『■嬉し恥ずかし初詣■ 』

鹿沼・デルフェス（2181）

　新しい年が始まり、ここ、アンティークショップ・レンでは、年明け早々の棚卸し…ではなく、前年に終わりきらなかった古物の整理をしていた。
　店主である碧摩蓮(へきま　れん)は、面倒がって、早々にお銚子片手で奥へと引っ込んでいる為、ここで奮闘しているのは、一人のうら若い女性である。
　二十代に手が届くかどうかと言う程の彼女は、魔都東京内を練り歩いている同年代の女性とは、一線を画す装いだ。
　勿論、日本の正装と呼び習わされている着物姿ではなく、まるで中世世界のお貴族さまが普段着としているかの様な、…そうドレスと呼ばれる出で立ちであった。
　コルセットが必要ないくらいに細くくびれたウェストの下は、パニエを使用している為、綺麗に膨らんでいた。
　毎日毎晩梳られたかの様に艶々と輝く黒髪と、柘榴の様に鮮やかな赤眸。
　彼女の名を、鹿沼デルフェス(かぬま　でるふぇす)と言う。
　アンティークショップ・レンにて店員をしている彼女は、店主がおサボリしている間も、それはそれは実に良く働いた。
　けれど、何時になっても未処理未鑑定なものはなくならない。あまりに物が多過ぎるからだ。既に鑑定済みのものと、未処理未鑑定のものがごっちゃになっているところもある。
　デルフェスがそれを見つけたのも、そんな場所をごそごそと整理していた時だった。
　「……まあ、何て素敵なのでしょう」
　素敵、綺麗なものが大好きなデルフェスだ。
　それを見つけ出して手に取ると、溜息を吐きつつうっとりする。
　手にしているのは二重ねの着物だ。
　一重ねは濃い桔梗の地に、鮮やかな濃紫が裾に向かって斜めに流れ、濃淡の同系色で染められている。裾の一カ所には、まるで匂い立つ様な欄の花束が描かれており、幻想的な雰囲気がする。
　もう片方は、鬱金色の地に、裾へと大きく流れるように熨斗が描かれ、幾色もの花、宝文、鳥紋が描かれている熨斗の上には、御所車、牡丹、流水が、背には幾色もの藤の花が枝垂れ落ち、豪奢な古典文様溢れるものとなっている。
　どちらをとっても、もう溜息しか出てこない。
　「そうですわ」
　暫し陶然と着物に浸っていたデルフェスだが、ふと思いついたことがあった。
　なかなかに妙案だと感じた彼女は、すぐさまそれらを丁寧に畳み上げると風呂敷へと包み込む。そして更に外出の準備をし始めたのだった。



