▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『蝶々達の宴 』
光月・羽澄1282


♪オープニング♪

 冬特有のカラリと乾いた空気が、部屋の中に凛とした冷たさを充満させる。
 刺す様にに冷たい風なのに、なぜか心地良い清涼感。
 光月 羽澄(こうづき はずみ)は窓から入ってくる風にしばし目を閉じ、髪をなびかせた後で硝子窓を閉じた。
 硝子越しに遠慮がちに入ってくる朝日がまぶしい。
 「さて・・と・・。」
 羽澄はゆっくりと立ち上がると、部屋の隅にポンと置かれている四角い箱を手に持った。
 白く、それなりに大きな箱。
 中に入っているのは、ある人からもらったアゲハチョウの柄が美しい振袖だ。
 お正月用にと昨年暮れに出しておいたのだ。
 羽澄は愛しそうにそっとその箱を撫ぜた。
 「お正月も終わったし、振袖・・仕舞わなくちゃ。」
 自分に言い聞かせるようにそっと呟く。
 「ちょっと寂しいわね・・。もう一度見てから仕舞おう。」
 羽澄はそう言うと、箱を床に置いた。
 今年最後の見納めだ。
 また来年まで、しばしの別れになる・・。
 そっと丁寧な手つきで箱を開ける。
 「あ・・あれ・・??」
 羽澄は2,3度瞬きをした。目を擦り、よーく目を凝らす。
 ・・目の錯覚などではない・・!!
 「ふ・・増えてる!?えっ・・何でっ!?」
 驚く羽澄の視線の先、綺麗に仕舞われていた振袖・・その柄が、なんだかおかしい。
 薄いブルーの振袖にプリントされる、大量のアゲハチョウ・・。
 その数は、嫌になってしまうほどに多い。びっしりと振袖の布にしがみ付くアゲハチョウ達・・。
 しかも・・・。
 「移動してるしっ!」
 そうなのだ。
 蝶々達はバタバタと羽を動かしながら右へ左へ飛び回っているのだ。
 たまには他の蝶々とぶつかったり、重なったりしながらせわしなくバタバタと羽を蠢かせている。
 華麗にヒラヒラと舞っているのではない!モゾモゾと気だるそうに動いているのだ!
 その数と動きに、羽澄は少々顔を歪めた。
 これは・・夜見たならば気味悪さが倍増されるだろう・・。
 夢に出てきてしまいそうだ・・。
 「仲間を引き付ける蝶々がいた・・??」
 なんとなく、羽澄はそう感じた。
 しかし・・どの蝶々がその蝶々なのかは分らない。
 何しろ凄い数なのだ・・。
 「折角貰ったのに・・移動しすぎよ・・。」
 羽澄はポツリと呟くと、考えた。
 どうすれば蝶々を元の位置に戻せるのかを・・そして、閃いた。
 「無地の布よ!そっちに移って貰えば・・!え〜っと、ハンカチ、風呂敷・・巾着・・。」
 思い立ったら即行動だ!
 羽澄は振袖をそのままに立ち上がり、小走りに布を集める。
 くるくると踊るように部屋の中を回り、箪笥やら引き出しやらを引っ掻き回す。
 「っと、他にあったっけ・・。え〜っと、あれ・・は無地じゃないし、あれもダメ・・う〜ん・・。」
 悩む羽澄の耳に、階下から微かな音が聞こえてきた。
 玄関を開ける音・・誰か来たのだ!
 こうなれば人海戦で行くしかない!色々な人に蝶々の里親になって貰おう!
 羽澄はそう思うと、階下の店に駆け出して行った・・・。


 羽澄の元を訪れていたのは、一人の振袖アレンジの綺麗な衣装を着た人だった。
 彼の名は室田 充(むろた みつる)。
 黒ベースで白ボタン柄の振袖アレンジの衣装は、ミニ丈でチュールだレースだてんこ盛りだ。
 足元は網タイツで美脚を強調し、十cmのぽっくりが足元を更に色っぽく演出している。
 髪型は高くに結ってあり、妙に正月色満点だ。
 朝っぱらから妙に色気も出ている・・。
 タカタカと階上から走り寄ってくる羽澄の姿を見ると、にっこりと微笑んで軽く片手を上げた。
 「羽澄ちゃん、今年もよろしくね♪」
 そう爽やかに言った充・・もとい、アンジェラの腰に羽澄が抱きつく。
 「アンジェラさーん!この振袖貸してー!!ぷちゴージャスにするからー!!」
 「何、なに・・?どうしたの・・?」
 腰にしがみつき、妙に必死な様子の羽澄を見て、充が頭をポンポンと軽く叩きながら羽澄の言葉を待つ。
 「あのね、あのね!振袖の蝶が増えたのーっ!!」
 「ふ・・振袖の蝶・・??」
 混乱して頭上のハテナマークを沢山掲げる充の背後で、再び扉が開き一人のセミロングの中性的な容姿をした少女が姿を現した。
 「羽澄、着物生地でバッグ作ってみたんだ。羽澄の分はこっち、無地で小さい花柄なんだ・・。」
 そう言って、和洋装どちらにも合いそうなクロワッサンバッグを顔の真横に持ち上げながら入ってきた時永 貴由(ときなが きゆ)に、羽澄が抱きついた。
 「・・わ!!どうした!?」
 「貴由ー!!振袖の蝶が増えたのーっ!!」
 羽澄がそう言って貴由に泣きつく。
 「振袖の蝶が増えてる?んなアホな・・。」
 「本当なんだってばー!アンジェラさんも貴由も、こっちこっち!!」
 羽澄は、貴由から離れると充と貴由を階上へと手招きした。
 2人はそれに無言でついて行く。
 それなりに広い羽澄の部屋に案内される・・そこはまさしく激戦地だった。
 床に広がる布布布・・・。
 「羽澄、これは一体・・。」
 「これ、見てー!!」
 ため息混じりに言いかける貴由の言葉を遮ると、羽澄は白い箱の中を2人に見せた。
 白い紙にくるまれた、薄いブルーの振袖に・・。
 「あら、随分サイケな柄の振袖ねぇ。悪くないけど、やりすぎね・・。」
 「そうじゃなくってー!!」
 「うわ・・これがあの振袖・・?みっちりじゃない・・。」
 貴由が呆れた声を出し、いまいち状況のつかめていない充が再び振袖を覗き込む。
 モガモガと、羽ばたくアゲハチョウ・・・。
 「きゃ、何・・何コレ〜!!?」
 「増えたの〜!!」
 羽澄が、うるうるとした瞳を貴由に向ける。
 SOSを発するいたいけな瞳を無視する事は出来ない・・。貴由は大きくため息をつくと、羽澄にそっと囁いた。
 「知り合いに、電話・・。」


