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『[ Round rice cake that occupies inquiry agency!! ] 』
シオン・レ・ハイ3356


「――もしもし、」
 その声は低く小さく響いていた。
 場所は草間興信所の真下、声の主は勿論草間・武彦である。
 外は寒く吐く息は白い。
 声は、いつもにも増して真剣な色を含み、しかし頭上から聞こえたパリンと言う音に顔を強張らせる。どう見ても、興信所の窓が割れていた。
 しかし電話の向こうから問い返してくる声に、武彦は相手に見えるわけもない表情を元へと戻し一気に告げた。
「二十もの丸餅から脚が生えて興信所を占拠した。ついでにシオンが人質に取られている。俺の……俺の貴重な食料を捕まえて欲しい!!」
 語尾を強調しシオンの安否などどうでも良さそうな武彦、その手には小さな小瓶が握られていた。
 正月気分もあっという間に終わり、全てが何事とも無かったかのように日常へと戻った筈であった今日この日。
 しかし――事件は今、昼過ぎの草間興信所で起こっている。

    □■□

「はぁぁ……と、とても可愛いですね」
 そして問題の興信所内。普段とは打って変わり、荒れ果てた室内に響く素っ頓狂な声。
 ちょこんとソファーに座るはシオン・レ・ハイ。武彦曰く餅の手により人質にされている人物だ。
 半日ほど前、興信所を追い出されていた武彦は今頃応援を呼んでくれているだろうかと、シオンはそっと窓際へと目を向ける。
 風の冷たい日であった。雪こそ降らないが割れた窓から吹き込む風はもうすぐ昼時だと言うのにとても冷たく、シオンの長い髪を揺らし、首を撫ぜると同時くしゃみが出た。その様子に餅たちの動きが一斉に止まる。
 くしゃみと同時俯いた顔を上げたとき、目の前に立つはやはり餅。それも仁王立ちする丸餅だ。
「か、可愛い……っ」
 思わず漏らした声に、餅が手に持っていたペンでシオンの額を刺す。こうされているのは一体何度目か……。
 事の始まりは昨日に遡る。

 夕方近くに興信所を訪れたシオンは、そこで鏡餅を抱える武彦に遭遇した。
 聞けば、彼はこれから鏡開きをするらしく、ぺりぺりと底のフィルムを剥がすと素早くそれをひっくり返す。中から出てくるは大量の丸餅。ザッと二十個以上はあるだろうか。全て真空パックとなっている。
 武彦はその内の二つを手に取ると、あっと言う間に袋を破りキッチンへと走っていき、暫し後皿に二つの焼餅を持ち帰ってきた。
「ついでだ、シオンも食べてけ」
「草間さん!! 有難うございますっ」
 言うや否や、シオンは武彦よりも先に餅を胃の中へ治め、尚且つその後もう一つ二つと餅に手を付けていく。
 そして…‥
「そういえば、先日公園で素敵な物を拾ったのですよ」
 言いながらシオンはマイお箸を口に咥えポケットをごそごそと漁り始めた。
「お前、こんな寒い中でも公園生活か?」
「あ、いえ。流石に寝泊りは近くの廃屋で――ってそうでなく、コレです」
 そうシオンが取り出したのは一つの瓶。それを見て武彦は顔を酷く歪ませた。
「悪い、この類の瓶にはいい思い出が無いんだ。今すぐそれをしまってくれ」
「いえいえ、コレは本当に調味料らしいですよ!」
 何が本当に調味料だったのか、今となっては思い出せない上、その後の事も良く覚えていない。ただ、成り行きでどちらかがその匂いを嗅ぐべく鼻を近づけた瞬間、お約束のように出たくしゃみに粉が吹き飛び――…‥

 気がついた時、既に餅には手足があった。まるで細いストローのような腕と脚に、金平糖のような手足。その光景はいつかどこかで見たことがある。そして、そこには更にとても円らで可愛い瞳までもが有った。
「あぁっ、罪な瞳です……」
 そしてそんな円らで可愛い、効果音にするならばキュルン・ウルルンとも言う目と目が合った瞬間、シオンは動けなくなっていた。だからと言って見なければ良いというものでもなく。あの円らで可愛い瞳から視線を逸らすことなど……出来やしないのだ。