　「……ここで宜しいのでしょうか…」
　デルフェスは、都会の中にあってこんな非常識なまでな規模の原生林を持つ屋敷の前で、小首を傾げてそう呟く。
　すると即座に返る声があった。
　「ユー、そんなことも確認せずに来た訳？」
　まるで正月には似つかわしくない──ちょっとだけボンテージの香りのする──出で立ちに、長い金色の髪を高く結い上げた女性、エヴァ・ペルマネントが、デルフェスと同じ色の瞳でちらりと見やる。
　「こちらには、初めてお伺い致しますの。住所は間違いがございませんし、看板も出ておりますので、そうかとは思いますが、やはり粗相があってはいけませんでしょう？　慎重にならざるを得ないかと思いますの。エヴァさまは、そうお考えにはなりませんの？」
　見事な逆襲だ。
　思わないと返せば、それは思慮深いと言う性質から遠いと言われている様なものである。もっとはっきり言うと、違うと返す『まあ、軽率ですねの』と言われているのと同じだであることになる。
　彼女とは店を出る際に、たまたま鉢合わせをし、そのまま着いてきたと言う経緯がある。
　だがしかし、このまま門扉の前で突っ立っていてもしようがない。冬の日は短い。現在はまだ午後には至っていないものの、これからのことを考えると、時間はいくらあっても足りないだろう。
　デルフェスがちらと見ると、石積の門柱には、インターフォンが備え付けられているのが解った。それを押そうと指を伸ばそうとした時だ。
　「あ…。マリさま？」
　門扉から遙かあちら側にある屋敷のドアが開き、女性が姿を見せたのだ。はっきり言って、普通の人の視力なら見えないだろう。けれどデルフェスには解る。別段デルフェスが人ならざる真銀(ミスリル)ゴーレムだからと言う訳ではないが。
　階段状になっているアプローチを、軽快に降りて来るその足取りからも、デルフェスはそれがマリであると言うことを確信した。
　インターフォンを押すことを止め、彼女が来るのを待っている。
　さほど待つこともなく、マリが近くなり、彼女の表情が不思議そうなものから満面の笑顔になる様も解る程になった。
　「あれー？　デルフェスちゃん、どうしたの？　…って、まずは、あけましておめでとうございますっ、よね」
　にこにこ笑いながら、きっちり閉まっていた門扉を開けた。
　「はい、マリさま。あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致しますわ」
　デルフェスもまた、そう微笑んで挨拶をした。
　隣のエヴァは、無表情のままだが。
　「エヴァさま。ご挨拶なさって下さいませ」
　デルフェスが少しばかり責める様な表情を送ってみる。
　「ハーイ、ハジメマシテ」
　何だその似非外国人みたいな言葉遣い…と言いたくなる様なものが返る。
　はあと溜息を吐くデルフェスは、マリをちらりと見るが、彼女はあまり気にしていない様だ。
　「あ、あの、マリさま。こちらはエヴァ・ペルマネントさまですの。わたくしの………」
　デルフェスはどう紹介しようかと思い悩んだ。
　「ライバルよ」
　「え？」
　まさか当のエヴァからそう返るとは思わなかったデルフェスは、驚いた顔で彼女を見つめる。
　「あ、そーなんだー。新年早々、頑張ってるのねー」
　語尾にハートマークが付きそうな勢いでそう言うと、にっこりと笑うマリ。
　『マリさまが、なかなか動じない方で良かったですわ…』
　何処か安堵しつつ、デルフェスは気になっていたことを聞く。
　「マリさま、これからどちらかへお出かけなさいますの？」
　屋敷から出てきたと言うことは、何処かへ行く用事があったのかと思ったのだ。まだデルフェス達は、インターフォンを押していないのだから、彼女達を迎えに…と言う訳ではあるまい。
　デルフェスのその問いを聞いたマリは、え？　と言う顔をするも、その思考を理解したのか、やはり笑顔で答える。
　「違う違う。家に帰ろうかなーって思ったとこ。まあ、立ち話も何だから、入ってよ。寒いでしょ？」
　門扉を潜り、屋敷までの一本道を歩いて行く。
　「あの、マリさまは、こちらにお住まいではありませんの？」
　先程彼女は、家に帰ると行った。では、ここは彼女の住んでいるところではないのだろうか。蓮が教えてくれた連絡先は、ここになっていた為、てっきりここに住んでいるものだと思っていたのだ。
　しかしよくよく考えて見ると、確かに『異文化交流研究所』と銘打っているのだから、他に住んでいる場所があっても可笑しくはないだろう。
　「あ、言ってなかった？　あたし、住所不定なのよ」
　「は？」
　何だか少々、変なことを聞いた気がする。隣のエヴァを盗み見ると、彼女もまたぎょっとした顔をしていた。
　「えーとね。色々と転校することが多いから、都度住むとこ違うのよ。仕事によって、相棒と住むトコ変わるから、さっき帰ろうとしてたとこも、仮のお家なの」
　「そ、そうでしたの…」
　驚いているデルフェスとエヴァに、ドアを開けて入ってと促している。マリの後を付いて歩いて行くと、来客用の部屋へと通された。そこは確かに、彼女のマスターと親交があると思わせる様な部屋だ。内線で『暖かいの何かくれると嬉しいな』と言っているのが聞こえる。
　「で？　どうしたの？」
　「あ、そうですわ。わたくし、マリさまと一緒に行きたいところがございますの。去年の石の双子像を探す際に、お力をお貸し頂きましたでしょう？　お礼も兼ねて…と思いましたの」
　促され、漸くここに来た目的を思い出す。
　ずっと手にしていた風呂敷包みをテーブルに置き、ゆっくりと解いていく。エヴァとマリの視線を感じつつ、それを全て取り去ると…。
　「うわー、綺麗っ。デルフェスちゃん、どうしたの？　これ」
　やはり彼女も女の子だなと、デルフェスは思う。二重ねの着物に魅了されている。
　「はい。マリさまに、着て頂きたく思いまして、持って参りました」
　「えー、そんな、悪いわよ。デルフェスちゃん、着てよー」
　困った様に言いつつも、やはり何処か嬉しそうだ。
　「いえ、わたくしは、マリさまに……」
　「これ、私に似合いそうね」
　エヴァが唐突に、濃い桔梗色の着物を手に取った。
　「え？」
　「あ、そーよねぇ、エヴァちゃんに似合うわよ、その色」
　エヴァが瞬間、『ちゃん付け呼ばわり』に引くも、すぐさま元の冷静さを取り戻したかの様に、ふふんと笑う。
　「え？　あの、でも…」
　「まあま。んじゃ、デルフェスちゃんが、そっちの黄色い着物着よう。デルフェスちゃんなら、似合うわよん」
　困った。このままでは、勢いで持ってきたこれを着せられてしまいそうだ。いや、着るのは別段構わない。けれどデルフェスとしては、着て貰いたくて持って着たのだ。どうしようと眉をハの字にして悩んでいると、それを察したマリが口を開いた。
　「うーーん、じゃ、こうしよう」
　にっこり笑ったマリに、クェッションマークを浮かべるデルフェスであった。



