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『『幻影の楽園』 』
オーマ・シュヴァルツ1953

「こんなところで『育って』いたとはなぁ」
 オーマ・シュヴァルツはどこか懐かしさを感じさせる森の入り口
に立ち、呟いた。ここしばらく、街の噂話の中にこんなものがあっ
た。
『森に出かけて行った子供たちが、帰ってきたら大人になっていた』
というものである。これがウォズの絡んでいるものであれば、凄腕
のヴァンサーである自分が気づかないはずがない。そう、思ってい
たのだが……。
「恐ろしく気配を殺すのが上手い奴だな、こりゃ。あるいは、力自
体が極めて弱いのか……」
 微かな気配を辿るのに丸一日。随分と時間を費やしてしまった。
これが周囲に圧倒的な被害をもたらす様なウォズであれば、オーマ
はすぐに感知していただろう。しかし、今回の相手はそういうタイ
プではなかったのだ。

「……なるほど。どこか懐かしく、それでいて心地いい場所……か」
 歩を進めるにつれ、周囲の光は暖かく、柔らかいものへと変わっ
ていく。森の奥に進んでいるのに、である。通常ではありえない話
であった。
 オーマはゆっくりと巨体を揺らしながら、わずかばかりの気配を
頼りに歩いていく。その脳裏に、病院に訪れた『子供たち』の姿が
映しだされていた。


「先生、この子はまだ6歳なんですよ……! それが……2〜3日
森で道に迷っていたからってこんなになりますか……!?」
 困惑した表情の両親に連れられてきたのは、オーマの目には15
〜6にしか見えない少年であった。いくつかの質問に答えるしぐさ
も、内容も、確かに両親の言葉を裏付けるものがあった。
「それで、森で迷っている間何があったんだ?」
 精一杯優しく問いかけているつもりではいるのだが、いかんせん
巨体マッチョな先生の存在は、『子供』にとっては落ち着かないも
のらしい。聞き出す内容もとぎれとぎれになってしまう。
「えっと、ね。ブランコがあって……お池があって……蝶々がい〜
っぱいいるんだよ。本当はもっと遊んでいたかったんだけど、木の
お姉さんが、もう帰りなさいって」 
「木のお姉さん……?」
「うん、二コルって呼んでくれって言っていたけど」
 オーマは話の間に少年の体を診査していた。少年の肉体の組織構
造に目立った異常はなく、正常な老化の範囲内にあることまで確認
した。
 ちらり、と待合室のほうに目を向けると、そこにも同じ『症状』
を訴えてきた患者とその家族たちがいるのが見えた。
(ふぅ……こりゃ治療するとかしないとかいう問題じゃねぇな。元
凶を断って元に戻るとも思えんが、いくか……)


 結局、病院を訪れた『子供たち』にはどうすることも出来なかっ
た。恐らくは生気の類を吸い取られたのだろうと思うのだが、生命
体とは不思議なもので、過去から未来へと続く流れを加速させる事
は出来ても、その逆は容易ではないのである。オーマの様に、気が
遠くなるような時間を生きてきたものであっても、基本的にそれは
変わらない。長寿、あるいは不老不死であったとしても。
(陽気を得て、若返るという秘術があるとも聞くが……)
 それはさすがにオーマも知らぬ知識であるし、大体そういうもの
は何かしらのリスクがあるものなのである。

「あそこが中心か……?」
 幻想的な森の中にあって、一際華やかな世界が創り出されている。
誰もが憧れるような楽園。
「偽りの……な」
 つい、口からこぼれた言葉には強い皮肉が混じってしまった。数
多の世界を渡ってきた彼にとって、このような楽園が幻影に過ぎな
いということは悲しい事実であった。ほんのひと時、これと同じ空
気を創りだすことは出来る。だが、それを永続させられないのもま
た、人間というものなのである。
「偽りであれ、ここは楽園ですわ。どうしてそっとしておいてくれ
ませんの?」
 森の中心に位置していた木から、一人の女性が歩み出てくる。無
論、ウォズには違いないのだが、戦闘的な意思は感じ取れなかった。
「貴方……ヴァンサーなのでしょう? 私を封印するために来たの
ですね」
 女性は小さくため息をついた。彼女にも解っているのだろう。気
配を押し殺し、生きていくしかなかった自分は、けして目の前の男
には勝てないということを。
「あいにく、俺はウォズだからといって何でもかんでも封印すりゃ
いいとは思っちゃいねぇ。おまえさんがちっとばかし少食になって
くれるなら、ここでの生き方を考えてやってもいい」
 彼は未だその手に銃を具現化してはいない。恐らく、そんなもの
を持ち出さなくても勝てるだろうと踏んでいるからだが、使わずに
済むのであればそれにこしたことはないと考えているからだ。
「生きていくだけならば、それほどの生気を必要とはしませんが…
…。ここの森を維持する力さえ失って、私に何が出来るというので
しょう。幻影の楽園で遊ばせることしか出来ない私に……」
 寒さなど感じないはずであるが、彼女はそっと両肩を抱きしめた。
その姿にオーマは静かに語りかけた。
「二コルとか言うんだったか? 偽りの楽園などは必要ない。どん
な場所であれ、大切な家族がいれば、そこが楽園なのさ。少なくと
も俺にとってはな」
 その右手に巨大な銃を創り出し、ゆっくりと目の前の木に掲げる。
このウォズを封印するのはたやすいことだ。だが、それで良しとし
ないのが、彼なりの生き方であった。
「そういう楽園を創るのなら……手を貸してやってもいいぜ」
 圧倒的な『力』が銃身から迸り、一撃で木をなぎ倒していく。そ
れと共に周囲に満ちていた暖かさのようなものが消えていった。
「さて、帰るか。俺の楽園にな」


 しばらく後、オーマの診療所の近くに新しい保育園が出来た。優
しい保母さんと暖かい雰囲気が評判で、少しの間子供を預けていく
のにちょうどいい、と賑わっている。なぜか、そこに預けるとすく
すくと成長していくという事もあり、見慣れない商売ながら続いて
はいるようだ。
 どうしてこんな商売をと聞かれると、
「大切な家族を守る場所……それを創ってほしいと言われたんです」
 彼女はそう、答えたそうである。


                            了 



PCシチュエーションノベル(シングル) -
神城仁希 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年02月07日

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