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『□■□■ それは例えば仮定の論理 ■□■□ 』
オーマ・シュヴァルツ1953



「うーい次のラブシックな患者さん、ドッキリいらっしゃーい?」

 オーマの声に診察室のドアが人面草達に開けられる。次はどんなバッキュン患いだろうか、カルテを掴んだ所でふわりと空気が揺らめき、視界の端を柔らかな金糸が掠めた。見覚えのあるそれに視線を向ければ、そこにはいつもの人懐こい微笑を浮かべる、姿――別荘を構え、国民と自然に触れ合うことを楽しむ王女、エルファリアが佇んでいる。
 その腕に包帯を巻きつけながら。

「おうおう、どーしたいエルファリア。ッと、その腕か? 随分乱暴な巻き方されてんなー、メイドちゃんもう少し丁寧に出来ないもんかね。ラブがまだまだ足りてねぇとみえる、その内こっちに連れてこいや? たっぷり愛情の有効活用というものを教えてやる」
「あの子もあの子で随分慌てていたらしくて、申し訳ございません。外科と内科の区別がありませんでしたので、こちらでも大丈夫だったかしら」
「おーうおうおう、ばっちりオッケー無問題だぜーぃ、来るもの拒まず去るものは地の果てまで、それがシュヴァルツ総合病院の親父的博愛精神の鉄則――」

 言い掛けたところで包帯を解いた彼は、絶句する。細いエルファリアの腕に巨大な爪痕――おそらくは獣、魔物の類が付けたと思しき傷。大方は書庫の梯子か何かから落ちた打身をメイドが大袈裟に包帯など巻いたのだろうと高を括っていただけに、オーマは息を呑んだ。そして、エルファリアを見る。

「どうした、これは。あの別荘で付いたものにしては随分不穏じゃねぇか。むしろこんな傷なら暢気に外来診療に並んで呼ばれるまで待ってる場合じゃないだろうが、何のための急患制度だ」
「混んでおりましたので、あまりお手を煩わせるのも躊躇われて……」
「躊躇うな! むしろ御典医を呼べ! そして質問に答えろ、どうしたんだこれは? 魔物に遭遇する機会なんてそうそうないはずだろうが、お姫様なんだからよ。なんだってんだよ、これは」
「実は――」

 エルファリアが語るところによると、先日父の聖獣王の召喚に従って城に行った際、城内の――異世界からの来訪者を迎える扉から大量に発生した魔物の一つに傷を付けられた、とのことだった。城にあまり居付くことの無い彼女は知らなかったのだが、昨今は扉からの魔物来襲頻度が高いのだと言う。騎士団長が庇ったものの、頭数が多かったために――。

「騎士団長が責任を取ると自決しそうになるのを止めるのが、本当に大変でしたわ」
「そりゃそうだろうなー……責任感強い奴だし。つっても、これだってそんなに浅い傷じゃねぇだろ、ったく。暢気に老人達と雑談しながら並んでんじゃあーりませーん」

 言いながらオーマは、彼女の腕に冷水を掛ける。大概笑みを浮かべているエルファリアが、僅かに顔を顰めて見せた。浅い傷ではない、と言うか、かなり深い。神経や重要な血管に傷が付いていないのは不幸中の幸いだ。彼はスッと眼を閉じ、軽く、意識を集中させる。水が傷に入り込み、抉られた肉を繋ぎ合わせるにかわのようになったかと思うと、彼女の腕は元の白く細いものになっていた。うっかり忘れ掛けていた癒し魔法、命の水である。
 まあ、と声を上げて、エルファリアは腕を撫でる。傷が綺麗に消えているのを確認してから、彼女はにっこりと可愛らしい笑みを浮かべて見せた。オーマは、笑わない。

