▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『無音の単色 』
瀬川・蓮1790


☆★☆

 流れる町並み、聞こえてくる雑踏。
 どうしたって世界は混色だった。
 細かく細分化された時間は刻々と人の行動を決めていく。
 急ぐ人込みは流れるようで、視界を通り過ぎる世界は混色で・・・。
 視界の端に映る人々の服も、電光掲示板に映る映像も、主張するように明るい色を発している。
 それが全て混じりあい、強烈な色を発する・・。
 街中に流れる音楽ですらも、明るい色で主張している。
 そして、それも混じりあい・・・。
 ふっと手をつかまれた時、ボクは思わず後を振り返った。
 人々が脇をすり抜けていく中で、ボクの手をつかんでいたのは1人のお爺さんだった。
 腰が曲がり、髪の毛が白くなり、みすぼらしい格好をした・・何処にでもいるような普通のお爺さん。
 お爺さんは真っ直ぐにボクの目を見て言った。


 『航(わたる)』


 「え・・?」
 「航じゃないか・・。」
 お爺さんはそう言って涙を流すと、ボクの事をしっかりと胸に抱いた。
 「え・・おじい・・。」
 「妻とお前がいなくなってから、どれだけ寂しかったか・・。また、こうして会いに来てくれたんだろう・・?」
 お爺さんは涙ながらにそう言うと、クシャクシャとボクの頭を撫ぜた。
 ・・そうか、きっとこの人は何かで奥さんと息子さんを・・。
 見上げた空は真っ青だった。本当に、雲ひとつない・・ただの青・・。
 ・・この人は、ボクを必要としているんだ。
 ボクはそっとお爺さんの背に腕を回した。
 そして、小さく一つ、呟いた。

 『会いたかった。パパ・・・。』


★☆★

 瀬川 蓮は普段は新宿界隈を根城としているストリートキッズのヘッドだった。
 蓮には特別な能力があった。庇護者に富と名声を与える能力・・。
 だから、おのずと蓮の周りに集まってくる大人達はお金持ちの『パパ』か『ママ』だった。
 彼らは真っ直ぐに蓮の事を見ていた。本当に真っ直ぐに、蓮の事だけを見ていた。
 けれど彼らの視線は蓮の心までは見ていなかった。
 容姿や、仕草・・話し方。そんな所しか見ていない彼らの心を見たいと思った事は、蓮には一度も無かった。
 彼らと関わる事は、ビジネスでしかなかった。
 彼らは自分が生きる為のただの仕事相手でしかなかった。だから、彼らには最高の自分を見せなければならなかった。
 少しでも魅力的に見えるよう、少しでも高く買ってくれるよう・・。それは普通の一般企業と同じだった。
 けれど、今隣にいるお爺さんは、蓮の事を見ていなかった。
 その瞳は真っ直ぐに蓮の瞳を捉えるものの、見ているのは蓮ではない。
 『航』と呼ばれた誰か・・・。

 「航、そろそろお腹が空いてこないか?どこか、食べに行こうか。」
 「うん。そうだね、パパ。」

 蓮は無邪気に頷くと、お爺さんの手を取った。
 大きく、ごつごつとした手が、ギュっと蓮の手を握る。



 蓮がお爺さんに連れられてこられたのは、小さな洋食店だった。
 全国何処にでもあるような、ファミリーレストランのチェーン店だ。
 ただ、少しだけ他の所よりも高級さを売りにしている分、値段も少しだけ高めだった。
 けれど、蓮が普段『パパ』や『ママ』達に連れてこられる場所は、ココよりも何倍もするホテルのレストランとかだった。
 それこそ・・こことは1品1品のケタが違うくらいの・・。

 「航、さぁなんでも頼みなさい。今日は、デザートも頼んで良いんだぞ?」

 そう言って微笑むお爺さんの顔をチラリと上目遣いで見た後で、蓮はすーっとメニューを眺めた。
 ランチメニューがある・・。
 こんがりと焼いたパンに、スクランブルエッグ、フレンチドレッシングのサラダ、そしてコーヒー・・・。

