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『年の初めの験しとて。 』
デリク・オーロフ3432


■Preparation

 室内とは言え、数日間人の出入りのなかった部屋の空気は外と同じほどに冷え切っている。先ほど入れたばかりの暖房は低い振動音とともに暖かい空気を吐き出しているが、部屋全体を暖めるにはまだとても足りていない。
 自然と口数も減る中、皆を呼び集めた張本人であるデリク・オーロフだけは楽しげだ。デリクが鼻歌混じりにカードを切る音だけが聞こえる。
 やれやれ、とため息をついたのは城ヶ崎由代である。
「新年早々何かと思ったら、トランプかい。それだったら家でもできるじゃないか」
 わざわざこんなところに来なくても、と由代は部屋を見回す。
 場所は都内某所の英語学校。正月休みで締め切られているここに出入りできるのは、講師であるデリクの特権である。
「家でやったら大惨事になるかと思いましてネ」
 くす、と笑ったデリクに、テーブルに食べ物やら飲み物を並べていたウラ・フレンヒツェンが怪訝そうに首を傾げる。
「あら、大惨事って?たかがトランプでしょ?」
「はは、まさか。タダのトランプのわけがありまセンよ」
 切っていたカードの中から一枚――丁度ジョーカーを抜き出してひらひらと振って見せ、勿体ぶってにやりと笑う。
「これはね、魔法のトランプなんですヨ」
「…………」
 胡散臭いものでも見るような視線が一斉にデリクに注がれた。本当ですヨと言いながらジョーカーを戻しニ、三度カットすると、デリクは各人にカードを配り始める。
「このカードにはちょっとした魔法が掛かってましてネ、ゲームに負けると悪魔が現れる仕掛けになっているんデスよ」
「悪魔ですか?」
 驚いた声を上げたのは尾上七重だ。大きな目に不安の色を浮かべてデリクを見る。
「それって危ないんじゃないですか……?」
「はは、大した強さじゃありませんカラ、ノープロブレムでス」
 多分、と小声で付け加えられた一言に不安を感じつつも、七重は黙って俯いた。
 手際よくカードを配り分けていく様子を見て穏やかに微笑み、
「ところで、ゲームは何を?Old Maidですか?」
 セレスティ・カーニンガムがそう尋ねるとデリクは頷いた。オールドメイド?と首を傾げた七重に、ババ抜きのことだと由代が耳打ちする。
 最後の一枚をピンと弾いてカードを配り終え、さて、とデリクは一同を見回した。
「ではそろそろ、新年の運試しと行きましょうカ?」


■1st Turn

 各人好きな札山を取り、合うの合わないのと文句を言いながらカードを出していき、厳正なるジャンケンを重ねた結果、勝ったのは由代だった。
「じゃあ僕から、左回りでいいね?」
 確認しつつ、カードを差し出す。隣の七重がカードに手をかけたとき――。
『うわっ!ちょっと勘弁してよ!』
 甲高い声がした。
 出所は、由代のカードだ。
「…………」
「……カードが」
「喋ったわよ!?」
「おやおや……」
 困惑する面々に向かって、デリクはさらりと言い放った。
「ア、言い忘れてマシタ。このカードは喋りますヨ」
 魔法のカードですカラ、と楽しげに身体を揺らして笑う。
「カードの言葉を参考にするのもいいと思いマスが、嘘つきなカードと正直なカードと、両方ありますからネ。騙されないようにしないとネ」
 そういうことは早く言えと言わんばかりの冷たい視線を一身に集め、デリクは肩をすくめる。それを振り払うように軽く手を振って七重にゲーム再開を促した。

 一通り迷った後、七重は一番端のカードを引いた。
「……あ、合いました」
 五のペアができた。カードは札置き場で、会いたかっただの何だのと愛の言葉を交わし合っている。
 それを横目に見て、一枚減った手札に目を落とす。七重のカードは喋りもせず、静かに息づいて沈黙を守っていた。
 判らないな、と思う。
 ピースの揃わない推理ゲームを成り立たせようと言うのが無理だろう。勘に賭けるほうが余程割がいい。
 ――七、かな。
 己の名でもある数字だ。単純かもしれないが、縁があると言うことはなかなか大事なことだ。

