▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『おしょうがつ 』
藤野 羽月1989

「『お正月』ですか?」
 かくん、と傾けた勢いで、ライラック色の髪がさらさらと流れ落ちる。
 新たな年を迎えた冬の日に、リラ・サファトはわくわくと口元にほんのり笑みの形を作りながら、目の前に座っている藤野羽月の昔話に耳を傾けていた。
「そう、お正月。私の居た世界での新年の祝いの事をそう言うんだ。何日も前から準備をして、お正月特有のゲームで遊んだりね」
「新年にしかやらないゲームなんて、不思議ですね」
「他の時にも出来ないわけじゃないが…新年にやる事が多いかな。リラさんはそういうの、興味があるか?」
「はい」
 こっくん、と頷く顔は、もう既に興味で目をきらきらと輝かせていた。
「――そうだな。どうせだから他の者も呼んで賑やかにやるとしようか」
「わぁ、それはとっても素敵です!あ、あの、私に何かお手伝いできる事はありますか?」
 両手を合わせて喜ぶリラ。ちょっと考える様子になった羽月が腕を組んだ丁度その時、
「おーう。邪魔するぞー」
「こんにちは。今日も冷えますね」
 途中で行き逢ったらしい羽月たちの大事な友人である倉梯葵と高遠聖が、それぞれ手に何かをぶら下げてやって来た。
「新年の祈りも済みまして、羽月さんとリラさんに新年のお祝いを言いに来ましたら……途中でばったりと」
 ちら、と葵に目をやりながら、手に持っていたまだ温かい焼き菓子をリラへと手渡す聖。
「何だその間は。…まあ、こっちも同じ事なんだが」
 最近いいのが手に入ってな、と燻製にした鳥を一束羽月に差し出しながら葵が言い、
「何してたんだ?遊んでるようでも無し、仕事をしてるわけでもなさそうだが」
 不思議そうな顔をしながら2人へ訊ねた。
「お正月の話をしていたところだ。丁度いい、2人も参加してくれないか?リラさんに日本の正月を教えてあげたいんだ」
「羽子板に凧上げか?どっちもすぐ用意するには面倒なやつだな…」
「僕もですか?日本の、と言われても、僕には良く分かりませんけれど」
 2人がそれぞれの口を開けば、軽く笑みを見せる羽月がゆっくりと首を振る。
「大丈夫、聖も分かるようなものしかやらない。それに、4人なんだから室内で済ませるさ。丁度いいものがあるんだ」
 お菓子の袋をきゅっと胸に抱えたリラがきょとんとする、その脇を通り抜けながら戸棚から小ぶりの箱を取り出す羽月。
「まずは手始めに福笑い、それから百人一首にしよう。福笑いの絵は描かないと用意していないが」
「ふくわらい?」
「ふく…わらいですか?」
「やるのか?あれを?」
 馴染みの無い言葉に戸惑った声を上げる2人と、思い切り渋い顔をした葵が対照的だった。

