▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『あちこちどーちゅーき 〜下野冬物語〜 』
桐苑・敦己2611

「う……寒い……」
 宇都宮線の今は少なくなった、オレンジに緑のラインという古い車両から降り立った青年が、吹き抜ける寒風にジャケットの襟をかきあわせた。
 夏場内陸性での気候で体力維持の食品として食べられているからとか、餃子を作る材料が豊富にとれるからとか、年間の餃子の皮消費量が日本一だからだとか、諸説はいろいろあれど。
 未だ明確な理由も分からぬまま、餃子の聖地として国内に広く知れ渡る、栃木県の県庁所在地宇都宮市には、この時期になると男体颪が吹き荒ぶ。車内の暖かさになれた体から、容赦なく体温が奪われていく。
「これが…噂の…」
 餃子の像ですか……。
 今回の旅の目的の一つである、石像を目にして敦己はどうリアクションしていいのか考えあぐねて、黙り込んだ。
 縦に置かれた餃子の中ほどには、胸元を隠すように肩を抱く艶かしい女性の腕と小さな象の牙のようなものがあり、同じくふっくらとした女性らしい脚が彫られたシュールな石像は以外に小さく敦己の肩程しかない。
「餃子と……象と…女性の像ですか……」
 深く考えたら負けである。と、ばかりに敦己はそれ以上考えることを放棄した。
「さて、どこに行きましょうか」
 手の中で、硬貨を遊ばせ敦己はあたりを見回す。東に走る大通りが目の前に延び、駐車場とタクシー乗り場が広がっていた。
 表が出たら、目の前のこの通りを通ってとりあえず、東へ。裏が出たら、駅の向こう側の西へ。
 ピンッと敦己は硬貨を弾いた。空中で硬貨をキャッチした手の指をゆっくりと開くと、硬貨は裏面を向いていた。
「ここから西というと……」
 そのまま北上して日光というのもいいかもしれない。駅の観光案内所でもらったガイドマップを広げて、敦己は相好を崩した。
 一旦駅の西側に周ってみるとこちらは、反対の東側とは異なる、人や車の流れの多さに驚かされる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「お前さん、どちらにおいでだね」
 バスロータリーの傍らにある、案内板で行き先を確認していた敦己は肩を叩かれて振り返った。
「あ、いえ。まだ特に行き先は決めてないんですけど……」
 いろいろと旅をしておりまして。
「なに!?まだ決まってない?では、わしが取って置きの場所に、連れて行って差し上げよう!」
 バンバンと敦己の背中を叩くと、老人は少々強引にバス乗り場まで敦己を連れて行った。

 数分後、敦己と老人は仲良く車上の人となっていた。
「何処へつれていってくれるんですか?」
「ついてからのお楽しみじゃ」
 ほれ、と老人は敦己の手の中に番号が書かれた小さな紙を押し込む。
「なくしたら、いかんよ」
 今では珍しくなってきた、整理券式のバスの様である。バスの乗客は二人の他に家族連れが二組ほど。
「あ、ありがとうございます」
 良く見るとバスの前ドアの上に、番号と値段が表示される、電光板があった。
「両替は運転手の横の機械じゃ」
 老人の指差す方向には小さなボックス。自分で決められた金額を投入する、古いタイプのバスだった。
 車窓の外に広がる、黒々とした田畑の中に、ぽつんぽつんと赤や青のトタン屋根の家と、石造りの納屋が点在する。のどかな冬の田園風景。
「このあたりには、休耕田も多くてな……春になると、蓮華の花がたくさん咲くのじゃよ」
 もっとも、冬だから他所の方にはどれが休耕田か分からんかもしれんが、と少しだけ寂しそうに、老人が呟いた。昨今日本人の米離れの所為で休耕田が増えたと話には聞いていたが、実物を目にするのははじめてである。
「蓮華の花ですか…」
 寂しげな老人の様子に気付かないふりをして、敦己はにっこりと微笑んだ。