♪蝶々達の里親大集合♪


 羽澄は必死になって知り合いで蝶を引き取ってくれそうな所に電話をした。
 その背後では、充と貴由が珍しそうな、それでいて少し気味悪そうな瞳で振袖を見つめていた。
 「でね、とにかく、蝶の里親になって!無地の布持って来て〜!」
 そんな内容の電話をかけまくってから15分後・・玄関のドアが開いた。
 そこに立っていたのはシュライン エマ。
 その手には無地の手袋と帯揚げがある・・。
 「シュラインさん〜!」
 「明けましておめでとう羽澄ちゃん。一応、蝶の柄が映えそうな無地の布を持って来たんだけど・・。」
 そう言うシュラインの前に、羽澄が持っていた箱を差し出す。
 悲惨な状態になっている振袖・・。
 「思った以上に凄いわね。でも・・元々何処にいた蝶々なのかしらね・・?」
 「さぁ・・。でも、この中に仲間を引き寄せる蝶々がいたみたいで・・。」
 羽澄はそう言うと、小さくため息をついた。
 「大丈夫よ、羽澄ちゃん。」
 シュラインが優しく羽澄に言った時、再び玄関のドアが開いた。
 茶色の髪の毛と青の瞳を持つ少年・・守崎 北斗(もりさき ほくと)が手に大量の無地の布を持って立っている・・。
 「「北斗・・」」
 シュラインと羽澄が綺麗にハモり、視線が北斗の手に注がれる・・。
 「なんか、大変そうだったから家にあった布を持ってきて・・」
 言いかけた北斗の背後から、ゆら〜りと黒い影が現れて、その頭をガスリと殴った。
 鈍い音がして、北斗が前のめりに倒れこむ・・。
 「いてーっ!!」
 頭を抱えて涙目になる北斗の後で、右手を拳の形にして呆れたような顔をして立っている少年・・。
 その容姿は床にはいつくばって泣きそうになっている北斗と瓜二つだ。あえて違う所を言うとすれば、緑色の瞳・・・。
 彼こそは北斗の双子の兄、守崎 啓斗(もりさき けいと)だ。
 「全く・・北斗のバカが・・俺の裁縫用のサラシを持って行くヤツがあるか・・・。」
 手に白い振袖・・多分女物だろう・・を持った啓斗が低くそう呟く。
 北斗が頭を押さえながら恐る恐る背後を振り返る・・・。
 「ゲっ!兄貴!!」
 「ゲとは何だ。ゲとは。」
 「い、いや・・その・・・。」
 北斗の視線が宙を彷徨う。明らかに・・何かおかしい・・。
 啓斗はしばらく弟の顔を見つめていたが、やがて諦めたようにため息をつくと、羽澄に向かって頭を下げた。
 「明けましておめでとう。今年も北斗共々よろしくお願いします。」
 「え、あ、おめでとう〜。啓斗くん。今年もよろしくね??」
 丁寧に新年の挨拶をされ戸惑う羽澄をよそに、北斗はその場に集まっていた面々にも丁寧に挨拶をする。もちろん、キッチリ2人分だ。
 彼の弟は未だに床と密接な関係を保っている・・。
 と、またドアが開き一人のショートカットの中性的な顔立ちの女性が姿を現した。
 「汐耶さん!!」
 羽澄がそう叫ぶと、パタパタと走り寄った。
 綾和泉 汐耶(あやいずみ せきや)。羽澄が電話で呼んだうちの一人だ。
 「明けましておめでとう、羽澄さん。えぇっと、無地の布って言っていたけれども、これで良いかしら?」
  汐耶はそう言うと、大判の薄手のスカーフと無地の布製のハンドバックを、持っていた紙袋から取り出した。
 「うん、全然大丈夫!ありがとうー!」
 羽澄はそう言うと、にっこりと微笑んで汐耶を奥へと案内する。
 「あ、そうだわ。ケーキ買ってきたの。お口に合えば良いんだけど・・。」
 汐耶はそう言うと、小さな四角い箱を羽澄に手渡した。
 「ありが・・。」
 「うわ、サンキュー!!」
 一番先に反応したのは羽澄ではなかった・・。
 その背後、青春小僧、暴れん坊将軍、雑食忍者の異名をとる・・北斗だ・・。
 その目はランランに輝き、もしも尻尾があったならば千切れんばかりに振っているだろうと言うくらいのオーラをだす。
 「ほぉ〜くぅ〜とぉ〜・・・!!」
 そして更にその後、黒いオーラを出しながら瞳を怪しく輝かせているのは、天下の朴念仁、冷凍野菜忍者、笑顔般若の異名をとる・・・啓斗だ・・・。
 もしも啓斗がゴーゴンだったなら、確実にその髪の毛は天井へと向かっていただろう。そして、北斗は石にされていただろう。
 二度と戻ることは出来ないほどに強力な眼力によって・・・。
 「お前はっ!あれほど買い食い拾い食い貰い食いはするなと言ったのに!!」
 「だ・・だって〜・・!!」
 「だってじゃない!!」
 啓斗がガスガスと北斗を蹴り、北斗が尻尾を丸めて必死に衝撃に耐える・・。
 コレが親と子ならば暴力云々で問題になりそうだが、生憎啓斗は北斗の親ではない。他愛もない兄弟のじゃれ合いで片付けられてしまうのだ。
 「なんだか、若い子は元気ね〜。」
 「・・そう言う問題かしら・・?」
 「多分、違うと思うけど・・。」
 充とシュライン、そして貴由がその仲むつまじい兄弟愛の光景を眺めながらボンヤリと囁く。
 「今のうちに、ケーキを仕舞いに行こう・・。」
 「そうね・・。」
 雑食忍者を冷凍野菜忍者に任せ、羽澄は冷蔵庫の方へと走って行った。
 後に残された汐耶を、シュラインが手招きして呼び寄せる。
 汐耶がシュラインの隣に腰を下ろした時、再び蝶の里親が姿を現した。
 小麦色の肌、黒の瞳・・・。その手には、藍色のストール・・。
 「あ、アインくんも来てくれたの!?」
 ケーキを置いてきた羽澄が声をかける。
 彼の名前はアイン ダーウン。東南アジア出身だ。
 「はい、明けましておめでとう御座います。いつもお世話になってます。」
 アインがそう言って、深々と頭を下げる。
 そして、右手に持った四角い箱をついと差し出した。
 「これ、いつもお世話になってますから・・クッキーです。まぁ、作ったのは家族なんですけどね。」
 にこやかに言うアイン。
 サーっと凍りつく場。
 双子忍者に注がれる、冷ややかな視線・・・。
 しかし、北斗もバカではない。今現在兄の愛の鞭を受けている最中にさらにどつぼにはまるような真似はしない。
 そうだ。兄がいなくなったその時こそが、行動の・・・。
 ガスガスガスガスガス・・・!!!
 「いてー!!」
 「お前は何を考えてるのか直ぐ分る!!」
 そんな似ているようで似ていない双子忍者にハテナマークいっぱいの視線を送っているアインに、羽澄がそっと囁いた。
 「ともかく、あそこは放って置いてあげて。いつもの事だから。」
 「・・・はい・・。」
 アインがひとまず頷くと、無造作に置かれている白い箱の中を覗き込んだ。
 大量の蝶々がモガモガと動き回る悪夢を見て、羽澄に微笑んだ。
 「綺麗な振袖ですね〜。羽澄さんに良く似合ってます。」
 ・・邪気のない笑顔。まったくもって他意はない。
 「あ・・ありがとう・・。」
 羽澄は曖昧に微笑むと、礼を言った。
 すると、今度は小さくドアをこんこんと叩く音がした。
 玄関には小さな影・・・。
 羽澄はドアを開けると、そこに立っている人物に目を向けた。
 「明けましておめでとうなの〜!」
 緑色の髪の毛に銀の瞳の可愛らしい少年・・・。
 「蘭くん・・?」
 「はいなの!」
 キラキラとした笑顔を振りまいてドアの所に立っていたのは藤井 蘭(ふじい らん)だ。
 「あら?蘭くんじゃない・・?どうしたの?」
 シュラインが奥から顔を覗かせる。
 「あのね、パパさんが“明けましておめでとう”って言ってきなさいって言ってたの!」
 「そっか・・。とりあえず寒いから中に入って。」
 羽澄はそう言うと、蘭を部屋の中へと入れた。
 蘭はトテトテと走って、床に無造作に置かれている白い箱・・振袖を覗き込んだ。
 「わ〜い。ちょうちょさん、いっぱいなのー!」
 モゾモゾと動く蝶々を見て、蘭が嬉しそうににっこりと微笑む。
 「冬なのに、ちょうちょさん元気なのー!」
 「あ、そうだ蘭くん、なにか無地の布持ってないかな?」
 「むじ・・?」
 「何も書かれていない布よ。持ってない?」
 シュラインの言葉に蘭は少しだけ小首を傾げた後で、上着のポケットから綺麗にたたまれた白のハンカチを取り出した。
 「あら、丁度良かったわ。ねぇ蘭くん、ちょうちょさんを貰ってくれないかしら?」
 「ちょうちょさん・・?」
 「そうなの、あのね・・・。」
 シュラインが蘭に振袖の蝶々の事を話している時、再び扉が開いた。
 そこに立っていたのは青い瞳で紅い振袖を着た少女・・。
 「・・・ここは・・・。」
 「灯火ちゃんじゃない、貴方も羽澄ちゃんに呼ばれたの?」
 キョロキョロと視線を彷徨わせる少女の名前は四宮 灯火(しのみや とうか)。紅い振袖が印象的な少女だ。
 シュラインが蘭の隣から離れずに、視線だけ灯火に向ける。
 「なにか、あったのでしょうか・・?」
 「えぇ、実は・・・。」
 振袖の一番近くに座っていた汐耶がそれを灯火に見せる。
 「これは・・・。」
 「この蝶々を引き取ってくれる人を羽澄さんが探しているんだけど・・・。」
 「わたくしも、蝶をお引き取りいたします。」
 「本当!?ありがとう!」
 羽澄が汐耶の影から現れると、灯火に向かってにっこりと微笑んだ。
 「それで、無地の布が必要なんだけど・・持ってるかしら?」
 「無地の布・・・。」
 汐耶の問いかけに、灯火はゴソゴソと袖元を探った。そこから、白いハンカチがポトリと落ちた・・。
 「これで・・・。」
 「うん、大丈夫。」
 羽澄は更にニッコリと微笑むと、灯火を部屋の中に案内した。
 「さて・・と、これで全員か・・・。」
 言いかけた羽澄の背後で、再び豪快にドアが開くと、これまた豪快な声が響き渡った。
 「明けましておめでとう!」
 ドカドカと入ってきたのは、巨漢の大男だった。
 「いや、たまたま近くまで来たものだから新年の挨拶に・・・と・・・?」
 しゃべる言葉がぶつりと途切れた。
 その場にいる者達の注目を一手に引き受けた彼の名前はゴドフリート アルバレスト。警察官だ。
 「おいおい、こりゃ一体なんだ?」
 キョトリとした視線を羽澄に向ける。
 どう説明したものかと考える羽澄に気を利かせ、汐耶がつと手に持っていた振袖の箱を差し出した。
 「おう、綺麗な振そ・・・あ・・・?」
 「増えたんですって。」
 「羽澄の振袖の蝶々が。」
 充と貴由が、台詞を分けて話す。
 「ねえぇ、ゴドフリートさん。なんか無地の布みたいなの持ってない?」
 「無地の布ったって・・・今日はただたんに年始参りに・・・。」
 「そのお洋服が無地なのー!」
 蘭が急に立ち上がると、犯人はお前だっ!とでも言いたげにビシリとゴドフリートを指差した。
 「・・・ま、しゃぁねぇか。」
 市民を守る警察官だ。困っている人は放っておけない。
 「それじゃぁ、本当にこれで全員ね?」
 羽澄が集まった一同をぐるりと見渡した。
 総勢10人の人が集まって・・・あれ・・・?
 羽澄は目をぱちくりすると、再びその場に集まった面々を数え始めた。
 1,2,3・・・11人いるっ!?
 「あ・・あれ・・・??」
 羽澄は大きく深呼吸を繰り返すと、今度は口に出して点呼を取り始めた。
 「まずは、アンジェラさんに貴由でしょう?」
 「はい?」
 「なによ・・・?」
 「次にシュラインさんで・・。」
 「どうかしたの?羽澄ちゃん?」
 「北斗と啓斗くんでしょう?」
 「あー?」
 「何だ・・?」
 「それからぁ、汐耶さんとアインくんで・・・。」
 「羽澄さん・・?」
 「はい・・?」
 「蘭くんと灯火ちゃんでしょう・・?」
 「はいなのー!」
 「はい・・?」
 「それでぇ、最後にゴドフリートさん・・・。」
 「あぁ?で・・・?」
 「それと・・・。」
 その場にいる全員の視線が、最後の人物に注がれる。・・・もちろんゴドフリートではない。
 紅い振袖姿の少女・・・灯火ではない。振袖同様瞳も赤い・・・。
 「私はこの手毬に里子としていただきますね。」
 にっこりと微笑む12歳くらいの少女・・・。
 「み・・魅咲ちゃん・・?」
 「はい。」
 ペコリとお辞儀をする少女の名前は九耀 魅咲(くよう みさき)。いつの間にか現れて、いつの間にか消える・・神出鬼没の少女だ。
 その小さな手には赤い手毬が乗せられている。
 「一応これも外は布地ですし。」
 そう言うと、今だに振袖を持っている汐耶の元へと駆け寄った。振袖をまじまじと見つめる・・・。
 「これですか・・・。凄いですね・・・。」
 汐耶に微笑みかけながら言った後で、低く小さく呟く・・・。
 「ふむ・・後で術などに利用できるかも知れぬのぉ・・・。」
 「・・え・・・?」
 「何か?」
 驚いたように見つめる汐耶の瞳を、純粋で真っ直ぐな瞳で跳ね返す。
 「い、いえ・・・。気のせいだったのかしら・・?」
 眉根を寄せながら視線を逸らす汐耶の前で、魅咲は紅い唇の端をゆっくりと持ち上げた・・・。
 