*****

「随分と変わった顔ですね」
「女性…ですか?」
 大きな紙に、羽月と葵の2人が描いた顔を、リラも聖も興味しんしんで覗き込んでいる。
「おたふくと言う。頬のふっくらした…昔の女性の顔だ」
「おい羽月、そっちは輪郭までしっかり描かなくていいんだぞ」
「っと、そうだった」
 髪の部分を黒々と塗ってしまった羽月が筆を置き、脇に置いておいたハサミで顔のパーツをちょきちょきと軽快な音を立てて切って行く。
「え…切ってしまうんですか?」
 痛そうな顔をしつつ、各部分を切り抜いて、葵の描いた輪郭の上にひとつひとつ置く様子に不思議そうな顔をするリラ。
「一応、この位置が正しい…と思う」
 真ん丸い眉が2つに、てろんと目じりが垂れ下がった目がふたつ。柔らかい曲線で描かれた鼻に、真赤な唇。
「なるほど。顔でパズルをするんですね」
 唇と同じく丸くて赤い頬は輪郭の側にあり、その他のパーツは紙を切り抜いて置いただけ。それを見た聖が納得したようにうんうんと頷き、
「でも本当に不思議な顔ですね。これは眉なんですか?」
 黒く丸い点々をつんつんとつつく聖に、
「本物の眉じゃないんだ。昔の人は、眉を剃り落としてこういう模様を額に描いたらしい」
「せっかく生えている眉を剃ってしまうんですか。…どうしてですか、羽月さん」
「え」
 突如話を振られ、しかも質問の内容に一瞬戸惑ってしまう。
「ああ、それはな」
 そのうろたえぶりがおかしかったのか、くっくっと笑いながら、葵が顔を上げ、
「その当時の世界じゃ、それが普通の化粧だったってだけさ。それだけじゃないぞ。この歯もな、真っ黒に染めていたんだよ」
「ええっっ」
 頬に手を当て、びっくりした声を上げるリラ。そのリラの顔に、期せずして3人の視線が向けられた。
「――ちょっと…想像が出来ませんね」
「想像出来たってやらせねーぞ、こら」
「………」
 聖がううん、と唸りながら軽く首を傾けるのを、自分も同じように想像しただろうに葵がむっと眉を寄せて聖を睨み、
「…すまない」
 そんな2人を視線の外に感じつつ、つい謝ってしまう羽月がいた。
「羽月さんまで…恥ずかしいです」
 頬を押さえていた手を前に持っていき、少しの間押えるリラ。だがすぐに外した手の中には笑顔があり、
「それでも、そんな人たちがいっぱいいた世界って、ちょっと楽しそうですね」
 くすっと小さく笑って、作られた顔にもう一度目を落とした。
「それで、このパズルはどうやって遊ぶんですか?完成品は分かりましたけど、これをばらばらにしてももう覚えてしまいましたからすぐ元に戻せますよ」
 聖がそんな事を言いつつ、下の大きな顔を見る。
「それにはタオルが必要なんだ。目隠しして、元の顔に戻るようにするんだ。分かりやすいだろう?」
「納得です」
「さてじゃあ始めるか――と、その前に。もうひとつふたつ準備をしよう。リラ」
「はーい?」
 出たゴミを手早く片付けると、呼ばれて顔を上げたリラを奥へと連れて行く。やがて出て来たのは羽月1人だけで、小さな黒塗りの杯を重ねた器と急須のようなものをことこととその場に置いた。
「お。こんなものまで用意していたのか?」
「縁起物だからな。ちゃんと屠蘇散も使ってある。元々何人か呼ぶつもりだったし」
「そりゃいい。――で、リラは何やってる?」
「ああ。もうすぐじゃないかな」
 これまた見た事も無いものを見せられて、軽く首をかしげている聖が奥の部屋が開く音にそちらを向き、そして小さく息を呑んだ。
「これでいいんでしょうか?」
 おずおずと、これも羽月が前もって用意していたのだろう、ゆったりした晴れ着…着物を身に纏ったリラが自信無さげに羽月へと声をかけ、
「そう…うん。あ、少し待つように。帯が歪んでいる」
 ざっとチェックした羽月も初めて見る着物姿にしばし見とれたように動きを止め、それからきゅきゅっと手早く帯の形を整えてリラの席へと座らせる。
「不思議な衣装ですね。袖に袋を付けているみたい」
 ぱたぱた、と長い袖を振りながら、艶やかなデザインが気に入ったかにっこりと微笑むリラ。
「羽月さんの国の服装ですか?」
「まあ、そうだな。昔は皆こんな服を着ていたが、今では特別な時にしか見当たらなくなってしまった」
 聖が感心したようにリラの着物を見、葵は1人で屠蘇杯を口に運びながら、どこか感慨深げにリラの姿を眺めていた。
「さあ、はじめるか」
 渋る葵までも引き込んで、『おかめ』と名の付くその女性の顔のパーツをひとつひとつ揃えて行く。が、目隠しをしてのこうした遊び、まともな形になる筈も無い。
「あっ、そこ違う」
「もう少し右ですよ。他の人の言葉を信じちゃいけませんよ」
 周りで見ている者の茶々も入り、4人が4人とも散々な出来となった後は、笑いつかれて少し休憩を挟む程だった。
 この合い間に、と御屠蘇を1人1人に飲ませて行く羽月。
「無理に飲む必要は無い。…これは、家族や親しい間で回す風習なんだ。普通の酒とも違うしな」
「俺はもっと甘くない方がいいがね。まあ…この日は特別だからな」
 羽月が言うように、酒とは随分違うものが混じっているようで、おそるおそる口にしたリラと聖がそれぞれ妙な顔をして、それでもほんの少しだけ口にすると嬉しそうに羽月に持たせ、なみなみとその杯に注ぎ返した。
「ささ、どうぞどうぞ。僕たちはもう戴きましたから」
 にこりと笑う聖、そしてリラ。
「…多い」
 僅かに苦笑した羽月が、仕方なしにとくいっとそれを喉に流し込む。
「――家族の証なんですね。ふふっ、なんだか嬉しいです」
 その様子を最後までじいっと見詰めていたリラが、そう言って3人に「ね?」と確かめるように首をかしげた。