 真実を言うカードと、嘘をつくカード。
 並の人間相手ならそれで十分撹乱になるだろう。だが、セレスティにとっては何の障壁にもなりはしない。
 手札に触れると、カードに込められた情報が頭の中に流れ込んでくる。単純な魔法で真と偽のマーカーを振ってあるだけのようだ。これなら判別もたやすい。
 ――この勝負、貰ったも同然ですね。
 ほんの少し口角を持ち上げて、セレスティは満足げに微笑んだ。後は、運が味方してくれることを祈るだけだ。
 セレスティは穏やかな笑顔を浮かべ、デリクに手札を差し出した。

 デリクがカードを引き、手札を切り始めるや否や声が上がった。
『気をつけろよ、ジョーカー持ってるのはこいつだぞ!』
 一瞬場に走った緊張を、デリクの笑い声が破る。
「……もう、バラしちゃ駄目ですヨ」
 余裕ありげな仕草でカードを揃え、あからさまに一枚を飛び出させて引きやすいようにすると、それをウラに向けて突き出した。
「さァ、ドウゾ?」

 ウラは不敵な笑みを口元に浮かべ、ふふんと鼻を鳴らした。
「甘いわねデリク。あたしにはお見通しよ!」
 ぴっと指を突きつけ、得意げに胸をそらす。
「ジョーカーを引いて貰いたいからちょっと飛び出させる……と見せかけて、実はジョーカーじゃないって手ね、よくあるわ。本物のジョーカーは端っことか、いかにも引いちゃいそうな場所に置くのよね。――ってわけで、あたしはこれを引くわよ!」
 神速とも言える速さで、ウラは飛び出た一枚をデリクから掠め取った。
 ゆっくりと裏返してカードを確かめた瞬間、得意げな笑みが大きく歪む。
「あぁぁああッ!ジョーカーッ!!」
「ハハハ、ビンゴですネー」
 盛大に笑われ、ウラは大仰にテーブルを叩いてデリクを睨みつけた。
「騙したわねッ!」
「読みが浅いんですヨ」
 悔しげにギリギリと唇を噛み締め、覚えてなさい、と呟きながらウラはもう一度テーブルを叩いた。


■4th Turn

 ゲームは順調に進む。五人だと回転も速く、一巡して捨て札が出ないと言うこともない。が、運という要素は強いもので、手札の減りには確実に差が現れ始めていた。
 現在あがりに一番近いのはデリク。もともと枚数が少なかったせいもあり、既に三枚まで手札を減らしている。
 逆に、今までまったくカードが合わず、一組の捨て札も出せないでいるのが由代だった。
 まだゲームは序盤、焦ることはないと判ってはいるが、由代がカードを引く相手は確定ジョーカー保持者のウラである。ジョーカーが回ってきた時に手札の数が多いのは不利だ。
 由代はポーカーフェイスを保ったまま、ちらりとウラを見る。
 ウラは眉間に縦皺を深く刻んだまま、鯛焼きに手を伸ばしている。頭から無下に食い千切られる哀れな鯛焼きはこれで三匹目だ。未だ手札にジョーカーが居座っているのだから、その不機嫌も仕方がないと言うところか。
 デリクからカードを引いたが合わず、ウラは眉間の皺をますます深くして鯛焼きの尻尾を飲み込んだ。乱雑にニ、三回カードを切って、揃えもせずにずいと由代の前に突き出す。
「早く引きなさいよ」
「ものを食べながら喋るものじゃないよ」
 口の端で笑いながらカードを引く。カードに手を書けた瞬間、ウラの目が輝いたのに由代は気が付かなかった。
「女の子なんだから行儀……よく……」
「あははッ!やったわッ!」
 餡子を飛ばしかねない勢いでウラの高笑いが轟く。
「…………」
 由代は一瞬苦い顔をした後、黙ってカードを切り揃え、七重に差し出した。