 「それじゃぁボク、オムライスとストロベリーパフェが良いな。」

 蓮はそう言ってメニューを畳んだ。

 「そうかそうか、航はオムライスが大好きだったからなぁ。ストロベリーパフェも・・。」

 おじいさんはそう言って微笑むと、テーブルの隅に備え付けられているボタンを押した。
 直ぐに若めのウエイトレスがとんできて、オーダーをサラサラと紙に写していく。

 「繰り返します。オムライスがお一つ、ランチのAセットがお一つ、ストロベリーパフェがお一つで宜しいでしょうか?」
 「そうだ・・航、オレンジジュースも飲むだろう?お前は何時もオレンジジュースを頼んで・・。」

 遠くを見つめるような瞳でそう言うと、お爺さんは蓮に向かってニッコリと微笑んだ。

 「うん、オレンジジュースも・・・。」
 「はい。畏まりました。オレンジジュースは、先にお持ちしても宜しいでしょうか?」
 「はい・・・。」


☆★☆

 お爺さんに連れられて町を歩いていると、隣を一組の家族が通り過ぎた。
 父親が大きな買い物袋をぶら提げ、片方の手を男の子とつなぎ・・男の子はもう片一方の手を母親とつないでいた。
 にこにこと微笑みながら・・今夜の晩ご飯の話をしている。

 「今日は、みっくんの大好きなものよ〜!」
 「分った!カレーライスだ!」
 「残念、はずれ。」
 「え〜・・。」
 「ほら、もっとあるでしょう?みっくんの好きなもの。」
 「う〜ん・・。えぇっとぉ・・ハンバーグ・・??」
 「・・ピンポン、大正解っ!」
 「本当!?ハンバーグなの!?」
 「えぇ、みっくんハンバーグ大好きだもんね〜!」
 「うん、大好きっ!」
 「それじゃぁ今日の晩御飯は・・・。」

 すれ違い、遠ざかる。
 会話は小さくなり、最後には聞こえなくなった・・。
 戸籍上死んだことになっている蓮に、家族はいない。
 その代わり・・仲間がいる・・。


 お爺さんと蓮は、おもちゃ屋の前で足を止めた。
 ショーウインドーに並ぶ玩具達は、下からのライトに照らされて美しく浮かび上がっている。
 怪獣、人形、ラジコン、ゲーム・・。
 その中央に、一際大きな船が四方八方からのライトを浴びて構えていた。
 他の玩具達よりも一段高い台の上に乗せられて、王様のように立つ姿は凛々しかった。

 「航、どうしてお前が“航海”の“航”の字を取って“わたる”と言う名前なのか、分るか?」
 「ううん・・。」

 蓮は首を振った。
 そもそも“わたる”と言う名前が“航”と書くことは今知ったばかりだった。
 てっきり“亘”か“渡”と書くと思っていたのだ。

 「広い海原を航海する船は、色々なものを見てくる。それは、人だったり物だったり・・本当に、色々な事を・・。」

 お爺さんはそう言うと、愛しそうにショーウインドー越しに船を撫ぜた。
 その手つきは何か壊れ物を扱うように優しく、丁寧で・・触れた指先の熱が伝わり、硝子が白く曇った。

 「航・・。お前には、色々なものを見て、感じて・・経験して欲しかったんだよ。良い事も、悪い事も。事実も、嘘も。全て、世界を作っている一つだから・・。」
 「・・パパ・・?」
 「さぁ航。約束の場所に行こうか。」

 お爺さんはそう言って微笑むと、ショーウインドーから指先を離した。
 瞳を閉じて、ほんの数秒だけ何かを祈った後で、背を向けた。
 お爺さんに手を引かれながら、蓮は感じていた。
 言葉の端々に滲み出す・・終わりの時を・・。


