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『七草粥を作ろう! 』
葉山・壱華1619

 本物の七草粥が食べたい。
 そういいだしたのは誰だったか。

 昔は白米は大変貴重な贅沢品で、一般人はハレの日(祭礼)に頂くものだったと言う。
 常日頃は粟、稗などの雑穀を食しており、お粥と言えば大根や芋などを多く入れて水増ししたもの。
 新米が取れると先ず神前に供え、五穀豊穣を祈る神事を行い、その後そのお下がりを頂いていた。
 正月の七草粥はこうした神々への感謝と、新年を無事に迎えられたことへの慶びを込めた行事でとされると言う説と、一月七日の朝に無病息災を願って食べる行事で中国から伝わったものだとされる説がある。
 さて、だがしかしそんな話は昔のこと。
 現代に置いては精々七五三の日に作るとか、正月に食べるものとか、その程度の形骸化した行事に過ぎなくなっている。
 大体七草とは何ぞや?
『よくわかんない、なんか其の辺に生えてる雑草っぽいのだよねえ?』
『え、なんか野菜七種入れればいいんじゃないの?』
 …正月一五日に米・小豆・粟など七種の穀物を入れて炊いた粥であると言う説もなくはない。
 何はともあれ、現代っ子は七草さえまともに言えないと言うのが世の常である。
 唯一つ言えることは、七草粥がおせち料理とは反対に質素で、正月中のごちそうや不規則な食生活による胃の負担を柔らげてくれる非常に理にかなった昔の人の生活の知恵であると言うことである。
 だがしかし、葉山 壱華(はやま いちか)は普通の今時の子供ではなかった。
「まずはせりだろう。それからなずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろだ。」
 よく知っているだろうと言わんばかりに赤いチェックのハーフコートに包まれた胸を張る少女の髪は銀。
 癖のないそれは青い帽子の下から真直ぐに背の中程まで垂らされて赤いマフラーに埋もれている。
 さあ誉めろすぐ誉めろと言わんばかりの期待に満ちた瞳は鮮やかな赤で、膚は病的なそれではないにせよ透き通るように白い。
 普通の子供と変わらぬ背格好ながらその色彩は明らかな異彩を放っていた。
 帽子の下には、もっと異彩を放つもの…小さな二本の角も隠れているのだがそこはそれ、ばれなきゃオッケー問題なし。
 何せここは東京、知る人ぞ知る魔の都である。
 角があろうが尻尾があろうが気にしない人間は気にしないだろう…気にする者は大いにするだろうが。
 元気と明るさが売り、ぴちぴち(?)の十二歳の子鬼である。
「七草粥か…本では見たことがあるけどどんな味がするのかな?」
 呟く少年は、こちらも少女程ではないにせよ、小柄。
 少女と同じ銀糸の髪を短く切り揃え、怪我でもしているのか整った細面の左側を包帯で覆っている。
 露わになる右目は仄かに赤味がかった金。
 まだ身体に慣れぬ頃、たくさんの書物を読み漁った為にその知識は深いが経験自体は少ない、もともとは人ならざる存在である。
 現在はその知識と経験を一致させる事が面白いらしく、色々なところへ遊びに行っては経験を積むことを趣味としている。
 中でも食べ物関係に目がなく、となれば七草粥に興味を持たないはずがない。
「材料ならうちの山で揃うと思うよ。探してみるかい?」
 少年少女の興味津々の様子に家主、薬屋『千種』店主の久遠 樹(くおん いつき)は彼らの前に入れたてのココアを置きながらふと口を開いた。
 こちらは店主を務めるだけあって少年少女よりも幾分年上、壱華の保護者である彼は外見年齢にして二十代始め…だがしかし血筋的に年齢詐称疑惑のある男である。
 とは言えその外見は黒髪黒目で一般的日本人のそれと変わらない。
 銀縁の細い眼鏡をかけていつでも微笑んでいる、物腰丁寧で礼儀正しく頭の回転も速く立ち振る舞いにも隙が無いと言うそれだけを聞けば完璧な男であるが、実は毒舌家と言う始末の悪いタイプだったりする。
 とは言え女子供、老人と言った弱者には親切丁寧なのだからいろんな意味で良い性格である。
 最近は居候…もとい式神の壱華のお陰か最近は性格が丸くなりつつあることもあって、決して付き合いにくい人間ではない。
 彼の作る料理が絶品であることは壱華が良く知っていて。
「行くっ、行きたいっ!」
「あ、一緒に行ってもいいですか!?」

