▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『パーッと行ってみましょう』 』
アイラス・サーリアス1649

『好青年』。
 アイラス・サーリアスをこう評する者は多い。
 いいひと。優しそう。いつも穏やかで。礼儀正しくて。今時の若い者にしては珍しく。是非、娘婿に。いや、うちの店の跡継ぎに。エトセトラ・・・。
 浅葱の髪を首の後ろで縛る知的な髪形と大きな眼鏡。武闘家であっても肌を露出しない品のいい服装。いかにも文学青年という外見も、いいひとモードに拍車をかける。
 多くの人助けに参加したアイラスは、エルザードでは有名人だった。そして、つい世間の期待に答えてしまう。挨拶をされれば、歯が痛くても愛想良く微笑み返し、子供の風船が枝にかかれば、疲れていても登って取ってやり、どこぞの令嬢が誘拐されたと聞けば、風邪をこじらせていても助けに参上する。
 人助けは嫌いじゃない。だが、世間のアイラス像には、辟易することがある。煙草をもらって吸っているだけで『イメージが狂う』、ちょっとむっとしただけで『らしく無い』。これは、少し窮屈だ。

「情報収集も兼ねて、パーッと行ってみましょうか」
 不健全な店の方が、貴重な情報が飛び交うのは世の常だ。それに、冒険の依頼でそういう店を訪れる時に慌てないよう、下見も大切である。・・・というのは殆ど言い訳。実は遊んで気晴らししたいだけだった。
 だが、『好青年・アイラス』が露骨にヤバそうな店に出入りするのも、後であれこれ言われそうで面倒だ。
「やはり、変装ですかね」
 アイラスは自室の鏡の前で、眼鏡をはずし、髪をほどいた。

 アルマ通りを歩く時は、さすがにこの格好は注目された。光沢のある真紅のロングジャケットのスーツには、鋼とレザーとチェーンでハードな味付けがしてある。ジャケットの裏地は極彩色。指輪やブレスレットなどのアクセサリーも、じゃらじゃら音がするほど身につけた。しかし、ベルファ通りに入ると、闇に蠢く怪しげな人々に混じり、真紅の派手な服もそれなりに馴染んで見える。この服装でも、頭のトップできりりと結ったポニーテイルと聡明な顔だちが、街のチンピラや不良とは一線を画して見せた。眼鏡は、視力矯正というより光量調整や閃光防御の為なので、今夜ははずしていた。近視ではあるが、日常生活に支障は無い。瞼と頬に、ブルー系のシャドウを施してみた。もうこれで、自分だとわかる者はいまいと、アイラスは笑みを噛み殺す。

 何故アイラスがこんな派手な服を持っているかと言えば、『腹黒同盟』というサークルに入った時に、総帥がアクセサリー含め一式をくれたのだ。貰った時には『これ、どうしろと言うんですか?』と思ったが、結構役に立つものだ。
 行きつけの店たちを通り越して、さらに深く奥の通りへと潜り込んで行く。最近話題の『お洒落なクラブ』、不良達の溜まり場、三日に一回は騒動があるという若者向けの店の前で、アイラスは立ち止まった。七色のフィラメントが輝く玄関の両側に、スパンコールのタキシード用心棒が立つ。黒服がアイラスの服装を頭からブーツまで嘗めるように見下ろし、「いらっしゃいませ。一名さま、ご案内〜」と、入店の許可を出した。
 
 あたりをランダムに照らすレーザーのピンクやブルーが、暗いカウンターの隅の席にも届き、時々アイラスの背を虹色に染めた。その光は、炸裂するリズムだけの音楽と連動して移動しているようだ。
 店内は、合法の煙と非合法の煙が交じり合い、罪と快楽のグラデーションを作り出す。黒い壁には、蛍光ペンキのサイケなイラストが踊った。長い舌を出したティラノザウルスや、バニーガールのコスチュームのリアルな豚、宗教画。目に滲みる色合いだ。
 フロアには、不必要な数段の階段があちこちに設置され、わざと動線を混乱させる。バーへ飲み物を取りに行く者、踊りから帰る者、トイレに立つ者、全てが体を摺り合わせ擦れ違う。鉄板の床をヒールでコツコツと踏み鳴らしながら、ある者は薬の相談を耳打ちし、ある者はパートナーのチェンジを提案し、ある者はこれからの予定を打診する。
 斜め横のテーブルでは、レザーパンツに背中に薔薇のタトゥーだけまとった男が、スリップドレスの女の肩を抱きながら、瓶ビールをラッパで口に含んでいた。
「そちらのおにいさんは、ウイスキー、シングルでしたね」
 鼻に3つもピアスをしたバーテンが、アイラスの前にグラスを滑らせた。
 アルコールで喉を湿らせ、ダンスフロアへと視線を泳がせる。
『あのピンクの髪のコがいいなあ。手の動きが可愛いなあ』
 決して、ナンパに来たわけでは無い。だが、アイラスも19歳の青年だ。たくさん女の子が踊っていたら、可愛いコに目が行くのは当然、可愛いコを見て楽しみたいと思うのも当然の心理だ。
『もっとも、いつもの僕だったら、こんなにじっと女のコを見たりしないでしょうね』
 変装中であること。自分で無い人格を装っているという解放感は、アイラスを少しだけ奔放な気分にした。
 