 シオンがそんな回想を脳内で繰り広げている頃、興信所の下には武彦に呼び出された者達が顔を合わせていた。シュライン・エマ、セレスティ・カーニンガム、及川・瑞帆(おいかわ・みずほ)の三人だ。
 瑞帆に関しては三人に対し「初めまして」と丁寧に挨拶をする。そんな彼にシュラインとセレスティは笑顔で「こちらこそ」と答えを返していた。
「それにしても、脚って……シオンさんお芋の時の小瓶でもかけちゃったのかしら?」
 早速切り出したシュラインは「どうなの?」と武彦に問う。
「……お芋?」
「芋ぉ?」
 シュラインの言葉にセレスティと瑞帆は疑問の声を出す。
「……前もこんなことが、な――とにかく、シオンが持ってきた瓶が問題だ」
 言いながら武彦が出したのは、シオンが公園で拾ったらしき小瓶。そこで武彦は事の経緯を簡単に話す。
 その話を聞きながらシュラインが片眉を上げた。そして何かを声にしようとするが、瑞帆の声に思わず視線が瓶へと向かう。
「なんや、これ?」
 そう、瑞帆が指差す場所には小さな瓶を覆い隠すほど無駄な大きさのラベルが貼られている。
「何々? 『生命の神秘をお見せします・改 ver.2.02 鏡餅専用。お餅と楽しい一日が過ごせます。効力は約24時間。尚、当製品は御餅専用のため、植物や野菜、人等には決して与えないようご注意ください。又、鏡開き日前後、切り餅への使用によるトラブルに当社は一切の責任を持ちません』……ちょっと待って武彦さん、まさかっ――」
 思わず一息で読み終わったシュラインが、その瓶をセレスティへと手渡すと興信所を見上げた。セレスティはその瓶を興味津々と触れると同時、…パリン――頭上で窓が割れた。残る窓は二枚。
「……早く、解決しなければいけませんね」
「ほな、こないな場所でだべっとらんで、とっとと中行こか」
 セレスティの声に続き瑞帆が言い、四人は階段を上って行く。

    ■□■

 ドンドンドン!!
 ドアはけたたましく叩かれる。
「はーい? 只今草間さんは出かけておりますが…‥」
「俺だ! 餅はっ、餅はどうなった!?」
 時刻は武彦が追い出されてから半日経った丁度正午頃。武彦の心情は極限状態なのか、その声色から察するにドアの向こう、彼の眼は血走っているに違いないとシオンは思った。
「あぁ草間さん、お餅さん達は相変わらず室内ではしゃいでますよ。とても可愛いです」
「んなこと聞いてないだろ! 俺の、俺の餅っ!!」
 しかし状況説明ともいえない台詞をうっとりとドアに向かい言うシオンの耳には思いの外、武彦以外の声が飛び込んできた。
「武彦さんはいい加減落ち着いてっ……っと。シオンさん! まさかとは思いますが、早まって食べたりしないで下さいね!?」
「シュラインさん…いくら私でもそんなこと――」
 『しないです』と言いかけシオンはその言葉を呑み込んだ。何らかの思考が脳裏を横切ったらしい。
「なっ、何であんさんそこで言葉切んねんっ!?」
「いや……今お餅さんがこちらを見て、ですね?」
「此方の方でもどうにかしますので、中の方からも出来る限りをお願いします」
 適当な言い訳の後ドアの向こうから響く瑞帆の関西弁突っ込みに、丁寧なセレスティの声。それにシオンは渋々「はぁい」と子供のような返事を返し、視線をドアから室内へと戻す。するとそこには、もう何度シオンの額をペンで刺したか判らぬ餅がいた。
 首を傾げるシオンに餅は再びペンを突き刺してくる。これはきっと……無条件の虐めだ。


 そう、室内でシオンと丸餅の会話が進行している頃、ドアの向こうでは四人の作戦会議が行われていた。
「とにかく話し合いで解決できるはず、お餅に此処を占拠している理由や要求があればそれを尋ねましょう」
「そうですね。それに捕まえようとするのでは、怯えさせてしまうだけの気がします。優しく接するのが一番でしょう」
「自分ら平和主義やなぁ? 俺やったら中入って、このカメラで動き止めたろ思うわ。『はいポーズ』なんてゆうたら誰でも止まるやろ? そうして止まったところをぐぁっ!とな」
「何でもいい、早く餅を……」
 三人の話し合う中に武彦の入る隙は無く、ただオロオロとドアと三人を交互に見ていた。
 が、刹那――パリィン…‥ドンガラガッシャーン!!!!
「ギャーッ!!」
 室内で再び起きた暴動とシオンの叫び声に、皆は揃ってドアを見た。