 「えーっと、それじゃぁ全員で11人・・私も入れて12人って事で大丈夫ね!?」
 グルリと再び見回したが、今度は増えた人はいないようだ。
 「じゃぁ、みんな手に布を持って、こっちに来てー!」
 羽澄が一同の先陣を切って部屋の中を進み、大きめの和室に招待する。
 ヒヤリと冷たい室内に入ると直ぐに、汐耶が箱を畳の上に下ろし、羽澄が丁寧に振袖を取り出す・・。
 モガモガと息苦しそうに動き回る蝶々達は、なんだか可哀想にさえ見えてくる。
 「それじゃぁ、手順を説明するからよく聞いてね!」
 羽澄はそう言うと、淡いピンク色のハンカチを取り出した・・・。


♪蝶々達の新住居♪


 「蝶々を捕まえるのにはちょっとした手順が必要なの。」
 「手順・・?」
 「一体どんなです?」
 北斗とアインが顔を見合わせて眉根を寄せる。
 「まず、蝶々がいる所に無地の布を置いて・・。」
 ハラリと、蠢く蝶々の上に淡いピンクのハンカチを落とす。
 「次に、蝶々を2回叩くの。」
 羽澄がハンカチ越しに振袖の蝶々を2回、軽く叩いた。
 「そして・・布をそっと外すと・・。」
 ハンカチを振袖から離す。
 その時、ハンカチの下で何かが光った。キラリと、鋭く煌く光が・・。
 「あ・・ちょうちょさんなのー!」
 蘭が振袖からヒラリと舞った蝶々を指差した。
 丁度羽澄が叩いた部分の蝶々が、振袖から抜け出して宙を優雅に泳いでいる・・。
 「あら・・不思議ね・・。」
 「蝶々、飛べたんだ・・・。」
 舞う蝶から視線をはなさずに、充と貴由が口々に感想を漏らす。
 「最後に、飛んでる蝶々に布をかぶせて・・。」
 羽澄が言いながら、蝶々にハンカチを被せた。
 その動作は丁度虫取りに似ていた。違う事は、蝶々の動きがやけにゆっくりな事と手に持っているのが虫取り網でない事くらいだ。
 「そうするとハンカチに蝶々が移るから。」
 蝶々が移ったほうの面を一同に見せる。
 確かに、蝶々はその淡いピンクのハンカチに移ってはいるのだが・・・。 
 「まだ動くのね・・。」
 「ちょうちょさん、元気なのー!」
 シュラインがため息混じりに呟き、蘭が嬉しそうにキャッキャとはしゃぐ。
 「ワンポイントとかにしたい場合、どうすれば良いのでしょうか・・?」
 灯火のその発言に反応したのは汐耶だった。
 持っていたバッグの中からすっと硝子の瓶を取り出して振袖の隣に置いた。
 「汐耶さん、これは・・?」
 「これは花粉を水で溶かしたものよ。」
 瓶の中に入っている水は透明で、確かに水と言われればそうなのだろうが・・・花粉・・?
 「なんで花粉なんですか?」
 魅咲が少しだけ首を傾げて問う。
 「蝶々には、花粉・・でしょう?」
 汐耶がゆったりとした微笑を浮かべ、バッグの中から今度は分厚い本を取り出した。
 それなりに読み込まれた本なのか、角がボロボロになっている・・。
 汐耶は付箋の貼ってある部分を開くと、一同に見えるように開いた。
 「この蝶々の対処法が載ってるんです。ここには花粉を溶かした水を蝶々を移り住ませたい部分に少しだけ塗れば良いと書いてあります。」
 「・・とにかく、試してみる価値はあるな。」
 啓斗がそう言い、羽澄が軽く頷いた。
 その細く繊細な指を硝子瓶の中に淹れ、透明な液体をわずかばかり指先に取ると、ハンカチの右隅にチョコリと置いた。
 するとどうだろう・・・蝶々がその部分に向かって羽ばたき、丁度その部分で止まったではないか!
 「おぉ、すげぇな・・。」
 ゴドフリートが驚きと感嘆の入り混じった声を上げる。
 「蝶々は約1日すれば定着します。この花粉水を塗れば、蝶々は定着するまでその場にとどまります。」
 「つまり、一度塗っちゃえば後はオッケーって事?」
 「はい。」
 充が右手の人指し指と親指をくっつけ、顔の横で丸を作る。
 「それじゃぁ、それほど数のいらない人から順にやろっか・・。あんまり大勢で一斉にやると、蝶々が飛び交って大変だもんね。」
 羽澄の提案に、全員が頷き同意の意を表す。

