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『 あちこちどーちゅーき 〜メガロポリスの一角で〜 』
桐苑・敦己2611



 電車が大きく揺れて停車した。
「渋谷、渋谷です。どなた様も、お忘れ物の無いように」
金属の機械が擦れ合い、扉が開く音に続き、人々がどどっと駅に降りる音で、車内放送はかき消されてしまった。
桐苑・敦己は流れ出る人々から一歩遅れて、東京のど真ん中に位置する若者の町・渋谷駅に降り立った。
旅をする時には欠かさない、何時もの荷物が入った、言ってみれば旅仲間であるリュックを背負い、ズボンのポケットから切符を取り出し自動改札に滑り込ませ、敦己は改札を抜けた。
「ここが渋谷。やっぱり都会は違う」
敦己は、数時間前までいた奥多摩の景色を、頭の中によみがえらせていた。祖父の財産を減らす為、全国の様々な場所へ気ままな旅を続けている敦己は、冬景色の奥多摩を楽しんだ後、次の目的地を決めるコインに導かれて、東京の都心部へと足を運んだのだ。同じ東京とは言え、奥多摩の自然あふれる景色とはまるで違い、ここは人も物も、全ての物の動きが機械的だ。「皆、そんなに忙しいんでしょうかね」
敦己は少し早足で、駅の階段を下りた。どこかの店に入って買い物をするとか、雑誌に紹介されている人気の喫茶店に行くという訳でもない。コインと、風の向くままに、敦己は歩き出す。それが敦己の旅なのだ。



 沢山のデパートやアミューズメント施設、食べ物屋が並ぶ大通りを抜けて、敦己は細い横道に入ってみた。とたんに人がいなくなり、道も狭くなる。
「皆、大通りしか歩かないんでしょうかね」
敦己は後ろを振り返り、相変わらず人の流れが切れない大通りを眺めていた。
「そんな事ないぜ?たまにここにも人が来るさ。アンタみたいなのがな」
若い男の声だった。
視線を戻した敦己は、次には自分のそばに若い男が立っている事に気が付いた。クセっ毛のある黒髪に、袖のないシャツを着て、所々が破れた黒いズボンを履き、汚れた革靴を履いている。しかし、その男の体を通して、男の後ろにある壁の落書きが透けて見えていた。
「こんな都会にも、幽霊がいるんですね」
敦己がそう言うと、男は少しだけ口を歪ませて苦笑を浮かべる。
「当たり前だろ。都会の真ん中で命終えるヤツもいるんだからよ。おれみたいに。けどよ、幽霊ってのは何つーか、自由がねえっての?おれ、ずっとここでこうして、生きてる連中見てんだ」
「俺も霊能力がありますから、これまで色々な幽霊と出会いましたよ。貴方はなかなか個性的な方ですね」
敦己は口元に軽い笑みを浮かべて見せた。
「しかし、何故このような場所で留まっているのですか?貴方のような幽霊が、ひとつの場所に留まっている、という事は、その場所に何か未練がある場合が多いと、聞いた事がありますが」
すでに、敦己は顔から笑みを消し去っていた。若い男の幽霊の目を見つめて、次に男がどんな言葉を話すのかを待っていた。
「なあ、お前、浄霊出来るか?」
予想していたものとは別の答えを聞いたので、敦己は眉を上げて驚きの表情を見せていた。「それでいいのですか?貴方が望むなら、俺はそうしますよ?出会って突然、そんな話が出るとは、思ってもいませんでしたけどね」
「いや、自分でもわかってたんだ。いつまでもこの世にいてはいけないんだと。けどさ、どうしてもおれをここに繋ぎ止めている思いがあるんだよ、おれの中に。なあお前、おれの頼み事、聞いてくれないか?決して、難しい事じゃあ、ないんだ」
幽霊の表情の奥に、強く激しく、真剣な思いがあると言う事を、敦己は感じ取っていた。だから敦己はゆっくりと頷くと、幽霊にもう一微笑んで見せた。
「いいですよ、俺に出来る事なら。いえ、少しぐらい難しい事でも、やってあげますよ」



