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『羽子板大戦 』
守崎・北斗0568

「うーさむ。遅ぇぞ」
「北斗…言い出したのも呼び出したのもお前だろ?集まってくれた皆に何て言い草だ」
 新年の雰囲気覚めやらぬ冬の町、その一角…無骨にコンクリートを流しただけの駐車スペースに集まった皆へと開口一番そんな事を言い出したのは、このイベントを企画した少年、守崎北斗だった。その言葉を嗜めるように眉を寄せつつ言ったのは、目の色以外は同じ顔立ちの双子の兄、啓斗。恐らく渋々付き合って来たのだろうと言う事は、きっちり着込んだコートのポケットから手を出そうとせずに憮然とした顔でいる事から想像は付く。
「まあまあ」
 はー、と白い息を空に吐いて楽しんでいた金髪の青年、モーリス・ラジアルがにこにこと言いつつ2人を宥めるように言う。
「誘いに乗ったのも私達なんですから。でも遅れてはいませんよ?きっちり1分前には来ましたとも、ええ」
「――確かにね」
 しれっと、極僅か白さが見える息を吐きつつ、ちらとモーリスを見るのは夢崎英彦。
「近くに止めた車の中で時間が来るまで待っていれば、そりゃあ時間通りに来れるさ」
「おや?見ていたんですか。でしたら声をかけてくださればいいものを」
 軽く返された言葉に応えず、ふ、と小さな笑みのようなものを口元に浮かべた英彦。その後ろから、
「とりあえず中に入るか始めるかしようよー。冷えてたらあたし達は特に動き難く出来てるんだからね?ねぇ、アゲハちゃん」
「ええ、そうですね」
 お正月らしく振袖姿の2人、佐藤絵里子がそう言えば、久良木アゲハが内心はともかく同意する。
 初詣の帰りだったらしい絵里子は、比較的早めにここに着いてしまい、北斗がからかい混じりに言った「馬子にも衣装」と言う言葉をまだ根に持っているようで。同じ学園に通うアゲハを味方に引き入れようと同意を求めていた。
 その脇にはちょこんと、神社のバイト…にしては小さな巫女姿の少女、神宮路馨麗がわくわくした表情で北斗を見詰めている。
「で、どうする?俺は暖まってからでも、動いて身体暖めてもいいけど?」
 はー、と息を手に吹きかけつつ田中裕介がそんな事を言い、
「直接上に行くに決まってっだろ。鍵は預かってんだ」
 ちゃりっ、と建物の鍵を持ち上げて、北斗が悠々と非常階段口へと向かった。