■6th Turn

 各々の手札でカードたちは互いに言葉を交わし、叫び、笑い、罵り合っている。
 手札を数字の順に並べ替えようとすると仲を引き裂く気かとカードに怒られるので、ばらばらな並びのままの手札を困ったように眺め、由代は苦笑した。
「面白いトランプだが……今度は一体どこでこんなものを拾ったんだい、デリク?」
「そんな、いつも拾い物ばっかりしてるみたいに言わないで下さいヨ。これはちゃんと買ったんデス」
「また上野の露店かい」
「……ダカラ、上野で買ったのは操り糸なしで動く紙人形だけですってバ」
 多少決まり悪そうに唇を尖らせ、デリクはセレスティの手札からカードを引いた。
「あ、合いまシタ」
 さらりと言って、九のペアを捨てる。残りは一枚だ。それをウラに差し出し、デリクは笑った。ウラが嫌々と最後のカードを引くと、
「これでアガリですネー」
 一番乗りでス、と満足げに言って、デリクは椅子の背に深く身体を預ける。そうして、ウラが一人で半分以上消費した鯛焼きの箱を引き寄せて悠々と足を組んだ
「私はのんびり見物してますカラ、皆サンせいぜい頑張って下さいネ」
 そう言うと、デリクは鯛焼きの尻尾にかぶりつく。
「……ムカつくわ」
 ウラの呟きにセレスティが同意する。
「そうですね。鯛焼きを尻尾から食べるのは邪道ですね」
「…………」
 突っ込みどころが違うだろう、と誰もが思ったが、セレスティの穏やかな笑顔の前には反論できず、ゲームはそのまま進んでいくのだった。


■9th Turn

「よしッ!あがりよ!」
 ふふん、と笑って札を捨て、ウラは得意げに胸をそらす。先ほどからウラが引くカードは立て続けにヒットして、今の札を捨てたことで残りは一枚。それを由代に引かせればあがりだ。
 由代にカードを押し付けて、
「どう、デリク?あたしが二番よ!」
 鬼の首でも取ったかのような物言いに、おせちをつまんでいたデリクは肩をすくめる。
「でも一番は私ですからネ。私のほうが上ですヨ」
「何よ!ジョーカー引いてから起死回生なんだから、あたしのが上よ!」
「最初にジョーカーを持ってたのは私ですってバ」
 不毛な言い合いを後目に、残りの三人の間にはそろそろ殺伐とした雰囲気が漂い始めていた。たかがトランプだが、されどトランプ。勝負事に負けたくないのは誰しも同じだ。
 ――そろそろ、やばいかな……。
 五枚になった由代の手札を見て、七重は困ったように首を傾げた。ジョーカーを引く確立は五分の一、決して低くはない。
 ウラがあと一歩であがってしまいそうな今、ジョーカーを引くのだけは避けたいところだが……。
 自分の手札に目を移す。四枚のうちに一つ、七がある。
 ――賭けて、みようか。
 ゲームは運、男は度胸。七重は意外に、こういうときの思い切りはいいのである。
 クローバーの七に向けてそっと呟く。
「……どれがジョーカーか、判りますか?」
「んん?そうだねえ……」
 カードはいっそう声を潜め、
「右から三番目がジョーカーだな。端を引けば間違いはない」
 そう答えた。
 ありがとう、と小さく礼を言って、七重は由代のカードに手をかけた。言われたとおりに端の一枚を引き抜く。
 くるりと裏返せば、そこには踊る道化の姿。
「…………」
 七重は手札の七を冷ややかに睨んだ。が、当のカードは飄々と、何事もなかったかのようにすましている。
 セレスティにジョーカーの存在を気付かれないよう、心の中だけでため息を付いて、七重は念入りにカードを切った。


■13th Turn

 カードを引いた由代の口元が笑みを形作る。
「……あがりだね」
 八のペアをぱさりと捨てて、七重に最後の一枚を渡してしまうと、由代は大きく息をついて伸びをした。
「いやあ、なかなか必死になってしまうものだね」
 ウラの差し出した鯛焼きを受け取りつつ、由代は苦笑する。それを受けてデリクも楽しげに笑い、
「でもマァ、ここからが本番でしょうネ」
 セレスティと七重に視線を向ける。
 セレスティの手札は一枚。七重の手札は二枚――うち一枚はジョーカーだ。セレスティがジョーカーでないほうを引けば、そこでゲームは終わる。
「さぁて、ツイてる人はどっちかしらね?」
「私はナナエくんに賭けマス」
「じゃあ僕はセレスティさんで」
 外野は呑気なものだが、当人たちはいたって真剣だ。
 七重は二枚のカードをこれでもかと言うほどにシャッフルし、表を確かめずにテーブルの上に並べた。
「……どうぞ」
「では」
 にっこり笑って、セレスティはカードに手を伸ばす。一枚ずつ指で撫でた後、右側のカードを選んだ。
 皆の視線が注がれる中、ゆっくりとカードをめくる。果たして――。
「……ダイヤのキング、ですね」
 持っていたハートのキングと合わせ、セレスティは目を細めて笑った。
「あがりです」
 ややあって、はぁ、と七重はため息をついた。