 さてはて、そんなわけで久遠家所有の山に入ることになったメンバーは壱華と二十を含む四人。
 偶然、山に入って自然の七草を集めて昔乍らの七草粥を作ろう企画を耳にした槙野夫妻…槙野 和真(まきの かずま)と槙野 イリア(まきの いりあ)も参加することになったからである。
 久遠は薬屋の窓から続く山への行き来をサポートする為と、七草粥の準備の為に『千種』に残ることになった。
 和真は瞳の色は黒ながら髪は明るい茶色、長身で空手や柔道などの武道有段者である為かしっかりとした身体つきの男で、フリーカメラマンとして生計を立てている。
 最近八つ年下の幼馴染、イリアにプロポーズし、結婚したばかりで幸せいっぱいといった様子。
 そんなときにはイベントごとは何でも楽しみたくなるものである。
 愛しの彼女…もとい、妻と一緒なら例え火の中水の中、山の中だろうとパラダイス間違いナシである。
 一方のイリアは日本語と英語の両方を使いこなす在日アメリカ人で淡い茶色の髪と人には珍しい赤い瞳をしている。
 背は低く細身で小柄、少々美女と野獣感を感じさせるカップルかも知れない。
 年は二十歳、保母さんを目指して都内の大学に通っている女子大生で正真正銘(?)幼な妻である。
「ああ、これ、忘れないようにね」
「なんだ、これは?」
 にこやかな笑顔と共に和真が渡されたものは銀色の缶に『雑草専用除草剤』とかかれたラベルの貼られたスプレー。
 どうみてもスプレーではあるが、市販では見たことがないタイプである。
「ひょっとして手作りですか?」
 妻のイリアも同じように渡された缶を物珍しげな視線で見やると久遠はそうだですよと穏やかな笑みを浮かべた。
「この子がいるから大丈夫だとは思うけど、ないと命に関りかねないから置いていかないようにね」
「いざとなったらあたしが守ったげるから安心してねっ」
 ぽむと頭に乗せられた手に満足そうに、自慢げに胸を張るお子様。
「…命ィ?」
「はぁ…」
 …どんな雑草だ、どんな。
 一体何のことかわからずに、気のない返事を返す槙野夫妻。
 その疑問は、程なく解決されることになるが…世の中知らずに済んだ方が良いこともあるのかもしれなかった。



「……っこは、どこだーッ!!!」
 絶叫。
「和真さん、落ち着きましょうっ」
 トンネルを潜れば、そこは雪国だった…ではなく、薬屋の窓を潜ったらそこは樹海だった。
 否、樹海と言うわけではないのだが、樹海も真っ青の鬱蒼と茂る森の中だったのだ。
 空を飛ぶ鳥は異様に大きく、ぎーいぎーいと変な声で鳴いているような気がする。
 あたりは真冬にも拘らず鬱蒼と茂り空を覆う葉の所為で薄暗く、何か大きな動物でもいるのかがさがさと葉を揺らす音がする。
「へぇ〜、普通の山ってこんな感じなんですね。」
「普通じゃねえっ」
 雪山しか見たことのなかった二十は初めて見る山に感心し切り。
 いや間違ってますから。
 どう考えても普通の山ではない。
 目を輝かせる二十にイリアも苦笑気味である。
「…それにしても、凄いですね…」
「やだなあ、お正月サボった所為かまた雑草が増えてるみたい。」
「雑草と言えるレベルか、これが!」
 ぼうぼうに茂ってあたりを埋め尽くす緑、草と言うにはあまりに豪快。
「だってほら。」
 声を上げる和真に怯む様子もなく、壱華はまっすぐにその短い腕を先程叢の揺れた方角を指出した。
 がさがさと音がする。
 何か大きな獣でもいるような…。
「………?」
 目を凝らす和真とイリアの目に飛び込んできたのは特徴的なタラコ唇だった。
 …ヒト?
 いやヒトにしても口おっきいから。
 つか顔中口?
 その物体は、人間のタラコ唇を更に何倍にも膨れ上がらせて充血させたかのような分厚い唇を持ち、花弁らしきひらひらしたカラフルなものをその回りに備え付け、緑の葉によく似たものをゆらゆらと揺らしながら、二本足で二足歩行を行っていた。
 よくよく見ると、足元は茶系…根、か?
「…………なんだ、あれは?」
「雑草。」
「草か?草じゃないだろ、動いてるだろ!」
「だって雑草だもん。」
「へぇ、珍しい植物ですねー。」
 雑草と雑草と言って何が悪いとでも言うように胸を張る壱華、二十は彼女の言葉を素直に受け取って成る程と言うように頷いている。
「そこッ、納得すんなっ!」
「ほら、あっちにもいますよ」
 辺りを見回せばあちらにもこちらにも、結構な数の謎物体がうろついている。
『………』
 一行に気付いた一体が、その触手でこちらを指差す。
 一体何事かと思っているうちに、それは一斉にこちらへと突進してきた。
『シャーッ!』
「うわっ」
「きゃーっ!」
 分厚いタラコ唇が開かれればそこから覗く三枚歯。
 噛まれれば無事ではいられないだろう事は容易に想像できる鋭さである。
 悲鳴を上げるイリアを庇うように引き寄せる、近づいてくる謎物体。
 …謎物体ではある。
 正直触りたくはない。
 だがしかし、背に腹は変えられぬ。
 和真はイリアを庇って雑草と相対した。
 植物だかなんだかわからんがとりあえず動いている物質である。
 物質であれば叩きのめせないはずがない。
 人ではあるものの武道の達人と言ってもいい和真は突撃してきた雑草に手刀を叩き入れた。
『ギャアアアッ!』
『ギイィッ!』
 悲鳴が重なる。
 見れば別な一匹を壱華がどこから取り出したものかピコピコハンマーで叩き伏せているところだった。
「二十ちゃん、スプレー使ってっ」
「え、はい!?」
 飛び掛ってきた一匹に、二十は咄嗟に言われるままに先程久遠から渡されたスプレーを向けた。
 噴出す無色透明の煙。
 それを吹きかけられた途端、雑草はぺしゃりとへたり込んだ。
「……うわぁ…」
「うむ、効き目抜群だなっ」
 にぱっと無邪気といっていい表情で笑う壱華。
 自分達が、これから。
 この『雑草』どもの領域を抜けて七草を勝ち取らねばならぬのだと知らされた槙野夫妻は。
 七草を集めて七草粥を作ろう企画を少しでも面白いと思い、参加しようと思ってしまった自分達の迂闊さを呪うのかも知れなかった。