 ドアの向こうで恐らくシュラインの声がした気がする。ついでに言えば武彦が発狂した。それを宥める二人の男の声。
「あぁ、皆……さん」
 ガックリと、シオンは力尽きてゆく。が、餅達はそれを許してなどくれなかった。
「おらぁ、あんちゃん起きやがれ!」
 そう、耳元には威勢のいい声が飛び込んで来、思わず顔を上げればやはり円らな目と目が合ってしまい動けなくなってしまう。声がごつくて性格が荒々しかったり捻くれていようが親父だろうが、その目だけは皆一緒。
「ううっ、ごめんなさい。もうしません……なのでその目でっ、その目で見つめるのだけはお止めください……」
 今シオンは丸餅に辺りを囲まれ、何処を見て目、目、目の状態。遂に耐え切れずソファーから転がり落ちると、誤ってテーブルに長い脚を引っ掛けひっくり返し、その上に乗っていた丸餅たちも一斉に飛び上がる。それはちょっとした空中サーカスだ。
「丸餅の皆さん!? 此処は話し合いで解決しましょう。要求があるなら出来る限り受け入れるわ」
 外からシュラインの声が響く。その声に、丸餅たちが一斉にシオンを見た。
「要求受け入れか……出来るもんなら是非とも願いてぇな」
「よし、テメェ――しおんとか呼ばれてたな。こっちの要求を相手に伝えろ」
「は、はい!」
 そう言われシオンは一先ず起き上がる。しかし又お見合い状態となり動けなくもなるのだが……。
 暫し相談をしていたらしい複数の丸餅達の意見は一つにまとまったらしく、その代表らしき丸餅の言葉を聞きながらメモ程度はかろうじて取ると、シオンはそれを恐る恐るドアに向かい朗読した。
「えー、これからお餅さんたちの要求をそのまま読み上げます」
 咳払いを一つし読まれた丸餅の要求は以下の通りだ。

『我々は指定餅組織団体 四代目悪藻痴(おもち)組である。我々の要求は唯一つ。今人質として取っているしおんが、昨夜ぺろりと食べてしまった俺達の組長の代わりとなる者を此処につれて来い。ついでに草間にも食われた舎弟と若衆数名の補充も要求する』

 シオンは組名の漢字一文字一文字まで説明し、読み終えると同時「そういうことだそうです」と付け足した。
「ってなんや!! 組長食ったぁ!? それって自業自得ちゃうん!?」
 ドアの向こうでは早くも瑞帆のツッコミが飛び、それを宥めるシュラインとセレスティの姿が浮かぶ気がする。しかしながら今回ばかりは確かに覚えが無いとは言えシオン自身それは思う。そしてシュラインにセレスティも頭を抱えはする。
「とは言え、武彦さんのお餅が懸かっているのよね……聞いたところ暴力団にも似たものみたいだし、此処は大人しく要求を呑むしか――」
「但し、それをどうした形で……が問題ですね。やはり同じ脚の生えた丸餅が良いのでしょうか?」
「そないな丸餅なんてあそこ以外におるやろか!?」
 次々と意見が飛び交う中、既に武彦は階段の隅に座り込み、ウジウジと生えている苔をいじり、一人絶望感を背負っていた。
 そんなドアの向こうの状況までは事知らず、声だけが頼りのシオンは再び伝えられた伝言をドアに向かい言う。
「皆さーん? 『要求は呑めるんかぁ!?』と、お餅さ……否、若頭さんが言ってますがぁ」
 ドアの向こう、四人の間で沈黙が流れた。しかし――…‥

