▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『迎春〜世はされど、事もなし〜 』
刀伯・塵1528

●準備しようと試みる
 夜明け前。
 都の喧騒を避けるように郊外――むしろ僻地に近い――へ建てられた庵の前で黙々と作業をしている一人の男がいた。言わずと知れたこの庵の主、刀伯・塵(とうはく・じん)である。
 郊外とはいえ、普段は様々な人‥‥いや、人でない者(或いはモノ)も含めて多くが集まるその庵は、普段はかなりの賑やかさだ。それを避けるかのように、塵は夜も明け切らぬうちから――そもそも始めたのは丑三つ時の頃――せっせと何かを編み込んでいる。
 よくよくその手元を覗き込めば、藁が幾重にも束ねられ、かなり極太の縄が出来上がっていた。
「‥‥ふぅ‥‥そうだ、何事も努力すれば‥‥頑張れば、出来る筈だ‥‥そうさ、こんなトコでも‥‥きっとマトモな‥‥」
 ブツブツと呟く声は、どこか痛々しい。目の焦点が合ってないのではないか、と思わず心配して見るも、特におかしな様子はない。
「そうだ‥‥ここがこんなにおかしいのは、きっときちんと厄除けをしてなかったからだ。そうだ、きっとそうだ‥‥ふふ」
 いや‥‥おかしい、というか危ないのは塵、君の方なんだが。
 十人が十人、退いてしまうだろう雰囲気を纏い、彼はせっせと縄を編む。
 そうして出来上がったのは、寺社でもこんなのないだろう、ぐらいに馬鹿でかくて極太の注連縄。殆どヤケクソ気味で作ったのが見え見えのそれを、塵は躊躇することなく玄関先に括り付けた。
 いったいどこぞの大権現様が奉られているのか。いや、ひょっとして奉られているのは――――の幽霊?
 過ぎった考えを慌てて振り払い、塵は大きく柏手を打ち、頭を下げて祈願する。
「どうかまともな正月を‥‥平穏無事な日々を迎えさせてくれ‥‥ッ」
 そうして彼は、怪物件の庵を前に神様――ここソーンではむしろ守護聖獣様?――へと平穏な正月を望んだ。
 それらが全て無駄な足掻きとなることを、彼は日の出とともに知る羽目になる――――。