★☆★

 子供は何時だって無邪気で純粋で・・そして残酷だった。
 無邪気さゆえの残酷さか、残酷さゆえの無邪気さかは分らない。
 けれど、子供は何時だって微笑んでいた。
 雨の日も、風の日も、嵐の日も・・ただ純粋に、映り行く天気を感じて・・微笑んでいるのだ。
 そこにはなんの考えもない。
 大人達のように、雨だから傘を差さなければならなく憂鬱だとか、風の日は物が飛んで大変だとか、考えない。
 雨が降るから、道端にはカタツムリが現れ、雨が降るからカタツムリと遊べて・・だから楽しい。
 晴れの日は、楽しい。・・外で遊べるから。
 四季折々の変化だって、何も考えずに受け入れられる。そこには、必ず楽しい遊びが待っているのだから・・。
 春は花と遊べるし、夏は虫と遊べる。秋は落ち葉と遊べるし、冬は雪と遊べる・・。
 どんな事にだって楽しみを見出せる子供達は、純粋で無垢で・・。
 けれど、ふと思う。
 何かに囚われて周りが見えなくなってしまった大人達も、純粋なのではないかと・・。
 それだけを切に願い、他はただ流れるままに身を任せる。
 そこは、限りなくピュアな単色だけで構成された世界なのではないかと・・・。

 「さぁ、航。遊ぼうか。」

 お爺さんはそう言うと、蓮を小さな遊園地の前まで連れてきた。
 小さな観覧車、コーヒーカップ、メリーゴーランド、ゴーカート、お化け屋敷・・。
 本当に小さな遊園地だった。
 人影はまばらで、働いている職員ですらもまばらだった。

 「・・パパ?」
 「前に、航と約束しておきながら・・。仕事でこれなかったからな。本当は、開園当初にくる予定だったのに・・。」
 「ううん、パパ。ボク、全然嬉しいよ。ずっと来たかったんだ。」
 「そうか、それじゃぁ・・遊んできなさい。」
 「パパは一緒に遊ばないの?」
 「パパはあっちで見ているから・・。」

 お爺さんはそう言うと、角のほうにぽつんと置かれているベンチを指差した。
 木の下に置かれているそこは、園内を見渡せる場所だった、
 きっと・・子供と一緒に来た両親が少し休憩する時にでも使うのだろう。

 「分った。それじゃぁパパ、行って来るね!」
 「あぁ、4時までにはここに帰って来るんだぞ。」
 「は〜い!」

 蓮は微笑みながら頷くと、大きく手を振った。
 ベンチの前に立っている時計をチラリと見る。
 時刻は3時・・。
 蓮は手始めに一番近くにあったジェットコースターに乗った。
 山の一番てっぺんで、お爺さんに向かって大きく手を振る・・。
 次はゴーカート。
 カーブを曲がる時、お爺さんのほうを見て微笑む・・。
 コーヒーカップ・・。
 思い切り回して、キャッキャと喜びながらもお爺さんの方に手を振る・・。
 その度に、お爺さんは微笑みながら小さく手を振ってくれた。
 それは周りから見れば、お爺さんと孫と言う風に映っていたかも知れない。
 無邪気に微笑む孫と、それをそっと見つめる祖父。
 そして・・お爺さんの心の中では確かに蓮は、息子として映っていた。
 もう何十年も前に何処かへと旅立ってしまった息子。
 色々なものを、世界を、見て欲しいと願って名付けた『航』・・。

 「パパ、一緒にあれに乗ろう。」

 2度目のゴーカートを降り、蓮はお爺さんの座るベンチまで走った。
 指差す先には観覧車がゆっくりと回っている。

 「あぁ、一緒に乗ろうか。」

 お爺さんはそう言うと、僅かばかり微笑んで蓮の頭を撫ぜた。
 時刻は3時50分・・。


☆★☆

 子供の頃だけに訪れる事が出来るとされる、ネバーランド。
 あの世界は、本当は単色だって・・知っている?
 赤でも白でも黒でも、何色でも良いんだ。それは見た人によって違うから。
 けれど、あの世界は確かに単色なんだよ。何の混じりもない、とってもピュアな単色・・。
 行けば分るよ。あそこがどれだけピュアで、無垢なものなのか。
 君が大人だろうが、子供だろうが、関係ない。
 ようは君の心の中にある色だけが全てなんだから。
 混じりあった色を理解できるようじゃ、きっとネバーランドにはたどり着けない。
 あそこに行けるのは、本当に純粋で無垢な・・単色しか知らないピュアな心の持ち主だけなんだから・・。

