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『蝶と花と…… 』
オーマ・シュヴァルツ1953


「今日も良い天気だねぇ。洗濯日和ってか?」
 青い空の下、ぐぐーっと伸びをして、にやりと笑みをうかべる男性がここに一人。
 穏やかな太陽の光を浴びながら、それでも仕事の手は休めない。
「こう天気が良いとやることもたくさんだな。えーと次は……」
 忙しそうに手を動かしつつ、次やることは……と考え。思い出して笑みをうかべた。
「布団干しをするかねぇ。その間に買い物に行けば丁度昼の時間になるな」
 普通に人が見上げるぐらいの長身を持ち、良く引き締まった体躯を持ち。堂々とした風体を持っている……戦闘をすれば敵もたじたじであろうその男性。
「昼飯は何にするかねぇ。昨日はオムライスだったな」
これだけの風格を持ちながら今までしていた仕事は……
「これで終わりだな。やっぱり良いねぇ綺麗な白っつーのは」
なんと洗濯物干しであった。さっきから忙しそうに手を動かしていたのは洗濯して絡まったタオルを解いたり、物干し竿にぱんぱんっと伸ばした洗濯物をかけたり……という、この男性にはあまりにも似つかわしくないことであったが……この男性、オーマにとってはこれが普通であり、これが日常である。
 オーマは家の中に入ると、白い三角巾と割烹着を脱いでイスの上にぽんと置いた。そして、近くにあった愛用の買い物かごをひょいと手に掴むと、外へ出た。

「今日は何が安いかねぇ……お。卵が十個でこの値段は安いな」
 しっくりと手に馴染んだ買い物かごを手に、オーマは建物の立ち並んだ、露店のたくさん出ている通りへと来ていた。いつものように買い物客で賑わい、あちらこちらの露店から元気の良い声が飛び交っている。
 露店を覗きながら今日の昼食夕食は何にしようかと考えつつ、オーマは通りを進んでいく。途中で安売りの卵をみつけたが……昨日昼食にオムライスを作ったばかりである。今日も卵料理を出したらおそらく嫌な顔をされるに違いない。……いや、嫌な顔をされるだけなら良いが……などと考えつき、それは見送ることにした。
「なんか良いもんはないかねぇ……ん?」
 安売り卵を見送ってから数分後。ふと、鮮やかな色がオーマの目の端に止まった。それは……
「綺麗な色だねぇ。たまにはテーブルに華やかさをっつーことで買って帰るか?ラブリーキュートなピンクも良いがラブラブバーニングな赤も捨て難いねぇ……」
それぞれの色を咲き誇った、色とりどりの花であった。
 オーマが何色を買うかで悩み始めたそのときである。クールビューティーな青も良いねぇ……などと考えていたオーマの目の前を、ひらひら〜と一匹の蝶が飛んでいったのは。
 突然現れた蝶はオーマと同じく、どの花に止まろうか悩んでいたようであったが……しばらく空中を逡巡した後、ふわりとある色の花へと落ち着いた。
 オーマは蝶の止まるまでの様子をしばらく見守っていたが。ふいに優しげな笑みをうかべると、花売りのおばさんへ声をかけた。
「こいつを一本もらえるか?」

「色があるっつーのもいいけどよ。ピュアシャインな白が一番ってか?」
 花売りのおばさんから売ってもらった花を手に、オーマは笑みをうかべながら言った。誰に言っているかというと……もちろん、花に止まっている蝶に、である。
 オーマはおばさんに代金を渡すと、蝶が逃げないようにそっと花をとり、蝶ごと花を買ってきたのであった。
 蝶はオーマが花を手にとっても、人込みの中を通り抜けるときも、そしてオーマが店に並んだ品物を検分するために動いても。不思議と飛び立つ気配を見せなかった。
 オーマは蝶が飛び立たないように、と最初は気を使っていたのだが……全く花から飛び立つ気配を見せない蝶の様子を見て、にやりと笑みをうかべた。
「お前さんもしかして俺に惚れちまったのか?っかー!俺も罪な男になっちまったねぇ」
 そう言われても微動だにしない蝶であったが、オーマは別段そのことを気にしていないようだ。
「さーて、買い物も終わったし帰ろうかねぇ。お前さんも家来るか?」
 相変わらずの調子で蝶にそう言ったオーマは、中空に輝く太陽を一仰ぎしてから家の方向へと歩き出した。
 今日も良いものが安く手に入ったねぇ、とオーマは満足げに物がたくさん入った買い物かごを手に、昼の献立を考えながら何気なく歩いていた。と、そのときである。
「野菜炒めにでも……!?」
 建物が立ち並んだ、薄暗い路地の近くにさしかかった辺りを歩いていたオーマは、不意に感じた気配を感じて思わず足を止めた。
「この気配は……」
不意に現れ出た気配。それはオーマがいつも感じ取っている気配であった。だが……今日の気配はいつもの気配とは何が、とは言えない何かが違っていた……。
 いつもとは異なる気配のあり様に、オーマは少しの間慎重に考えをめぐらせていたが……。
「ん?」
 手にしていた花から蝶が飛び立った。あれほど微動だにせず、動いても花から飛び立とうとしなかった蝶が。
 蝶はひらりとオーマの頭上で一回転すると、建物の立て込んだ薄暗い路地へと飛んでいってしまった。
 オーマはそんな蝶の動きを黙って見ていたが……蝶が薄暗い路地に消えたのを見て、にっと笑むと。
「なるほどねぇ。そういう演出だったってぇことか」
蝶の消えた薄暗い路地へと躊躇わずに向かっていった。