　流石に神社は、凄まじいまでに混んでいる。
　女三人、はぐれない様、そして着ている着物を汚されない様、そしてなおかつエヴァが切れて怨霊機を発動させない様、気を遣いながら歩いていた。
　「やっぱ、すっごい人よねぇ」
　そう言うマリは、デルフェスが持って来た鬱金色の着物を着ていた。
　「クレイジー……」
　こめかみに怒りマークを付けつつ言うエヴァは、自分で似合うと言った濃い桔梗色の着物を着ている。
　「本当に…、これほどの人出だとは、わたくし思いませんでしたわ…」
　そしてデルフェスは、マリから貰った着物を着ていた。
　柔らかな桜色の地に、肩から裾にかけて清楚な桔梗、萩、おみなえし、すすき、葛、菊、牡丹が描かれ、更に青銅箔を使用した月に鶴が舞っているものだ。
　日頃ドレスを着ているデルフェスには、着物は勝手が違うのだが、その上品且つ愛らしい色遣いと柄に満足している。
　亀の歩みかカタツムリかと言う程にとろとろとろとろとろとろとした歩調で、賽銭箱へと到達したのは、境内の階段を上りきって一時間は経とうかと言う頃だ。
　それほど有名処に来た訳でもないのに、これほど時間がかかるとは計算外かもしれない。
　個々に賽銭を投げ入れる。
　では、とばかりに、上から伸びている馬の尻尾の様なそれに手を伸ばそうとしたところ、横からするっとエヴァが奪ってがらがらと振る。
　驚いたものの、目くじら立てるものでもないと思ったデルフェスは、その次ぎに振り、最後にマリが振って、三人してパンと鳴らせて手を合わした。
　『今年も良い年でありますように。そしてマスターが変なことに巻き込まれません様に、そして………』
　次から次へと願い事は思いつくも、背後にいる人間のことを考えて、デルフェスは十個願いをかけてその場を引いた。
　境内の後ろへと避難し、ほっと一息吐くと、エヴァがまたもやふふんと笑う。
　「デルフェス、賽銭いくら出したの？」
　「え？　…五円ですわ」
　ご縁がありますようにと、大抵五円を入れるのだと聞いたデルフェスは、不思議そうにそう言う。
　「ユー、貧乏ねぇ。私は十円入れたわよ」
　たかだか五円の差で、何でこんなに偉そうなのだろう。
　えーと、とばかりにデルフェスは答えに窮した。
　「十円かー。ま、ご縁があります様にって言うから、五円でも良いんじゃない？」
　マリがそう言いつつ、何処か面白そうに二人を見ていた。
　『あ、マリさま、何か考えていらっしゃるのでは……』
　何となーく、イヤな予感がするデルフェスだ。
　かまぼこ目になったマリが、デルフェスとエヴァに向かって口を開いた。
　「ねえ、おみくじ引かない？」
　「おみくじ？」
　小首を傾げるエヴァは、おみくじが何か知らない様だ。
　「神仏に祈って、吉凶を占うための籤のことですわ。初詣に来たら、皆様お引きになるそうです」
　「し、知ってるわよ」
　デルフェスの説明に、何処か恥ずかしげに言いつつも、つんとすることは忘れない。
　「んじゃ、行こう。社務所とかにありそー」
　マリが、デルフェスの手を引っ張って歩き出す。
　『マリさま、何を企んでいらっしゃるのかしら…』
　何処か不安を感じつつ、デルフェスは手を引かれるがまま、彼女に付いていく。後ろからはエヴァが、着物の裾を気にしつつも歩いていた。
　混雑を避ける為、ぐるりと回り込んで社務所へと到着すると、はいとばかりにマリがデルフェスに籤が入った木の箱を渡す。
　「本当はね、思いっきり振って、最初に飛び出たやつを拾うんだって。でもまあ、落ちるまでやらなくても良いわよねぇ」
　デルフェスが手にしたのを確認すると、次は何をして良いのか解らないと言った調子のエヴァにも渡す。最後に自分がそれを手にして、にっこり笑うと振り始めた。
　見よう見まねでデルフェスも振る。
　ざっくざっくと、小判を掘り出す時の様な音が聞こえ、徐々に筮竹の様なものがせり上がってくる。
　「これを渡せば宜しいんですね」
　「うん」
　見ると後二人もまた、出てきたそれを手にしている。
　巫女姿の女性にお願いしますとばかりに手渡すと、微笑みながら紙が渡される。
　人待ちしているそこを離れて、デルフェスがそっとその紙を見た。
　「中吉ですわね」
　「私は大吉よ」
　やはりふふんとばかりに、エヴァが言う。
　「あーん、あたし小吉だわ」
　「ユー達、残念ねぇ」
　漸くデルフェスは、エヴァが自分に張り合っているのだと言うことが解った。
　「あら？　でも確か、大吉って、後は下るだけーって感じで、実はあんまり良くなかった気がするんだけどなー」
　マリがにんまり笑っている。途端、機嫌が急降下するのはエヴァだ。
　その笑いが気にかかったが、デルフェスはその大吉については初耳だった為、マリに問う。
　「そうなのですか？　マリさま」
　「うん。だからね、中吉とか小吉とかの方が良いんだってー」
　やはりかまぼこ目で笑っているマリを見て、デルフェスはまたもや納得した。
　『マリさま……、エヴァさまが張り合っているのをお気づきになって、面白がっていらっしゃるのですね……』
　ついでに自分もそれに乗っかっていると言う訳だ。
　生暖かく笑いつつ、デルフェスは境内を見ようと誘ってみる。
　二人に否やはなく、そこに出ている屋台を冷やかして歩いていた。
　「あ、リンゴ飴よ」
　「美味しそうですわねぇ」
　光っているそれを見て、思わず微笑んでしまうデルフェスだ。
　そこからくじ引きをしたり、風船つりをしたりと、まるで夏の夜店で楽しむ様なことをして歩き、都度、『私が当てたヤツが、一番豪華』や『いやーん、風船いっぱい連れちゃったー』、『見たこともない程、大きな綿飴を頂きましたわ』など、まるで子供の様な張り合いが続いている。
　あらかた冷やかし尽くし、充分楽しんだデルフェスは、そろそろ出ようかと思い、二人に声をかけた。