■After the game

「はは、ツイてたね、七重くん」
「負けるがカチ、ですカラね。おめでとうございマス」
 野次ともフォローとも付かない台詞の応酬にうなだれて、七重は一枚だけ残ったジョーカーをテーブルに投げ出した。
 ――と、奇妙にカードがねじれ飛び跳ねたかと思うと、ジョーカーのイラストがぐにゃりと歪みはじめた。それは少しずつ実体化し、最終的に二メートルほどの背丈の大男になった。悪魔とはかくや、と言わんばかりの山羊の頭で七重を見下ろしている。
「つ、強そうじゃないですか」
「そんなの見かけだけですヨ」
 多分、と小声で付け加え、デリクは七重の背中を押す。
「さあ、頑張ってナナエくん!」
「わぁっ!」
 押されて悪魔の前にまろび出る。瞳孔が横たわる瞳と正面から視線が合い、七重は引きつった笑いを浮かべた。
「えっ、と……」
 思わず縋る視線を周りに送るが、皆楽しげに様子を眺めるばかりで、手を貸してくれるような雰囲気ではない。
 きょろきょろと辺りを見回す七重の目に、テーブルの上の四合瓶が映った。咄嗟に手を伸ばして引き寄せ、慌しく封を開けて悪魔に差し出す。
「ど、どうぞ」
 悪魔は眠たげな瞳を見開いて見定めるかのように瓶を眺めた。しばらくするとおもむろに手を伸ばして七重の手から瓶を取り上げ、直接口をつけて一息に煽った。


■Cleanup

 酒を飲み干した悪魔の身体はふらりと揺れ、その場にへたり込む。
 セレスティが呆れたようにため息をついた。
「四合を一気飲みすれば、それはダウンしますよ……」
 いいお酒だったのに、と少し不満げだ。
 悪魔は完全に酔いが回ってしまったらしく、豪快に寝息を立て始めた。
 すると見る見るうちにその身体は縮んで、道化姿の――ジョーカーの格好をした若者へと変化した。
 若者は戸惑う七重の足元に跪くと、その手を押し頂くようにして手の甲に唇を押し当てた。
「え?え、な、なんですか?」
 困惑する七重に華やかな笑みを向け、
『新たな年のあなたに、与えうる限りの幸運と幸福をお約束しましょう』
 穏やかな声でそう言うと、若者の姿はぐにゃりとゆがみ、後にはひらりとジョーカーが舞った。
 床に落ちたそれを拾い上げ、デリクは満足げに微笑んで七重の肩をぽんと叩く。
「良かったですネー、ナナエくん。これでこの一年はラッキー続きですヨ」
「なるほど、こういう仕組みか。まさに負けるが勝ちと言うわけだね」
「はぁ……ありがとうございます」
 納得している由代とは反対に、当の七重は釈然としない顔をしている。
 テーブルに散らばったトランプを片付け始めたデリクのシャツをウラが引っ張る。
「あたしもラッキーが欲しいわよ。もう一回やりましょ?」
 デリクは残念デスが、と首を横に振る。
「これは近年の複写版なのデ、効力は一回限りなんですヨ。言ったでショウ?運試しだっテ」
 揃えたカードの一番上にジョーカーを重ねケースに収めると、デリクは皆を見回した。
「今年もゼヒ、いい年になるといいですネ」
 ぱちん、と閉じられたケースの中で、カードたちはもう喋り出すことはなかった。



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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【3432 / デリク・オーロフ / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2557 / 尾上・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】
【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】
【3427 / ウラ・フレンヒツェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、青猫屋リョウです。
 今回はご依頼ありがとうございました。随分とお待たせしてしまい、申し訳ありません。

 魔法のトランプ勝負、と言うことで、実際にババ抜きをやった結果を反映させております。一人でやるババ抜きは寂しさばかりがつのりました。嘘を言うカード、真実を言うカード、の判定もコインで決めてあったのですが、カード配分の結果、話中にあまり生かすことが出来ませんでした。折角の面白い設定でしたのに、申し訳ないです。

 それでは、またお会いできることを願いつつ。
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
青猫屋リョウ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年02月01日

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