*****

 ――羽根突きをしよう。
 そんな提案が北斗からなされたのは、新年明けてすぐの事。その直後からあちこちに電話をかけまくってメンバーを集めると言う周到ぶりに、口を挟む隙すら無かった啓斗が、自分がここにいることの不思議を感じつつかんかんと非常階段を屋上に向けて昇って行く。
 このビルは今日集まった皆が良く遊びに来る…主にバイト先として利用している草間興信所がある建物で、比較的広く障害物の無い屋上で遊ぼうと決めたのは、コレだけの人数が集まった事と、皆の共通点がここだったからだった。
 事務所の主は押しかけた北斗の口上を聞いて半ば呆れつつも、自分が折れるまで諦めそうもないと知ってか比較的あっさりと屋上へ通じる鍵を渡してくれた。ただし、屋上に限らずこのビル及び周辺を壊さないようにと言う注意付きで。
「良い感じだな、ここ」
 非常階段の他にも内部に入る入り口を見つけた後、コンクリートにラバーシートを被せた屋上の床をとんとんと足で確認しつつ、持ってきたスポーツバッグから羽子板と羽根を引っ張り出してぶんぶん振ってみる。
「あ、あたしにも持たせてー」
「落とすなよ、全員分はねえんだ。…そうだな。8人集まったんだから、二手に分かれてそれぞれ総当りってのはどうだ?それなら1人最低3試合はある」
 ぱたぱたと寄ってきた絵里子にそう言いつつ、羽子板を手渡す北斗。
「審判はどうするんですか?」
「余った者で廻り持ちかな。落とせば負けなんだから、点を数えて交代を告げるくらいしかやる事は無いけど。…俺、様子を見に来ただけの筈なんだけどな…まあ、いいか」
 モーリスの質問に答えたのは、バッグから除く羽子板と羽根を手に取ってしげしげと見入っている英彦。どう言う言葉で呼び出されたのか、少々憮然とした顔のままで。
 それは啓斗も同じ事だったらしい。
「……俺は審判だけでいいんだが…というか…最初は審判でいい、と言わなかったか?」」
 だからこそ付いて来たのに、と言わんばかりの態度で、今だコートを脱ぐ気配すらない啓斗が低い声を上げると、北斗が心外そうに目を丸くしてそれからにっと笑い、
「参加者が少なかったら、参加してくれるんだろ?」
「どこが少ないんだどこが」
 羽子板を手にしている絵里子と英彦、それにとととと、と小走りに近づいてちょっと自分の身体には余りそうな羽子板を両手で持って重さを確かめている様子の馨麗を見、滑りの悪い床の様子に満足げなモーリスやどこから取り出したのかスーツケースをとすんと隅っこに置いた裕介、ぱっと見はっとするくらい肌の白さが目立つアゲハと順繰りに目を置いた後で恨めしげに北斗を見る啓斗がゆーっくりと溜息を吐いて、
「どうあっても参加させたいつもりらしいな」
 ぽつ、と呟いた啓斗にこくこくと嬉しそうに頷く北斗。
 もしかしたら皆で正月の羽根突きなんて単なる口実で、自分をここまで引っ張り出して勝負をかけたいと思っているんじゃないか、とふとそんな事を訝しがってしまう啓斗が、ふぅ、ともう一度溜息を付いて、
「仕方ないな」
 ようやく、コートから両手を抜き出した。
「全員参加ですね。どうやって分けましょう?」
 少し指先が寒そうに手を擦りつつ、アゲハが軽く首を傾げ、
「そうだな。とりあえず女の子が固まったら華が無くなるわけだから、振袖組は1人ずつにしてだ。他は…」
 裕介が絵里子とアゲハに目を置いてから、どうする?と他のメンバーに訊ねると、
「あ、俺啓斗と一緒な。双子だから分けるってのはナシだぞ」
 北斗が手を上げて、その後ろで「やっぱり」と言うようにふぅと息を吐いた。
「それでは私がそちらに行きましょうか。北斗さんとならやりがいがありそうですしね」
 悠々と何やら自信ありげに見えるモーリスがすっと双子の側へ行き、
「じゃあきょーりはこっちですねー」
 少女が英彦と裕介に、羽子板をきゅっと抱きしめつつにぱっと笑いかけた。

*****

「落としたら得点、サーブ権は落とさせた側な。6点先取で勝ちって事で。あっさり片が付いたらメンバー交代してもっかい総当りにしよう」
 北斗のこの言葉で、ゲーム…と言うのか、試合はスタートした。
 プレイヤー4人が屋上の半分を分け合い、審判と見学がそれぞれに付くと言う形で。
 それと、一応北斗は用意してあったようだが、女性陣からの猛烈な反対によって墨塗りは無しになった。「振袖着てるのに墨が垂れたらどうするのー!!」と言う絵里子の一声が何よりも効いた気がしなくは無かったが。
「行くわよー」
 かぁん、こぉん、と独特の音を立てつつ羽根が行き来する。
 その後裕介達のグループに入った絵里子は、楽しそうに笑みを浮かべつつ、相手をする裕介とラリーを繰り返していた。向こうの素の状態で戦っているのか、時々方向や勢いが変わるくらいで非常に打ち易い。要はバドミントンと同じだろうと、鋭角に落としてみたり左右に振ってみたりと相手を翻弄するも、同年代の男子故か素早く反応してきっちり返してくる。絵里子のように小技を使う様子が無く、これならなんとか勝てるかも…とそんな事を思いつつ右に左に動いていた、が。
 ぽとん。
 あからさまに裕介が目を逸らして羽根を落とし始めた辺りから、あれよあれよと6点まで取ってしまい、
「どうしたの?途中からキレが悪くなっちゃったよ?」
 不思議そうに近寄って行く絵里子に、ぶんぶんと首を振りつつ手の平を前に向ける。その後ろでくいくいと着物を引張る動きがあり、
「絵里子さん。あの、お着物がすこぉし乱れてますよ」
 振り返ると、ちょっと困った顔をした馨麗の姿があった。はっとして自分の着衣を確認すると、裾が乱れて危く生足状態になる手前で。慌ててぐるっと周囲を見ると、目が合う直前に目を逸らすいくつかの顔があり。
「こ…こらー!見るな男子ーーっ!」
 慌てて裾をぐいと引張り、階段口へと歩き難そうに移動して行くのを、
「何だったら着付け手伝おう…」
「結構ですっ、大丈夫、1人で出来るからっ」
 目のやり場に困って結果負けてしまった裕介の申し出をぴしゃりとはねつけて、運動のためでは無い赤らんだ顔で室内へと消えて行き。
「…甘いんじゃない?キミ。俺ならあれくらい平気だけどね」
「きょーりも平気ですよー」
 低年齢に見える2人にそれぞれ突っ込みを貰いつつ、裕介が頭を掻いた。