　「あ、あれ美味しそう……」
　涎を垂らさん勢いで、マリが境内のすぐ外にある小さな茶屋を見つめている。
　デルフェスは何だろうとばかりに、ひょいと肩越しにそちらを見つめた。
　「まあ、何だか良い匂いがいたしますわね」
　「そうかしら？　下賤の者が好む様な食べ物には、興味がないわ」
　主に先程から張り合っているデルフェスに向け、その憎まれ口は叩かれているのだろうが、肝心のデルフェス事態が、あらそうとばかりに流している。マリなどは、ある意味天国耳な為、最初からエヴァの言葉は聞こえていない。
　「やっぱりお正月には、お餅よね」
　いや、あんた食べたいだけだろうと、ここに突っ込み役がいたのなら、そう言ったであろうが、生憎ここにはそう言う突っ込みをする者が存在しなかった。
　「そうなのですか？　お正月と言えば、お餅を食べるものなのですね。わたくし、お節がお正月の主食なのかと思っておりましたわ」
　にっこり笑ってデルフェスが言う。
　確かにお餅よりはお節料理だろうとは思うが、取り敢えず目の前の餅を食べたいマリに、とにかく敵愾心燃え燃えなエヴァ、そして何より一般的な常識とは少しばかり遠い位置にいるデルフェスだ。
　更に言い換えると、押っ取り刀で天然満開のデルフェスと、何よりも負けず嫌いなエヴァ、口から先に生まれたマリと言う取り合わせ。
　「デルフェスって、ものを知らないのね。私は勿論知ってるわよ」
　「そうなんですの？　庶民的なのですねぇ、エヴァさまは」
　ふふんとエヴァが言うのを聞き、デルフェスは何時も通りおっとりと返しつつ、何処か言葉には刺があるかもしれない。
　「庶民もお貴族様も、みんなお餅は好きよだと思うわよん。ほら、やっぱりあたし達女の子だしー、ここはお茶するってのが、一番良いと思うなぁ。可愛らしくお餅食べつつお抹茶飲んでー、楽しくティーブレイクよ」
　何がやっぱりなのか、デルフェスには解らなかったが、『女の子だし』だの『可愛らしく』だのと言う言葉には、心惹かれてしまう。
　「そうですわね。お茶の時間を楽しむのも、宜しいかもしれませんわ」
　三人揃ってそこへと入り、和装姿の店員さんにオーダーする。
　周囲はカップルと家族連れが大多数を占めていた。
　「女三人って、あんまりいないのね」
　何気なく眺めていたエヴァが、そう呟く。
　確かにそれはデルフェスも思っていたことなので、同意を返すと、またもやあの『ふふん笑い』が出てきている。
　眉を顰めつつ、お冷や代わりの番茶を手にして、デルフェスは一口飲んだ。
　「美味しいですわ…」
　そう言い、しまったと思う。
　またもやあのふふん笑いと共に『本当、デルフェスって庶民的よねぇ』と言う嫌味がぶちかまされるのだろうかと、ちらりとエヴァを見るも、彼女は何故か黙ったままだ。
　『……？』
　怪訝に思いつつ、声をかけようかとしたのだが、店員さんがオーダーしたあぶり餅とお抹茶を持って来た。
　「ありがとうございます」
　微笑みつつ、デルフェスが軽く会釈をする。
　「ありがとう。わーい、いっただきまーっす」
　マリもまた礼を言うと、即座に皿に手をかけている。エヴァは、串に刺した餅に白っぽいタレのかかったそれをじっと見つつ、恐る恐ると言った風に口に入れた。直後、その視線が和む。すぐさま皿を隠す様にして食べ始めた。
　それを横目で見ながら、デルフェスもまたあぶり餅を手に取った。
　「あら、美味しいですわ…」