「判りました、お呑み致しましょう。但し条件があります」
 切り出したのは意外にもセレスティだった。その声にシオンは勿論、シュラインに瑞帆も驚きの表情を見せている。声は穏やかに、ドアの向こうから室内へと響いていた。
「えー『何だ? 言いやがれ』とのことです」
 シオンは耳元に居る若頭餅の言葉をドアの向こうへと告げ、答えを待つ。
「此方が要求を呑むイコール取引……いわばそれはビジネスです。ドア越しではなく、あなた達と直接向かい合ってお話がしたいと思いますので、中に入れてはいただけませんか?」
 セレスティ自身には確かにこの取引を呑める環境が無いとは言いきれない。しかし未だ彼はその手の内を言うことは無く、ただ室内に入らせてくれと――しかしそれは確実にシオン救出の第一歩となる。

    □■□

 ガチャリと、複数の丸餅により鍵の開けられた興信所。入るなりそこは廊下よりも寒く、外気と同じゆえ勿論四人の吐く息は白い。
 ようやく声だけではなく姿を現した四人に、シオンは思わず警告を口にしていた。
「皆さん!! お餅さんの円らで可愛い目を見ると動けなく――……んごっ..」
 半分体を上げながらも、またもやペンで額を刺され力尽きたシオンには、遂に沈黙が訪れた。
「……な、んや! あんさんらおもろいなぁ。よければ写真、撮らせてくれへんか?」
 そんな中声を上げたのは瑞帆である。しかし言うや否や、シュラインとセレスティをちらりと見、片目を瞑って見せた。つまりのところ、先ほど下で言っていた動き止め作戦を実行するらしい。とは言え、流石に数が多い。
「ささ、先ずは集合写真でもぉ……」
 言いながら瑞帆はカメラを構えるが、丸餅達は集合などしないどころか一斉に瑞帆に眼を飛ばす。その……円らな瞳で。
「う゛っ……!?」
 ファインダー越しにそれを見てしまった瑞帆は、中腰でカメラを構えたままフリーズ。それに気づいたシュラインが「そういう意味ね……」と舌打ちと同時目を瞑る。固より目の見えていないセレスティには勿論通用することも無く、武彦にいたってはいつの間にか目が合ったのか、既に入り口で固まっている。
「兄ちゃんいい度胸しとるなぁ、話合いじゃなかったんかぁっ!? それとも兄ちゃんが新しい組長候補か?」
 最も短気な丸餅が一人。瑞帆の前まで歩み寄ると、手に持ったボールペンで瑞帆の額を突き刺した。因みにペンの部分ではなく、先のとがったキャップ部分だ。ついでにもう一つ三つと丸餅が瑞帆の周りに集り、一斉に彼を足蹴りし始める。
 どこかからは、連係プレイで大量のペン――百均で一袋二十本入りのキャップつきボールペン――を五人に向け投げつけ、その向かってきた数本をシュラインが顔の前で腕を交差すると、素早く指の間に挟み掴み取った。その数両手合わせ六本。
「ちょっと………………ペンは遊び道具じゃないのよぉっ!?」
 最早この現状は誰にも止められない。
「ぁ、イタッ……――餅の分際で俺を足蹴にするなんて……言語道断やぁ!」
 瑞帆が叫ぶと同時、その左手がようやく自由を取り戻す。どうやらその瞳を見てしまってから一分程度の硬直時間が有るらしい。因みにシオンに関しては、本人の性格や四六時中その瞳を見続けていたため無期限状態となっていたが……。
 振り回した左手に幾つかの手ごたえを感じ、瑞帆は思わず勝ち誇ったように左手を掲げ言った。
「あんたら、こないなことしてタダで済むと――」
 しかしその左手に治まる丸餅の幾つかと目が合い、その状態で再びフリーズ。丸餅達は先程よりも大人数で瑞帆を足蹴りにし、最後にはシオンの隣に転がした。
「んなアホなぁーーっ!?」
 転がされた瞬間意地でカメラは死守したが、たかが丸餅に此処まで虚仮にされたダメージは正直でかい。
 しかし、そんな声と騒ぎに目覚めたシオンは、いつの間にか隣で寝そべる瑞帆を見「こんにちはぁ」と呑気に挨拶すると、上半身を僅かに起こしシュラインとセレスティの立つ方向を見た。今この状況を救えるのは最早頭脳派とも言えるあの二人だけだろう。
「……さて、聞かせてもらおうか。用件は呑むと、確かにあんたが言っていたな?」
 そう、若頭餅の視線を言葉を受けセレスティは頷いた。因みにこうして向き合いようやく判ることだが、この餅達にセレスティの魅了は通用しない。恐らく餅達の瞳が持つ何かの力と相殺されてしまっているのだろう。
「――……」
 二人のやり取りにシュラインはうっすらと目を開けセレスティを見た。その目に見た彼は……いつも通りの笑みを浮かべていた。まるで心配など無用なように。その表情を見たシオンも、自然と体を元へ戻し、寝転がると天井を仰ぐ。
「……えぇんですか?」
「はい?」
 瑞帆の問いかけにシオンは視線を彼へと向ける。
「この先どうなるんか……行く末をその目で見守らんで。もう、動けるんとちゃいますか?」
 何十もの瞳を見てしまったため今しばらくは動けないことを自覚している瑞帆は、小さな声でシオンに問うが、彼は「いいえ」と同時目を閉じる。
「あの二人に任せておけばきっと良い方向に行きますよ。大丈夫です」
「……そう、ですか」