*****

「簡単には負けませんよ」
 そう余裕ありげに呟いたモーリスの繰り出す羽根は、ある意味容赦なかった。きちんと狙い済ました動きに相手を翻弄しつつ、屋上の半分を相手と共に縦横無尽に駆け回る。
 その辺りは北斗、啓斗、それにアゲハの3人共身体に自信を持っているようで、始めるまではやる気まるで無さそうだった啓斗までがモーリスの動きにきちんと付いて来ていた。…何となく、相手に余裕さえ感じられる。
「やりますねー」
 かぁん、と小気味良い音を立てながら手すり間際まで打ち込むモーリスに、
「外まで飛ばすと拾いに行かなければならなくなるぞ」
 こぉん、とその羽根を拾い上げる啓斗がほんの少し難しい顔をする。
「大丈夫ですよ、今の屋上は手すりより高い壁を作っていますからね」
 ほぉら、そう言いながら思い切り手すりの外に向かって打ち込み、たたたと駆け寄る啓斗の目の前で、ぽーん、と柔らかな壁に弾かれた様子の羽根がぽとりと屋上に落ちた。
「……」
「でしょう?安心して下さいね」
 にっこりと。
 次のサーブも私ですね、と笑いながらモーリスが手を差し出す。
「――まあ…これなら、落ちる心配は無いか」
 不覚にもそうして羽根を落としてしまった事はあまり悔しくないのか、屋上の遊戯が危険ではないと言う事に納得した様子の啓斗がモーリスに羽根を渡し、
「何やってんだよ啓斗、こうびしばしっと急所狙ってKOしてしまえば勝ちなのに」
 審判をやっていた北斗の言葉に、ぎろりとモーリスや他の者には見せない殺気とも何とも付かない異様なプレッシャーを弟に向けた。
「…今日と言う日に説教を食らいたいようだな?」
「あ、おう、い、いい天気だよなほら。天気変わらないうちにちゃっちゃとやっちまおうぜ」
 その視線を激しくかわしながら引きつった笑みを浮かべる北斗に、
「仲が良いんですねぇ」
 のんびりとしたモーリスの声が掛かって、2人が僅かに顔を赤くして固まるのを、見学に回っていたアゲハがくすくす笑いながら見ていた。
「――啓斗さんもなかなかやりましたね」
 後半の追い上げで勝利を奪い取ったモーリスが、清々しい笑顔を浮かべる。
「…まあ…こういうのも、たまには、な」
 次は審判に廻りつつ、啓斗も薄らと笑みを浮かべたように見えた。

