書館司書】
【1883:セレスティ・カーニンガム /男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3356:シオン・レ・ハイ     /男性/ 42歳/びんぼーにん(食住)+α】
【3885:アレシア・カーツウェル  /女性/ 35歳/主婦】
【4487:瀬崎・耀司        /男性/ 38歳/考古学者】

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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いつもありがとうございます、市川 智彦です。今回は「古書の福袋」のお話です。
受注を頂いた時は本当に面白そうでした! その分、ネタの仕込みは大変でしたが(笑)。
読む人が変わると笑える場所も多少変わってきますので、その辺もぜひお楽しみ下さい!

実際にいいものを引き当てた方、そうでない方もいらっしゃいます。
その辺は主発注者の城ヶ崎さんのアイデアで、ランダムで決めさせて頂きました。
意外と欲しいものの傾向が皆さん一緒で、書いてる方は面白かったですよ(笑)。

今回は本当にありがとうございました。ちょっと特別なお正月気分を味わってくださいね。
また別の依頼やシチュノベなどでお会いしましょう! 次回もよろしくお願いします!

あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月09日

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