 すずなは蕪の異名、すずしろは大根の異名である。
 このあたりは比較的簡単に見つかった。
 雑草の邪魔はあったものの、久遠のスプレーと壱華の活躍によって然程苦労することなく撃退することが出来たし、生えている大体の場所は久遠に聞かされていたからだ。
 蕪や大根の先が二本に分かれててこてこ散歩していたり、あまつさえそれが手を繋いでスキップしたり踊ったりしていたのは見なかったことにしておこう。
 一応、動き回っていたものではなく埋まっていたものを選んで引き抜いてきたのだから問題はないはずだ。
「えーと、次はごぎょうですか。これは花っぽいですね」
 菊科の薬草なだけに、菊に似た黄色の小さな花が咲くのが特徴だ。
 咳や解熱に効果がある漢方としても重宝されている。
「多分この当りだな。」
 と、藪を掻き分けた先。
 ごぎょうが群生しているはずだったのだが、そこにはそれらしい花は見当たらなかった。
「おかしいですね…」
「本当にこのあたりなんだろうな?」
「心配なら和真ちゃんが地図みなよ。」
「誰が和真ちゃんだ」
「だって和真ちゃんでしょ?」
 何で、とでも言うようにきょとんとした表情を浮かべる壱華。
 彼女は年上だろうが年下だろうか誰に対してもちゃん付けである。
「駄目だよ、ちゃんとおじさんって呼ばないと…」
「お兄さんだっ!」
 確かに、12、3の子供達から見れば28はおじさんかもしれない。
 ちゃんづけされるのとおじさんと呼ばれるの、どちらがいいかと言われれば正直、悩む。
「か、和真さん、いいじゃない子供の言うことなんだし…ね?」
 ずうんと暗雲を背負う和真に、イリアは苦笑する。
 ぶっきらぼうでガタイはいいが、芸術家らしく意外と繊細だったりするところもあるのだ。
 おじさんと呼ばれたショックにへこむ、普段とは違う様子が可愛いと思ってしまうあたりいいコンビなのかも知れない。
「私は和真さん、若く見えると思うわよ?」
 座り込む和真に背中から腕を回して囁く。
「…そうか?」
 立ち上がった和真が彼女の肩を抱き返し…どことなく漂うピンク。
「………。」
「………。」
「二人の世界が出来ているな。」
「そうだね。こういうのバカップルって言うのかな?」
 本で読んだことがある、と言う二十。
「…はっ」
 二人の会話が聞こえたのか、和真の胸に顔を埋めていたイリアは息を呑んだ。
「やっ…やだもうっ!」
「うわっ!」
 悲鳴と共に、和真の身体が宙を浮く。
 くるりと綺麗に一回転、イリアの栗色の髪を見下ろしていた和真の視界には次の瞬間緑に囲まれる空が広がっていた。
「…ったたた…」
「ご、ごめんなさいっ」
 撃った腰を擦りつつ身体を起す和真にイリアは慌てて手を貸した。
「見事な一本背負いだねぇ…」
「イリアちゃんの方も何か格闘技をやってるのかな?」
「それよりごぎょうはどこ行ったんだろうね」
「この辺にあるはずだったんだけど…あ!」
「……あ。」
 辺りを見回したお子様達の目に入ったのは。
 二匹の雑草が大量のごぎょうを花束にして抱えて走り回っているところだった。
『…ウフフフフv』
『…アハハハハ♪』
 抜き取られて一面地面のみになった大地を黄色の花弁を散らしながら走り回る雑草。
『ホーラ、ツカマエテゴランナサーイ』 
『マテー』
 そりゃもう楽しそうに追いかけっこをする雑草コンビ。
 思い出される単語は、『バカップル』の五文字。
「………」
「………」
 壱華と二十は、思わず先程同じ単語を思い浮かべることになった二人を振り返った。
「!ちょ、一緒にしないで下さいっ!」
 二人の考えていることがわかったのだろう、イリアは顔を真っ赤にして反論する。
「…と、とりあえず奪うぞっ!」
 恥ずかしくてほっとけない、それが本音。
 和真は走り回る雑草を叩き潰すべく、スキップにも似た軽い足取りで走り回る雑草に向かって突進していった。