*****

「ええーいっっ」
 かきぃん!
 木の板が出すとは思えない程高らかな音を立てた羽子板から、少女が出したと思えない弾丸のような速度で羽根が英彦の顔目がけて真っ直ぐ飛んで行く。
「おおっと」
 それを何とか受け止めたものの、結構な衝撃だったらしく打ち返せず取り落とした英彦が少し悔しそうな顔をするのを、
「…待った、そこ。危険球は禁止だ。バドミントンの弾より硬いんだから、気を付けて打たないと、相手に怪我をさせたらどうするつもりだ」
 ずいと割って入ったのは、目の座った啓斗。
「ごめんなさーい。失敗失敗」
 自分でもやり過ぎたと思ったか、ぺろりと舌を出す馨麗が注意を受けてすぐ啓斗と英彦に頭を下げるのを見て、
「――分かればいいんだ、分かれば」
 素直に謝ればそれで良いと自分のグループに戻っていく啓斗。
「ペナルティと言う事で次は俺がサーブするけど良いね?」
 そんな彼を見守っていたら、ちゃっかり羽根を自分のものにし、手の平の上でぽんぽんと弄びながら馨麗に宣言する。
「そ、そうですね…差し上げます」
 ほんのちょっぴり悔しい思いをしながらも、正論だと相手にこくんと頷いた馨麗が、木の板をしっかりと構えなおした。
 それから、暫く後。
「勝ちましたー♪」
 羽子板を手にぴょこんぴょこんと跳ねて喜ぶ小さな姿があり、ふう、と息を吐いて裕介に羽子板を手渡しながらその様子をちらと見る英彦がいた。
「お疲れ」
「全くだね」
 運動は得意じゃないんだ、そう言いながらも何点か得点を稼ぐ事が出来て、それなりに満足な顔をする英彦に裕介が労いの声をかけ、
「あの子と対戦するとまた着物がずれちゃいそう…」
 しっかりと着付け直して戻ってきた絵里子がうぅ、と先程の自分の姿を思い出して小さな声で唸るのを、
「それは着物らしい動きをしないからだと思うけどね。その動きに慣れないと、普通に歩いただけでも乱れるものだよ」
 皮肉っぽい声色と目で英彦が告げた。

*****

「負けませんよ」
「そりゃ俺の台詞だ」
 相手は動き難そうな着物姿、それに比べればと自分の姿を省みてにんまりほくそ笑む北斗…だが、そうした次の瞬間、思っていたよりもずっと強く鋭い球を受けて表情を硬くする。
「やるな」
「着物を着ていても、それなりに動けますから」
 にこりとそれに答えるアゲハ。北斗がにやりと笑い、
「分かった、俺も手加減しねえよ」
 ――予想外の華麗な戦いに、隣でゲームをやっていた2人を含め皆がいつの間にかアゲハと北斗の動きに目を奪われていた。
 モーリスが張ったと思しき『壁』を2人共利用し、羽根だけでなく自らをもその壁に跳ね返らせて勢いを付ける。特に艶やかな赤と黒の布地に金糸銀糸他の色糸を使い、大きく朱雀の姿を刺繍した振袖に身を包むアゲハは、その名に恥じる事の無い舞いのような身のこなしを見せ、赤い瞳を輝かせる。
「本当に容赦しませんね」
 何度目かのバク転で拍手を貰ったアゲハが、なかなか点が取れない事にふぅっと息を吐き、
「こんな事もあろうかと…準備だけはしてきたんですよ」
 羽根を手に持った北斗が訝しげな顔をするのににこりと笑いかけると、
「わ、な、何しやがる!?」
 ばさあっっ。
 効果音めいた音と共に、アゲハが着物を脱ぎ捨てた。慌てて目を閉じる北斗、そして――そこから現れたアゲハは、スパッツに薄手のキャミソールと言う、若さみなぎる姿態も相まって悩殺しかねない姿へと変貌していた。
「これで動きやすくなりました。さっきまでの姿はハンデでしたものね」
 武道で鍛えたしなやかな身体にきゅっと羽子板を握りなおして、相手からの攻撃を待つ。
「な、なんつう格好を…」
 それでも相手の闘志を見れば、ここで逃げ出す訳にも行かず。
 ――真赤な顔をした北斗は、前半の勢いもどこへやら、後半のアゲハの追い上げにあっさりと返り討ちにあってしまった。思いもよらない相手の姿と、言うように動きのキレがまるで違う彼女に翻弄された形になり、全て終えて満足そうに軽く吹き出た汗を拭う様子を悔しげに睨み付けていた。
「これは…私でも分が悪いですね」
 次の相手として見学しつつ待機していたモーリスが、言葉とは裏腹に穏やかな笑みでそんな事を言いつつ、北斗から羽子板を受け取る。
「駄目じゃない、着物を脱ぎっぱなしにしちゃ」
 続けての対戦に服を着なおす様子の無いアゲハに、絵里子がしわにならないよう気をつけながらその艶やかな振袖を掻き集める。
「ありがとうございます、絵里子姉さん」
 にこ、と笑ったのもつかの間。
 アゲハは、再びしっかりと羽子板を握りなおしてモーリスと対峙した。