 「航は、色々な世界を旅しているんだなぁ。」
 「え?」

 ふいにかけられた言葉に、外を眺めていた蓮はお爺さんを振り返った。
 そこそこ広い観覧車内に、蓮とお爺さんは向かい合って座った。
 不思議そうに見つめる蓮の視線を、優しい笑顔で受け止める。

 「航。その名前にして、本当に良かった・・。」
 「パパ?どうしたの・・?」
 「あの時、妻とお前が・・ここに来ると言った時。本当は・・一緒に行くつもりだったんだ。急に仕事が入りさえしなければ・・・。」

 蓮は、お爺さんの瞳を見つめた。
 その優しい瞳は、段々と蓮の事を見始めていた。

 「あれ以来、妻はもう帰って来てくれなくなった。そして、航・・お前も・・。」
 「・・ごめんね、パパ。」
 「やっと、やっと帰ってきてくれて・・。」

 お爺さんが席を立ち、ボックス内が僅かに揺れる。
 きつく、きつく抱く腕は蓮の身体を締め上げる。
 蓮もそっと手を伸ばし、その背に絡めた。
 辛い現実から立ち上がれなくなり、心を段々と壊して行ってしまったお爺さんの背中は痩せていた。
 けれども・・蓮よりも大きな背中だった。
 お爺さんが、蓮の耳元でそっと呟いた。
 蓮は目を閉じ、しっかりとその言葉を受け取ると・・手を放した。
 観覧車が再び地上へと舞い戻り、閉められていた扉が開く。
 蓮とお爺さんは観覧車を出ると、真っ直ぐにメリーゴーランドへと歩いた。


 「それじゃぁパパ、ボク行って来るね!」
 「あぁ、気をつけて。」

 蓮が大きく手を振って、メリーゴーランドへ乗り込む。
 馬にまたがり、背から伸びている金色の棒をしっかりと握る。
 発車のベルが園内に響き渡り、ゴトリと音を立てて馬が僅かばかり宙へと浮き上がる。
 一泊遅れで流れ出したメロディーは、オルゴール調の可愛らしいメロディーだった。
 七色に光るライトも、どこか落ち着いた色合いで輝く。
 ゆっくりと回りだしたメリーゴーランドは、お爺さんの目の前を過ぎ・・再びお爺さんの前へと戻る。
 穏やかなメロディーと、温かなライト、そして・・ゆっくりと回る世界。
 何度もお爺さんの目の前を過ぎ、その度に蓮は笑顔で大きく手を振った。
 丁度、小さな子供が両親に自分の居場所を伝える時のように、精一杯大きく・・。
 お爺さんも、柵に肘を乗せながら小さく手を振り返してくれる。
 段々と、音楽がスローになり・・速度が落ちてくる・・。
 お爺さんの目の前を過ぎ、柱の影に身体が隠れた時・・蓮はそっと馬から降り、周りに囲ってあった柵を飛び越えた。
 そっと物陰に身を隠し、お爺さんを見つめた。
 メリーゴーランドが回り・・蓮が乗っていた馬が、丁度お爺さんの目の前で止まった。
 その背に誰も乗せずに・・。
 お爺さんはしばらくその馬を見つめた後で、そっとメリーゴーランドに背を向けた。
 迷い無く遊園地の出口へと歩き・・ほんの僅かばかり、振り返った後で、遊園地を後にした。

 蓮はそっと、耳に手をあてた。
 観覧車でお爺さんが呟いたあの一言が、まだ耳の奥に残っていたから・・・。


 『ありがとう。坊や・・。』



      〈END〉

PCシチュエーションノベル(シングル) -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.