●出迎えは慎ましやかに
 ことことと鍋の煮込む音が夜明け前の台所で静かに響く。蒸気を上げるその蓋をそっと取り、小皿に出汁を掬い上げてみる。
「‥‥んん〜このぐらいでしょうか」
 いつも以上の出来映えの味に、玉響夜・日吉(たまゆらのよ・ひえ)は軽く笑みを浮かべた。
 なにしろ今日は一年の最初の日。きっと色々なお客様が来るだろう。父上の――塵の事だ――交友範囲はかなり広いと聞いている。賑やかなお正月を迎える為には、やはりここは百人分のおせち料理とお酒を用意するべきだろう。
「あ、そうですわ。父上さまにはお茶を用意しないと」
 塵がかなりの下戸であったことを思い出し、軽く手を叩く。そそくさと戸棚にあるお茶っ葉を取り出して、やかんをそのまま火にかけた。
 ふと。
 窓からやんわりと射し込む光に気付き、おもむろに外を見た。ゆっくりと太陽が上がってくる様子がうかがえ、思わず見とれてしまう。そのまま、しばらくぼんやりとその日の出を眺めていた日吉だったが。
「おい、お湯が噴いてるぞ」
「え? きゃあ、大変!」
 かけられた声に、彼女は慌ててやかんを下ろす。それを後ろから見ていた塵は、ついつい苦笑をこぼした。
「どうした、ぼんやりして」
「あ、いえ。ちょっと。‥‥それより父上さま、えらく早いのですね」
「ん、ああ‥‥。とりあえず、準備だけはしとかないとな‥‥」
 彼女の問いに、塵はどこか目を逸らすようにして答えた。
 その事を少し不思議そうに見つつも、いつものことだと気を取り直す。そうしている間にも料理が出来上がったようだ。順次、綺麗に盛りつけていく様子に、塵は感心したように眺める。
「へえ、立派なもんだな」
「ありがとうございます」
 褒められ、悪い気もなく笑みを浮かべる日吉。
「なにか手伝う事、ないか?」
 さすがに手持ちぶたさでは居心地が悪い。そう思って聞いた塵に、お皿を出して貰うよう彼女がお願いする。
「私は料理を後から持っていきますから」
「おう、まかせろ」
 そう言って居間へと皿を持っていった、その時。
 ガラッと大きな音を立てて玄関が開く――ではなく、ガシャーンとけたたましい音が上がり、何事かと振り向けば、木っ端微塵に粉砕された玄関扉の破片が宙を舞っていた。
「ちーっす、塵の旦那! 明けましておっめでっとさーん!!」
 大量の葱を背負った男の登場の仕方に、さすがの塵も一瞬開いた口が塞がらない。しばし茫然とその男を見つめ――というか、茫然自失状態といったところか。
「な、な、な、な‥‥」
 わなわなと震える唇からは、言いたいはずの文句が出てこない。
 それを良いことに、男は勝手知ったる他人の家とばかりに、ずかずかと上がり込んできた。そして、卓の上に並んでいた料理を一瞥した後、さっさと台所の方へ向かう。
「おーすげえ料理じゃん。さっすが、日吉ちゃんだな。おーし、今度は多寡道お兄さんが頑張ってやるぜ」
「あ、あの‥‥」
 さすがの日吉も、いきなりの登場に何を言っていいのか分からない。
 そんな周りの雰囲気などお構いなしに多寡道(たかみち)と名乗った男は、さっそく背中から葱を下ろし、その中から肉を取り出した(どこにしまっていたかを聞いては行けない)。
 その時になってようやく我に返った塵。慌てて台所に飛び込むと、
「て、てめぇ、多寡道! 何考えてやがる! いきなり扉をぶち壊して入ってきやがって、てめぇはまともに扉を開けられねえのか!!」
 一気に捲し立てる塵だったが、当の本人はどこ吹く風。ふんふん〜などと鼻歌混じりでせっせと鍋を作り始めた。
「あ、旦那は楽にしててくれや。今、俺様が精のつく鍋作ってやっからよ!」
「んなもんはどーでもいい! とにかくだなっ」
「あ、日吉ちゃん、そこの醤油取ってくれや」
「は、はい。醤油ですね」
「うん、サンキュ〜♪」
「人の話を聞けぇぇぇ――っっっ!」
 相変わらず暖簾に腕押し、糠に釘。まったくもって人の話を聞かない性格は健在なようだ。
 せっせと葱を切り刻み、肉をぶちこんでぐつぐつと煮込む。いい具合に柔らかくなったところで味見をし、微妙に調味料で味を調整する。
「ふむ、こんなもんか」
 一人料理を没頭する多寡道。
 実はその間にも塵の文句は続いていたのだが、あまりにも彼の耳に届いていなかったので、ここはすっぱりとカットさせていただく方向で‥‥。
「ちょっと待たんかーっ!!」
 かくして。
 焔隠れの庵は、今年最初のお客様を迎える事となった。


●ぺんぎんは招くよ
 ひょこひょこひょこ。
 ペタペタペタ。
 小刻みによちよちと歩くその鳥は、ソーンの世界では随分と珍しい。いや、そもそもこんな所を歩いている事自体が稀少とも言える。
 ペタペタペタ‥‥ピタ。
 くえ?
 白と黒のツートンカラーを身体に纏ったその鳥――ペンギンが不意に立ち止まり、首を180度ぐるりと後ろに向ける。そうして一鳴きする。どうやら誰かを呼んだようだ。
「はいはい、ちょっと待って下さいよ〜」
 ペンギンの視線の先、パタパタと走ってくる少年の姿。どこかうっすら透けてるような、実体のような少年の名は、星祈師・叶(ほしにいのりし・かない)という。憧れだった存在を追って、ここソーンまでやってきたのはいいが、微妙に記憶を喪失してしまい‥‥とはいえ、記憶がないなりにでも懐いているのだから、きっと心の奥底に刻まれていたのだろう。
 いまも、その憧れの片割れに譲ってもらったペンギンの子供と一緒に、その人の家へ新年の挨拶に向かうところであった。
「塵さん、喜んでくれるかなぁ〜。お前も親に会いたいよねぇ〜」
 叶の言葉に、前を歩くペンギンはくえぇ〜と返事をする。どうやらお互いなんとなく意志疎通は出来ているようだ。
 そんな一人と一匹が仲良く歩いていると‥‥

