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『しあわせな時間 』
響・梨花3501)&神田・猛明(3496)

 結婚式を間近に控えたとある休日。響梨花と神田猛明は揃ってアルバムを眺めていた。
 最初は荷物の整理であったはずなのだが……。ありがちと言えばありがちだが、見つけたアルバムに二人して夢中になってしまったのだ。
 デートで出かけた遊園地や海や観光地。お互いの部屋に遊びに行った時に撮った日常的写真。
 一ページ、また一ページとめくるたびに、写真の中の二人は過去のものへと変わっていく。
 のんびりと語らいながらページをめくって、一番最初のページには、初めて二人一緒に撮った写真が置かれていた。
 出会ってから二年と数ヶ月。結婚までの道のりは長かったのか短かったのか、その感覚は人それぞれだろう。
 ただ短かろうが長かろうが、二年という歳月は、出会いを懐かしいと思うには充分な時の流れが経過していると言える。
 二人はふと視線を交し合い、お互い照れたように笑みを零す。
 写真を眺めながら話題はいつのまにやら、ちょっと気恥ずかしくて懐かしい、出会いの頃の話になっていた。


■ □ ■


 当時の梨花の仕事はグラビアアイドル――その仕事の一環で、とある格闘技大会のラウンドガールをしていた時のことだ。
 その日の試合終了後、梨花も仕事を終えてスタッフ通路を歩いていた時だった。
 人通りの少ない廊下で突如ぐいと腕を引かれて、梨花はキッとその相手を睨みつけた。相手は、大会に出ていた外国人選手であった。
 当然体格もよく、女の細腕で敵うわけがないと思っているのだろう。梨花が睨みつけたくらいではまったく動じることなく、バンッと壁際に押しつけられた。
「離して!!」
 とにかく誰かに見つけてもらえれば……。
 そう考えた梨花は、思いっきりの大声で目の前の男に怒鳴りつけた。しかしそれでも男は引く気配がない。
 人が来るはずがないとでも思っているのか。確かにこの近辺に人の気配はないが……梨花は一縷の望みをかけて、再度声をあげようとしたその時。
「何をしているんですか?」
 廊下の先から、低い男の声がかかった。
 そちらの方に視線を向けると、そこにはやはり大会出場者の男性が立っていた。神田猛明という名で、大会で好成績を残していた選手だ。
 目の前の外国人選手は大会での成績はそこそこと言ったところ。相手が悪いと気づいたのだろう。
 男はそそくさと梨花から手を離し、逃げるようにその場を去った。
「…………」
 その背中を見ながら、梨花はふいに瞳を鋭くした。
 梨花を襲った男の周囲に悪霊の姿が纏わりついているのを感じていたのだ。
「大丈夫ですか?」
 怯えて黙っているとでも思ったのだろう。猛明は穏やかな声音で、梨花と視線の高さを合わせて告げた。
「ええ。助かりました、ありがとうございます」
「怪我もないようで、良かったです」
 そう言いつつ、猛明の意識は目の前の梨花よりも、先ほど逃げていった男に向けられていた。


 最初は、まさかと思った。
 霊視能力を持つ人間は少なくはないけれど、わざわざひからかすものでもなし、出会う機会はあまりなかった。
 だが。
 お互い悪霊を放置しておけずに動くうち、梨花と猛明はなんだかんだで行動を共にすることが増えていた。



 そして数ヶ月後。
 猛明は、問題の外国人選手と試合をすることとなった。
 悪霊をなんとかする機会を得たいとアピールをした結果である。
「気をつけてくださいね」
「ええ、わかっていますよ」
 今回の梨花は仕事ではなく観客側。心配そうな梨花の言葉に力強い笑顔で答え、猛明はリングの上へとあがっていく。
 元よりの実力は確実に猛明の方が強いだろう。けれど悪霊に憑かれた彼は猛明と互角の戦いを繰り広げ、試合はおおいに盛りあがった。
 けれど猛明を心配する梨花は周りの観客達のように盛りあがることは当然できず、だが彼の戦いから目をそらすようなこともしなかった。
 ただ一心に信じて、待つ。
 次第に試合は猛明有利の方向へと傾いていった。
 相手が消耗したところを見計らって、猛明の口元が小さく動く。鎮魂派と呼ばれる、その名の通り周囲の魂を鎮める効果を持つ経だ。
 ぐいと相手の体の上に馬乗りになって、猛明のパンチが炸裂する。
 わぁっと、観客達のテンションがより一層上がった。
 続いて締め技で選手を抑えると同時に悪霊をも鎮める。
 そこでゴングが鳴り、試合は猛明の勝利で終わった。




「お疲れ様でした」
「いえ。彼もたいしたことなくて良かったです」
 悪霊にとりつかれていた男は、試合終了後すぐに、先に御祓いを頼んでおいた能力者に引き渡した。
 これで事件は円満解決となったわけだ。
 帰り道に立ち寄った喫茶店で、二人は笑顔で言葉を交し合った。
 最初は、他愛もない話で盛りあがっていたのだ。けれど次第に猛明の様子がそわそわし始めたのを見てとって、梨花は小さく首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
 梨花の問いに、猛明はあっちを見たりこっちを見たりと落ちつきなく視線をさ迷わせてから、ぴたりと梨花の方へと向き直る。
「俺と、正式にお付き合いしてくれませんか?」
「…………え?」
 突然の言葉に戸惑いを見せたのは、一瞬。
 梨花はすぐさま花の綻ぶような柔らかな笑顔を浮かべた。
「嬉しいです……これから、よろしくお願いしますね」
 我ながらどこか抜けた返答のような気がしたが、どうにも頭が回りきらなかったのだ。


■ □ ■


 こうして出会った二人。
 その後梨花はすぐに「花嫁宣言」を出してグラビア界から引退した。
 あれから二年。
 長かったような、短かったような。
 けれどとても幸せな日々だった。
 そしてそれはこれからも続く――いや、これからが一番楽しい時期かもしれない。
 いつでも、いつだって。
 大切な人といる一瞬一瞬が、何より幸せな時間になるのだ。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2005年01月31日

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