 しかし――
「さて、本題ですが……人手が足りないということでしたら補充して差し上げてもよろしいのですが、人数はいか程ですか? 組長様と他、正確な数値を提示していただきたく思いますね」
 そんなセレスティの言葉に、若頭餅は丸餅全員を一旦集め、やがてセレスティの前へと帰ってきた。
「組長は勿論一人だが、舎弟と若衆が併せて四人食われてるな。つまり合計五人だ」
「……五人?」
 若頭餅の言葉に思わずシュラインが首を傾げた。そんな仕草とセレスティが内心頷いたのはほぼ同時。
「それでは私達が落とし前とし、この身を持って要求を呑むのは如何でしょう?」
「あ゛!?」
「えっ!?」
「ちょっ!?」
「はっ!?」
 セレスティ以外、四人の顔と声は一斉にセレスティに向く。
 ただ若頭餅と他の丸餅達は面白そうに笑みを浮かべたり、辺りでそれは反対だ等と声が飛んでいた。
「因みに、組長様を召し上がってしまいましたシオンさんを、組長ポストに推薦しますね。他は適当に配置していただければと思いますが如何でしょう?」
 その言葉に若頭餅は満足そうに頷き「人間が付けば尚更うちの組は強力になるな!」等と、合意の方向を示している。しかし人間が組長では最早今までの組の存在意味から外れる気もするのだが、その辺りはどうやらどうでも良いらしい。
「……しょうがないことよしょうがないどうせ今だけよ今だけなのだから確かにこれが得策だわ合意したのは本当に意外だったけどこれでシオンさんも武彦さんのお餅も時期に助かる筈だと思えば――」
 シュラインはセレスティの隣、吹きすさぶ冷たい風をもろに受けながら、頭の中に冷静さを取り戻すべく必死で自分に何か言い聞かせていた。あまりの早口と声の小ささに、誰もがその言葉を完全に聞き取ることは出来なかったが。
 そしてシオンの隣、瑞帆は何かに気づき彼名を呼ぶ。
「シオン、はん?」
「…………」
「……アカン、固まっとる――」