 ひょこひょこひょこ。
 ペタペタペタ。
 ひょこひょこひょこ。
 ペタペタペタ。
 ひょこひょこひょこ。
 ペタペタペタ。
 パタパタパタ。
 ひょこひょこひょこ。
 ペタペタペタ。
 パタパタパタ。

 ‥‥ん?
 同じ方向に歩く足音が一つ増えているような。ふと顔を横に向けると、何時の間にそこにいたのかウェーブのかかった長い髪を揺らしながら、日傘をさしたほんわかな印象の御令嬢だった。
 叶が怪訝な顔をすると、その視線に気付いたのか彼女はニッコリと笑み返した。
「とっても可愛い子、ですね」
「あ、あの」
「ああ、御免なさい。私、鏡稀というの」
 戸惑いに、彼女は優雅な笑みで受け答える。月杜・鏡稀(つきもり・けいき)と名乗ったその女性は、にこにこと微笑みながらそうっとペンギンへと手を伸ばす。
「街を散歩してたらつい目についてしまったの。本当に可愛くて」
 そう両手をあげて褒められれば、飼い主である叶も悪い気はしない。こちらも満面の笑みで返してみる。
「えへへ。うん、すごく可愛いんだ〜」
 鏡稀が撫でさする様子を見ながら、叶は不意に提案する。
「あのね〜僕、これからペンギンさんをいただいた所に行くんだけど〜鏡稀さんも一緒に行きますか〜? そこに行けば、もっと可愛い子達がたくさんいるよ〜」
「え、本当ですか?」
 少年の発言に、彼女は目を輝かせる。可愛い生物が大好きな彼女にとって、それは夢のような事。
 もし。
 この時の叶の言葉を、その家の主である塵が聞いていたとしたら、思いっきり否定したことだろう。そもそも可愛い生物なんていったいどこにいるというのか。
 空飛ぶ生物、見えない四十人、どろどろぬるぬるの天使(?)、はたまた自然発生した未知の生命体(もはや生き物とすら表記できない代物)などなど‥‥。
 あれのどこが可愛いんだぁぁぁ、と叫ぶ塵が容易に想像出来てしまうのだが、叶にとってはどれもが愛すべき友達である。ちょっと浮世離れした彼には、きっと塵の嘆きも虚しく通り過ぎるのだろう。
「じゃあさ、一緒に行こうよ〜」
「はい」
 そうして二人と一匹は、仲良く歩きながら塵の待つ(塵:「待ってねー!?」)庵を目指すのだった。