 ――当然、否定する者がいる筈は無かった。

*****

「わあ…綺麗です」
「優美な絵柄ですね。ええと…男性に、女性…に、それからこれはお年寄りですか」
 福笑いを終え、前から用意してい百人一首のかるたを一枚一枚見つつ、リラと聖が目を輝かせる。
「最後のは、聖職者だ。宗教に仕える者として、ほとんどの者が頭を剃ってつるつるにしている。だから年寄りに見えるかもしれないな。――まあ、実際ここで歌を詠うような人物は年を取っている事が多いが」
 羽月と葵が交互に、知る限りの知識を披露する。
「この百人一首と言うのは、決まった形式で作る詩のようなものさ。5・7・5・7・7、31文字で作る語呂の良い言葉遊びみたいなもんだ」
「難しいものですね。羽月さんは、この…和歌でしたか、全部覚えているんですか?」
「いや、もうほとんど覚えていない。昔習ったきりだからな。――葵さんは?」
「あのなぁ、俺が覚えているとでも思うのか?」
「――確かに、雅な世界には縁遠そうだ」
 あっさりと葵の言葉を肯定する羽月に、「言うじゃねえか」と葵がにやり笑う。
「それで、提案なんだが」
 ここが肝要と少し声を強めた羽月に、3人が不思議そうにちらと視線を向ける。
「――この勝負ともうひとつに勝った者が、それぞれ、誰かに何かを命令出来るって言うのはどうかな」
「もうひとつ?」
 ああ、と羽月が頷く。
「坊主めくりをやろうと思って」
「ほう?あれは完全な運だが、いいのか?変な命令だって聞かなきゃいけなくなるんだろ?」
「百人一首だけだと、どうしても私たちの方が有利に見えるだろうからね」
「それもそうか」
 どうする?と葵が絵札を眺めていた2人へ首を向けると、
「僕は構いませんよ。何だか楽しそうですしね」
「私も、ゲームをもっと教わりたいの」
 先程の福笑いも随分と楽しんだ様子のリラと、穏やかな笑みを浮かべる聖に否やは無いようだった。

*****

「みちのくの〜しのぶもじずりたれゆえに〜
       みだれそめにし〜われならなくに〜〜」
「み…み、み…」
「もっとゆっくり詠め羽月!み、み、み…これは違う、あれも…」
 誰1人覚えている者の無い百人一首となれば、詠み上げた下の句を覚えて探すしかない。
 今回詠み手になった羽月は3人のリクエストに応じて、3回も4回も詠み直した上に速度をどんどん落とされて、言うのが次第に辛くなって来たようだった。それでもまだ半分にも至っていない。
 勝負は4回に渡って行われ、それぞれが1回ずつ詠み手となり、取った札の枚数が合計で一番多い者が優勝と言う事にした。ほぼ皆のレベルが同じと言う事で、接戦である意味4人とも燃えていた。
「はいっ」
 ぺち、と札を取って、詠み札と確認を行い、当たっていたら自分の札。お手つきならポイントにマイナスされると言うルールにしたせいで、皆の表情も真剣そのもの。
「めぐりあいて〜みしやそれともわかぬまに〜
       くもがくれにし〜よわのつきかな〜〜」
「あ…はあーいっ」
「わ、早いな」
「目の前にあったんです♪」