 「そうね・・それじゃぁ、蘭くんからで良いんじゃないかしら。」
 「はいなの!」
 シュラインが蘭の背中をぽんと軽く叩き、蘭がトテテと前に出る。
 蠢く蝶々達を楽しそうに見つめた後で、白いハンカチを1匹の蝶の上に置いた。
 コツコツと可愛らしく2回叩き・・可愛らしいくらいに慎重な手つきでハンカチをどける・・。
 その下から羽ばたいたのは大きめのアゲハチョウ。
 力強い羽ばたきで宙へと舞う。
 「ちょうちょさん、キレイなのー・・。」
 蘭が蝶々をじっと見つめる。
 部屋の中を旋回するようにクルクルと回る蝶々は、七色に輝く麟粉を振りまいて舞う。
 蝶々は天井高くにあがると、その場で大きく弧を描いて飛んでいる。
 「ちょうちょさん、高いところに行っちゃったのー・・。」
 そう言うと、蘭は両手を天井に突き出した。
 天井は高く、小さい蘭では届きそうにはない・・・。
 「しゃぁねぇな・・。俺が肩車してやるからよう、上手い具合にハンカチで捕まえろや。」
 ゴドフリートはそう言うと、蘭を肩に担いだ。
 「わー!!高いのぉ〜!!」
 205cmのゴドフリートの上ではしゃぐ蘭。きゃっきゃと両手を上げて喜びながらも、ハンカチでそっと蝶を捕まえた。
 白いハンカチに、大きなアゲハチョウが移り住む・・・。
 「ちょうちょさん、このままなのかなー・・?できたらお外に逃がしてあげたいけど・・・。」
 ゴドフリートが蘭を肩から下ろす。蘭はパタパタとシュラインに走り寄ると、ハンカチを見せた。
 「お外は・・寒いんだよね・・?」
 小首を傾げ、外を眺めた後で身震いをする。
 シュラインは蘭の頭に優しく手を置くと、ふわりと微笑んだ。
 「蘭くんが、蝶々さんを大切にしてあげれば、きっと蝶々さんも嬉しいんじゃないかしら?」
 「・・僕が大切にしてあげれば・・?」
 蘭の顔がパアっと輝いた。にっこりと太陽のような微笑を浮かべて、ハンカチの中で羽ばたく蝶々にそっと触れた。
 「僕、僕ね、ちょうちょさん、大切にするよ!だから・・ちょうちょさんも、嬉しいよね?」
 「えぇ。きっと。」
 シュラインが蘭の頭をそっと撫ぜた。蘭は嬉しそうに、それでいてくすぐったそうな表情を覗かせた後で振袖の隣に置かれている瓶に指先をつけた。
 ハンカチの丁度右下の角にそっと花粉水をしみこませる・・・。
 蝶々が花粉を求めて羽ばたき、丁度花粉水を塗った部分で羽を休めた。
 「ちょうちょさん、これからよろしくなのー!」
 蘭はそう言うと、にっこりと微笑んだ。


 「それじゃぁ次はアンジェラさん!」
 「分ったわ。」
 充はそう言うと、着ている振袖部分を羽澄の振袖に重ねた。
 優雅な手つきで二度、その上から叩く・・・。
 「きゃ、何・・何コレ〜!?」
 振袖を乗せた部分がもそもそと動き、充が軽く顔をしかめた。
 「おい、早く袖の部分をどけろよ・・。」
 「わ、わかってるわよぉ・・・。」
 北斗に指摘されて、充は恐る恐る振袖をめくった・・するとそこから5匹の蝶が一斉に天井に向かって羽ばたいた。
 「き・・きゃーっ!」
 「・・“きゃーっ!”じゃなく、早く捕まえろよ。さっきの蘭みたく天井に上っちゃうと大変じゃねーか!」
 「あ・・あら、それもそうね・・。」
 再び北斗の指摘が入る。
 充は直ぐに振袖部分を振り回して蝶捕獲に励んだ。
 ・・・しかし、そこは蝶の方が一枚上手だ。充が袖を振るのと同時にヒラリと別方向へと飛んで行く・・・。
 今度は挑発するように一匹の蝶が充の真横を通るが・・・ヒラリと避けられて、振袖が空を切る。
 「・・なんで捕まらないのよー!!」
 「・・・才能ね。」
 「貴由、それは違うと思うわ・・。」
 「運動神経だな。」
 「兄貴、そんな冷静にザックリえぐるような事を言うなよ・・。」
 「・・能力は人それぞれですし、仕方がないですよ。」
 「わたくしも、そう思いますわ。」
 「少しお可哀想ですけど、コレばっかりは・・・。」
 貴由、羽澄、啓斗、北斗、アイン、灯火、魅咲の若者組みが次々に思い思いの発言をする。
 「だ・・だって、そんなこと言われても・・・。」
 「僕よりもヘタなの〜!」
 抗議をしようと口を尖らせた充。それをザックリと切ったのは無邪気な蘭の発言だった。
 かなりの精神的ダメージだ。
 充はその場にしゃがみ込むと、イジイジと畳にのの字を書いた。
 「どーせ・・どーせ・・・。」
 「そ、そんなに暗くならないで・・・。」
 「そうですよ。蝶を捕まえられないくらいでなんですか。」
 「袖を振り回してりゃぁ、そのうち捕まるって!」
 シュライン、汐耶そしてゴドフリートが次々と慰めの言葉をかける。
 「みんな・・・!!」
 大人同士は大人同士の友情を育む。なんとも美しい光景である・・・が・・・。
 そんな事は若者組みには関係がない。
 それより今は蝶の捕獲が最優先だ。大人達の美しき友情はもう少し後で育んでもらいたい・・・。
 「もうこの際、手っ取り早く本体を蝶に向かって投げるか?」
 「北斗、もう少し頭を使え。」
 「それでは・・振袖を脱いでいただくと言うのは・・・。」
 「良い考えだけど、それもそれで脱いだ後が大変よね。」
 「う〜ん・・。」
 「やっぱ、本体ごと投げ・・。」
 「投げる時は北斗、お前が“一人だけで”投げろよ。」
 「でも、投げた時に当たらなかったらどうする?」
 「その場合はもう一回になるでしょうね・・。」
 「北斗、もう一回投げる気ある?」
 「当たらなかった場合、僕が投げるのー!」
 「わたくしも、お手伝いいたしますわ。」
 「俺も出来る限りお手伝いしますよ。」
 「よしっ!これだけ戦力がいれば大丈夫だろう!」
 北斗がふんと鼻息荒く力瘤をつくると、充に近寄った。
 「な・・なにするの・・!?」
 「投げるんです。」
 「投げるんだ。」
 「投げるのー!」
 アイン、啓斗、蘭がニッコリと微笑む。
 ・・少年達の愛らしい表情はとても心休まるものであったが・・愛らしい表情で恐ろしい事を言われては、その愛らしさも半減だ。
 いや、半減どころではない!ゼロだ!・・むしろマイナスだ!
 ジリジリと絶対零度の微笑をたたえながら近づく若者組みに、先ほど友情を確かめ合ったばかりの大人組みがジリジリと充から離れて行く。
 多勢に無勢。
 なにぶんあちらの方が多い。
 「いや・・ちょっと、近づかないでよ・・アタシはボールじゃないのよー!!」
 充はそう言うと、駆け出した。
 北斗を右に飛ばし、啓斗を左に飛ばし・・そして・・・蝶々に正面から体当たりをした。
 「あっ・・!」
 「入った・・。」
 なんと凄い偶然だろうか・・!!
 「どうぞ、花粉水です。」
 汐耶が気を利かせて、充に瓶を手渡した。
 充はその中に指を入れると透明な水を掬い・・・振袖部分にチョコリと置いた。
 直ぐに蝶々が集まってくる。
 充は数箇所にその花粉水を置いた。綺麗な蝶々模様の出来上がりだ・・!
 羽澄が言った通り“プチゴージャス”になった。
 「良いじゃない。綺麗・・。」
 「ありがよう。」
 貴由の言葉に、充は満面の笑みを作るとそっと礼を言った。


 「さてと・・次は・・そうだ、灯火ちゃんはどう?」
 「わたくし・・ですか・・?」
 「そう、ハンカチだし。」
 「分りましたわ。」
 灯火は頷くと、ハンカチを持って振袖に近づいた。
 ハンカチを1匹のアゲハチョウの上に乗せ・・コツコツと軽く叩く。
 そして、ハラリとハンカチをどけた。
 高々と舞いあがる蝶々に、灯火は少しだけ肩を上下させた。
 「大丈夫だよ灯火、怖くないから。」
 北斗が灯火の頭を優しく叩く。
 「ま〜!さっきのアタシとは随分待遇が違うじゃない!」
 「・・そもそも年齢が違うじゃねぇか。」
 「性別もね。」
 大人同盟はどうした事か、ゴドフリートとシュラインが華麗な突込みをいれる。
 ・・・既に大人同盟崩壊の危機だ。
 「大丈夫ですか?」
 「・・えぇ・・。」
 アインが覗き込み、それに僅かに頷くと、灯火は立ち上がった。
 ヒラヒラと舞う1匹の蝶々目掛けてハンカチを振る。
 それは空振りに終わり、それでも諦めずに灯火はハンカチを振る。
 「頑張って!灯火ちゃん!」
 「もうちょっと!頑張れ!」
 既に後では大応援団の結成だ。
 なかなか捕まらない蝶々・・しかし、無論『本体を投げれば』などと言う者は誰もいない。
 皆必死でハンカチを振り回しているいたいけな少女にエールを送っている。
 「・・どーせアタシは・・。」
 再びイジイジしそうになるのを、絶対零度のゴーゴンスマイルが止める。
 ・・体感温度は氷点下以下だ。
 もちろん、充オンリーだが・・・。
 数分の格闘の後、蝶々はハンカチの中に吸い込まれた。
 白いハンカチの中で羽ばたく蝶々は先ほどとは違った美しさをかもし出す。
 「やったー!!」
 「灯火ちゃん!やったわね!」
 「よく頑張った!」
 次々にかけられる祝福の言葉に、灯火は僅かに下を向いた後にそっと呟いた。
 「ありがとう・・御座います。」
 汐耶が例のごとく瓶を灯火に手渡す。
 灯火は蘭と同じ位置に花粉水を乗せた。蝶々がパタパタと花粉を求める。
 「一緒だなのー!」
 蘭が自分のハンカチを灯火に見せながらニコニコと語りかける。
 「そう・・ですわね・・。」
 灯火は少しだけ口の端を上げると、愛しそうに蝶々を撫ぜた・・・。