●初めての訪問
「よいしょ、よいしょ」
 整備されていない道をまだ幼い少女は懸命に歩く。その手には、かなり大きな荷物を抱えながら。
「ふう‥‥もうすぐですね」
 ようやく見えてきた件の家屋に、彼女は小さく息を吐いた。
 ‥‥おじさま、元気でしょうか?
 そんなコトを考えながら、再び彼女は歩き出す。少女の名は、白龍宝珠・沙奈(はくろうほうじゅ・さな)。かつての自分がいた世界からこのソーンという世界に飛ばされ、最初は戸惑いがあったもののなんとか生活を始めた矢先、彼女はかつての世界にいた人達の噂を聞いた。
 塵と愉快な仲間達(仮)の事を聞き、居ても立っても居られなくなり、さっそくやってきたという訳だ。
 勿論、沙奈がよく塵ならば、きっとその周りにはたくさんの人がいるだろう。折しも今はお正月の時期だ。そう考えて大量のおせちを懸命に作って持参しようと思った。
「おじさまに逢うの、久し振りですから緊張しますわ」
 久し振りに会える仲間に、どこか瞳がキラキラと輝く。
 そうして辿り着いた庵の前。何故かボロボロになった扉に、あちこち板が打ち付けられている。まるで廃屋のようだ。
「ごめんくださーい」
 彼女は意を決して呼び掛ける。
 暫しの後。
「へいへいへーい、と。今度は誰だぁ〜?」
 響いてきたのは懐かしい声。
「おじさま!」
「‥‥っ! お、お前、沙奈か?!」
 おじさまと呼ばれ、思わず目を見開く塵。ハッと目を向けた先にいる少女の姿に、今度は驚きに身を固くする。
 沙奈と呼ばれ、忘れられていなかった事に彼女は喜色一面を浮かべる。
「はい。沙奈です。‥‥沙奈も来ちゃいました♪」
 そこまで言うと、今度は改まってお辞儀をする。
「おじさま、明けましておめでとうございます」
「お、おう! まあ‥‥よく来たな。玄関先で話するのも、なんだな。ま、散らかってるけど上がれや」
「はい。おじさま、やっぱりおじさまの周りは危険地帯なんですか?」
 無邪気な笑みでグサリと直球な一言。
 彼女自身に悪気がないだけに、塵の軟弱な心臓(周囲のブーイングもなんのその)にグサリと響いた。
「ま、まあな‥‥と、とにかく上が」
「よー! 塵アニキ、あけおめー!! かわいー連ちゃんに、お年玉くれ!!」
 促そうとした塵の言葉をモノの見事にぶった切り、応急処置された扉を無残にも再び木っ端微塵にしながら入ってきたのは‥‥。
「いきなりそれかっ!」
 咄嗟に繰り出された塵の鋭すぎる一閃を、彼――螢惑の兇剣士・連十郎(けいこくのきょうせんし・れんじゅうろう)が帯刀する剣でもってガッチリ受け止めた。
「あ、あ、あっぶねぇな〜塵アニキ。かわいい弟分になにしやがるんだよ」
「誰が可愛い弟だ! つか、なんで俺がお前にお年玉あげねばならんのだ!!」
「えーくれねえのかぁ〜ケチー」
「なんでだよ!!」
 いきなり玄関先で始まった壮絶バトル‥‥もとい、ドツキ漫才に奥にいた連中もなんだなんだ、とぞろぞろ出てきた。
「あ、連十郎さんだ。あけましておめでとうございます〜」
「よお、叶じゃねえか。おめっとさん」
 塵の攻撃をギリギリでかわしながら、叶の声に連十郎が返す。
「あれ、沙奈さんではないですか?」
「え? あ、あのう‥‥」
「あ、ゴメンなさい。私、日吉です」
「えぇっと、日吉姉さま?」
「ええ」
 男二人の喧騒をよそに、再会した少女達は感動の対面を果たす。沙奈の知っている日吉はまだ十一歳だった筈だが、すでに目の前の彼女は成人している。
 が、そこで疑問に思いつつも、そのまま違和感なく彼女はその現実を受け入れる。
「これ、おせち作って来たのですけど」
「まあ、ありがとう。さ、どうぞ上がって」
 少女二人がそそくさと談笑しながら居間へと向かう中、玄関先の騒動はよりいっそうの発展を遂げていた。
「ええい、そこへ直れ! 今日こそ叩っ斬ってやる!」
「おいおい、塵のアニキ、ちょっとマテって!」
 いきおいよく太刀を振り下ろそうとした、まさにその時。
「パパぁ、ケンカ?」
 ふいに届いた声に、ピタリと塵の剣が止まる。まさに紙一重の寸前だ。普段なら余裕で避けれるものの、最近の落ちた体力では危ういところだった。
 が、はたして相手はなにに反応したのか、と連十郎が彼の肩越しに視線をやると、そこには五歳ぐらいの少女の姿が。
「お、おお。起きたのか、東沙! いや、俺はケンカなんかしてねえぞ。なーにちょっとじゃれ合っていただけだ」
「そう?」
「ああ。怖い思いさせて悪かったな」
 さっきまで怒鳴っていた大魔人(マテ)が、今はすっかり菩薩の笑みだ。
 一体何があった、と目を白黒させる連十郎の目の前で、塵はその親ばかぶりを思う存分発揮していた。宥め、すかし、あやし、笑顔を振りまく。かつての塵を知る者ではとても考えられ‥‥いや、そんなことないか。
 連十郎は思い出す。
 よくよく考えてみれば、慕ってくる子供達に対しては彼はどこまでも甘かった。
「へえ、塵のアニキがねぇ〜」
 ようやく得心し、ニヤニヤと笑う彼を後目に、塵はその少女の手を取って居間の方へと移動していった。


●宴会は慎ましやかに‥‥出来ず(涙)
「それじゃ、まあ。人もある程度集まったんで、ここらで一度挨拶するぞ」
 それは家主である塵の号令。
 すったもんだのあげく、卓の上に並ぶのは豪華な料理の数々。日吉の料理は言うに及ばず、多寡道が持ち寄った葱と肉で仕上げた鍋、そして沙奈の持ってきた豪勢なおせち料理。それぞれの手には、成人した者達にはお酒を、未成年の者にはきちんとお茶を、そして塵にもしっかりとお茶が手渡された。
「んじゃ‥‥今年も皆、よろしく頼むな。かんぱーい」
『かんぱ〜〜い!!』
 塵の合図で皆が一斉に乾杯する。
 後は、雪崩れるように皆、目の前の食事に手を付けていった。

