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『世界新生〜at the beginning of the new year 』
クレイン・ガーランド0474


    01

 ぽん、と白昼の空に白い華が咲いた。
 通りを行き交う人々は、束の間足を止めて花火が上がった方向を見上げた。
 クレイン・ガーランドも、片手で庇を作って空を振り仰ぐ。アルビノ体質の彼の赤い瞳に、白い空はいささか眩しすぎたようだ。目をすがめて垂直に昇っていく軌跡を追っていると、軽い眩暈が彼を襲った。
「新年ですね」
 同様に足を止めて空を見上げていた男が、低い声でそんな風につぶやいた。
「ああ、なるほど……」
 クレイン・ガーランドは納得して頷く。
 一月一日に向けたカウントダウン、ということなのだろう。気の利くどこかの露天商か、あるいは商業者組み合いが、共同で上げているのかもしれない。
 文化背景を異にする様々な人々が集まるここは、まさにワールドバザールという名を冠するに相応しく、凄まじい活気に満ちている。ふらふらと歩いていようものなら、たちまち得体の知れない特産品でも叩き売られてしまいそうだ。
 これらの露店を切り盛りする肌の色も瞳の色も違う人々が、新しい年を祝うべく一丸となって盛り上がる。今年の仕事納めにと、物品の叩き売りがますます激しくなる――底知れぬパワーだ。花火を上げて、有り余ったエネルギーを昇華させているのかもしれない。
 この地独特の雰囲気がクレインは嫌いではなかったが、少々熱気にあてられてしまったようだ。
「大丈夫ですか」
 額に手を当てて俯くクレインに、黒髪のその男は、ややぶっきらぼうな調子で訊いた。口調は丁寧だが、そこはかとなく威圧的な雰囲気がある。彼のデフォルトなのだろう。
「ええ、大丈夫です。少し熱気にあてられたようですね」
「この人ごみではね」
 男はバザールでごった返す人波を見渡す。ついでクレインへ視線を移すと、黒い瞳で遠慮なく彼の頭から爪先までを眺め回した。
「お世辞にも健康的とは言えないようですが。無理をしているのでは?」
 クレインは苦笑した。彼の異様に白い肌を見れば、そう思うのも無理はないだろう。実際、疲労してもいる。
「そうですね……、無理が祟ったようです」
「いつにも増して人出が凄いな」
「年明けですから多少は豪奢な食事を、と思って買い物に出てきたのですが……。考えることは皆同じ、ですか」
「荷物をお持ちしましょう」
 男はクレインの手から、食材が入った袋を受け取った。
「どうもありがとうございます。まだ少し時間がかかるのですが、お付き合いしていただいてもよろしいですか?」
「医者の端くれとしては、ここで貴方を放っておくわけにもいきませんね」
「お医者さんでしたか」
 クレインは驚いて軽く目を見開いた。自分を見る目つきが職業的だとは感じたが、医者とは思わなかったのだ。
「一応ね」男は肩を竦めた。「責任持って、ご自宅まで同行しますよ」
「それでは、食事をしていって下さい。新年を一人で過ごすのも寂しいですし、ささやかなパーティーというのはいかがですか? 場所は私の住まいを提供できますから」
「そうだな……、料理ではあまりお役に立てないかもしれないが、折角だからお言葉に甘えさせていただきましょう」
「決まりですね」クレインは微笑した。黒い手袋が嵌められた右手を差し出す。「申し遅れました。私はクレイン・ガーランドと申します」
「リュイ・ユウです」黒髪の自称医者は短く答え、クレインの手を軽く握り返した。
 ちぐはぐな印象のする二人は、簡潔な挨拶を交わし、残りの買い物を済ませるべくバザールの人波に戻っていった。

