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『温泉の愉しみかた 』
栄神・春日(w3g978)
「温泉といったら覗きは基本だろ。高く険しい壁を乗り越えて、その先に待っている至福の時を得ることが男の愉しみであり悦びであり、それがまた使命なんだ」
雪の舞う冬の空の下。安い旅館の一室を、とある方法で略奪もとい頂いた金で羽を伸ばしにきていた一行は、早々に宿の唯一の名物である温泉に駆け込み、身を沈めた。
耳を澄ましてみるが、修学旅行でよくあるように、女湯からは胸が大きいだの小さいだのといった初々しい会話は一切聞こえてこない。妙な静けさを破るように、鳴神は光悦そうに笑った。
「すぐ傍に天国だぞ!? 栄神春日の裸だぜ、これを見ずして何を見る!」
「……いや、覗きだろ。何を言っても結局は」
横で温泉を堪能しているカファールは、良からぬことしか考えていない顔に言い放つ。興味の全くなさそうな顔に、鳴神は憤然として根拠のない講義をする。
「そんなこと言って、舞奈の裸見たいくせに」
あまりにも思考範囲外の意見にカファールは一瞬言葉を呑み、無言で首を横に振った。
「この世のどこに洗濯板に喜ぶ奴がいる?」
「それにしても、本当に止めといた方がいいよ。身の危険というか、今後のためというか」
「しかし、それを乗り越えてこその楽園じゃねえの」
穏やかとも無関心ともつかない栄神朔夜の忠告に、握り拳を振り回し意気揚々と鳴神は語り続ける。その光景を、湯船に浸かりながら朔夜とカファールは呆れた視線で眺めていた。
「止めるべき?」
「……だろうな。そうでもしないと春日が怒るんだろうし」
既に鳴神は男風呂と女風呂の境界線をよじ登っている。あと少しで見えるんだろうな、と冷静に思いながら、朔夜は冷える空気の中に身を置いた。礼儀作法として腰にタオルを巻いてはいたが、鳴神との異なる姿に多少意識が揺らぎ始める。一瞬だけ。
「おまえも見るのかよ?」
厭そうに言う鳴神に、朔夜は首を振った。
「その逆」
「見られたいのか!」
「莫迦か!?」
がしっと、鳴神の首根っこを掴み、朔夜は一気に引き剥がしにかかる。……何でこんな男に春日の裸をさらさなければいけないのか。全くもって不可解だ。断固として阻止しにかかろうと両腕に力を込め、両の手を壁の淵にかけたまま鳴神は必死に抵抗する。
「はーなーれーろー」
理由は愛しい妹のため。
「いーやーだー」
理由は己の欲望のため。
果てしないとも思われた二人のやり取りを眺め、温泉の中に一人カファールは穏やかに息をついた。
「……二人とも、もうどっちか引いた方がいいんと思うが?」
言っても意味はないが一応忠告しておく、と。その曖昧なニュアンスに二人は顔をしかめた。
「予算の都合上なのか、ここの宿はどうもぼろい。だから至る場所にガタがきてるんだが、それは当然男湯と女湯の壁にも言えることだろう。それでも、日常茶飯事には耐えられるだろうが、これはお世辞にもどう見たって“非日常”風景だろ。つまり、だな……」
めきりと木の板の軋む音がする。呆気ない声が二つ重なり、更に呆気なく男湯と女湯との境界線は崩れていく。
小さな悲鳴が聞こえた。
湯船に鼻先まで沈めて小さく泡を立てている苫地舞奈が、頬を赤らめながら視線を三人へとやっている。こういうことを予め予測していたのが、エルティマは胸にタオルをちゃっかりと巻いている。男であるはずなのだが、ちゃっかりとその場に落ち着いているのも不思議な感がするが敢えて誰もツッコもうとはしなかった。
「……酒がまずくなる」
ちらりと後方の男性陣を見やって栄神春日は呟く。
「で、満足したか、鳴神?」
漸く倒れている身を起こし、朔夜の体の下から這い出てきた鳴神は、まあねと軽い調子で答える。視界に入るのは舞奈の顔半分と、エルティマの見事な半裸。そして春日の白い背だった。
「栄神春日! 言いたいことがあれば、こっちを向いて言えよ」
完全に朔夜から出てきた鳴神は、女湯に向けて何も隠さずに仁王立ちをした。
「それは明らかに犯罪だろ……」
カファールが呆れたように呟き、体ごと女湯に背を向ける。無理だとは思うが、なるべく巻き添えは喰いたくない。……多分、無理だけど。
鳴神は高々と宣言をした。
「これは犯罪じゃなくて、正義だ!」
「何の!?」
まだ元・境界線に体を密着させた状態で、朔夜が呻きつつも言う。
「御託はいい。三人ともそこに倣え」
春日が湯船から身を出す。空になったとっくりの乗ったお盆が湯に浮いている。倒さないように、静かに立ち上がった。ぴしゃりと言い放った声で場は一瞬で静まり返り、緊張の糸がぴんと張り詰める。ごくりと息を呑む音がし、顔だけ振り返った春日の視線が、冷たく鳴神にぶつかる。
「春日、見えちゃうよ見えちゃうよー」
愉しそうにエスティマが連呼する。そのはしゃぎ方でエスティマ自身のタオルが落ちそうになるが、浴槽から伸び出た舞奈の手が辛うじて抑えている。
「エスティマ、ちょっと」
何何、と嬉しそうに小走りをするエスティマの体を、春日はひょいと持ち上げる。そして容赦なく鳴神へと投げつける。鳴神に直撃し、両名は気を失った。
とん、と軽い足取りで湯船から出、春日は男湯へと向かう。その胸元には、エスティマから奪ったタオルがいつの間にか巻かれていた。
「朔夜、カファール……言い残したことはあるか?」
「俺は無関係だ」
との弁解の余地は与えられず、雪の降る空の下、数分後には三人は綺麗な簀巻きとなって横たわっていた。