　溜息が出そうに美味だ。
　皿に乗っているのは、六本のみ。しかしこれならもう後一皿行けそうな気配だ。
　実際、マリがもう一つと、オーダーをかけている。
　三人三様で食べていると、唐突にエヴァが何かを差し出した。
　「デルフェス、これ上げるわ」
　「え？」
　ぎょっとした様に、デルフェスはエヴァを見つめた。
　彼女が差し出したのは、皿にのっかっているあぶり餅だ。
　美味しそうな香りを漂わせ、大して食を必要としないデルフェスであっても、何だか次々口に入れたくなる様な餅だった。
　エヴァは、先程までは絶対に渡さないとばかり、隠す様に食らっていたそれを、何故だかデルフェスへやる気になったらしい。
　「あ、あのエヴァさま…。如何なされましたの？」
　気持ちは嬉しいのだが、何だかちょっと空気が不穏だ。
　と。
　「あ、デルフェスちゃん、あたしのこれも食べて良いわよ」
　「マ、マリさま？」
　何だかこちらも妖しげな雰囲気だ。元からマリの方は、デルフェスに好意的であったから、そう言う態度には不審がないのだが、いかんせん、彼女の醸し出す雰囲気に不審たんまりたっぷりと言う感じだ。
　日頃から笑顔を見せているマリは、何時も以上に桜満開と言ったそれで。
　日頃はクールな面持ちを崩さないエヴァは、何処か嫣然とした微笑みで。
　けれど互いに共通するのは、何処か危ない視線の色だ。
　「あの……？」
　デルフェスの顔が、少々引きつっている。
　「ほら、デルフェス」
　「ねえ、デルフェスちゃん」
　二人が皿を持って、ずず、ずいーーーーーーーっと、デルフェスへと差し出す。
　『可笑しいですわ…。お二人の目が、普通じゃありませんもの…』
　デルフェスの、日頃はゆったりと回転する脳味噌が、煙を上げそうなくらいにフル回転している。
　先程までは、別段二人とも普通だった。
　一体何が理由なのだろうか。
　今までの出来事をリプレイしてみるデルフェスだが、これと言って思い当たることはない。
　だが。
　『……そう言えば、お二人にお貸し致しました着物は、まだ未鑑定のものでしたわ』
　たらーーりと、デルフェスの背筋と顔に、冷や汗が。
　『まさか、それが原因ではありませんわよね…………』
　引きつった顔のデルフェスは、二人が『早く食べて、マイ・ラブ・ハニー』とばかりな仕草の為、半ば身体が反り返っている。
　『ど、どういたしましょう…』
　ヤバイ、絶対にヤバイ…と焦りつつも、笑みを浮かべることは忘れない。
　取り敢えずここは一旦受け取っておくに、超したことはないだろう。
　「あ、ありがとうございます」
　同時に二人の皿を手に取ると、引きつった口元を何とか悟られずにデルフェスは言う。　『取り敢えずお二方には着物を脱いで頂かなければなりませんわ』
　最上級の目的を設定したデルフェスは、更に次を考えた。
　『一番最悪な事態は……。やはりエヴァさまの怨霊機の暴走ですわね』
　となると、ここはマリの手を借り、エヴァの着物をまず脱がすことから始めるべきだろう。
　さて、ではどうやってそれを行うか、だった。
　ちろりと二人を見ると、マリはにっこり笑いつつ、エヴァは真剣そのものの表情で、デルフェスが餅を食うのを待っていた。
　『……。何より先に、お餅を食べてしまわなければいませんわね…』
　決心したデルフェスが餅を口にするも、それは当然ながら味など解らないものであった。