「おお、そうじゃ。お前さん『しもつかれ』というものを知ってなさるか?」
「?」
 小腹も空いたころじゃろと、老人がいそいそと風呂敷包みのなかから、透明なタッパを取り出した。
「下野の国に古くから伝わる、この時期の郷土料理でな。うちの家内がつくったものじゃが」
 食べてみんかね。下野というのは、栃木県の古い呼び名だが、果たして……興味を引かれ手元を覗き込んだ敦己の前に差し出されたものは、なんともいえない形状の食べ物だった。
 酒かすの香りがするそれは、乳白色とオレンジ色のどろどろとした食べ物と思しき物の所々に大豆らしきものが見える。
「見た目はすごいが、上手いぞ」
 ほれほれと、割り箸を敦己に手渡す。折角の誘いを断る謂れは無く、敦己は恐る恐る、箸を付けた。
 郷土料理に舌鼓を打つのも、旅の醍醐味と言うものだが……これほど、食べるのに覚悟を要する物も珍しい。
 酒かすのほんのりとした甘みの中に、程よい塩気が複雑な味が口の中に広がる。
「この地域では、嫁に出た娘が暮れに生家に荒巻鮭を贈る風習があってな」
 正月に残った鮭の頭を、鬼おろしという竹で出来た、鬼の歯のようなおろし金で摩り下ろした大根とにんじん、そして節分であまった大豆と一緒に煮たものだという話である。
「この塩気は塩鮭でしたか」
 地元に息づいた、郷土料理の説明に敦己は感心しながら箸を進めた。物目ずらしらしさも手伝って、パクつく敦己の様子を老人は皺深い目じりを下げ、ニコニコと見守っていた。

 やがて、バスは山の中の大きな鳥居がたつ、神域と思われる場所に二人を下ろした。木々の根元には所々雪が残っている。
「この山の向こうが日光で、こっちを越えると赤木じゃ」
 老人が目の前の山とその左手の山をさす。
「ここはどこですか?」
「古峰の社じゃよ」
 聞き覚えの無い名前だが、地元では有名なようで参拝客の長い列が見える。
 なんといっても特徴的なのは、狛犬等のお馴染みの神像以上に境内のいたるところに置かれた、天狗の顔を模した石碑や石像。
「天狗ですか?」
「主祭神は日本武尊じゃが、使いの山の神のほうが皆に愛されておる」
 かっかっか。と老人は大口を開けて笑った。山の斜面に作られた、社務所に向かう大理石の石段を登れば本殿は目の前である。
 熊手やお守りにつけられた、小さな飾りはもちろん。
「達磨まで……」
 長い鼻がつけられて、天狗達磨である。本殿の中はさらに圧巻であった。暖かい屋内で、ほっと息をついた敦己は思わず息を呑む。
 広い座敷に、磨き上げられた長い廊下。壁には数々の天狗の面が飾られて、中には敦己の身の丈よりも大きな物まである。
 地元の者は勿論、遠方からの参拝客も仲良く天狗の面や像の前で火鉢に当たり暖を取り、和やかに歓談をしながら茶を飲み祈祷の時間が来るのを待っている。
 今時珍しい光景が、広がっていた。
「ここの神様を皆さん大好きなんですね」
 信仰とは本来、こういうものであったのだろうという姿に思わず、敦己の口から感嘆の呟きが漏れていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さてと、わしも務めを果たしにいくかの」
 ある種の感動を感じていたその様子を、にこにこと見守っていた老人の満足そうな声に、敦己が振り返るとそこには無人の長い廊下が広がっていた。
「……あれ…?」

   『お前さんの行く先に、幸多からんことを…』

 耳元にそんな囁きと、一陣の風を残して老人の姿は既になかった。
 はらりと、敦己の足元にこの時期には珍しい青々としたヤツデの葉が落ちていた。
「今のお爺さんは……」


 不思議な出来事に首を捻りながらも、古峰神社への参拝を済ませた敦己は大きく一つ伸びをした。
「次は…」
 どこへ行こうか。
 表が出たら、北の日光へ。裏が出たら、西へ進み群馬に行ってみようか。そんなことを思いながら、親指の上に乗せた硬貨をピンッと弾きあげた。


 足の向くまま、気の向くまま敦己の不思議な旅はまだまだ終わりそうになかった。




【 Fin 】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
はる クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.