 だから、数曲後に、その女のコがアイラスに向かって真っ直ぐ歩いて来ても、動じることはなかった。
「あたしのこと、ずっと見てたよね?」
 ふわふわのショートカット、上を向いた鼻と丸い瞳がキュートで、アイラスより年下のようだったが、黒のビスチェから覗くウエストには、フェニックスのタトゥーが羽を広げ、真っ赤なタイトミニからのぞく網タイツはわざと伝染させてあった。この店にたむろする、典型のタイプだ。
「腕の挙げ方が可愛いと思ったんでね」
 いつもの丁寧な口調とは変えて、ぶっきらぼうに喋ってみた。アイラスだったら、『す、すみません』とまず謝罪するのだろうか。
「あんたのこと、楽しませてやったんだから、一杯おごってよ」
「喜んで。隣に座れば?・・・で、何がいい?」
 軽い。なんて軽い男なんだ。だが、奥でアイラスは笑い出しそうな気分をこらえていた。この男の人生は、けっこう楽しそうだ。
「ええと、バーボン・ソーダがいいわ。ライムをたっぷり入れ・・・」
 ガチャーーン!
 彼女がオーダーを言い切らないうちに、背後で複数のグラスが割れる音がした。振り返ると、後ろのテーブルの男が、娼婦と思われる女のチャイナドレスの胸ぐらを掴んでいた。
『どうしたんですか?』『落ち着いて。まず、事情を説明してください』
 アイラスなら、そう言う。だが、今夜自分はアイラスでは無い。
 右手が腰の釵を引き抜くと、銀のプラズマが走り、正確に男の手の甲を突いた。男は呻きを上げて手を離す。
「何しやがる!」
 男が剣を抜こうと構える前に、左の釵が喉元にぴたりと突きつけられた。左用は刺突用なので、剣先のように尖っている。アイラスの手元は微動だにしない。男が喉を動かしただけで、皮膚を切り、血を垂らさせることだろう。
「女性の胸ぐらを掴むなんて、気に入らないね」
「わ。わかったよ。・・・もう乱暴はしねえ。約束するから、ソレを引っ込めてくれ」
「剣はテーブルの下に置くんだな。ソファで隣に剣をはべらせるなんて、野暮じゃないか?」
 釵の切っ先はまだ首を狙い続ける。男は舌打ちすると、静かに剣を鉄板の床に置いた。
 こういう気障なセリフを吐く解決のしかたは、アイラスは恥ずかしくて絶対しないけれど、やってみると結構気持ちがいいものだ。まあ、身元を知られていないからできることだが。