 真剣ではあっても、楽しげに。
 のんびりと時間は流れ……。

「おや。どうやら僕の勝ちのようですね」
「惜しいな。2枚負けてる」
 大勝ちはしなかったものの、さしたる負けも無く、マイナスポイントもほとんど付いていなかった聖が僅差で優勝と決まった。僅かの差で負けてしまった葵が悔しげに口をへの字に曲げて、ふーっと息を吐く。
「それでは、聖の命令は何なんだ?」
 緊張の一瞬…という程ではないが、少しだけ改まった姿勢になる皆。その中で聖がすっと羽月に向き直り、
「それでは僕の命令を…羽月さん」
「私か」
 こく、と頷いた聖がにっこりと笑みを浮かべると、
「今年はむやみに急がないで、仕事の量を減らして下さいね。去年と同じだと倒れてしまいかねませんから。…いいですか?命令ですよ」
 ずい、と笑顔のままでそう言いつつ顔を寄せた。「う、うむ」と気を呑まれた羽月が思わず頷いてしまったように、その笑顔には妙な迫力があった。
「…ようし。じゃあ、次は負けないからな」
 葵が自分に対する命令じゃなかった事に心底ほっとした顔をして、がさがさと札を集めにかかる。
「羽月さん」
「うん?」
 そっと声をかけられた羽月に、リラがじーと見上げて、
「約束ですよ?」
 聖が言うのだから、きっと去年は働きすぎたのだろうと心配になったらしい。その様子にふと苦笑を浮かべると、手を伸ばし、
「大丈夫。命令だからな、きちんと聞かないと怒られてしまう」
 くしゃりとその髪を撫でて安心させるように微笑んで見せた。

 ルールはごく簡単なものにした。

 ・カードの山を裏返しに置く。
 ・くじで順番を決め、最初の人から右回りにカードをめくっていく。
 ・男性の札が出た時は山の隣に表向きに置く。
 ・女性の札が出た時は、山の隣にあったカードを全て手元に持って行く。ただし、何も無ければ山から1枚引く。
 ・僧侶の札が出た時は、手持ちのカードを全て捨てなければならない。