    *

「……わざわざ出向いたは良いものの……」シオン・レ・ハイは、いっそ無節操といって良いくらいの食材の山を見渡して、思案顔で顎を撫でた。「『おせち料理』の材料など、手に入るのでしょうか?」
 毒々しい色合いのフルーツに、一癖も二癖もありそうな魚介類。
それぞれは美味しいのかもしれないが、果たして同じ皿の上に共存することは可能なのか? 甚だ以て疑わしい。
 何しろ、地域が地域だ。シオンが求めているのは、遠い小さな島国の、皿に小ぢんまりと盛られた料理そのものが芸術作品、といったような繊細さなのだが――、
 諦めたほうが良いかもしれない。私は日本人ではありませんし、とシオン・レ・ハイは思う。『和』の心を求めようとしたのがそもそもの間違いかも……。
「この魚、美味そうだな」
 と。
 長身の彼の肩あたりのところから、そんな台詞が聞こえてきた。東洋人風の顔立ちをした若い男が立っている。シオンが「どうやって食べるんでしょうね」と思案していた、一見グロテスクな魚を指して言っているらしい。
「ここら辺で獲れるやつだろ? 白身かな。刺身にして食べたら美味いんじゃないか?」
 と、たまたま横にいたシオンに意見を仰ぐ。
「刺身、ですか?」
「生のまま薄く切って食べるんだよ。醤油でも手に入れば……」
「醤油? 失礼ですが、日本の方ですか?」
青年は一瞬黙った。妙な間だった。「……さぁ」
「さぁ?」
 ナショナリティが不明という意味だろうか。確かに、黒髪なのに瞳は緑と、折衷の容姿ではある。それを言ったら、シオンも黒髪に青い瞳だが。
「そうだな、日本人の血が混じっている可能性も……」などと、ぶつぶつつぶやいている。「まあ、和食は好きだな」
「ふむ。新年なので『おせち料理』を作ろうと思ったのですが、どういったものかご存知ですか?」
「おせち? ここで手に入る材料で作れるかな……。おせちね。日本風の新年ってのも悪くないと思うけど――」
 二度目の花火が上がった。バリエーション豊富な、しかし繊細さとは無縁の食物が並ぶ生鮮食品バザールで途方に暮れていた男二人は、揃って頭上を仰ぎ見る。
「日本式の――正月か。ちょっと、食べたくなってきたな。おせち料理」
 明年を迎える準備に忙しい人々は、露店の前で立ち尽くす二人を足早に追い越していく。
 その中にシオンが見慣れた後ろ姿を見つけたのは、ちょうど三度目の花火が上がったときのことだった。
「おや? クレインさんではありませんか?」
「――シオンさん?」
 銀髪の青年とシオンが、お互いの名を呼ばわったと同時。
「なんでよりにもよって、あんたと遭遇しなきゃならないんだよ……」
「おや、貴方ですか。奇遇ですね」
 東洋人風の男と、銀髪の青年の連れが、一方はうんざり、もう一方は今日の天気でも話すような口振りで、そんな風に言葉を交わした。
 顔見知りではあるが特別に親しいというわけでもない、微妙な接点を持つ四人は、なんとなく目を見合わせる。
 銀髪の青年、ことクレインが提案した。
「……パーティーは人数が多いほうが楽しいですね。皆さん、私の家にいらっしゃいませんか?」
 ――そういうことになった。


    02

 三人の客は、クレインの住まいに一歩足を踏み込むなり、その美しく気品のある佇まいに感嘆の溜息を漏らした。隅々まで手入れがなされており、調度品の類いは、家主の慎ましやかながらも優雅な生活を表すように格調高い。
 ただ一つ足りないものがあるとすれば、生活感か。
 三人の客が手に手に食材を抱えて押しかけても、まだどこか寒々しさが残る。空白とか欠落といったものが、ぽかんと宙に浮かんでいるようだ。
 第一、一人で住むには広すぎる部屋だ。が、誰も彼のプライベートについて問おうとはしなかった。ただ、この物静かな青年が一人で迎えるであったろう新年を、ほんの僅かでも温かなものにしてやりたいと願うばかりで。
「何もないところですが……、食材は十分ですね。料理はお手伝いしていただいてもよろしいでしょうか?」
 クレインは、使い勝手の良さそうなキッチンに三人を案内する。
「もちろんですよ。料理は得意です」シオンはにこりと笑みを浮かべた。「『おせち』を食べたいという話を、彼としていたのですよ。ええと――」
「ああ、名乗ってなかったか。俺はケヴィン・フレッチャーだ」と、年齢不詳の、東洋人風の青年。ちらりと、黒髪の男へ視線を投げた。「一応、そこの藪医者とは顔見知りだ」
「失敬ですね」藪医者呼ばわりされた男は、たいして気分を害した様子もなく飄々と答える。「リュイ・ユウです」
「私はシオン・レ・ハイと申します。クレインさんとは、過去に一度仕事で」
「初対面のようなそうでないような、愉快な面子ですね。私のことはお気軽にクレインと呼んで下さい」
 初対面ではないが、片手で数えられる程度しか顔を合わせたことしかない。しかしなんとなく気が置けない仲、といった雰囲気か。
「それで……『おせち』、というのはなんでしょうか?」とクレイン。
「日本の正月料理だ。俺達が買ってきた食材でできるかどうか疑問だが……」
「とりあえず適当に作ってみたらいかがですか」
「適当って、大雑把だな、あんた」
 ケヴィンは嫌そうな顔をしてユウを見る。ユウは涼しい顔でケヴィンを見返した。
「そういう貴方は料理ができるんですか?」
「多分あんたよりはマトモなものが作れると思うぜ」
 仲が良いのか悪いのかわからないやり取りだ。
 クレインは二人をたしなめるように、
「では皆さんの料理の腕に期待することにしましょうか。料理が足りないようでしたら、私も何か作りますので」
「それが良いでしょう。クレインさんは少し休んでいて下さい」
「それでは、お言葉に甘えて」
 医者であるらしいユウの助言を受けて、クレインはキッチンとつづきになっている食堂のほうへ出向いた。
 いつもは座る者のいない席を簡単に整え、何気なく、窓の外へ目をやる。
 窓の外は、ほんのりと赤く染まりつつあった。
 白から赤へ。
 一年が、ゆっくり過ぎ去ろうとしている。


