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『すれちがい 〜エデンの東から〜 』
守崎・北斗0568




――灰色の雲から白いものが降る前に、たどり着けるだろうか。



「あなたは、もりさきけいとさんですか?」

 玄関の扉を開け放ち、さあ出かけようと足を踏み出そうとした途端、聞こえてきた幼い声。
 全く予期してなかったそれに、北斗は目を丸くした。
慌てて周囲を見回してみたが誰もいない。
「ちがいます、下です、下」
再び聞こえてきた声。それに従って視線を落としてみれば……そこには小さな来訪者が一人、立っていた。

 年は5,6歳ぐらいだろうか。幼稚園か、小学校に入りたてといったところだ。
 きれいに切りそろえられた癖のない茶色い髪。全体的に赤く、端を白で縁取られた――まるでサンタ衣装のような――服を着ている。
大きな目でじっとこちらを見つめながらも、子供らしからぬ愛想一つ無い仏頂面に、つい北斗は誰かを思い浮かべてしまう。
「俺は守崎北斗だけど」
「ほくとさん……ですか? けいとさんではないのですか?」
「啓斗は兄貴の方。……悪いけど、俺急いでるんだ」
 その兄貴との待ち合わせにもう15分も遅刻してるんだよ。そう北斗が言うと、子供はそうですか、としょんぼり肩を落とした。
 ……やべ、泣かせたかな。
 ああもう、と一瞬イラつきながらも、生来気のいい性格である北斗は幼い子供を放っておくことなど出来ない。
『遅刻のバツだ』とか言われて後でメシ抜かれたらどうしよう、などと迷いながらも、腹を決めた北斗は突っかけたままだったスニーカーを脱ぎ捨て、その場にしゃがみこんだ。
 そうして子供と目線を合わせる。
「おいお前」
「……はい」
 子供は顔を上げた。かすかに鼻の頭を赤くしているものの、別に泣き出す様子はなさそうだ。
「とりあえず入れ。あ、玄関先までな。ちょっと話聞いてやるよ」

 由緒正しい北斗の家は、玄関の作りからして総檜造りの立派なものだ。
玄関から最初に足をかけるところである上がりかまちに腰をかけた北斗は、手招きしてその子供を邸内へ招き入れる。
 引き戸の間から見えた空は灰色に曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。この寒さならすぐにでも雪になるかもしれない。
 吹き抜ける、身を切るような風は扉を閉める瞬間、最後の抵抗かのようにピュウ、と甲高い音を立てた。 
 
 



「んで、兄貴にどんな用なんだって?」
 そう切り出した北斗に、少年はまじめな顔でこう言った。
「ぼくはサンタなんです」
 一瞬の間の後、思わずぷっと噴き出した北斗に彼はあくまで大真面目だ。
「信じてませんね? でもぼくはサンタなんです」
「分かった分かった。んで、サンタさんは兄貴にプレゼントでも持ってきたのか?」
 冗談で言ったのに、少年は途端に黙り込む。
 間に流れるしらじらしい空気に、思わず北斗はオイオイ、と心の中で呟いた。
 ――本気か……?
 
 と、まるで北斗の心の呟きを聞いたかのように、少年がむっとした表情を見せた。
初めて垣間見せた少年の感情の揺れに、北斗は笑う。――この変化の仕方が、ますます誰かさんに似てるよ。
「まあ、サンタクロースだとしてさ。こんな昼間っから来るなんておかしくないか? それに玄関からじゃなくて煙突から……」
「分かってます。だけど」

 怒った顔のまま、少年はぽつぽつと語り始めた。
「ぼくは子供だからしょうがないんだ。そりだってまだ扱えないし、仕事は遅いから夜から取りかかったって間に合わない。だから昼からやろうとしたんだ、でも……」
 あいつが邪魔ばっかりするんだ。
 そう、最後にぽつり呟いた言葉が一際重い気がして、北斗は問いかけ直す。
「あいつって?」
「……ぼくの、双子の弟です。
ぼくと同じなのに、あいつはいつも、僕やお父さんを困らせてばかりいるんだ」


「……詳しいことは、俺には分からないけどさ」
北斗が少年の髪を撫でると、彼は気持ち良さそうにかすかに目を細める。
「それって、わざとなのかもしんねぇぜ?」
「わざと、ですか?」
 よく分かりません。そう呟く少年に、北斗はにやりと笑って見せた。
「分からなくてトーゼン。そもそも俺だって、それに俺の兄貴だってよく分かって無いんだからさ」
「……自分でも分からないのですか?」
「変だろ?」
「変です」
 間髪入れずに返ってきた答えに、二人は顔を見合わせ、そしてぷっと笑う。
 ――ああ、うんうん、誰でも笑った方がいいよな。

 北斗が呟いた言葉は、少年にだけ向けた言葉ではなかったのかもしれない。
 

 
「俺さぁ。
いつもつまみ食いしたり、こっそり夜中家を抜け出そうとしたり……まあ、いつだって失敗して連れ戻されるばかりだけどさ、してるわけ。
でもそれって、本当はワザと。兄貴を心配しての弟の思いやりってやつなんだぜ」
「…………」
「分からないか。まあ、そうだよな。
俺の兄貴もそう。ぜんっぜん分かってないね。なんだって俺が毎回夜遊びするために家の壁を壊してんのか、分かってんのかね。『術の練習だ』ってイイワケ、毎回言ってる俺が恥ずかしいっての」
「そんなこと、してるんですか?」
予想通りの返事に北斗はニヤリと笑う。
「そうでもしないと兄貴のヤツ、このボロ家から一歩も外に出ようとしないし、目くじら立てて怒ったりする機会なんて永遠になくなっちまうだろうし、それに」