 ぐつぐつと煮込まれる鍋。
 葱、と聞いて嫌な思い出しか浮かんでこないが、まあ一応食材だから害はないだろう。そう思いつつ箸を伸ばした塵は、ふと気になっていた事を口にする。
「そういえば‥‥これ、何の肉だ?」
 ぱくりと一口、口の中。
 うん、けっこうイケるじゃねえか、と言いかけて、次に聞いた多寡道の言葉に絶句した。
「あ? 覚えてねーか、旦那。ほら、いつかユニコーンの郷で食ったトカゲのでっかいの」
「ブーーーッッ!!」
 思わず吹き出す塵。
「あれ、まだ生きててよー。さっすが肉食恐竜って感じだよな。ま、精はつくぞ、まあ食え食え」
「食えるかぁぁぁっっ!!」
 スコン、と塵の放った箸が勢いよく多寡道の額に突き刺さる。反動で彼はそのまま後ろに倒れるのであった。
「なんでぇ、こっちも食ってくれよ塵アニキ。せっかく俺が道中取ってきたヤツなんだぜ」
 連十郎が横からぐいっと差し出した小皿の上。
 キクラゲに似たふにゃふにゃした外見の黒い物。が、明らかにキクラゲでない証拠に、それは熱せられた今になってもぐにょんぐにょんと動いているではないか。
「ほれほれ、アニキ」
 ぐいっと詰め寄るように皿が出され‥‥
「やめんか!!」
 その皿を掌に、彼は思いきり連十郎の顔面めがけて押し付けた。ブチュ、と嫌な音がして、同時に小皿がパリンと割れる。
「うげっ!?」
 まるでカエルが潰れた悲鳴のようだ、とは後々の塵の感想。
 もはやその感触すら思い出すのも嫌で嫌でしょうがなかったようだ。