    03

 食材がどうであれ、出来上がった料理はなかなか豪華なものだった。
 四角い容器に様々な料理を詰めた『おせちもどき』に加え、野菜や魚を切って一緒に仕立てた餅入り雑煮。この辺りの近海で獲れる白身魚の、新鮮な刺身に、栗きんとん。デザートにクランベリーパイ。それぞれ、シオン、ユウ、ケヴィン、クレインの作だ。
「手ぶらで行くのも何ですから、途中で店に寄って上等な酒を一本買ってきましたよ」
 シオンは日本式の料理が並ぶテーブルに、アルコールのボトルを置いた。この地方独特の酒らしく、あまり見慣れないラベルである。料理と合うかどうかは食べてみなければわからないが、高い酒は大抵美味いものだ。
「それなりに様になってるじゃないか」
 野ざらしで叩き売られていた、あのわけのわからない食品群からできたとは思えない『真っ当な』食卓を見下ろして、ケヴィンは満足そうに言った。
「何か音楽をかけましょうか。生憎、日本の正月らしい音楽はないのですが」
「お任せしますよ」
 クレインは頷き、オーディオにディスクをセットする。心地良い音量でスピーカーからピアノ曲が流れ始めた。和洋折衷に磨きがかかる。
 堅苦しくナイフとフォークを手に食べるでもなく、気軽な立食形式といった趣きでパーティーが始まる。料理を用意するのにそれなりに時間がかかったため、既に窓の外は暗くなっていた。
 遠くで花火の音が聞こえる。昼間はぽん、と軽く上がる程度だったのが、今は腹に響く低い音を轟かせていた。花火自体は見ることができない。しかし、色とりどりの料理だけでも十分目の保養だ。
「この野菜、星の形に切っているのですね」
 重箱を模した四角い容器からフォークで星型の野菜をすくい上げると、クレインは物珍しそうに口に運んだ。咀嚼して飲み込んでから、「甘い味つけですか。新鮮ですね」
「写真で見た通りに作ってみたのですが、記憶が少しおぼろげですね。星の形をした野菜が入っていたように思うのですが」
「俺も良くわからないが、それってもしかして『花』の形じゃないのか?」
「ああ、なるほど。それは日本らしい……、かもしれませんね?」
 語尾にクエスチョンマークがつくのは致し方あるまい。ここはかの島国から遠く隔たっている。
「本格的なものは食べたことないが、フォーマルな和食というと、見た目が美しいというイメージがありますね。雑煮などは庶民的ですが」言って、ユウは自分で作った餅入り雑煮を一口啜った。「……ふむ。悪くないか」
「なんか適当に野菜とか魚をぶち込んでただろ、あんた。食えるのか?」
「どうぞ、味見して下さい」
「不安だな、なんとなく」
「死にやしませんよ」
「だからそれが大雑把だっていうんだよ」
 不安そうな口振りながらも雑煮を口にしてみてから、ケヴィンはあれ、という顔になった。「……本当だ。まあまあだな」
「食材も調理法、ということですか」
「食材に合った調理法ってのが、あると思うんだけどなぁ……。ま、美味いからこれはこれでいいか」
「こちらの魚は? 生で食すのですか?」と、やはり物珍しげにクレイン。
「ああ、刺身な。醤油見つけてきたから、つけて食べれば美味いと思う。醤油が駄目なら、そっちの一皿はカラパッチョにしておいたから」
 ちょうど良い皿があったんで、とケヴィン。食器棚に仕舞ったままになっていた皿が活用されているようだ。
「料理がお好きなのですか?」
「……さぁ、どうなのかな。昔の俺は料理好きだったのかもしれないな……」
「昔の?」
「まあ、こっちのこと」
 含みのある台詞だが、シオンは特に追求しないでおく。何かと謎が多いのは、ここにいる全員に共通した項目だ。そして誰も、互いのプライベートを詮索するような趣味は持ち合わせていないようだった。
「あんたのおせちも、もどきの癖に美味いよ。作ったことあるのか?」
「いいえ、ありませんよ。写真を見たことがあるので、こんな感じかな、と」
「見ただけで良く作れますね?」
 料理をあまりしない者からすれば不思議極まりないのだろう、ユウもクレインも感心した様子だ。
「何度か作っているうちに、料理の勘というのがついてくるのですよ。私も昔は下手なものでしたよ。息子のために本を読んで勉強しました」
「……そういうものでしょうね。誰か食べてくれる人がいれば、自然と料理も楽しくなってくるのでしょう。一人身ではそうそう凝った料理をしようという気にもなれません」クレインはどこか寂しげな微笑を浮かべた。「誰かの、手の凝った料理を食べるのは久しぶりですよ」
 そして、誰かの手料理を食べるのはこの上ない幸福だ、というように。
 クレインはどこか遠い目をする。
「新年の食卓を共にするのも……なかなか、悪くないものですね。本当に」
 まだ年が明けるまで少しありますが、とクレインは笑った。