 「それじゃぁ次は・・魅咲ちゃんでどうかな?」
 「えぇ、良いですよ。」
 魅咲は頷くと手毬片手に振袖の脇にしゃがみ込んだ。
 しばし、じっくりと振袖を眺めた後で、気に入った場所の蝶々の上に手毬を置いた。
 手毬の上から蝶々を叩く・・と言うよりは手毬自体を2度、弾ませるように叩く。
 そして躊躇なく手毬をどけると、そこから5匹の蝶々が天井へと飛び出した。
 それを、今まで見た誰よりも上手な手つきで手毬の中へと入り込ませる。
 見事なまでの手さばきだ。
 もしも蝶々捕獲大会というものがあったのならば、シードで地区大会は免除されそうなほどの腕前だ。
 スイスイと蝶を捕獲して、何事も無かったかのように平然とした顔で皆の側へと戻ってくる。
 あまりに華麗な手際のよさに、誰彼構わず拍手が巻き起こる。
 まさに“ブラボー”だ。
 「アンジェラさんよりも上手かったわ!」
 「そうね、見事だったわ!」 
 魅咲と引き合いに出す相手がどうして充なのかは、そこにいる誰にも分らない。
 そもそも、充以外はそんな事は気にしていないのだから当たり前だ。
 そして引き合いに出されている張本人には、その理由なんて知る由もない。
 「ありがとうございます。」
 照れたように微笑む魅咲。
 その赤い瞳の視線が充のそれと合わさった時、にやりと口の端が上がったような気がした。
 しかしそれはほんの刹那の事で、瞬きをして見た時には既に照れたような微笑を浮かべている魅咲へと戻っていた。
 ・・そうだ、これは疲れ目。もしくは霞み目の見せた幻だろう。
 と、そう願いたい・・・。
 充は切なげに盛大なため息を漏らすと、カクリと肩を落とした。
 「さぁ、魅咲ちゃん。どうぞ。」
 シュラインが魅咲にあの瓶を手渡した。
 花粉水の入ったそれは外から入って来る太陽の光を反射して小さな虹の色を作り出す。
 魅咲はその、細く白い指先をそっと瓶の中に沈めると、光るそれを手毬にちょんちょんと数箇所乗せた。
 蝶々が美しく舞い、手毬に鮮やかな模様を描き出す。
 「綺麗・・ですね・・。」
 魅咲が微笑みながら一同を見渡す。
 そして、小さく呟く。
 「これなら、なにかに利用できるかも知れぬのぅ。」
 ・・しかしその呟きは小さすぎて、誰の耳にも届いてはいなかった・・・。


 「次は・・シュラインさんでお願いします!」
 羽澄が隣にいたシュラインに小さく会釈をした。
 シュラインは立ち上がると畳の上に置いてあった手袋と帯揚げを取り上げた。
 手袋の掌部分を上にして、トントンと軽快に叩く。
 ついでにその隣では帯揚げも同じようにトントンと叩く。
 手袋と帯揚げを取ると、そこから蝶々が空中高く舞いあがった。
 「手伝いましょう。」
 帯揚げと両手袋を持って蝶々を見上げるシュラインに、そう声をかけたのはアインだった。
 シュラインの手から手袋を一つ取る。
 「しゃーねーな、俺も手伝ってやっか。」
 そう名乗りをあげたのは雑食・・じゃない、北斗だった。
 北斗もアイン同様手袋を取り上げると、彷徨う蝶々に狙いをつけた。
 シュラインも帯揚げ両手に蝶々を追う。
 アインと北斗は身軽な動きで直ぐに蝶々を捕まえた。
 シュラインも2人に負けない動きで機敏に動き、蝶々を帯揚げの中に移住させる。
 手袋は上品な色で、大きなアゲハチョウが良く目立つ。
 赤と緑で染めてある両面の色が違う帯揚げは、端の方に各面1匹ずつアゲハチョウが羽ばたいている。
 とても上品な仕上がりに、シュラインは思わず微笑むと瓶の中の花粉水を掬い・・蝶が一番綺麗に見える場所にその手を置いた。
 「そうだわ。・・ねぇ羽澄ちゃん。小さい蝶とかっていないかしら?」
 「小さい蝶・・?例えば・・?」
 「付け爪とか、携帯とかにつけられそうな・・。」
 「どうだろう・・多分いるとは思いますけど・・なにせこれですから。」
 羽澄はそう言うと、モガモガといまだ苦しそうに羽ばたく蝶柄の振袖を指差した。
 「それもそうね・・。あぁ、そうだわ。布じゃなくても大丈夫なのかしら・・?」
 「・・う〜ん・・どうだろう・・。」
 「大丈夫ですよ。これがありますから。」
 汐耶はそう言うと、畳の上に置かれている花粉水入りの瓶を指差した。
 「これを塗れば大丈夫です。・・と、この本には書いてあるわ。」
 先ほどの本をすっと取り出して、付箋の貼ってある部分を開く。
 該当箇所らしき所をビシリと人差し指で指すが・・なにぶん文字が小さいために見えない。
 「と・・とにかく、それは置いておきましょう。さぁ、次は誰かしら・・?」
 シュラインがにっこりと・・やや引き吊り気味の微笑を羽澄に向けた・・・。


 「それじゃぁお次は汐耶さんで!」
 未だに本の該当箇所を指していた汐耶が羽澄の言葉で我に返ると、本をすっと閉まった。
 畳の上から持って来た大判で薄手のスカーフと無地の布製のハンドバックを取り上げると振袖の側へしゃがみ込む。
 「居場所として・・気に入って貰えるかしら?」
 汐耶はそう呟くと、モガモガと苦しそうに這い回る蝶々をそっと撫ぜた。
 そして、スカーフとハンドバックを蝶の上に乗せてトントンと2回叩く。
 ハラリとスカーフを取り除き・・天井へと羽ばたこうとした蝶々の上からバックとスカーフをかけるように乗せた。
 ・・一瞬の出来事である。
 そして汐耶は何事も無かったかのように瓶の中に指をいれ、とんとんと布にしみこませた。
 ・・かなり頭の良いやり方である。
 上へとのぼる蝶々の進行方向に布を置いておけば、向こうの方から飛び込んできてくれるのだ!
 これならば蝶々を捕獲するために右往左往する事もない。
 画期的な方法・・・と言うにしてはあまりに当たり前の事過ぎて恥ずかしい・・。
 「汐耶さん・・ナイス。」
 「はい・・?」
 羽澄が汐耶の肩をポンと叩いたものの・・当人はいたって不思議そうな瞳で羽澄を見つめている。
 「なにか・・?」
 「いや・・。」
 真っ直ぐに疑問をぶつけてくる瞳から目を逸らすと、啓斗は小さく首を振った。
 汐耶のバッグに羽ばたく蝶達は、楽しそうだった。
 スカーフの中に移住した蝶達も、軽快に羽を開閉する。
 「ちょうちょさん達、楽しそうなのー!」
 蘭はそう言うと、汐耶の隣に座って、スカーフの中で羽ばたいている蝶をじっと見つめた。
 「ちょうちょさん・・大事にしてなの・・。」
 「えぇ、きっと。」
 見上げる瞳に笑顔で答えると、汐耶は蘭の頭をクシャリと撫ぜた。
 蘭が嬉しそうに目を細め、汐耶の手をぎゅっと握った。


 「次は貴由お願いー!」
 「分った。」
 貴由は頷くと、羽澄のためにと作ってきたバックと、自分が持って来たバックを取り上げた。
 双子のようにそっくりのバッグは小さな無地の花柄生地だ。
 バッグを振袖の上に乗せて、トントンと2回だけ叩く。
 まずは2つのバッグの下から4匹の蝶々が天井へと舞い、バッグをひっくり返すと再び2回叩いた。
 先ほどと同様に2つのバッグの下から4匹の蝶々が舞う。
 宙では8匹の蝶々が思い思いの場所を舞っている。
 「貴由・・?天井近くに行っちゃったけど・・・。」
 「うん、そうね。」
 「・・・北斗と啓斗くんに頼むつもりなの・・?」
 羽澄が、貴由にそう声をかけた。
 貴由は天井近くを優雅に舞い泳ぐ蝶々をじっと見つめている。
 「ううん。大丈夫、直ぐに降りてくるから。」
 羽澄にそう言って微笑みかけると、貴由は傍らに置いてあったバックを掴んだ。
 それを蝶々に見せるかのように高々と頭の上に持ち上げる。
 「あ・・っ・・!」
 蝶々が僅かばかり動きを止めたかと思うと、貴由の掲げ持っているバックの方へと舞い降りた。
 躊躇するかのように何度か旋回した後・・バックの中へと姿を消す。
 「すごーい!魔法なのー!」
 「凄いですわ・・。」
 蘭と灯火が感嘆の声を上げる。
 他の面々もキョトリとした顔で、穴が開くくらい貴由の顔を凝視ししている。
 貴由はそれに苦笑すると、バックの中で優雅に泳ぐ蝶々を指差した。
 「蝶々達は、振袖の中で苦しそうだったでしょう?だから・・新しく住みやすそうな住居を提供してあげれば、来るかなって思ってね。」
 「それもそうね・・。」
 シュラインは頷くと、しげしげと貴由の持っているバックを覗き込んだ。
 「綺麗ね。」
 「そうね・・。」
 長い指先を瓶の中に落とし、透明の雫をバックに落とす。
 蝶々が所定の場所で羽を休めると、貴由は2つのうち1つを羽澄に手渡した。
 「はいこれ。」
 「・・え?私に・・?」
 「・・って言うか、そのために来たんだけど・・。」
 羽澄の視線が宙を泳ぎ、はたりと止まる。
 「あー!そうだったわね・・!」
 「羽澄・・はぁぁ〜。」
 「そっか、ありがとう!嬉しい、大切にするね!?」
 太陽のように微笑む羽澄に、困ったような笑みを返した後で、銀色の髪がなびく肩をそっと叩いた。