*****

 そこからは、激戦と呼んでも良かったかもしれない。
 絵里子と馨麗、それからその後の英彦との戦いは、最初絵里子の着崩れを嫌がるぎこちない動きで前半負けかけたものの、次第に熱くなっていったのか毎回終わる頃にはこのまま外に出るのは危険と思われるような姿になっており、急ぎ足で室内に引き返すと言う繰り返しになっていた。それでも馨麗には負けたのだが。
 馨麗は順調にポイントを稼いでいたが、リーチ差のせいか裕介にはぎりぎりの点差で負けてしまい、ちょっぴり悔しげで口を尖らせ、当の裕介によしよしと宥められるシーンがあり。英彦はこうした運動が得意ではないと言う発言通り勝ちはなかったものの、それなりに点は取って満足げだった。
「ふふふ、こんな事もあろうかと罠も用意してあるのですよ」
 北斗相手では分が悪いと踏んだか、しきりと挑発を繰り返していたモーリスだったが、羽根と同時に打ち出したのはこってりとしたナッツ入りのチョコレートバー。羽根へダッシュをかけかけた北斗が、あっさりとそちらへ向かって行くのを見て、今回も審判役を務めている啓斗がこめかみを指でぐりぐりと押す。
「卑怯だぞおい」
 抗議するも、もぐもぐと口を動かしている北斗ではさまにならず、啓斗も警告を出す事さえ諦めてしまったようだった。
 そして。
「おおおおっっ!?」
 アゲハと対峙した時と同じようにフェンスの上に展開されている筈の壁を反動にしようとした北斗が、足応えを感じる事の無いまま、驚いた声を上げてひゅぅうう、と下に落ちて行く。
「…壁がいつまでもあるとは限りませんよね」
「――まあ、そうだな」
 縦横無尽に――時にはコンクリートの床が一瞬きしみかけるくらいの勢いで走りまわる北斗を苦い顔をして見ていた啓斗が、モーリスの言葉にあっさりと頷く。尤も、
「ひでーなおい。駐車場にちょっと穴開いちまったぞ」
 そう言いつつ怪我ひとつ無く戻ってきた北斗だからこそ、説教に至る事が無かったのかもしれない。いや寧ろ駐車場のコンクリートを割ったらしい北斗へきつい目を向けていた。
 結局、北斗はこうしたモーリスの心理?攻撃に翻弄され、気づけば勝ちを譲ってしまっていた。
 比較的穏やかだったのは、その後のアゲハと啓斗の対戦だっただろう。休憩を取る間に絵里子に説得されてきっちりと再び着物を着込んだアゲハに、一般人並みの動きしか見せない啓斗と、落とし落とされと言ったごく標準の…正月風景に、すっかり対戦を済ませてしまった馨麗達4人が見学に回っている。
 結果は――順当に、着物を着ていてもしなやかな動きを見せたアゲハの勝ち。
「さーて。お待ちかねの時間だな」
 アゲハに続いて、最後の対戦に持ち込んだ北斗が、ぶんぶんと準備運動宜しく羽子板を振り回しながら啓斗に向かう。
「ひとつ、聞いていいか」
「何だ?」
「…お前、どさくさに紛れて俺のこと打ち負かそうとか思ってないだろうな?」
「あー」
 北斗がにやりと笑いながらも、
「いやいや、そんな事はねえよ、うんうん」
 酷くわざとらしい笑みでこくこくと頷いて見せ、
「―――まあ…いい。やれるものなら、やってみろ。ぎゅ…っと言わせてみせるから」
 本日初めてかもしれない、大きな笑顔を…ただし、般若のような鬼気迫るものを漂わせていたが…見せて、啓斗がぎゅっと羽子板を握る。
 ――ぱきん、と、羽子板にひびが入ったような音がした。
「…激しいですね」
「ほんとね。というか見えないわもう」
 人間の身体能力をとうに越えているだろうと言う、風のような動きが屋上の一角で展開されている。