   04

 アルコールを飲み、料理を平らげた後は、クレインお手製のパイを食す。カフェイン中毒のケヴィンが、どこからか珈琲を見つけてくる。
 時は思いの他早く流れ、宴は深夜に差しかかる。
 花火の音は、時々思い出したように鳴り響いていた。
「残念ですね。ここから花火を見ることができれば良いのですが」
 クレインは珈琲のカップをテーブルに置くと、窓辺まで歩み寄った。
「バザールのほうで上げていたようですしね。大分遠いのでしょう」
 クレインの隣りにユウが並ぶ。
 市から離れているとはいえども、喧騒は微かに伝わってきていた。年の初めだ。皆出歩いているのだろう。
「日本だと、鐘を鳴らすんでしたっけね」
「百八回な。百八発、鳴ったと思うか?」
「それ以上上がっているのでは?」
 全員が、何気なく窓の外へ目を向けたときだった。
 一際大きい音がして、高く高く、夜空に白い花火が上がった。
 部屋が一瞬白く染まり、彼らの瞼の裏に、陰影が焼きつく。
「凄いな。ここからも見えるじゃないか」
 ケヴィンは嬉々とした、子供っぽい表情で窓の外を見た。
「おそらく、今のが新年の合図でしょうね」
 シオンも窓を開け、身を乗り出して外を見た。夜気が流れ込んでくる。
 惑星が自転と公転を繰り返すにつれ、世界の年が明けていく。
 世界が新生する音を聴きながら囲む食卓は、格別だ。
「――さて」
 クレインが三人のほうを向き直った。
 それぞれ、口にする台詞はただ一つ。
 ――あけましておめでとう。
 世界の新生に向けて。



fin.



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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【0474 / クレイン・ガーランド / 男 / 36歳 / エスパーハーフサイバー】
【0375 / シオン・レ・ハイ / 男 / 46歳 / オールサイバー】
【0486 / ケヴィン・フレッチャー / 20歳 / エスパー】
【0487 / リュイ・ユウ / 28歳 / エキスパート】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの雨宮祐貴です。いつもご参加ありがとうございます。
 さて、サイコマスターズのお正月です。文化圏の想像もつかず、かといって日本風の正月にするわけにもいかず、あれこれ頭を捻らせた一作となりました。一応、地理的にはセフィロトの付近を想定しております。
 さらに、皆さんのプレイングに「料理」という単語が……! ここだけの話、雨宮は料理が物凄く苦手、というか、しません。シオンさんと一緒になって、「おせちってどんなよ?」と調べ物をしてしまったくらいです(日本人失格)。そんなわけで、いまいち「美味しいご馳走を食べてあけましておめでとう」という雰囲気には仕上がりませんでした……。何はともあれ、楽しんでいただければ幸いです。
 寒くなって参りましたが、皆様風邪にはお気をつけ下さい。
 それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ。
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
雨宮玲 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年01月24日

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