 
 「それじゃぁ後は・・北斗と啓斗くんとアインくん・・それとゴドフリートさんだけど・・。」
 「あぁ、俺は最後で良いですよ。」
 「俺は最後のトリってなわけだがな・・。」
 アインが微笑みながら言い、ゴドフリートが無地の洋服をしげしげと見つめながら言った。
 「それじゃぁ北斗か啓斗くんだけど・・どうする?」
 「あー兄貴から行った方が良くねぇか?俺のはただのサラシだから。」
 北斗が隣にいる啓斗を小突く。
 「正確にはそのサラシはお前のではなく俺のなんだが・・まぁ良いか。」
 ため息混じりにそう言うと、啓斗は畳の上においてあった振袖を取り上げた。
 「・・しかし、どこに蝶を・・・。」
 「俺がやってやるよ!」
 考えあぐねいていた啓斗の背後からすっと振袖を掴むと、北斗は羽澄の振袖に近寄った。
 「こんなにいるんだし、結構もらっても大丈・・・え・・?」
 笑いながら振り向いた北斗の足元、啓斗の振袖がからみ、北斗の身体を傾かせる。
 「あ・・危ない!!」
 そう言って数人が手を伸ばしたが、それも虚しく北斗の身体は啓斗の振袖ごと羽澄の振袖の上に倒れた。
 鈍い音が響き、蘭と灯火が思わず目を瞑る。
 「い・・っててて・・。」
 顔をゆがめながら起き上がった北斗に、啓斗が盛大なため息と共に右手を差し出した。
 「馬鹿が。お前は周りをちゃんと見ないから・・。」
 「だってよぉ、兄貴の振袖、袖が長いんだから仕方ねぇだろー!」
 ・・振袖の袖が長いのは当たり前の事だ。
 「まったく、お前と言う奴は・・。」
 あきれ返る兄、啓斗と、口を尖らせながらむくれる弟、北斗。
 北斗がゆっくりと兄の手につかまろうとした時・・再び北斗の身に不幸が襲い掛かった。
 片足を立て、力を入れようとした瞬間・・振袖に足を取られてまたもや盛大に振袖の上に転んだ。
 べったりと振袖の上にのびる北斗。
 「だから、なんでそうお前は・・・。」
 言いかけた啓斗の表情が固まる。
 「いっててて・・この振袖、結構滑る・・・。」
 北斗がヘラリと笑うと、振袖の上から立ち上がろうと・・・。
 「あっ!馬鹿・・!」
 啓斗が小さくそう言って、右手を差し出すが・・北斗は既に起き上がっていた。
 その左手に啓斗の振袖を持って・・・。
 「あーっ!!!」
 そう叫んだのは、この後の悲劇を予想できた数人だった。
 羽澄、シュライン、汐耶、貴由が叫び、アイン、灯火、蘭がキョトリとした顔で叫んだ4人を見つめる。
 充とゴドフリートは既に瞳を伏せてしまっている。
 そして魅咲は、楽しそうに僅かばかり口の端をあげた。
 「・・・へ・・?」
 キョトリと首を傾げる北斗。その腕を、啓斗が力任せに引っ張った。
 北斗の背後から立ち上る黒い影・・・蝶々の嵐だ!
 「・・な・・キモチワルイーっ!」
 充が叫ぶ。
 「窓とドアを閉めろ!外に出たら大変だ!」
 ゴドフリートが指示を出し、シュラインと汐耶、そして貴由がいち早く反応する。
 「え・・な・・なんで・・?」
 「馬鹿!お前、2度転んだだろ!振袖の上で!」
 「・・あ・・・!」
 「・・帰ったら座禅12時間・・・。」
 啓斗がとんでもなく恐ろしい事を口走るが・・今はそれどころではない!
 啓斗の愛の鞭は家に帰ってからゆっくりやってほしい。
 「と・・とにかく、布だっ!!」
 ゴドフリートの声に、羽澄が北斗の持って来た啓斗のサラシを皆に手渡す。
 「捕獲作戦開始っ!」
 「なのー!」
 羽澄の掛け声の、最後を蘭が引き取る。
 とんでもない事になってしまっている室内に向かって、魅咲は小さく微笑んだ・・・。
 