「すっかり治りましたわ、痛みもございません。混んでいるようですし、早々に――」
「行く前に。その、扉の件だけどよ……」
「……父に、本当は口止めされておりますの。国民に不安を与えたくない、城内で収まっているうちは、と……ですから詳しい事は」
「つっても、王女が現に怪我してんだからなー。『親父愛求めて異形も腹黒万歳☆イロモノギブミーラブなんだな、そのラヴはこの俺が大胸筋と上腕二等筋でガッツリガッシリ素敵っくにホールドオンミーだぜい☆』って構えるわけにもいかねぇだろ。親父の素敵メガネにモッサリ相談しろや?」
「申し訳ございませんが」

 微笑みの可憐さと裏腹に、エルファリアは強かな女性である。断りの言葉を繰り返されれば、その意思の強さにはもう逆らえない。ガシガシと頭を掻き、オーマは巨大な溜息を吐いた。その様子に微笑を苦笑に変えたエルファリアは、ぺこりとお辞儀をして診察室を去っていく――間際、ふと気付いたように立ち止まり振り返る。

「そうですわ、オーマさん」
「んぁあー?」
「近々城で舞踏会が開かれますの。じきに招待状が着くと思いますわ、聖都公認腹黒同盟総帥さま。積もるお話は、そちらでと言うことに致しましょう?」

 にっこり。
 純白の姫の微笑みに、オーマは歯を見せて笑った。

■□■□■

「まあそういうわけで、パパは行って来るぞ!」
「…………早く行け」
「お? お、お、寂しいからってそんな連れない態度しちゃってんのか、もーどこまでラブいんだお前はー、家族愛! ラブ万歳! さあ一緒にシンデレラ逃避行とばかりに人面草の馬車でしろにレッツらゴーしとくかー?」
「単に邪魔…………な、だけ。…………でかい図体で、玄関……塞ぐな」
「だーって愛するワイフは仕事優先で付いて来てくんないからなー、親父ロンリーは寂しいぞ? 愛娘が付いて来てくれたりしたらすっげー嬉しいんだけどなー、ドレスなんて一発で具現化させてやるのになー!」
「そ、そんなドレスなんて鼻血モンなコスチュームを娘に着せるなぁあーッ!! 良いから行けこの変態ラブ親父、俺達のランデブータイムが減るんだー!!」
「はっはっはっはっは!」

 メガネ少年と娘に冷たくあしらわれながらも豪快な笑いを漏らすオーマの後ろに、黒い影が立つ。見れば、そこには友人が苦笑を浮かべて立っていた。どうやら玄関が塞がれて入れないらしい、ああ、と道を譲れば、足が進められる。

「まあ、間違いが起きないように私も付いていますけれどね。しかし、気をつけて下さい、オーマさん。何だか妙な気配を感じるんですよ、最近のエルザード城は……なんでしたら霊魂でも二・三人、憑けて逝きませんか? 何かお役に立ちますよ」
「ま、大丈夫だろーよ、多分な……それよりお前も、俺のラブ娘に手を出したら親父の一撃ドッキュンだぞーぅ☆」
「しませんよそんな破廉恥なこと、どっかの機械少年じゃないんですから」
「さり気に俺イジメ発覚ー!? くすんくすん……さあ! こんな親父達なんて放っといて、もう奥に行きましょう!」
「……………………ぅん」
「はっはっは。じゃ、行って来らぁ」
「オーマ」
「ん?」
「…………………………………………行ってらっしゃい」



 そんな遣り取りが、一時間前。



「ッにゃろ!!」

 向かってきた爪を持つ魔物の動きから脊髄の場所に見当を付け、神経が密集していそうな場所を判断し、強打する。見誤ることがあればそれはまた立ち上がり向かってきた。チッと舌打ちをして愛銃を振り回し、オーマは同じ事を繰り返す。数分前までは阿鼻叫喚だった会場に、今はただ戦士だけがホールにいる――魔物達と、戦っている。騎士団長は雪辱を晴らすためにか、酷く乱暴に剣を振るっていた。少し隙が多い、が、卓抜した武術家でも相手にしない限りは不覚にならないだろう。
 殺さない、という主義を貫き続けるのは難しいことだ。特にこういった人海戦術に訴えてくるような連中を相手にするのは、正直命が足りないほどである。流れていたのは優雅なワルツ、衣擦れの音、腹黒を謡う朗々とした演説。それが今では無言の惨劇。自分一人が殺さないことを貫いた所で、周りの騎士団や近衛達は両刃の剣をばっさばっさと血飛沫を上げている。