「ゴッキーも男なんだよね」
簀巻きから解放され卓球場に入るやいなや、舞奈はやってきたカファールに向けて言い放つ。
「別に、ゴッキーをゴッキーとして認識してただけだって訳じゃないけど、結局はゴッキーでしょ? ゴッキーってあまりそういうのに興味がないって決め付けてたんだ。ごめんね、ゴッキー」
「……言ってる意味が分からないんだが」
疲れたようにカファールは呟く。愉しそうに舞奈は笑い、手にしていた缶ジュースを手渡す。まだ暖かいそれを開け、何の疑いもなしに口にした。

天国を見た。

「成功、だね」
口元に手をやって、舞奈は小踊りをする。
「“苫地舞奈特製飲料ver.2”実験成功っ!」
悶え、壁に手をやるカファールの周りで舞奈は何度も何度も走り回る。
「どう? 美味しかった?」
「……んなわけないだろ」
律儀にも口に含んだ分は全て胃に入ってしまい、口内に広がるまったりとした刺激と、意外にも残る後味に顔をしかめつつ、流れ行く液体はその器官の全てで不具合を起こしていく。致死性の毒よりも悪質かもしれない、と後悔を交えながら、カファールは一つ、かねてから疑問にしていたものを口にした。
「“苫地舞奈特製飲料ver.2”ってことは、vol.1ってのもあるのか?」
肯く舞奈に、カファールは視線を様々な場所にやり、それが足元で転がっていることに気付いた。
「でもあまり効果なくて、すぐ倒れちゃった」
残念そうな舞奈に、一体何が成功なのかカファールは敢えて問うことはせずに床に腰を落とした。心配そうな顔で視線を合わせる舞奈に、カファールは気のない笑みを浮かべた。心配そうであっても、申し訳ないとは思っていないようだった。
すぐ傍で意識を失っているエスティマを手団扇で扇いでやりながら、二人は定番の卓球大会を眺め始める。
春日対鳴神。審判朔夜。
試合は一方的な展開だったが、そもそも卓球ではないようにも見える。
「試合じゃなくて、死合いだな」
朔夜が指を折りながら呟く。片手はずっと零点を表す握り拳だったが、反対の手は凄まじい勢いで数を数え上げている。卓球の球は勢いよく相手のコートで跳ね返り、鳴神の顎に命中し続けている。命中した球は春日のコートへと帰るが威力は弱く、サービスボールとして再び顔面に痛すぎる洗礼を受ける結果になる。
時計を見、朔夜は春日に提案した。
「そろそろ食事にしないか? 部屋で待っている奴もいるんだから」
「それもそうだな」
どこの世界で卓球にスマッシュを決める人間がいるのだろうか。テニスさながらの決めスマッシュに当然ながら鳴神は後方に頭から倒れ込んだ。
「汗、かいた」
不服そうにぼそりと言って、春日は再び女湯へと向かった。逞しい背を見送って、朔夜は苦笑染みた笑みを舞奈・カファール組にやる。
「行こう」
「そうね」
舞奈は立ち上がりカファールに手を差し伸べるも、無視される。まだ少し体調の悪そうなカファールを最後に、三人は食事のある大部屋へと歩を進める。
「あ、わたし先行ってるね」
ぴしっと手を挙げ、舞奈は脱兎の如く駆け出していく。何を急いでいるのか分からない朔夜は不思議そうに思いながらも歩く速度を変えなかったが、数歩後ろのカファールの顔色が次第に悪くなっていく。
「どうした?」
問いに、カファールは困惑したように首を振った。
「何でもない」
舞奈が何をしたいのか、先程の行動からは想像が容易だ。
「……ま、構わないか」
一人呟き、立ち止まる。彼女は酒だろうがなんだろうが構わずに、アレを入れてしまうだろう。このまま自分だけが犠牲者であるのも納得いかない。こうなったら、とことん「意識ある天国」を他の人間にも感じさせてやらねばいけない。さりげない優しさを無自覚で実行しつつ、己の不満の矛先を他人へと向ける。それはそれで、効率のいいことだろう。一人決意して、カファールは“生き地獄”へとの先導役を仕った。
そしてそれは数時間後、狙い通りに地獄を招いていた。





【END】

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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【w3g978maoh/栄神春日/女性/21歳/直感の白】
【w3d807maoh/苫地舞奈/女性/14歳/直感の白】
【w3d807ouma/カファール/男性/25歳/ナイトノワール】
【w3h042ouma/エスティマ/女性/17歳/セイレーン】
【w3h299maoh/栄神朔夜/男性/21歳/残酷の黒】
【w3i013ouma/鳴神/男性/31歳/シャンブロウ】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

唐突ですが、温泉で卓球は定番です。
最近の旅館では有料になっていたりと寂しい感はありますが、卓球は定番です。
浴衣にラケットで激戦……という展開が好きで、いつか実際にやってみたいと画策していたりします。
卓球場よりも何よりも、まずは上手く乗ってくれるような相手が欲しい、と。
そんなことをたまに思いますね。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
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神魔創世記 アクスディアEXceed
2005年02月04日

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