♪蝶々は飛ぶものにつき・・・♪


 さて・・どうしたものか・・。
 羽澄はぼうっと室内を見渡した。
 まさに、蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶・・・である。
 みっちりと飛び回る蝶々達は、振袖の中で見た時よりも数段気持ちが悪い。
 まさにリアル悪夢だ。
 「ちょっと羽澄!惚けてないで動きなさい!」
 貴由の叱咤が飛び、羽澄ははっと我に返った。
 部屋の中は阿鼻叫喚地獄絵図・・・。
 部屋の隅のほうで寄り添う灯火と蘭。いつの間にか消えている魅咲。
 一心不乱に自分の持って来た藍色のストールを振るアイン。
 シュラインは自分の着ている黄色いブラウスにアゲハチョウを移している。
 黄色が段々と黒く見えてくるほどに・・・。
 充と貴由、そして汐耶は北斗の持って来たサラシを振り回して蝶達を捕獲している。
 その上空では啓斗が身軽に飛び回り、自身の持って来た振袖に蝶を移している。
 そして・・・最も悲惨なのがこの2人だ。
 その名も、ゴドフリート アルバレストと守崎 北斗。
 何故か蝶に引っ付かれる2人。
 ゴドフリートは無地の私服に大量の蝶を集めているし・・・。
 北斗は持っているサラシには何故か蝶が寄り付かず、着ている服に集まっている。
 「汐耶さん!蝶って、叩いた布じゃなくても入り込むの!?」
 「・・えぇ・・。布ならばどんなものにでも入るわ。布じゃない場合は、花粉水をつけないとダメだけど・・。」
 これは一大事である。
 それではこの部屋の中にある全ての布製のものに蝶は入り込んでしまう危険がある。
 とりあえず・・羽澄は持っていたサラシを、部屋の隅で成り行きを見ているお子様2人にかけた。
 そしてなおもあまって畳の上に散乱しているサラシをとると、果敢に蝶の中に入って行った。
 「なんだか、一見黒く見えるくらいのアゲハチョウ柄って言うのも良いわね。」
 そう言って自分の黄色いブラウスを見つめるのはシュラインだ。
 「そうねぇ、それも素敵ね・・。・・それより、どうして蝶が捕まらないのよー!!」
 シュラインの黄色いブラウス・・もっとも、今は既に黒く見えてきているが・・を見つめた後でそう叫んだのは無論充だ。
 こんなに沢山飛び交っているのに、手に持ったサラシは真っ白なままだ。
 「アンジェラさん、しっかり!」
 羽澄が声をかけながら、サラシをフワリと振る。
 「ギャー!!動いてるぅ!!こっち来んなっ!ギャーっ!」
 と、叫びながら蝶の中を逃げ回っているのは北斗だ。
 顔は必死なのだが・・何故か目は笑っている。
 「馬鹿、早く捕まえろ。」
 啓斗がタスリと北斗の目の前に着地すると、その頭をポカリと叩いた。
 「いってぇ・・。・・まぁ、何時までもキャーキャー言っててもしゃーねーし・・。」
 北斗は不敵に微笑むと、サラシを振った。追っていた蝶々達が一瞬のうちにその中に入る。
 「・・お前のはキャーキャーなんて可愛らしいものじゃなく“ギャーギャー”だ。」
 はぁぁ・・っと頭を抱える啓斗の背後から・・蝶の大群が襲ってくる!
 北斗が危ないと叫ぶよりも早く、啓斗は脇にその身体を反転させた。
 まさに危機一髪である。
 そう・・・啓斗“は”。
 一方、思わぬ攻撃を喰らったのは北斗である。
 啓斗が避けた事によって、蝶が全て北斗の身体に突進してきたのだ!
 車は急に止まれない。車だけでなく、蝶だって止まれない。
 「うわっ!何で避けるんだ兄貴っ!」
 「・・本能・・?」
 小首をかしげる啓斗。
 なんだか微妙に会話がかみ合わない。
 「って、うわっ!俺にたかるな!!昔はやった有名デザイナー冷蔵庫じゃねーんだし、蝶柄忍者なんてとんでもねーぞ!!」
 じったばったともんどりうつが、コレばかりはどうしようもない。
 北斗の着ている服にズンズンと入っていき・・自己申告どおり、蝶柄忍者の誕生だ。
 きっと人類史上最初の・・そして最後の忍者であろう。
 「北斗、今度から一緒に仕事は出来ないな。」
 啓斗がどこか遠くを見つめる。
 それは啓斗のかます冗談ではない!ギャグでもない・・本気で言っている・・!!
 「ちょっ、兄貴!助けろって!元はと言えば兄貴の・・!」
 「確かに・・蝶柄の忍者は目立つわね。」
 「北斗はそもそも存在自体も目立つしね。」
 冷たく言い放つのは女子高生コンビの羽澄と貴由だ。
 若者同盟も崩壊の危機だ。
 「でもね、蝶柄の忍者さんも素敵なのー!」
 蘭がすかさずフォローをいれてくれる・・が、そのフォローの仕方が少し違う。
 「大丈夫よ、それほど大量でなければ更に他の布に移す方法があるから。」
 汐耶が、こちらの方は見ないでそっと言った。
 視線は飛び交う蝶々に釘付けだ。
 「本当か!?」
 そう叫んだのは、北斗ではなかった。ゴドフリートだ・・・。
 彼も北斗同様、蝶柄警察になっていた。
 しかも・・北斗の数倍は蝶が入り込んでいる。
 洋服は元の色が既に分らなくなっている・・・。
 「えぇ、本当よ。・・でも・・それほど蝶に入られてしまうと、全ては難しいわね・・。」
 「いや、いい!この悪夢のような蝶襲来絵巻をどうにかできれば!」
 蝶襲来絵巻とはよく言ったものだ。絵巻かどうかは置いておくとして、襲来はまさしくその通りだ。
 「でも・・蝶柄警察様も、宜しいと思いますわ。」
 そっと言ったのは蘭の隣で奮闘を見守っている灯火だ。・・蘭同様、どこか的を得ていない。
 「とりあえず、それはコレが終わったら教えて・・・。」
 「終わったわよ。」
 「終わりましたよ。」
 充とアインが、優しく微笑む。
 話している間に、他のメンバーが奮闘して蝶を捕まえてくれたのだ。
 なんだかこっちがサボったみたいな気がする。
 それにしても・・その笑顔がどこか冷たいと感じるのは、少し卑屈になりすぎているのだろうか・・?
 「・・あぁ、目が笑って・・・もがっ・・。」
 少々、現代と言う時代から脱線してしまった天然忍者の口を、現代に染まりきっている忍者が塞ぐ。
 目が笑ってないとか、思ってても言っちゃダメっ!
 「私の方も終わりましたよ。」
 突然そう言うと、魅咲がニッコリと微笑んだ。
 「あぁ、魅咲ちゃんも。ゴクローさ・・・ま・・??」
 シュラインがはたりと止まる。
 皆の注目を集め、にこやかに微笑む姿はまさしく魅咲だ。
 「魅咲ちゃん・・?今まで一体何処へ・・・?」
 「え?ちゃんとそこにいましたけど?」
 魅咲はすっと蘭と灯火とは反対の角を指差した。
 視線がスーッと指された場所へと動く。そして、再び同じ経路を辿って魅咲の元へと戻る。
 「ちゃんといましたよ・・ねぇ・・?」
 クリっと首をひねった相手はゴドフリートだった。コクコクと頷く姿は、蝶の蠢きとあいまってなんだか恐ろしい。
 「ね・・?」
 ウルウルとした瞳を全員に向ける。・・なんだか否定できない。
 「ま・・まぁ、それじゃぁいたと言うことで。」
 北斗がつっかえながらもその話題をしめた。
 そして・・視線は今度、部屋の中へと戻る。
 まさにグッチャァ〜な部屋を前に、全員が肩を落とした。
 散乱するサラシ。その中で蠢く蝶々。
 啓斗の振袖も畳の上に広げられている。
 「片付けましょうか。」
 シュラインが言い、モソモソと行動を開始する。
 「兄貴ー、このサラシ、どうする・・?」
 「お前が持って来たのに・・はぁ・・。そうだな・・綾和泉さんから花粉水を少し貰って、家で蝶々を何処にとまらせるか決めるか。」
 「わかった。」
 「それで・・光月さん、なにか小さな瓶とかないかな?花粉水を入れる・・。」
 「あるわ。ちょっと待ってて、今持って来るから。」
 羽澄はそう言うと、パタパタと出て行ってしまった。
 「なんか、モゴモゴ動いてて気味悪いわね・・。」
 「コレだけ大量にいるとね。」
 充が眉をひそめ、貴由が黙々とサラシをたたんで行く。
 「・・そうだわ北斗。このサラシ、どうやって持って帰るの?」
 「え?普通に手で・・。」
 「動いてるのに?」
 シュラインが小首を傾げ、手に持ったサラシを胸の辺りに上げる。
 サラシにびっしりとついた蝶々達はモゴモゴと動くあまり、サラシ自体もかすかに揺れている。
 これでは警察署の前を通った時に職務質問でもされかねない。
 ・・その時は、今流行の蝶柄忍者です。と言おうと北斗は心に誓った。
 「はぁ・・。仕方ない。光月さんに言って袋か何かを貰ってくるよ。」
 啓斗はそう言うと、手に持っていたサラシを北斗に押し付けた。
 小走り気味に羽澄の後を追う・・・。
 「振袖もたたんだ方が良いわよね。」
 汐耶が北斗の目を見て確認をとった後で、啓斗の振袖を丁寧にたたみ始めた。
 こちらの振袖も、後で花粉水をつけて定着させる必要がある。
 「これ、どうぞなのー!」
 蘭が手にいっぱい持ったサラシを北斗に渡す。
 その隣では灯火も綺麗にたたまれたサラシを北斗に差し出している。
 「ありがとうな。」
 北斗は礼を言うと、2人の頭を撫ぜた。
 蘭が嬉しそうに微笑み、灯火が少しくすぐったそうに俯く。
 「どういたしまして・・。」
 「どういたしましてなのー!」
 「これも、そこに置けば良い?」
 「あぁ、頼む。」
 汐耶がたたみ終わった振袖を、北斗の隣に積み上げられているサラシの上に乗っけた。
 これだけ大勢いると、散らかるのも早いがそのぶん片付けるのも早い。
 小さな瓶と大きな袋を持って、羽澄と啓斗が帰ってくる頃には部屋はすっかり片付いていた。
 「・・あれ?」
 ふいに北斗が目の前で蘭となにやら楽しげに話している灯火の元へと近づいた。
 「なぁ、それ・・アゲハチョウっていたっけ?」
 北斗が指差す先、灯火の赤い振袖部分に大きなアゲハチョウがしがみ付いていた。
 「・・いいえ・・どうやら、入り込んでしまったようですね・・。」
 「そっか、どっか違うところに移すか・・?」
 「・・・いえ、今はまだ・・このままで・・。」
 灯火はそう言うと、そっとアゲハチョウを撫ぜた。
 その隣で啓斗がサラシと振袖を袋にしまい、汐耶から花粉水を分けてもらうと、それも袋の中にしまった。
 「これで・・振袖の柄・・戻ったかしら・・。」
 羽澄はそう言うと、畳の上に広げられている振袖を覗き込んだ。
 しかし直ぐにその顔が曇る。
 まだ・・小さい蝶々達がパラパラといる。
 「・・そうだ、シュラインさん。この子達、貰ってくれません?」
 先ほど小さい蝶はいないかと訪ねたシュラインに向かって、羽澄は真っ白な手ぬぐいを差し出した。
 「一旦その布に住まわせて・・汐耶さんの花粉水を使って付け爪とか携帯とかに移すと良いですよ。」
 「そうね。今日はちょっと付け爪持ってきてないし・・。それじゃぁ羽澄ちゃん、これ借りるわね?」
 「はい。」
 シュラインは羽澄から手ぬぐいを受け取ると、先ほどの要領で残った小さな蝶達を手ぬぐいへと移動させた。
 これで・・羽澄の振袖の柄は戻ったはずである。
 羽澄が気を取り直して見ようとした時・・急に振袖から1匹のアゲハチョウが宙へと舞いあがった。
 ヒラヒラと何度か振袖の上を旋回し・・虹色の麟粉を撒き散らした後で・・すっと、振袖の中へと戻って行った。
 「あれが・・仲間を引き寄せていた蝶かしら・・?」
 「そうかも知れませんね・・。」
 「綺麗だったのー!」
 そんな声を聞きながら、羽澄は振袖を愛しそうに撫ぜた。
 「みんな、ありがとう。」
 振袖の柄は、貰った時と同じ柄になっていた・・・。