渋谷を突き抜ける首都高速道路に沿って坂を上がり、敦己は道の先にある住宅街を目指していた。敦己は、数株の百合の花を手にしていた。あの若い男の幽霊は、あの小道で酔っ払ったヤクザと揉め事になり、不運にもヤクザが持っていたナイフに刺されて、命を落としたのだと言う。
「想い人に花を届けて欲しいだなんて。少し前の少女漫画のようですね」
 敦己が幽霊に頼まれた事、それは渋谷の住宅街の一軒家に住んでいる女性に、その女性が最も愛した花を届ける事であった。今は幽霊となった若い男は生前、その女性と付き合っていたのだという。
 坂を上がりきると、今までの風景とは変わり、静かな住宅街が広がっていた。
「渋谷にも、こんなところがあるんですね」
 敦己は幽霊に教えられた、赤い屋根の家を目指した。その家に川西さやか、という女性が住んでいるのだという。
 さやかに最後の贈り物をしたいんだ。その幽霊の言葉が、まだ敦己の耳に残っている。
 死んでいる者と生きている者。花を渡す事など敦己には容易な事だ。しかし、それ以上の事は何も出来ない。この町がどんどん大きくなり技術が進んでも、この事実を変える事は出来ないのだ。
 やがて、敦己は赤い屋根の家の前で足をとめた。表札には「川西」と書かれている。ゆっくりとした動きで、敦己がチャイム押そうとした時、デパートの紙袋を下げた横から茶色の髪をした、小柄な少女が話し掛けてきた。制服を着ており、高校生ぐらいだろうか。
「どなた?」
「あ、はじめまして。川西さんですね?」
「そうですけど、何か用事ですか?」
 少女の顔に表情が見えない。最近の都会も物騒だから、敦己を警戒しているのかもしれない。
「この百合を、届けにきました。とある方から頼まれたのです。貴方の事を愛していた人から、最愛の贈り物をと」
「何の話?それに私、百合は好きじゃないし」
 少女があまりにも冷たい口調で言うので、敦己は眉を潜めてしまった。
「だけど、さやかさんは百合が好きだと、聞いたのですが」
「静美、誰と話しているの?」
 家の玄関の入り口が開き、中から白髪の老婆が姿を見せた。
「この人、さやかお婆ちゃんに用事があるって」
「お婆ちゃん?」
 敦己は、少しを置いてからやっと全ての状況を理解した。
「この百合を届けに来ました。貴方の想い人から。信じるか信じないかは貴方次第ですが、あの方は、魂だけとなっても、ずっと貴方の事を思い続けているのです。俺はその人に頼まれてここへ」
 さやかと呼ばれた老婆は、しばらく呆然とした表情であったが、やがてその皺の深い顔に、笑顔が現れた。
「不思議な事もあるものだねえ。こんなに時を隔てて、あの人が私を想ってくれるなんて。死んだと聞かされて、この世から消えてしまいたかった。だけど、約束を果たしてくれたんだね。あの頃はまだ国も貧しかったが、あの人言ったんだよ。いつか百合の花を沢山、届けてやるって」
 老婆は嬉しそうに、百合の花を抱きしめた。人を想う気持ちに、年齢など関係がないのだ。



 敦己がその住宅街を離れて、幽霊がいた場所へ戻って来ると、そこにはもう何もいなくなっていた。霊の気配もまったく感じない。幽霊は、生前の約束を敦己を通して果たした事で、この世への強い執着が消え、いるべき世界へ旅立ったのだろう。
「あの人は、あの場所で何十年も恋人を想い続けていたのでしょう」
 しばらく静かな都会の一角に佇んでいた敦己は、やがて懐からコインを取り出して、空へと投げた。
「次は、どんな出会いがあるんでしょうね」
 都会の青空に、コインは白く輝き、敦己を次なる場所へと導いたのだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月02日

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