 そこで言葉を切って、北斗は少年の頬にそっと触れる。
 突然の北斗の仕草に戸惑うような様子を見せた少年は、そこに――笑顔を浮かべていた。
「そうそう、こう言う風にさ。俺が間の抜けたことばっかりやらないと、俺の兄貴も……笑ってもくれなくなるわけ。それって寂しくね?
お前も笑ってろよ、な? 仏頂面ばっかりじゃ、俺の兄貴みたいになっちまうぜ?」



「……あなたはとてもお兄さん思いなんですね」
 沈黙の後、ぽつり呟いた少年の言葉は、ひどく大人びたものだった。
そのどこか悟ったような口調に、北斗はすこしいたたまれなくなる。
「そうか〜? てかお前、ガキのクセに随分冷めた口調だな」
「……そんなことないです」
「そんなことあるっての。ったく、俺の方がよっぽどガキで子供みたいじゃないかよ」
「だから、本当にそんなことないと思います」
少しだけ強い口調でそう言い切られ、北斗は口を閉ざした。
「……お兄さんも、きっと本当は分かってると思います」

 見れば少年は真剣な表情で北斗を見上げていて――そういえば、兄貴も本気で怒る時はこんな風にぱっと見静かなんだよなぁ。

 先ほどから何気なく、身近な人を例えにしている自分が可笑しかった。可笑しくて、北斗はかすかに首をすくめる。
 なぜかくすぐったいような、そんな気がした。
 


「……すいませんでした、ぼくもう行きます」
 と、少年は立ち上がった。
「おう。兄貴に会えなくて残念だったな、サンタさん」
北斗のからかいにいっしゅんだけムッとした少年は――もしかしたら、照れていたのかもしれない――ふと何かを思い出したかのように、ポケットから何かを取り出した。
「それで、お願いがあるんです。……これ、よろしければ啓斗さんに渡しておいてください」
「ん? 直に渡さなくていいのか?」
「いいんです。あなたなら、ぼくの代わりをしっかり果たしてくれそうだから」
「……代わり?」
「サンタクロースの代わり」

そう言って笑うと、少年は玄関の扉を開け放った。
 吹き込む風の強さに北斗は思わず目をつぶり……再び目を開いたその時には、少年の姿はどこにも見えなくなっていた。



「夢、だったのかな……もしかして」
 誰もいなくなった周囲をぐるり見渡した後も目の前で起きたことが信じられなくて、北斗は思わず自分の頬をつねる。
 痛かった。
「って何バカなことやってるんだか、俺」
照れ隠しに頭をかこうとし、ふと北斗は持ったままだった少年から手渡されたものを見やった。
 ――それは一連の紙の束だ。たどたどしいクレヨンの字で、こう書いてある。

 
『けいとへ  かたたたきけん  ほくと』


「マジかよ……」
それはどこかで見覚えのある字。
恐る恐る北斗がポケットから取り出したのは、今日の日のために用意した啓斗へのプレゼントだ。
そこに昨日北斗が書いたのは次の文字。



『啓斗へ  肩叩き券(手作りだ感謝しろよ!)  北斗』



「やってること、成長してねー俺……」
二つを並べ思わず呟いてしまった北斗は、きっかり5秒後ににやりと笑う。
「まあ、いいか!」
 腕時計をちらりと見やり、すでに待ち合わせ時間から30分過ぎていることを確認した北斗は、慌ててスニーカーをひっかけて玄関を飛び出した。





 身を切るような冷たい風に乗って、いつの間にか雪が舞っていた。
 日の暮れた夜を白く彩るかのように、雪は静かに降り続いていく。
そんな、天からのささいなプレゼントに、空を見上げる人たちも多いだろう。――そう、今日はクリスマス。1年に1度くらいは、そんな日があってもいい。





 生きとし生ける、全ての愛する子供たちに。
 メリークリスマス。





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【0568 / 守崎北斗 / もりさき・ほくと / 男 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0554 / 守崎啓斗 / もりさき・けいと / 男 / 17歳 / 高校生(忍)】

(受注順)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、つなみりょうです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

大変お待たせいたしました!(毎度毎度、この言葉から始まってスイマセン)
季節外れのクリスマス、お届けにあがりました〜、喜んでいただければ嬉しいです。
あとですね、今回のこのシナリオ自体は独立していて他のお話と全くつながりは無いのですが、
同時に納品しました他のクリスマス作品と、本編に関係の無いところで少しだけ関連があったりします。
(具体的に言うと小さなサンタクロースさんの正体とか、ですね)
もし興味がありましたら、併せて読んでいただければ嬉しいです。



北斗さんとは初めまして、ですね。こんにちは! お会いできて嬉しいです。
いかがでしたでしょうか。気に入ってくださると嬉しいです。
プレイングに書かれたお兄さんへの思いやりにとてもじーんときました(笑)ライターとしては、その気持ちをうまく表現したい、そう思ったんですが、さてうまく書けていましたでしょうか?
ぜひお兄さんの方と合わせてご覧下さいね。

ご意見などありましたら、聞かせてくださると嬉しいです。




細々とではありますが、今年もまたこつこつ書いていくつもりですので、
機会がありましたらぜひまたいらしてくださいませ。
その際はまた、大歓迎させていただきます。


それでは、季節外れではありますが。
「メリークリスマス!」雪の祝福がお二人にありますように。
つなみりょうでした。


クリスマス・聖なる夜の物語2004 -
つなみりょう クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月24日

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