♪エピローグ♪
 
 
 あれから数日。
 未だにあの時のメンバーに会うとあの時の話をする。

 
 アンジェラさんに会った時、あの後も蝶々が動いていて大変だったと言う話を聞いた。
 それでも・・あの振袖アレンジの衣装は綺麗だった。アゲハチョウがプチゴージャスになって、更に美しさを際立たせていたし・・・。

 シュラインさんに会った時、その指先には小さなアゲハチョウが数羽止まっていた。持っていた携帯にも、数羽・・・。
 あの日渡した手ぬぐいを返してもらった時に着ていた、一見黒く見えてしまうほどになったブラウスは、それでもどこか気品が溢れていた。

 啓斗くんに会った時、あの時に渡した小瓶と袋を返されて、丁寧にお礼を言われた。
 「ありがとう。白い振袖ってあまり使い道なかったんでどうしようかって思ってたんだ。新年早々良いお年玉貰った気分だったよ」って、笑いながら言っていたっけ。

 北斗に会った時、あの後の大変さを聞かされた。
 もちろん・・サラシに花粉水をつけるのもだけど、なにより啓斗くんのお仕置き・・じゃない、愛の鞭・・?涙ながらに訴えてたなぁ。本当、仲が良いんだから。

 ゴドフリートさんに会った時、警察服だったんだけど・・何故か蝶々が数匹迷い込んでいたなぁ。
 私服に移った大量の蝶々を他の布に移しかえようとしていた時、制服の中に迷い込んじゃったとかって言ってたなぁ・・。蝶柄警察服も、それほど悪くは無かったな。

 汐耶さんに会った時、布のハンドバックにいたアゲハチョウが綺麗だったな。蝶もとっても嬉しそうで・・・。
 あの時に貰ったケーキ、本当に美味しかったな〜。汐耶さん結構買ってきてくれて、みんなで分けても残ってたんだよねぇ。こっそり北斗にも渡したんだけど・・大丈夫だったかな?

 魅咲ちゃんに会った時、あの時の手毬を持ってたなぁ。赤い手毬に映えるアゲハチョウがとっても綺麗だったんだよね。
 でも・・・少し蝶の位置が違っているように思ったんだけど・・気のせいよね・・?

 蘭くんに会った時、満面の笑みであのハンカチを見せてくれたっけ。とってもニコニコしながら・・・。
 大切にしてくれてありがとうって言ったら「僕も、ありがとうなのー!」って言ってくれたっけ。

 アイン君に会った時、あの時の藍色のストールは家族にあげたのだと話してくれた。
 「家のみんなには何時もお世話になってるから何かあげたいと思って。」と言った後で、少しだけ微笑んでお礼を言われたんだ。

 貴由に会った時、あの時のバックを持ってて・・蝶がプリントしてある部分を指してニッコリと微笑んだんだ。
 私も丁度その時、貴由に貰ったバックを持ってて・・2人して笑いあったっけ。

 灯火ちゃんに会った時、ついとあの時のハンカチを出されて丁寧にお礼を言われたんだ。
 振袖に入り込んだ蝶・・あの後どうなったのかしら・・?そこまでまじまじと振袖は見なかったんだけど、多分大事にしてくれてると思うわ。


 そして私は・・振袖を綺麗にたたんで押入れの中にしまったんだ。
 また来年。それまでは・・少しの間お別れ。
 それでもあの時に数匹、ハンカチとか風呂敷とかに移りこんだ蝶々が今でもすぐそこにあるから・・・。

 羽澄はふわりと微笑むと、机の上に蝶柄の写真立てを置いた。
 みんなであの後お茶をした時に撮った写真だ。
 中央で袖を広げる振袖が、窓から差し込む朝日に反射して眩しく光る・・・。


          〈END〉

  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
 ┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
 ┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  1282/光月 羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員

  0076/室田 充/男性/29歳/サラリーマン

  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

  0554/守崎 啓斗/男性/17歳/高校生(忍)

  0568/守崎 北斗/男性/17歳/高校生(忍)

  1024/ゴドフリート アルバレスト/男性/36歳/白バイ警官

  1449/綾和泉 汐耶/女性/23歳/都立図書館司書

  1943/九耀 魅咲/女性/999歳/小学生(ミサキ神?)

  2163/藤井 蘭/男性/1歳/藤井家の居候

  2525/アイン ダーウン/男性/18歳/フリーター

  2694/時永 貴由/女性/18歳/高校生

  3041/四宮 灯火/女性/1歳/人形

   (以上12名様)

 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■         ライター通信          ■
 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


 この度はあけましておめでとうPCパーティノベルへのご参加、ありがとう御座いました。
 かなり明けてしまいましたが・・明けましておめでとう御座います。ライターの宮瀬です。
 とてつもなく長くなってしまい、途中で焦りを感じた部分もありましたが・・それでも、皆様のプレイングを生かしたく執筆しました。
 口調やPC様同士の呼び名は掲示板やこれまでのノベル、相関などを参考にいたしましたが・・至らない点がありましたら御一報下さい。


 光月 羽澄様
  初めまして、今回はこのように素晴らしいノベルを執筆させていただきありがとう御座いました。
  振袖は大切な方から頂いたもの・・と言う事で、オープニングとエピローグにチラリと光を入れてみましたが・・如何でしたでしょうか?
  仲間を呼び寄せる蝶は、再び振袖の中に戻って行ってしまいましたが・・来年は大丈夫でしょうか・・・。

 室田 充様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  最初、充様の口調かアンジェラ様の口調かで悩みましたが・・結局アンジェラ様口調で執筆しましたが如何でしたでしょうか?
  なんだかやられキャラその1のようになってしまいましたが・・・。

 シュライン エマ様
  いつもありがとう御座います、この度はご参加ありがとう御座いました。
  今回も丁寧なプレイングありがとう御座いました。書かれていたことは全てノベル内で触れておりますが・・如何でしたでしょうか?
  私が描くシュライン様は何時も頭脳派でしたが・・今回は行動派のシュライン様が描けていればと思います。

 守崎 啓斗様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  北斗様との絶妙なコンビネーションを上手く描けていれば良いのですが・・・如何でしたでしょうか・・?
  素敵な異名をふんだんに使わせていただきました。突っ込みで・・それでもどこか天然な啓斗様を素敵に描けていればと思います。

 守崎 北斗様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  さて・・・全体的に見て、やられキャラその2のようになってしまいましたが・・如何でしたでしょうか?
  ボケなのですが、現代社会から少し脱線した啓斗様のフォローも上手くこなす。そんな素敵な北斗様を上手く描けていればと思います。

 ゴドフリート アルバレスト様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  最終的には(蝶によって)やられキャラその3となってしまいましたが・・如何でしたでしょうか?
  白バイ警官と言うことで・・色々と指示役に徹していただきました。ゴドフリート様をカッコ良く、それでいて優しく描けていればと思います。

 綾和泉 汐耶様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  都立図書館司書様・・と言う事で蝶に関しての本をお持ちいただき、色々と説明していただきましたが・・如何でしたでしょうか?
  汐耶様を知的でクールに描けていればと思います。

 九耀 魅咲様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  いつの間にか現れていつの間にか消えていると言う神秘的な魅咲様。ちょこちょこ現れたり消えたりいたしましたが・・如何でしたでしょうか?
  本性を現している時とそうでない時のギャップを上手く、そして神秘的に描けていればと思います。

 藤井 蘭様
  初めまして、この度はご参加有がとう御座いました。
  とってもとっても可愛らしい蘭様・・。“なのー”と言う台詞がとても大好きでした。ちょこちょこと動き回っていただきましたが・・如何でしたでしょうか?
  蘭様を可愛らしく、愛らしく描けていればと思います。

 アイン ダーウン様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  少し大人の雰囲気のするアイン様。“蝶々達の宴”でも、色々と動き回っていただきましたが・・如何でしたでしょうか?
  実年齢より少し大人びた、それでいてどこか天然で素敵なアイン様を上手く描けていればと思います。

 時永 貴由様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  貴由様は実年齢よりも少し大人びた風に描いておりますが・・如何でしたでしょうか?
  全体で見ると大人っぽく、羽澄様との絡みの時は女子高生っぽく、メリハリが綺麗に描けていればと思います。

 四宮 灯火様
  初めまして、この度はご参加ありがとう御座いました。
  灯火様は主に蘭様とのシーンが多かったように思いますが・・如何でしたでしょうか?
  神秘的で可愛らしく素敵な灯火様を上手く描けていればと思います。


 *皆様にとって今年一年が良い年でありますようにお祈り申し上げます。


 それでは、またどこかでお逢いしました時はよろしくお願いいたします。
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.