　出来るだけ迅速に、且つ不審に思われない様に、デルフェスはにこにこしつつも餅を食い終え、何とか店を出、更に、混み合ったその神社周りを脱出した。
　その間、可笑しな目の色をした二人が、セクハラ三昧したとしても、それはもう諦めようと、達観した気分を味わっている。
　『ユーの着物姿、初めて見るけどセクシーよね』だの、『もう、デルフェスちゃんで、お殿様と町娘ごっこしたーい』だの言いつつ、二人は隙あらばデルフェスと腕を組み、帯に手をかけて来るのだ。何だかちょっと、泣きたいかもしれない気分を味わったデルフェスである。
　先達て、ぶつかってきた初詣の客に向かって、エヴァが威嚇をしている間に、デルフェスはマリにこそこそっとお願い事をしていた。マリは日頃よりも笑みを深くして『勿論、デルフェスちゃんのお願いごとなら、何だって聞いちゃうわよ』と承諾を返している。
　何気ない素振りで人気のないところまで誘い込むと、デルフェスはエヴァに向かって一言。
　「エヴァさま、ごめん遊ばせっ」
　デルフェスの両手が輝いた。
　エヴァがそれに気付くも、僅かに遅い。
　掴んだ手から見る間に石化が始まり、次の瞬間にはかちんこちんになったエヴァがそこにいた。
　「んじゃ、これをお店に運べば良いのよね」
　マリがそう簡単に言うも、可成り重いことは確かだ。
　しかも、着物姿の女性二人が、等身大石像を運ぶと言うのは、かーなり目立つこと請け合いだ。
　唯一幸いなのは、ここから店まで一駅もない程の距離であると言うことだろう。これで電車やバスに乗って延々と帰らなければならないのであったら、もう目も当てられない。
　エヴァの石像に手をかけているデルフェスの更に後ろに回ったマリが、デルフェスごと抱え込む様にして石像に手をかける。
　「あ、あの、マリさま？」
　思わず声がひっくり返ってしまうも、何とかデルフェスは自制心を保った。
　「ほら、こうした方が、二人の作業って感じで良いでしょ？」
　二人の作業って何ですかと言う突っ込みはさておき、デルフェスは前向きに対処すべく口を開いた。
　「あのですね、タクシーを呼んで来ていただけませんか？　ほら、わたくしは、エヴァさまの像を見ていなければなりませんし…。ご迷惑をおかけいたしますけれど、宜しくお願い致しますわ」
　「うーん、残念。じゃあ、続きは、また後でね」
　ウィンク一つ、マリがタクシーを捕まえに行くと、デルフェスは安堵の溜息を漏らす。マリが素直で良かったとばかりに。
　「もしかして、わたくしの貞操の危機なのでしょうか……」
　ぽつりと呟くデルフェスは、引きつったままの表情で固まっているエヴァを、そっと見つめた。