    ■□■

「いくら咄嗟のこととは言え、結局このようになってしまい申し訳ないです」
「いえいえ、終わり良ければ全て良しですよ」
 夜の興信所。昨日からの騒ぎもようやくこれで治まり、今窓ガラスはダンボールで補強され。事務所内の片付けはシュラインと瑞帆を中心に、シオンとセレスティも手助けをする形で一先ず落ち着いた。
 結局セレスティの一言で丸餅達は満足すると同時、徐々にその姿から手足や瞳を無くしていく。恐らく彼らが満足したせいか、或は薬の効力が丁度切れたのか。とは言え、一気に丸餅達は床に落ちることだけは避け、ただの丸餅へと戻っていった。
 夢のような、それでいて今の出来事が夢では無いと示しているのがテーブルの上に置かれた五人分のピンバッチだろう。
 丸くて白い、直系にして1.5センチ程の形の中に、黒く焦げたような餅の絵が描かれている……そんなピンバッチが今二人の前にはある。恐らく代紋をピンバッチという形にしたものだろう。彼らは餅組織団体の中では最強だと、最後に謳っていた。つまりのところ、コレは付けるべきなのか……。
「小指を持っていかれるなんて事態にならなかったことを喜ばなければいけません。皆さん有難うございます」
 そう、シオンはセレスティとキッチンに立つシュラインと瑞帆に向け言い、深々と頭を下げた。
「おい、俺には何も無しなのか!?」
 その動作に、キッチンとは反対側、自分の机に肘を突き座る武彦は面白くなさそうに言う。
「あぁっ、草間さんも……とは言え、私は何か引っかかっているのですが――」
「シオンさん、武彦さんに頭なんて下げなくていいですよ」
 シュラインの声と同時、どこかにずっと隠れていたらしい零と腕まくりをした瑞帆が現れた。三人揃って元に戻った餅達を調理していたのだ。シュラインにとってはこんなこと日常茶飯事のような事だが、瑞帆に関してはれっきとした料理人である。役に立てなかった、ということもありその腕を存分に振るったのだ。言うだけあり、やはり餅料理なのに色鮮やかで豪勢にも見える。
「と、言いますと?」
 しかし珍しく…なのか、そんな言葉を口にするシュラインにセレスティは思わず問いかける。
「俺もようやっと思いだしたんや……鏡開きってやつを」
「そう、今回のことは幾つかの出来事が重なってしまったのよね」
 言いながら、三人は幾つかの皿をテーブルへと置いていく。更に零と瑞帆はキッチンへ戻り、まだ残りの皿を運んでくる。
「先ず鏡開きは今日なの。だから、一日早い上切り餅にアレを降りかけてしまった。おまけにその餅は組織団体という名目のある……言わば暴力団かしら? その上、シオンさんはその頭を食べてしまった――……もう、後は言わずとも判るでしょ?」
「…………ご、めんなさい」
 思わず机の下へと潜って行った武彦に、シオンは僅かに苦笑いを浮かべた。
「さぁ、これで全部やーー」
 満足そうに瑞帆が言うと同時、今度はシュラインが淡々と言葉に出す。
「それではこれより身体検査を始めます」
「!?」
 何事かといわんばかりのシオンにシュラインは素早く歩み寄ると、「失礼しますね」の声と同時、彼のコートのポケットに両手を突っ込んだ。そこには確かに何かの気配、そして感触。
「……シオンさん、私は食べないでくださいと言いました」
 シュラインの声は哀しく響き渡る。シオンはシュラインのその目、その手から目を逸らすことは出来なかった。
「だからと言ってこれは――」
 勿論彼女の手の中には今、丸餅が一つ。どうしてかシオンの右ポケットから出てきたものだ。
「…………こっ、こんな所に隠れていたとは! 流石の私も気づきませんでしたよ余程新しい組長となった私を慕ってくださっているのかはたまたどうしても食べられたくなくて――云々..」
「どうりで調理中一つ見つからなかったのよね。これはしょうがないから……トースターで焼餅にするわ」
 そう、未だ何か言い続けるシオンを余所に、シュラインはキッチンへと戻っていく。
「あ゛ああっ……!?」
 去りゆくシュラインの背に、シオンは思わず武彦の机の方に行くと共にそこへ潜り込んだ。
「せ、狭っ!! シオン邪魔だっ、あっち行けっ」
「うう、草間さん私は、私はシュラインさんを怒らせ……!?」
 半分泣きながら引っ付いてくるシオンに、武彦は両手を使ってまで彼を押しのける。
「……いや、多分大丈夫だ。あれ程度ならすぐ機嫌は直るはずだ」
 そんなことを相談している間にも、キッチンからは餅が焼けた合図でもあるオーブントースターの音がした。
「さ、武彦さんもシオンさんも出てきて。みんなで四代目悪藻痴組、組員の皆さんを頂きましょう」
 ソファーに腰掛けるとシュラインは箸を使いあっという間、既に茶碗に寄せられているものは除き皆の皿へと餅を取り分けていく。
「なんや、調理中から思っとったけどそう改めて言われると生々しいなぁ――ぁ、こいつ若頭やん……」
 そう、早くも瑞帆はやたら伸びの良い磯辺焼きを口に呟いた。
「思ったのですが来年は五代目の構成が出来るのでしょうか」
 セレスティはゆっくりと一風変わった雑煮を突付きながら疑問を口にする。
「そうすると……まさか組長は新しい方が就任しているのでは!?」
 マイ箸をシャキンといわんばかりに構えソファーに座ると、シオンはぜんざいを目の前に来年を考えた。
「――俺の餅」
 そして結局又というのか、こんな事件から皆の餅となってしまったそれを見つめながら、武彦は与えられたきな粉餅と納豆餅に箸を伸ばす。
「あ、草間さん」
 その途中、セレスティが不意に武彦を見て言った。言われた武彦は顔を上げるが、一気にその表情が凍りつく。
「今はこうしてお野菜なども一緒に調理されてはいますが、お餅だけでなくもう少し栄養価のある食生活された方が良いと思いますよ」
 それは昨日の武彦に向けられた言葉だろう……。
「はい、今年は……気を、つけます」
 何故か敬語で小さく頷くと、その後の武彦は無言で餅にかぶりつく。
 思えば武彦とシオンは昨日から何も食べられていなかった。