 時折北斗のものらしい「ぐえ」とか、「限度を考えろ!その勢いでぶつかったらフェンスが折れるだろうが!」と言う啓斗の声が聞こえるのだが、かかかかかか、と一体どの位の速度で動いているのか分からない、途切れる事のない羽根のラリーは最前からはっきりと目で捉える事が出来なくなっている。
「まあ、あれはあれで放っておいて。どうかな、終わったらと思って用意してたんだけど、ここで打ち上げでもやらないか?」
「打ち上げ?」
 裕介が、ああ、と頷いてスーツケースを取り上げ、
「来る途中で買って来たんだ」
 かぱりと中を開けると、保温の聞いたケースなのかまだほかほかと温かい飲み物とレジャーシート、それに各種色とりどりのスナック菓子が詰まっている。
「卓上コンロでも詰めて鍋でもって考えたんだけど、こっちの方が手軽で良いかなってね」
「あ、オマケつきのお菓子ですねそれ」
 馨麗がちょっと欲しそうな顔をするのににこりと裕介が笑いかけ、
「好きなのをどうぞ。喉も乾いただろ」
 皆それなりに動いたからか、冬の屋上でもほんのりと身体が温まっている。
「それじゃ遠慮なくいただきます」
 絵里子がお茶に手を伸ばしたのをきっかけに、今だ激しい戦いを繰り広げている2人を除いて皆がレジャーシートの上に座り、温かな液体をゆっくりと喉に流し込んだ。
「ああっ、あんたらずるいぞ、自分達だけ飲み食いするなんて!!」
 それから数分もしないうちに、がさごそと袋を開ける音に気づいたらしい北斗が動きを止めて皆の前に現れ抗議を送るも、
「――敵に背中を見せる者がどこにいる」
 更に一層凄みを増した笑顔の啓斗が、北斗の首根っこを掴んでずるずると引きずっていった。
「ところで、今何ポイントなんですか?」
 2人の動きが見えないため、審判のやりようが無いアゲハが訊ねると、
「今の所5−5で同点。後1回どっちかが落とせば終わりだ」
 北斗がそう言い、再び見えない戦いに入って行った。
「どっちが勝つか賭けないか?」
 英彦が、小分けになっているスナックの袋ひとつを「兄」と言いつつシートの中央に置く。
「そうですねー。それじゃあ私は弟と行きましょうか」
 モーリスが自分でも用意していた板チョコをさり気なくその隣に置いた。
「こらこら。それは不謹慎じゃないかな…っというわけで俺も兄側」
「きょうりは…おまけを抜いたお菓子をお兄さんの方に」
「えー。それじゃ偏り過ぎちゃうじゃない。もうしょうがないなぁ、じゃああたしは弟ね。んーっと。じゃあこのおしるこを」
「私も弟さんに賭けないといけないんでしょうか…」
「そーよ。丁半やるなら、人数を半々に分けるのが場をしきる人の役割なんだから」
 良く分からない講義を受けつつ、アゲハが北斗の側におつまみのノシイカを置いた頃、
 がきぃんっ!
 綺麗に続いていたラリー音が歪んで、
「あああっっ、くそおおっ!」
 北斗の悲鳴と共に、最後の羽根が遥か彼方へと飛んで行くのが見えた。
「…さすがにアウトだな。最後の板の角度が拙かったのに気づかなかったお前の負けだ」
「くーーーーーっ」
 屋上で地団駄を踏む北斗とは対照的に、軽く身体を動かした程度にしか見えない様子の啓斗がスポーツバッグの中に羽子板を返して行く。
「お疲れ様ー。お先にやってるわよ」
 そんな2人へ絵里子が声をかけ、
「俺の分残ってるだろうな!?」
 先程までの動きはどこへやら、あたふたとバッグの中に羽子板を押し込んだ北斗が慌てた様子で皆の元へと駆け込んで来た。