 パクリ、と一口口に含む。
「‥‥美味しいです」
「沙奈さんのおせち、こちらも美味しいですわ」
 お互い、それぞれが作ったおせち料理を口にして、その美味しさに感動の声を上げる。
「お二人とも、料理が上手ですね」
 間に挟むように感想を述べる鏡稀。どこかほんわかした印象は今も変わらず、その割にはしっかり手元に子ペンギンを抱きかかえている。その羽毛の感触を確かめるように、食事をしながらもその動きは健在だ。
 可愛い物が好き、と公言して憚らないぐらい、彼女の可愛い物好きはほんの僅かな関わりでもよく分かった。ただ、その方向性が必ずしも正しいかどうかは、別問題だろう。
 なにしろ。
「あら可愛い」
 そう言って鏡稀が目に留めたのは、ふよふよと宙を飛ぶ全身ヌルヌルに覆われた天使。空を舞う半透明の物体。四十人の見えざる集団。のそのそと信じられない遅さで廊下をはい回る生物。
 もっともそれは、彼女だけに言えたことではなく。
 むしろ、ココに集まる女性陣は、その愛でる方向性が少々(?)歪んでいるのではないか、と塵が真剣に悩むほどだった。
「みなさんもどうぞ召し上がってくださいね」
 日吉がそう言って差し出した料理を、見えざる手がいくつもすくい取っていく。はたまた天井からその重箱目がけて飛んできたイ‥‥の幽霊は、一瞬通過した途端に幾つかのおかずがなくなっている。
 彼女の場合、人も怪生物もみな一緒くたにしている節がある。
「それにしても‥‥おじさまの周囲、相変わらずすごいですね」
 沙奈がくすくすと笑うのを、皆誰も咎めない。当の塵は、といえば先程から連十郎との食卓バトルを繰り広げている。
 巻き添えになっては大変、と出来るだけ距離を取りつつ彼女は子ペンギン達と戯れていた。絵札を並べているところを見ると、どうやらカルタ取りのようだ。
「はい、それで正解です」
 子ペンギンの一人が取ってきた札を見て、沙奈はその頭を優しく撫でた。
 そんな彼女達の様子を微笑ましく見ながら、ふと気付いたことを問い掛ける。
「あのう、お酒の方、足りてますか?」
「ええ。ここにまだ残っているわ」
 お酌をして回った後の鏡稀は、手にしていた酒瓶を振ってみせる。ザルとはいえそこはお呼ばれした席でのこと、それぐらいの節度は持ち合わせている。
「あら、でしたらここにあったお酒はどこに‥‥」
 日吉が手を伸ばした先。
 確かにそこにあった酒瓶がいつの間にか消えている。いったいどこへ、と首を回した彼女の目の前に空のビンが勢いよく飛んできた。
「きゃっ!」
 慌てて日吉はそれを避ける。
「もう、一体‥‥え、叶さん?」
「あはははは〜気持ちいい〜」
 とろんとした目。上気したような真っ赤な頬。明らかに飲酒しました、と言わんばかりの様子だ。
「ちょ、ちょっと叶さん」
「うにゃ‥‥えへ、酔っ払っちゃった〜」
 口調はどこか陽気だが、なんとなく剣呑な雰囲気を醸しているのは気のせいだろうか。
 ハタ、と塵達を見れば相変わらずドタバタしていて、どうやら叶の様子に気付いていない。彼もまたその事を認識したらしく、にんまりとした笑みを顔に浮かべる。
「う〜連十郎さ〜ん」
「‥‥ん?」
 呼ばれて、ようやく彼が叶に振り向く。
「お、おい。叶、お前酒飲んだな?!」
「なに?」
 連十郎の叫びに塵もまた叶を見る。
 が、徹底的な下戸の彼に、叶に近づくことは出来ない。うっかり目を離した隙の出来事だ。まずい、と思っても後の祭りである。
「連十郎さ〜ん、いぢめかえしたる〜〜」
「どわぁっ!」
 体力の弱まった今なら、と頭の隅で覚えていたらしい。強引に押し倒そうとして飛び掛かり、そのまま卓袱台ごとひっくり返ってしまう。
「えへへ〜仕返しだ〜」
 あわやピンチ!
 と思わずギクリとした次の瞬間、上に乗っかかっていた体重が不意になくなった。よく見れば、日吉が強引に叶の身体を引っ張っているではないか。そこへすかさず沙奈が「酔っ払いの治療です♪」と良いながら、ぺたんと呪符を叶に張り付けた。
 よくよく見れば、それは『治療符』ではなく『呪縛符』であったのだが、この場合間違ってないだろう。沙奈自身はきっと前者であると信じていそうだが。
「叶さん‥‥食べ物、粗末にしないで下さい」
 にっこりと笑う日吉は、どことなくその笑顔が怖い。さすがに酔っ払っていてもその事は分かるようで、ピシリと凍り付いたように彼の動きが止まった。
「‥‥う、うん」
「よろしい」
 その様子を眺めていた塵は、我が娘ながら立派に育ったもんだ、と思わず草場の陰で涙をほろりと拭ったとか(マテ)。


●宴もたけなわにつつがなく?
「でやっ!」
「はっ」
「とぉ!」
「なんの!」
「でぃぃ」
「やっ」
「こなくそ」
 庭で響く掛け声。連十郎が言い出した『新春恒例・羽根突きデスマッチ』なるものを繰り広げている音だ。ちなみに羽根に使われているのは、彼が用意したある種の煙玉。一定時間が経てば、問答無用で爆発するという仕組みだ。
 ちなみに今対戦しているのは、脳天串刺し(爆)の衝撃から立ち直った多寡道と言い出しっぺの連十郎だ。どちらも必死の形相で羽根を高速で打ち返している。
 肝心の家主がどうしているかというと‥‥実は早々に破れ、あわやチリチリアフロになりかけるところだったのをなんとか避け、今は縁側でぼんやりと二人の対戦を見守っていた。そう書けば微笑ましい(ぇ)んだろうが、実際は家の中に被害が及ばないよう、じいっと監視しているのであったが。
「‥‥普通の平和な正月は‥‥俺には来ないのか‥‥」
 思わず愚痴る彼に、隣に寄り添って座る娘の日吉が日溜まりのような笑みを向ける。
「父上さま、そんなこと。きっと今年も穏やかな一年になりそうですね」
「あ、はは、ははは‥‥はぁ」
 そう言う娘の目には、きっと平穏無事に映っているのだろう。
 まあそれでもいい。娘に奇妙な物体を見せる訳にはいかない。例え、当の本人がまるっきり気にしていないのだとしても。
 ふと横を見れば、怪奇生物たちと戯れる鏡稀と沙奈。
 ああ、どうしてうちに集まる女性陣はこうも‥‥ぶつぶつ口の中で呟く塵。
「父上さま」
「い、いや、なんでもない」
 怪訝な顔をする日吉に、塵は慌てて首を振る。
「あっ」
 その時。
 庭の方から多寡道の声がした。
 続けて。
「やべっ!」
 連十郎の言葉が続く。
 嫌な予感に塵の背中に冷や汗が伝う。だが、見ぬ振りも出来ぬ身でおそるおそる視線を向けると、ちょうど軌道を逸れた羽根が弧を描いて池の中に落ちていく所だった。
 普通の羽根突きなら、それは別段なんのことはない光景だろう。
 だが。

 ――池?