 薄暗い路地に入って、どれくらい経っただろうか……。蝶を追って路地に入ったオーマは辺りを警戒しながら先へ先へと進んでいた。
「いつまで続くのかねぇ、この道は」
ぽつりと呟きつつ、自分の周りを見回してみる。左右は建物の壁。前後にはこれから行く道、既に来た道が。頭上は建物が込み合っているために光が遮られ、そのせいであろう。辺りは進んで行くうちに暗くなり、視界が悪くなってきていた。
「(罠というわけでは無さそうだねぇ。この気配、間違い無くアイツだけどよ……)」
 いざとなったら戦闘できる術をオーマは持っている。だが、彼はヴァンサーとしてウォズに対することは望んでいない。できることならば共存を……と。そう考えていた。
 これ以上暗くなるなら銃を具現化して灯りを、そう考えながら歩いていたオーマは。自分の右方向にふっと気配が現れたのを感じて立ち止まった。
 やっぱりな……と思いながらオーマは視線を右に移し、そして身体の向きを変えた。その先にいる者を見るために。
 オーマの右手には、通路が真っ直ぐ伸び。その先には建物の間から日が差しているのか、光で照らし出された場所が見えた。
 その場所へ足早に向ったオーマが最初に目にしたのは……小さな広場のような場所を先ほど花に止まっていた蝶がひらひらと飛んでいくところであった。一匹ではない。二匹、三匹……と光に照らされた場所を楽しそうに飛んでいる。
「こいつは一体……」
 蝶の飛ぶ数があまりに多く、また不思議な光景であったために、オーマはしばしその様子を眺めていた。空中をくるくると舞い、時に戯れ離れる様を。
 だが、オーマは見ていた蝶の動きから視線を左へ移すと、にっと笑みをうかべて言った。
「これは嬢ちゃんの力か?やるねぇ。これだけの数を集められるっつーのは」
 なかなか出来ないことだぜ、と言うオーマの視線の先には、丈の長い黒のワンピースを纏った黒髪の少女が立っていた。
 少女はちらっとオーマへ視線を向けるが、すぐに視線を元見ていた方向へ戻し、右手をすっとあげて言った。
「わたしを封印しにきたんでしょう?ヴァンサー」
 少女があげた手には間を置かずに数匹の蝶が止まり、羽を閉じたり広げたりしている。
「俺は確かにヴァンサーだけどよ。嬢ちゃんを封印しに来たわけじゃないさ」
 そんな少女の様子に、オーマはやれやれといったように一息ついて言った。
「ただ蝶についてきただけだからねぇ。そしたら偶然嬢ちゃんに会ったっつーわけだ」
 そう言ってにっと笑みをうかべるオーマに、少女はしばらく黙っていたが……すっと視線を彼に向けると、ぼそりと呟いた。
「その花……」
「ん?」
 少女の声に、オーマは左手で持っていた白い花を見て、すっとあげた。すると……少女の視線もそれに合わせてすっとあがる。
 そんな少女の反応を見て、オーマはふっと優しげな笑みをうかべると、その白い花を少女の目の前へ差し出した。
「こいつは嬢ちゃんにやるよ。蝶も気にいってたからねぇ」
「……」
 オーマの行動に少女は警戒心を顕わにし、しばらくオーマとオーマの差し出している花とを交互に見比べていたが……。オーマを警戒しながらもそぉっと、ゆーっくり手を伸ばし始め……白い花が手に触れる位置までくると再度彼を見上げ……そして。ようやく花を手にとった。
 少女は自分の手に取った白い花を見て、ほんの少しだけ口をほころばせると。
「……ありがとう」
ぼそりと、近くにいなければ聞こえないほどの声でオーマに告げた。
 少女の言葉に、オーマはにっと満足そうな笑みをうかべると、さてと声をあげた。
「そろそろ帰るとするかねぇ。家に帰って昼飯を……!?」
 そろそろ帰らなくては、とオーマが言い終わらないうちに、であった。突然周りの景色がぐにゃんと歪み……次の瞬間にはオーマは市場の真ん中に立っていた。
 あまりに突然なことに流石のオーマも頭がついていけなかったのか、きょろきょろと辺りを見回し現状把握をすると。苦笑をうかべた。
「まぁ……こういうこともあるんだねぇ……」
 あのウォズの少女が親切にここまで送ってくれたのか、それともはたまた違う理由か……その辺はよくわからないものの、オーマには帰って昼ご飯を作る、という使命が待ち構えていた。いや、昼ご飯を作るだけではなく、あれもこれも……とやることは待ち構えていたが。
「じゃあ帰るとすっかね」
 オーマは手に持っていた買い物かごを持ち直すと、ちょっとした満足感を胸に我が家へ向って歩き出した。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
月波龍 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年01月31日

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