　「では、参ります」
　漸くアンティークショップ・レンへと到着し、店の奥に石化したエヴァを横たえると、デルフェスは気合いも新たに、石像に向かう。
　今から石化を解くのだ。
　帯を解き、即座にひん剥いてしまわないと、再度セクハラ三昧が待っている。
　店に到着した時点で、何とか上手いこと言いくるめ、マリには着物を脱いで貰っていた為、彼女は正気だ。
　勿論先程までやって来た行いは、しっかり記憶の中にあるらしく、しきりに『デルフェスちゃん、ごめんねぇ』を繰り返していた。自分の方にも、未鑑定品を渡したと言う引け目がある為、強く言えないデルフェスは『過ぎたことですもの。わたくしの方も、着物にこの様な効果があることを確かめずにお渡しいたしましたし…』と、素直に未鑑定品である旨を白状した。現在は、曰も何もない洋服姿へと変わっている。
　とまれ、今はエヴァの着物を脱がすことが最要だ。
　まずはデルフェスが帯の部分の石化を解き、すぐさまマリが帯を取る。次ぎに着物だけの石化を解いて着物を脱がすと言うことにしている。
　「何時でも良いわよ。デルフェスちゃん」
　その言葉を聞き、デルフェスは力を使用した。
　モノトーンが、色鮮やかなそれへと変化する。帯の石化が解かれ、マリが手際よくそれを外した。帯が外れたことを確認し、デルフェスは慎重に着物だけを元に戻す。
　徐々に濃い桔梗の色が現れ始め、柔らかな布地へと変化する。着物全体の石化が解けると、即座に二人してエヴァの着物を引っぱがした。
　「よ、良かった……」
　マリが安堵の溜息を漏らしているが、デルフェスにはまだすることがある。
　そう、エヴァ自身の石化を解くのだ。
　まあそれは、先程の様に慎重を期さなくとも大丈夫なので、そのまま手を翳したまま、ゆっくりと解除を行っていく。
　みるみる内に生気が戻り、肌の色も戻って行った。
　襦袢姿で横になっていたエヴァが、すっかり意識を回復すると、瞬きをする。
　「……わたし、………っ?!　デルフェスっ!!　ユー、何てことするのよっ!!」
　「ああ、良う御座いましたわ……。エヴァさまが、元に戻っていらっしゃる……」
　「当たり前よっ！　ユーが石化させて戻してるんだからっ」
　微妙に焦点がずれているのは、致し方なかろう。
　デルフェスは、あの色目を使ってセクハラ三昧、更に迫り倒すエヴァと言う恐ろしい彼女から、こうして憎まれ口を叩く彼女に戻ったことに安堵しているのだ。
　対するエヴァは、石にされたことに対して怒っているのだ。
　ぶりぶりと怒りまくっているエヴァだが、眉根をぴくりと動かしているのが見える。
　「あの、……エヴァさま？」
　怒りの表情が、困惑のそれに変わってきている。
　「わ、私、帰るわよっ！　服を出してっ」
　そう言えば、マリもまた着物を着ていた時に起こしたことを、しっかりと覚えていた。つまりエヴァもまた、その状況を覚えていると言うことで、怒りまくっていながらも、記憶の海から浮かび上がってくる自分の醜態を思い出したのだろう。
　「お洋服は、わたくしのものか、蓮さまのものしかございませんわ」
　「何ですってっ！　私に、ユーや蓮の様なイカレた格好をしろと言うの？」
　流石にデルフェスも、この言葉にはむっと来る。
　自分の格好の、何処が『イカレて』いるのだろう。
　「この女の着てる服は、まともでしょ?!」
　この女とはマリだ。
　しかしやはり『この女』呼ばわりされても彼女は動ぜず、にっこり笑ったままだった。
　本当に頭が弱いのかも知れないと、彼女を知らない人間なら思ってしまうだろうか。
　「えー、デルフェスちゃんのお洋服って、可愛いじゃない。あたしは着たくても似合わないから、こっちの借りただけよー。あ、エヴァちゃん、デルフェスちゃんが似合っているのに、自分が似合わないって知ってるから怒ってるのかしら？」
　かまぼこ目は健在だった。
　『マリさま、煽ってどうなさるおつもりですか……』
　デルフェスは溜息が出そうだ。
　この半日の間で、クールなクセに負けず嫌いと言うエヴァの性格を飲み込んだマリは、しっかりからかっているのだろう。
　「何ですってぇっ!!　表に出なさいっ！」
　「いやーん、デルフェスちゃん、あたし怖いー。やっぱりデルフェスちゃんみたいな、身も心の女らしい、優しい子の方が良いわよねぇ。エヴァちゃんってば、すぐ怒っちゃうんだもん」
　『怒らせているのは、マリさまですわ……』
　明後日の方向に視線を彷徨わせた上、心の中でそう呟くも、このままでは蓮に五月蠅いと怒られてしまう。
　更にエヴァの怨霊機が発動しそうな雰囲気でもある。