「僧侶は頭がつるつるの人ですよね」
「そうそう。ああ、そうだ。ひとり頭巾を被っている男がいるんだが、それも僧侶と同じ扱いだから気をつけるように。分からなければ私か葵さんに聞いてもらえれば教えるから」
 最初は練習と言う事もあって、和やかに場が進んで行った。先程行われた百人一首と違い、絵札のみでのゲームと言う感覚が気に入ったか、真剣な目ではあるがそこに臆する様子は無く、リラが姫札を引いては大喜びする様は微笑ましいもので、男性陣3人がそれぞれ柔らかな目付きでリラを眺めやった。
「それにしても、不思議ですね。どうして皆さんこうして顔を隠してらっしゃるんですか?」
 カードを全て場に出してシャッフルしながら、リラがかくんと首を傾げる。
「人前に顔を晒すのが恥ずかしいと言う時代だったらしいからな。日焼けも厳禁、恋文のやり取りをするにも御互いの顔は知らないままと言うものが多かったようだ」
 さらさらと絵札を混ぜ合わせながら言う羽月に、更に不思議そうに首を傾けるリラが、
「相手の顔を知らなくても、恋は出来るんでしょうか」
 不思議ですー、そう言いながら良く知らない昔の世界に想いを馳せるリラに、何と言えば良いのか戸惑ったような3人が顔を見合わせた。
「と、とにかく。ここからは本番だ。準備はいいな?」
「もちろん。ルールも簡単でしたからね」
 聖がにこやかに言い、
「今度は負けないからな」
 葵は百人一首で負けたのが余程悔しかったのか、ちょっと目線を鋭くしながら3人を順番に見た。
「私も勝ちたいです。勝ったら、好きなことお願い出来るんですよね」
 ふふっ、と楽しげに笑うリラの表情にどきりとした様子で羽月が一瞬動きを止め、それからぎくしゃくとカードを積み始めた。
「うおおおおぅ、ここで坊主が出るかあああっっ!?」
「葵さん、残念でしたね…全部いただきです♪この分だとまた僕が勝ってしまいそうですね」
 物凄く悔しそうな葵の悲鳴にくすくすと笑いながら、次の順番であっさりと姫札を引いた聖がカードを掻き集める。
「聖すごーい、『ひゃくにんいっしゅ』に魅入られてるのね♪」
「…それを言うなら気に入られている、だろう。まあ魅入られていてもおかしくないツキ様だがな」
 ここで勝たなくては自分の願いを口にする事も出来そうにない羽月が、むぅぅっ、と低く唸って手持ちの札を睨み付ける。今のままでは、軽く倍はある聖が逃げ切ってしまうだろう。
 一発逆転があればいいが…と眉を寄せる羽月にちくちくと視線が刺さり、「?」と顔を上げれば、
「………」
 真似をしてきゅっと眉を寄せたリラが、羽月の表情をじぃと見詰めていた。
「こらこら、羽月の真似する事は無いぞ。せっかくの綺麗な肌に皺が寄るじゃないか」
 それに気づいた葵が笑いながらリラに話し掛け、「そうですよ。楽しんでいるリラさんが眉を寄せる必要は無いんですから」と聖も葵の言葉を引き取って、ちらと思わせぶりな笑みを羽月に向けた。
 それから、次々と札が引かれて行き。
「あと2枚ですね…何だかパスしたい気分です」
「逃げは許さねえぞ、ほら引けー」
 手持ちの札が一枚も無い葵が聖をせっつき、軽く息を吐いた聖が恐る恐る緑色の札をめくる。
 ――そのまま、数瞬その動きが凍りついた。
「む?――お?まさか、本当に坊主か!?わははははっっ」
 まるで自分が勝ったかのような喜びよう。
 ほーーーっ、と羽月が息を吐く。手持ちわずか5枚だったが、最後まで死守出来たのだから、全身の力が抜けた思いだった。
 羽月の隣では葵が聖の背中を機嫌よくばしばし叩いている。そして反対側の視覚の外で、リラが動く気配がし、
「あら」
 びっくりしたような声がその小さな口から漏れた。
 その声に、3人が引き寄せられるようにリラへと顔を向ける。と、にっこりと極上の笑みを浮かべたリラが、
「お姫様でした」
 ぴらっと裏返して、嬉しそうに皆に見せると山と詰まれた残りの札を全部手元に掻き集めていく。
 その隣で、羽月が笑みの形のまま凍り付いていた。

*****

「さあ、はりきってどうぞー♪」
「い、いや、その」
 にこにこと期待に満ちた目でリラに見詰められて、羽月が顔を赤らめながら狼狽した姿で助けを求めるように左右を見るが、
「ほら、早く歌えって」
 にやにや笑いの葵と、
「僕は聖歌を歌わせて戴きますから、どうぞ遠慮なく羽月さん」
 葵よりもある意味意地の悪い慎ましやかな微笑を浮かべる聖。彼は最初、聞かなかった振りをして逃げを打とうとしたのだが、めっとリラに怒られてしまい、内心はともかく笑顔で順番を待っている。
「く――ッ、お、覚えていろ…っっ」
 とは言え…向こうに居た頃も流行歌には疎く、人前で歌を歌う事などまず無かった羽月には、自慢できるような持ち歌は無く。
 遠い昔に聞いて歌って、これだけは最後まで歌えると言う童謡を、次第に赤くなる顔で歌い上げた。尤も、それは羽月が思う程悪いものではなく、低めの声に音程のしっかりした歌い方は意外にも嵌り、曲を終えて深々と息を吐いた直後、三者三様の拍手は決して御世辞では無かった。…羽月は全く気づく様子も無く、穴があったら入りたいと言うように小さくなってしまったのだが。
 だから、その後渋い声で歌った葵の歌声にも、ボーイソプラノ並みの澄んだ聖の歌声も、羽月の記憶には全く残っていない。
 気づけば嬉しそうに頬を染めたリラが、一生懸命拍手を繰り返している所だった。
「そうだリラ、せっかく新年の祝いなんだから初詣行かないか?」
「はつもうで?」
「神社仏閣…って言っても分からないか。そうだな、この辺りだと教会か?そこで今年1年の願い事をするんだ」
「それだと、僕のところでしょうか。今から行きます?」
「行きます♪」
 こくこく、と嬉しそうに頷くリラが、歌い終わってからずっと精根尽き果てた様子の羽月の腕を取る。
「行きましょう?羽月さん」
「えっ?だって、私は…」
 放心している所にいきなり言われたせいか、あらぬ事を口走りそうになった羽月の前にずいと葵が顔を近づけ、
「猫と一緒に留守番でもしてるつもりか?来年こそは勝てるようにお前も祈っとけ。何を言い出すつもりかは知らないがな」
 羽月の口調で願い事を察したか、にやっと笑いながら葵がリラと共に羽月を立ち上がらせた。