 それは、まったくの突然だった。巨大なホールのロフトから大量に侵入してきた異形の魔物達が招待客達を襲う。咄嗟に具現化させた銃で先陣を切り、どうにか客達の混乱を宥め透かしながら避難させ、騎士団や近衛と一緒に戦う。蝙蝠の羽を持つ餓鬼めいた異形に飛び付かれ、彼は銃を薙いだ。撃つつもりは無い、だからトリガーに指も掛けていない。室内で銃など撃てば味方を巻き添えにするだけだ。だが、殺さない方法も、何時までもつか。

 何よりも――

「うん。具現化ってつまり、意思の力だから。ね。その銃だって存分に形を変えて、効果的な武器に出来る。剣とかハルバードとか、そういうもの。に」
「ッ、傷付けるのは、……性に合わねー、んだよッ!」
「いつまで、言ってられるのかなー……ほんの少しだけ見もの。だね」

 歌うように囁き、だが確実に聞こえる声が発せられる。それはロフトの上からだった。落下防止の装飾的な手摺りの上に、危なっかしくも膝を抱えて座っている、それ。外観は人間に近いが、その腕は翼の形状で、長い尾も生えている。ぺろりと口唇を舐める舌は哺乳類特有の広いものではなく、爬虫類染みた細さを持っていた。ハーピィとリザードを合わせたような、どこか奇妙なそれ。
 まるで化け損なってでもいるような。

 『彼』は、魔物達と共に現れた。人々に群がるように襲い掛かってくる異形達と共に現れながら、自身は何もしない。ただぼんやりとホールを見下ろす顔にはまるで表情が無く、精気もなかった。そして、生気がなかった。
 痩せこけた頬に青い髪、だが、そこからは妙な程の力の迸りを感じる。奔流を感じる。だから誰もロフトには上がらず、ただ目の前の魔物達に向かっていた――眼を合わせるのも嫌になるそれは、ある種畏敬のようなものすら感じさせる。ぼんやりとした眼差しは赤く、そして――

 纏われる聖気は聖獣の如く。
 発せられる気配は、ウォズのもの。

 『あちら』と『こちら』が融合している、どこか判別の付かない不可解な不安さ。やはりここは幽霊軍団を一個師団ばかり憑けて来るべきだったのかもしれない、連中ならばきっとこの魔物達相手でもナンパツアーとしけこめただろう。節操無し万歳、博愛ラブ精神って素晴らしい。思考をずらしながら、彼は相変わらず銃で薙ぎ払う不殺生を止めない。
 幸い近衛や騎士団に死人が出ている気配は無いが、この状態が何時までも続くとは思えない。決着を付けるためには、頭と思われる彼を叩くのが一番良いのだろうが――それでも、『三十七番目の聖獣』を相手にするのは、正直少々不安がある。

「ッわ」
「あ、こらッ」

 倒した魔物を踏んでか、その身体のバランスを崩した近衛の一人に、異形達が群がるように襲い掛かる。チッと舌打ちをして、オーマは助けに向かおうとするが、一匹一匹払っているのでは時間を食いすぎる。迅速に、するには――

「どりゃああああ愛のスライディング大コケぇぇ!!」
「へ、へぶらぼッ!」
「ッオーマ殿、何をしているッ」
「ラブ精神による若人助けだ!!」

 オーマはその巨体でもって大胆なスライディングをし、倒れていた近衛を魔物の群れから蹴り飛ばす。むしろ彼のブーツによるダメージの方が大きそうだったが、すぐに仲間に助け起こされるのが魔物達の隙間から僅かに覗けた。安堵してオーマは、今度は自分に群がりだした魔物達を掻き分けようと巨大な銃を手に取る、その、瞬間。