「おう、加勢したら、その女を今夜こっちに回してくれるか?」
 野性牛のような荒い声がアイラスの背後で響く。振り向くと、鋲打ちベストを羽織ったモヒカン男と、皮のタンクトップのロンゲ男。二人とも巨躯だった。盛り上がった筋肉の腕に、ロンゲは日本刀を、モヒカンは両手使いの長剣を握っている。うんざりするほど、絵に描いたようなチンピラだ。考えることを放棄してバイオレンスという快楽に浸る、頭がカラッポな男達。
「あんたがこの男を気に入らなかったように、おいら達にも気に入らない奴はいるんだぜ。それはヒーローぶった野郎のことさ」
「3対1か。気晴らしの運動にはちょうどいいハンデだな」
「生意気なガキだ」
 ロンゲが、日本刀を振り降ろす。既に遠巻きに輪になった野次馬の中から、女性達の悲鳴が空気を裂いた。だが、刃はアイラスの釵の根元に納まっていた。
 釵の最長部は短剣程度で、長剣に比べたらスタンスはかなり足りない。だが、この武器は、長剣に対峙した時こそ威力を発揮する。『山』の字に似たそれは、谷の部分に嵌まった敵の剣の動きを封じる。日本刀も釵の谷の罠に捕まり、身動きとれなくなっていた。そして斬り込む際に出来た隙・・・脇や腹へ、もう片方の釵で攻撃を与える。
 ロンゲ野郎は、もろに釵の先端を受け、腹を抑えてうずくまった。打ったのは右手の釵。先が丸い方なので致命傷にはならない。
「くそう!」
 最初の男が、かがんで足元から剣を拾い、構えた。
 アイラスは素早くブーツの先で、男の手の甲を蹴り上げた。男はさっきと同じ場所を傷め蹲まり、剣はカシャリと再び床へ落ちる。
 学ばぬチンピラの方は、モヒカンが頭上で剣を構えていた。両手剣は普通は下から掬いあげるように斬るものだ。重い剣に似合った揮い方で、隙も出来にくい。きちんと剣を学んだことも無いのだろう。力任せに刃物を振り回す肉塊は、アイラスの相手では無かった。
 モヒカンのひと振りは、釵で剣を制する必要も感じなかった。大振りでゆるい動きは、アイラスを簡単に懐へ滑り込ませた。鼻先には男の胸。このまま胸部か腹部を突けば、ゲームオーバーだ。モヒカン男はかなりの重傷を負うだろう。
『アイラスなら、刺さないでしょうね』
 だが、今、自分はアイラスでは無い。この苛立つ不快なチンピラを抹消することに、惹かれない気持ちが無いわけではない。鋭利な左の釵は、この醜悪な男の皮膚を肉を内臓を、するりと滑らかに通過することだろう。
『でもまあ、“僕”も刺しませんよ』
 世間で作ったアイラスのイメージだからで無く。『僕』の。自分の闘い方。
 アイラスは、左手を前でなく後ろへ突き出した。空を切った剣、それを握る男の右腕を、釵の先が刺した。男は体同様大きな悲鳴を挙げ、簡単に剣を取り落とす。鉄板の床に、大きな音が響いた。
 
 入口にいたスパンコールの用心棒が、既に日本刀の男と最初の男を捕えていた。三人はロープで後ろ手に縛られ、連行される。
「ほらほら、そこ、道をあけて!」
 用心棒が、野次馬達を散会させた。引っ立てられながら、モヒカン野郎が、小声で悪態をつく。
「ちっ。アイラス・サーリアス相手じゃ敵わねえよな」
『・・・えっ?』
 男に乱暴されかかったチャイナドレスの女も、真っ赤な唇で笑顔を作り、「ありがとう、アイラスさん」と礼を言った。
『・・・うっ?』
「いやあ、アイラスさんが店にいてくれてよかった」と、従業員が床の割れたグラスを掃除しながら微笑んだ。
『・・・うわっ』
「ねえ、アイラス、乾杯しよう?うれしいな、あのアイラスと飲めるなんて。ほんと、噂通りに強くてかっこいいね」
 ピンクの髪の女のコが、到着したバーボン・ソーダを握ってにこにこ笑う。
『・・・。』
 メイクまでして、完璧だと思っていたのだが・・・。
 明日は、道で会う人、擦れ違う人、知り合いに散々指摘されるのだろうか。『腹黒ユニフォームで、通りを闊歩してたって?』。『お洒落なクラブに顔出したって?』。『女のコをナンパしてたって?』。『お化粧してたんだって?』。エトセトラ・・・。
 きっと数日の間、白山羊・黒山羊は、アイラスの話題でもちきりだ。あのバンカラな友人達が。笑い上戸の知人達が。ジョッキ片手に笑い転げることだろう。
 がっくりと肩を落とし、頭をかかえたくなったアイラスだったが。
『明日のことは明日のこと。今夜はパーッと行くことにしましょう』
 苦笑して、アイラスはバーテンに2杯目の水割りを注文する。空のグラスに張り付いていた水滴が、すっと一筋、雫となってテーブルに落ちた。

< END >
PCシチュエーションノベル(シングル) -
福娘紅子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年02月01日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.