 そしてあっという間にいなくなっていく四代目悪藻痴組の組員達。
 料理のバリエーションやシュラインや瑞帆の腕は固より、餅自体も意外に美味しいというのがあり、あっという間に皆の箸は進んでいった。
 果たして来年五代目に会えるのか……寧ろそんな機会が又訪れてしまうのか。
 それは恐らく無いと思いつつも、五人はテーブルに転がった代紋が刻印されたピンバッチを見た。
 そして何となく その顔に笑みを浮かべる。

「ぁ…そういやあのふざけた瓶は何処行った?」
 不意に武彦の声、皆の視線は移動するが――それは何処にも見つからず。



  遠い何処か 次の瞬間を待ち焦がれている……かもしれない。


〔end..〕
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [3356/  シオン・レ・ハイ  /男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α]
 [0086/  シュライン・エマ  /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い]
 [3068/   及川・瑞帆    /男性/25歳/カメラマン兼料理人]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライター李月です。既に世間のお正月から何日経過してしまったのか……遅くなりましてすみませんでしたが、無事(?)お届けとなります。
 先ずタイトルは少し意味が違う気もするのですが、言いたいことは〔興信所を占拠する丸餅〕です。
 そして、主発注してくださったシオンさんは勿論、参加してくださった方々にもお礼申し上げます。
 とは言え、内容が芋のときよりは内容が物騒なものに……。初期は親戚設定だったのですが、それでは前回と変わりが無いので、途中で路線変更いたしました。こんなドタバタ末路でしたが、何処かしらお楽しみいただけていれば幸いです。

【シオン・レ・ハイさま】
 まさかの内容での発注有難うございました! 脚生え原因自体は同じで申し訳ないですが、又この形で書けたこと大変嬉しく思ってます(芋の話が私が初めて出した依頼物でもありましたから…)とは言え素敵過ぎるプレイング、上手く反映した話になったのか、最終的には良く判らなくなってしまい..。何かありましたら遠慮なくお申し付けくださいませ。

【シュライン・エマさま】
 実は、途中シュラインさんの『別の関係?』で関係を考え直してコレに至りました。とは言え、それがどうしてこっちに来てしまったのかは自分の頭の中がどうしても判らないのですが……。個人的偏見でかっこよくペンキャッチしていただきましたが、気分害されてましたらすみません! シュラインさんなら音で判断して取れるかも…と思った次第です。

【セレスティ・カーニンガムさま】
 二度目まして…ということで、今回丸餅と正面から向き合える唯一のお方でした。丸餅もある意味相手を魅了すると言う点で、その辺りは相殺で。途中爆弾発言も有りましたが……薬の効き目が切れることを前提に持ちかけた取引であり、決して腹黒などでは……ありませんので! とは言え最後はサラリと発言してしまいました..。ご本人、どう考えても悪気はゼロでしょうけどね…。

【及川・瑞帆さま】
 初めまして! という事で、関西弁初挑戦。大丈夫だったでしょうか? 普段から敢えて似非関西弁を書きはするのですが、きちんとしたのはコレが初めてな関東人です。やたら熱い突っ込み役ですみませんでした。好きな年代の男性でもあり、かっこよく書いてあげたかったのが本音です…が、少しでも楽しんでいただけていればと思います。

 それでは、この度は有難うございました。
 又のご縁がありましたら、今年も又は今年からどうぞ宜しくお願いします。
 李月蒼
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
李月蒼 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月24日

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