「ま、まて!!」
 ハタと気付いて手を伸ばしたが、もう遅い。
 羽根はぽちゃんと音を立てて、池の中へ沈んで‥‥いかず、水面にぷかぷかと浮くばかり。ホッと息をついたのも束の間、気がついた時には羽根の黒玉部分が池の真ん中で真っ黒な虚空になっているではないか。
「あ、穴?」
 じゃない! よく見れば、黒玉はどんどんと膨れ上がっているのが、今は手に取るようにわかる。逆に水面の方はどんどん下がっていっている。
「お、おい連十郎、あの玉なんなんだよ!」
「いや、その‥‥ちとな、火薬の材料が足りなかったんでちょっとそこらにあった物を混ぜてみたんだが‥‥失敗だったな」
 苦笑いの相手に、塵の血の気が一気に下がる。
 直後。
「全員退避!!」
 誰の号令か。知るよりも早く、その場にいた者達はいっせいに走り出した。当然塵も負けじと逃げだそうとしたのだが。
 ハタと振り向いた瞬間、踵をとって返して池の方に向かう。
「お、おい塵アニキ!」
「先に行け、俺はあの子を‥‥っ!」
 見れば、みるみる膨らむ黒玉に興味を覚えたのか、今彼が育てている娘が目の前に立っているではないか。慌てて駆け寄り、その手を引っ張ろうとした‥‥その時。
 ピシリ、と音がして。
 直後。

 バァァ――――――ッッン!!

 それはまるで風船が割れるような音。
 そして。
 吸い込んだ池の水を全て弾け跳んだかのように、大量の水が無残にも塵を濡らす。彼はとっさに庇った娘を胸の内に、全ての被害を一心に被る形となってしまった。
 もうもうと広がる水蒸気。
 視界はまるで見えはしない。遠くで誰かが心配する声が聞こえるけど、大音量を間近で聞いたおかげで、しばらく耳鳴りが続いて使い物にならないだろう。
 ずぶ濡れになった自身を省みて、塵は盛大な溜息をついた。こんな事になるとは思っていなかった‥‥とは言わないが、結局被害は全部自分が被る形になったようで。
「‥‥俺が、いったい何をした‥‥」
 茫然と呟く塵に、池の水はただ無情に彼の身体を濡らしていく。
 そして。

 足掻けども 周りの波に巻き込まれ 新年早々いつものパターン
                              詠み人知らず

 ふと塵の頭を過ぎった一句。
 それが今年の自分を暗示しているようで、彼は心中で何時までも涙を流し続けた――――。


【END】


 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

1528/刀伯・塵/男/30/剣匠

1117/多寡道/男/20/鬼道士
1348/螢惑の兇剣士・連十郎/男/25/狂剣士
1354/星祈師・叶/男/17/陰陽師
1582/玉響夜・日吉/女/21/戦巫女
2239/月杜・鏡稀/女/26/月巫女
2255/白龍宝珠・沙奈/女/7/陰陽師


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

いつもお世話になっております。ライターの葉月です。

このたびは発注いただき、ありがとうございました。
遅くなってしまいましたが、ここにあけましておめでとうパーティノベルをお届けします。
希望通りドタバタ劇になっていたかどうか、微妙に不安なのですがいかがだったでしょうか?
それぞれの特徴がなるべく出るように、と心懸けて書いたつもりですが色々と至らぬ点もあったかもしれません。あと、オチについてですが‥‥あんな形に収めてしまいました(汗
お正月から不幸てんこもりな塵さんの人生に、薄くてもいい幸があらんことを心より祈って止みません(苦笑)

それではまた、ご縁がありましたらよろしくお願いします。
皆様にとって今年はいい年でありますように。

葉月十一 拝
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
葉月十一 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年02月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.