 世界が白濁した。

■□■□■

「世界は綾なされていると思わないか。な」
「……んぁ?」
「パラレル、じゃない。平行じゃ交わらない。多分、何か織物のように、一つの世界が時間に沿って一本のラインになり――他の世界と、綾なされている。とか、思う。俺はね」

 出来損ないで化け損ないの身体を軽く振って、彼はくくくっと喉で笑う。
 どこか老人のような疲れた様子で。
 オーマは、ぼんやりとその姿を見上げる。

 場所は、エルザード城のホール。
 彼は膝を抱えてロフトの手摺りに座っている。
 オーマは、ホールに佇んでいる。

 魔物達も、騎士団も、近衛も居ない。
 どこかずれた別の場所に、二人だけがいる。
 二人だけが在る。

「だから例えばこういう場所もある。ね。少しずれた次元。何か違う現実。裏側と言うか鏡。だね」
「…………それで?」
「認識されな。い」

 彼は、笑う。

「俺は。ね。例えば、どこか違う次元と混じって出来た。と、思う。自分が。純粋にこの世界で生まれた物じゃない。だから、裏側で、生まれた。他の聖獣達を象ればこちら側に入って行けるかとも思った。のだけれど。どうも途中までしか出来ない。みたいで、こんな感じ」

 ばさ、と彼はフェニックスの腕を広げる。
 すい、とサラマンダーの尾を上げる。
 じぃ、とエンジェルの顔が見詰める。
 出来損ないのレプリカが、見下ろしている。

「綾なされている。という仮定に乗っかる話でしかないんだけど。ね。そうなると、どこかで変動がある。と、ここでも変動が起きる。と思う。亜種。変異体。出来損ない。ハイエンド。バイプロダクト。生態系干渉。遺伝子干渉。僅かなものか。甚大なものか。仮定の話だから判らないけれど。ね」

 それは、つまり。
 世界の根幹に影響を与えるほどの衝撃が、どこかに発生すれば。
 どこかの世界へもそれは波状に波及し。
 干渉を、する。
 例えば彼がいた世界の過去が、このソーンに影響を与えていないとは、言い切れない。
 仮定、だが。

「と言うわけで、質問しようと。思う」

 ばさり。
 出来損ないの翼で滑空してきた彼は、オーマの前に立った。その背は存外に高い。膝を抱える形だったのが原因か、身体の長さの目測を誤ったのだろうか。膝を抱えて丸くなっていた彼の目線は、オーマのものと殆ど平行である。虚ろな眼が、彼を写し、くすくす笑っていた。
 ぞっとするほどの聖気、そして、ウォズの気配。
 近過ぎて、落ち着いていられない。
 今にも食い殺してしまいそうだ。
 恐ろしく、て。

「俺は何かな?」
「そんなこと、分かるか」
「俺は誰かな?」
「同じだ、初対面の相手なんて判るか」

「俺は何かな?」
「聖獣の気を纏ってはいる」
「俺は誰かな?」
「ウォズの気配もある」

「俺は何かな?」
「何を望んでる」
「俺は誰かな?」
「俺が、知りたい」



「それじゃあそこに入れて」



 ぴたり、と。
 いつの間にか形を変えた人間の指先が、オーマの胸を指差した。

「孤独にはそろそろ飽きた。俺がウォズと呼ばれるものの気配を纏っているのなら。キミには俺を封印できるはずだ。ね。そして、俺は仲間達といられるわけだ。迫害があるかもしれないけれどそれはご愛嬌だ。ね。何も考えなくて済むならそれでも。良いし。この理屈だと殺されても良いんだ。けれどさ」
「――――おい」
「何かを殺すのを躊躇う。のは、偽善だよ。可哀想とか。自分勝手。死んだほうがマシって言う状況も。確実に存在している。誰にも認識されないということは生きていない。そういうこと。キミは俺を知りたい。取り込めば多少は判る。利害関係は一致した。さあ、