*****

 ――教会は静けさに満ちていた。
 柔らかな蝋燭の炎が、光の届かない位置を柔らかく照らしつけている。
「さてと――僕は立場上こちら側にいますが、ささやかながら僕もここから祈らせていただきます」
 正装に着替えた聖が、どこか厳粛な面持ちで祭壇の側に立ち、他の3人も神妙な顔で並んで立つ。
「賽銭もおみくじも巫女さんもいないが、仕方ないか」
「喜捨でしたら喜んで受け付けますよ。ええ、いくらでも」
 にこりと笑う聖に苦笑を浮かべつつ、小銭を取り出した葵と、同じく、こちらは2人分の小銭を懐から出して1人分をリラに手渡す羽月。
「えっと…これは?」
「願い事の代金、ってところだな。金を払わなければ言う事を聞いてくれない神さんじゃないだろうが」
 不思議そうにリラが自分の手の中のコインを見、説明してくれた葵と羽月とを交互に見て、
「うん」
 何か納得したのか、こくんと頷いて聖の手にそれを乗せた。
「今年も美味しいもの、きれいなもの、あったかいものにたくさん出会えますように」
 にっこりと。
 何の屈託も無く、リラがそう言って祭壇に祀られているホーリーシンボルを見る。
「いい願い事だ」
 葵がどこか嬉しそうな表情で言うと、自分は黙ってちゃりんと小銭を聖に手渡し、目を閉じて何事か考えている様子。見れば、羽月も同じように目を閉じて暫く祈っていた。
 ――聖も。
 リラも、3人のその様子にゆっくりと微笑を浮かべると、同じように目を閉じて手をそっと組む。

 からんからぁん…

 からんからぁん…

 その時、澄んだ鐘の音が、彼らの願いを聞き届けたかのように静かに上から降り注ぎ。
「…願いは、いつかかならず叶いますよ」
 余韻までじっくりと楽しんだ後で、聖がそう囁くように言ってにこりと皆に笑いかけた。


 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1989/藤野 羽月  /男性/15/傀儡師       】

【1711/高遠 聖   /男性/16/神父        】
【1879/リラ・サファト/女性/15/とりあえず常に迷子。】
【1882/倉梯・葵   /男性/21/元・軍人/化学者  】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
長々とお待たせしまして申し訳ありません。
お正月パーティノベルをお届けします。
リクエストにありましたように、百人一首、福笑い、坊主めくりと昔懐かしいゲームを遊んでいただきました。
坊主めくりはトランプと同じようなものですから、ソーン世界でも十分通用するゲームだろうと思います。結構盛り上がりますしね(笑)
楽しんでいただければ幸いです。

それでは、今年1年皆様にとって良い年でありますように。

間垣久実

尚、PCの順番は主宰PCのみトップに置き、後はいつものように番号順に並べさせていただきました。
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
間垣久実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年01月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.