　「エヴァさま、あまり大声を出さないで下さいませ。何と仰られましても、こちらに御座いますお洋服は、わたくしか蓮さまのものしか御座いません。我が儘を仰らず……」
　「もう結構っ!!」
　デルフェスの声を遮って、エヴァが肌襦袢のまま立ち上がる。
　「私、これで帰るわ」
　「え?!」
　それって下着代わりでは…？　と思うデルフェスは、呆然とエヴァを見た。
　「あの……」
　声をかけるデルフェスだが、エヴァの意思は堅い。
　くるりと踵を返し、大股で彼女は店を出て行った。
　ばんっ！　と、清涼な鈴の音すら引き裂く様な音を立て、扉が閉まる。
　「あらー、マジであの格好で帰るつもりなのかなー」
　のほほんとマリが言う。
　「わたくし、止めて来ま……」
　デルフェスの声音を、外からの嬌声が遮った。
　何事だと思うも束の間、恐らくはあの格好で出て行ったエヴァを見た男共が、嬉しい悲鳴を上げたのだろうと悟った。
　途端に開くドアと、鼓膜が破れようかと言う音。
　「デルフェスっ!!　やっぱり服貸してっ!!」
　先程出て行ったエヴァだ。
　怒りマークを、こめかみに五つ付けてのご帰還だった。
　「それは構いませんわ。けど、どうなされましたの？」
　「ケダモノ達が、生意気にも私に迫って来るのよっ」
　吐き出す様に言うも、何処か優越感に浸っているエヴァに、デルフェスは心の底で、ダークに笑う。こう言う時でもその態度かいとは、思っていても口には出さないデルフェスだ。
　「解りましたわ」
　満面の笑みを浮かべたデルフェスは、店の売り物にはならなかった古物のクローゼットをばくんと開けた。
　『……この辺で宜しいかしら』
　デルフェスが手にしたのは、彼女ですら着るのを戸惑うほどの、ぶりぶりしたドレスだった。
　目にも鮮やかなショッキングピンクの布地は、お笑い芸人の舞台衣装かと思える程に派手で、そこに幾重ものレース…と言うよりフリルが付いている。びらんびらんしたそれを、にこやかな笑みを浮かべつつ、エヴァにはいと差し出した。
　「な、何……これ……」
　まるでおぞましいものでも見たかの様なエヴァの顔を見て、デルフェスは更ににっこり微笑んだ。
　「今、お貸しできるドレスですわ」
　「じょ、冗談よね……」
　「いやですわ、エヴァさま。わたくし、冗談なんか、申し上げませんわよ。さあ、どうぞ、お召しになって下さいませ。あ、でも、どうしてもお嫌でしたら、無理にとは申しませんわよ」
　まさにこれぞ究極の微笑み。
　その微笑みに、エヴァは降参の白旗を揚げる他、道はないだろう。
　『うっふっふ。勝ちましたわ……』
　対するデルフェスは、まるで日ごと生まれる朝日の如く、清々しい笑みを浮かべていたのであった──。



Ende

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうＰＣパーティノベル★┗━┛゜

【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

2181　鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)　女性　463歳　アンティークショップ・レンの店員


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■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■
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　こん●●わ、斎木涼です。
　納品が間際になりまして、申し訳ございません…。
　何だか今年もこのフレーズが定着しそうで、大層ビビっておりますです、はい。


　> 鹿沼デルフェスさま

　再びのご依頼、ありがとうございます(^-^)。
　当方異界ＮＰＣマリのご指名もまた、嬉しく思います。
　更に公式ＮＰＣであるエヴァもご指名で、関係としてライバルとありましたが、あのような描写で宜しかったでしょうか？　初めて書かせて頂くＮＰＣ故、少々不安が残ります。
　エヴァと三人での初詣(波乱込み(笑))で御座いますが、何だか初詣には可成り遅い日になってしまいました。申し訳ございません…。節分の方が近かったり…。


　デルフェスさまに、このお話をお気に召して頂ければ幸いです。
　ではでは、またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します(^-^)。

あけましておめでとうパーティノベル・２００５

斎木涼

東京怪談

2005年01月31日