 俺を殺せ。責任を取って。『この世の禍』よ」

■□■□■

「ッざ、けんなぁあ!!」

 オーマは叫んで、自分に群がっていた魔物達に銃を放った。仰向けに転がっていたので、それは天井に向かう。他を巻き込む心配も無い、腹筋と足のバネを使って器用に起き上がれば、身体を焦がした魔物達が再生していく。
 イメージ。想像。聖気やウォズの気配に惑わされなければ、そこにあるのが全て具現化された人形でしかないことなど簡単に見分けが付けられた。そうなれば手加減をする必要は無い、痛みも迷いも意識も何もないのならば、傷付けることに吝かではない。彼は銃身の一部を刃にし、そのままに異形達を薙ぎ払う。血飛沫には有機のニオイなどない、まやかし、だ。

 滅多に激昂しないオーマのその様子に、近衛や騎士達が一瞬停止する。数名が何か声を掛けようと口を開くが、血が滲むほどに歯を食い縛ったオーマの険しい表情に、彼もまた絶句した。相変わらず欄干の上では膝を抱えて、『彼』が見下ろしている。世界を見下ろす神のように。その口元には薄っすらと、笑みすら浮かべて。

 手の中に無数のメスを生み出し、急所を狙って魔物達に突き立てる。傀儡でも身体の支点となる場所を破損すれば、無事ではいない。そのまま波のように襲い来る異形を掻き分け、オーマは進む。見れば他の近衛達に向かうものは無く、全ての魔物が彼に向かっていた。だが、そんなものは蚊トンボでしかないかのように、彼は進む。口元から滲む血が絨毯に落ちる。食い縛った歯がギリッと音を立てて、頭蓋骨にまで響く。

 油を注ぎ、限界まで激昂させて、そして。望まれていることが判るからこそ、それに乗って怒っている自分の状態に腹が立つ。遠慮なく銃を放ち、殴打し、切断し、彼は進んで行く。ゆっくりと確実に、彼の真下に。膝を抱えて世界を見下ろす孤独な神の微笑の下に、ゆっくりと、確実に。

 偽善。飽きた。可哀想。自分勝手。
 『この世の禍』。
 そんなことは知っている。
 今更誰に言われることでもない。
 だからこそ。
 だから、こそ。

「飽きた、だと、飽きただと? 殺せ? 封印? 孤独? 仲間? ふざけるのも大概にしやがれってんだよ、これだけの騒ぎ起こしといて、人傷付けといて、何調子こいたこと抜かしてんだよ、あああ!?」
「さあ。だって聖獣サマだから。ね。所謂カミサマ? 別に良いじゃない。か。何か問題でもあるのか。な、戦友さん。この孤独を識る者が今更何を説教して。くれるんだい?」
「説教なんざしねぇよ、死にたがる奴ってのはどうしようもねぇからな。どうしようもねぇ、まったく、どうしようもねぇぐらいの劣悪だ。どうしようも、どうされようもねぇような奴にくれてやる説教なんざ、こちとら持ち合わせがねぇんだよ」
「それはそれは、中々素敵なラブ魂。だね。でもそれも博愛の一面だと思う。かな。翻された愛情は何よりも強い憎悪に。変わる」
「そういうこと、だ!!」

 オーマは銃を構え、それを、撃ち放った。

「ッ!!」
「うわ」
「ひぃッ!?」

 騎士団や近衛の将校達が、その衝撃波に眼を閉じる。辛うじて腕を上げた騎士団長は、オーマの銃から放たれる巨大な閃光に、やはりその眼を閉じた。小さな太陽でもそこに召喚したような、凶暴な白い光。何かの叫びを代弁するかのような、おそらくは殆ど渾身の一発。意思で全てを調節する、そういう武器だからこその、暴発のような、それは――















 ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 床に、向けられていた。














「え?」

 漏らされた『彼』の声に、衝撃でその巨体を浮かせたオーマがニィッと笑う。
 そしてそのままに、
 巨大なビンタが入った。

「わ、たたたッ。あ?」
「ガぁーキがぐだぐだ御託並べてんじゃねーッつの!! その程度でこの俺様の逆鱗を引っぺがそーと思ってたのか、ああん? 悪いがこちとら愛の伝導師! いつでも強気に本気、無敵ングにステキック! 世の中に愛と親父と胸板で解決できねー問題なんざねぇって主義なんだよ、わぁーったか!!」
「だ。って、あんな。怒って。説教しない、とか」
「愛の鞭は説教より雄弁だコラァ!! 理解したか、認識したか、脳みそは平気か、言葉は通じるか、愛は地球を救うか? 改心したらさっさと、今まで迷惑掛けた城の連中に謝り倒しお礼参りに俺と共にレッツゴーだってんだよ、エルザード城で俺様と握手!!」
「そ、んなッ」

「お前はここにいる、俺に認識された、孤独じゃない、飽きない、死ななくて良い、封印されることも無い!! 理解しろ、お前はここにいる!!」

 呆気に取られた『彼』は。
 噴出すように笑って。
 そして、その偽物の身体を変型させる。

 そこに立っていたのは、背中に一対の白い翼を持ち、頭には二つの巻き角を持つ、あどけなさの残る少女だった。

「…………」
「女の子の方が許してもらいやすいかな。って?」
「姑息なことをするな!」
「あいたッ!」

 オーマの拳骨が振り下ろされた。

■□■□■

「ふーん? で、その子は今どうしてんだい?」
「あー、エルファリアが引き取った。まだ子供っつーか、成人してねぇからな。暫くは不足してたコミュニケーションを補うのが良いだろうし、あそこの別荘は住人が多いから丁度良いだろ。おう、そこのカルテ取ってくれ」
「はいはい」

 妻に手渡されたカルテに入退院記録を付けながら、オーマはふぁっと欠伸を噛み殺す。
 城の家人、騎士団、近衛、舞踏会の招待客、勿論聖獣王にエルファリア。迷惑を被ったすべての人間たちへの謝罪行脚は、実に一晩にも及んだ。境遇を聞いた聖獣王は、年甲斐もなくだー……っと涙を零して慈悲を掛けることを決断してくれたし、世話は、エルファリアに任せられる。王族二人に刃向かえる者など、ソーンにはいない。
 死人が出ていなかったのも幸いだったか、と、オーマは椅子に座ったまま伸びをした。ぎしぎしと耐久性の限界を訴えて、背もたれが鳴る。

 その肩をぐいっと掴む気配に喉を反らせば、にっこりと笑みを浮かべる少女――ソサエティマスターが、佇んでいた。

「……何の御用でしょうか、歌姫サン」
「んー? ウォズの気配があったって割に、どーぉして私に報告がないのかなぁーって? あんたが相手に情けを掛けるのはもう放置だけど、報告はしろって、毎回言ってるのよねーぇ〜〜〜? いいっ加減にしないと給料カットするわよ!? そして私の美貌向上の為に有効活用、素晴らしい名案ね!?」
「ああ、ならあたしと娘もご一緒させてもらいたいねぇ? 流石に子持ちになると苦労が肌に出て困ってんだよ、旦那の稼ぎは悪いしラブ振りまいて何もかも解決させようとするしで。ったく、大黒柱が甲斐性無しだとほとほと生活が参るよ」
「あ〜〜〜〜〜、あそびにいくそーだんしてる〜〜〜〜〜〜!! いいないいな、まぜてまぜて―――!? みんなでね、いっしょにあそぶの、だいすきなの〜〜〜っ☆ ねー、せんせい、いいよね〜〜〜?」
「待って、そんな皆で俺の給料食い潰し計画立ててないで!?」



「……エルファリア。挨拶行く。んじゃ、なかった。の?」
「お取り込み中ですから、後日にしましょうね。一緒にお買い物して帰りましょうか」
「うん、行く。街、たのしっ」
「それは、何よりですね」
「えへへ……」



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PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年02月04日

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