*****

「まあまあ楽しかったな。結局一回も勝てなかったけど」
 対戦相手が悪かったのか、意外にも一度も勝てなかった北斗が事務所に鍵を返した後、外で待っていた皆に言う。
「なんだ。俺と一緒か」
 英彦がにやりと人の悪い笑みを浮かべ、
「うぐ。ま、まあな」
 何も言い返せない北斗が悔しげに唇を噛んだ。
「ふふん、あたしより成績が悪かったって事よね。あー、今年はいい1年になりそうだわ」
 ほほほー、とわざとらしい高笑いを上げる恵理子に、アゲハがくすくすと笑い。
「楽しかったですね。こういうの、またやってみたいです」
 馨麗がおまけの玩具を大事に手に持ちながら、目をきらきらと輝かせ、「…そうだな。ま、年に1回くらいはこういうのがあってもいい」と英彦が気の無い振りをしつつ相槌を打つ。
「来年は事務所の主も誘ってみよう。運動不足っぽいのは見て分かるから、鍛えてやらないと」
 半分冗談混じりに裕介が言えば、ほぼその場の皆がうんうんと頷く。それからにこりと笑みを浮かべたモーリスは、
「皆さん、これからの予定がもし無いのでしたら、ご自宅まで車でお送りしますよ」
 来てからずっと待たせ続けていた黒塗りの大きな外車に緩やかな視線を向けた。
「わあ、いいの!?」
 恵理子が真っ先に目を輝かせ、アゲハも馨麗も続けてこくこくと頷く。
「…そうだな、途中まで送ってもらおうか」
 疲れたしな、そう言いつつ英彦が何人乗りなのか確かめるように車の内部に目をやり、
「俺も途中まで送ってもらえたらそれでお願いするよ。悪いな」
「いえいえ。私1人がこの場から車で去るのもなんですしね」
 人当たり良くそう言ったモーリスが、まだ返事の無い双子へと目を向けると、
「――言っただろう、物を壊すなと。これのどこが『ちょっと』なんだ?」
 途中北斗が屋上から落ちた時の衝撃で大きくひびの入った駐車場のコンクリートを調べていた啓斗が、その場に北斗を呼びつけて説教を行っている真っ最中だった。
「あー…時間かかりそうですねあれは」
「御説教モードですね」
「…どうせ家族なんだから帰る場所も一緒だろう。放って置いて帰っても構わないんじゃないか」
 呆れた声を出す英彦に、
「それも仕方ありませんね…じゃあ、どうぞ皆さん」
 6人を車に乗せ、車内から窓を開いて外を見ると、
「最後のあれはなんなんだ?こうして皆無事だから良いようなものの……」
 2人の対戦にまで話が進んでいた。この分だとまだまだ長引くと予想され、
「すみませんが、今日はこれで失礼します。また遊びましょうねー」
 北斗と啓斗がその言葉を聞いたかおざなりに手を振る様子を確認すると、
「では行きましょうか」
 窓を閉めたモーリスが、他の5人を乗せてゆっくりと車を滑らせて行った。

 後に残るは、延々と説教モードに入ったまま戻る様子の無い啓斗と、長い説教をきちんと聞かないと倍返しで来ると分かるだけに身動きもならず困りきっている北斗の2人。


 ――その説教は、日が陰り、夕刻に近くなったと啓斗が気づくまで続けられていた…。


 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0568/守崎・北斗    /男性/ 17/高校生(忍)       】

【0554/守崎・啓斗    /男性/ 17/高校生(忍)       】
【0555/夢崎・英彦    /男性/ 16/探究者          】
【1098/田中・裕介    /男性/ 18/孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【2318/モーリス・ラジアル/男性/527/ガードナー・医師・調和者 】
【2395/佐藤・絵里子   /女性/ 16/腐女子高生        】
【3806/久良木・アゲハ  /女性/ 16/神聖都学園1年      】
【4575/神宮路・馨麗   /女性/ 6/次期巫女長        】


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■         ライター通信          ■
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長々とお待たせいたしました。パーティノベルをお届けします。
羽根突き勝負と言う事で、8人をそれぞれの要望に合わせ動いていただきましたが、どうだったでしょうか。楽しんでいただければ幸いです。
今回は特にNPCが絡む要望が出されておりませんでしたので、草間興信所のビルの屋上は使わせていただきましたが、NPCは登場させておりません。恐らく屋上でどたばた騒いでいるのを聞いてはいるでしょうが(笑)

また、主宰PCを除き番号順に並べておりますのでご了承ください。

それでは、遅くなりましたが明けましておめでとうございます。今年が皆様にとって良い1年でありますよう、願っております。
今年も宜しくお願いいたします。
間垣久実
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月31日

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