 出発から数時間後、一同は無事七草を集めて薬屋へと戻ってきた。
 久遠は全部集めきらなかった時のことを考えて彼らの出かけている間に市販の七草セットを用意しておいたのだがそれも杞憂に終わったようだ。
 子鬼の壱華はともかく一同は大分疲れ果てていたし、壱華とてくるくるお腹を鳴らしている始末。
 後は料理上手で知られる久遠の仕事である。
 米を一度水洗いし手早く数度水洗いし、その米の五、六倍の水と土鍋へ移す。
 始めは強火、吹きだす直前に極弱火にしてじっくり三、四十分。
 吹き零れないように注意しながら、手早く七草を刻んでいく。
 米から炊き上げるお粥は味はいいがその分手間がかかる。
 炊き上がる五分程前に、刻んだ七草と塩を振り入れて全体に馴染ませ余熱で仕上げ。
 天然の七草を使用した七草粥の完成である。
「さあどうぞ、召し上がれ。」
 器に装われた七草粥、お好みでどうぞと胡麻塩の瓶が置かれている。
 お粥である以上それほど見目がいいというわけではないが、土鍋で炊かれたお米特有の香りと七草の緑の香りが入り混じって食欲を誘っている。
「…七草粥食うのにこんなに体力を消耗するとは思わなかったな」
 並べられた器を見やって和真は感慨深げに呟いた。
「…そうね…」
 あまりにも刺激的体験であったかもしれない。
「うわー、これが本物の七草粥なんですね」
 初めて食すことのできる七草粥に二十は満足顔。
「いっただきまーす」
 頂きますと両手を合わせて一礼。
 はふはふの熱さのお粥を火傷しないよう注意しながら口に運ぶ。
 芯まで柔かく綻ぶ美味しいお米本来の味、七草の味は現代の食生活になれた者達に取っては少し不思議かも知れない。
 噛めば噛むほど味の出るそれは、日本本来の、優しい味。
 疲れた身体に染み込む薬膳粥は疲れた胃袋と身体、そして心をゆっくりと解してくれた。

 今年も一年、いい年でありますように。

                                  −END−

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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1619/葉山・壱華 (はやま・いちか)/女性/12歳/子鬼
1576/久遠・樹  (くおん・いつき)/男性/22歳/薬師
2795/風見・二十 (かざみ・はた) /男性/13歳/万屋(現在、時計屋居候中)
4606/槙野・和真 (まきの・かずま)/男性/28歳/フリーカメラマン
4608/槙野・イリア(まきの・いりあ)/女性/20歳/女子大生

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■         ライター通信          ■
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 ご注文ありがとうございました。ぎりぎりの日程になってしまって申し訳ございません。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 機会がありましたら、また…。
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
結城 翔 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月26日

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