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『■野いちごの夢■ 』
樹良・朝兎3929

「こらァ朝兎! 掃除をサボるな!」
 掃除だって大事な「学校での勉強」だぞ、と聞き覚えのある声がして、椅子に腰掛け机にうつ伏せて眠っていた樹良・朝兎(きら・あさと)は目を覚ました。
(あれ……もう学校終わったはずなのにな……)
 ぼんやりと思いながら、それでも頭をぽりぽり掻きながら席を立ち、笑っている同級生が投げてきたホウキを受け取る。
「朝兎ー、しっかりしろよ、最近恋ボケしてるんじゃないか?」
 そんな同級生の言葉に、朝兎はだるそうに床を一掃きした。
「俺がいつ恋なんてしたよ……」
「だってあの子。いつも朝兎の後ついてまわってるじゃん。つきあってんじゃないの?」
 にやにや顔の同級生に、ふと朝兎は一人の女生徒を思い当たった。

 名前は忘れたが、同じクラスの長い黒髪の少女。
 いつも笑顔の可愛い女の子だ。
「つきあってねえよ。あいつが勝手についてきてるだけ」
 やる気のない声で、朝兎はのろのろとホウキを動かした。



 今日も、ついてきているだろうか。
 帰り道、角を曲がる際に、ちらりと視線をやってみる。
 目こそ合わなかったが、確かにその少女はついて来ていた、いつものように。
 そう───いつものように。
 朝兎がどんなに悪戯をしても、笑顔でいる。
 幼馴染でもないのに、こうしていつも自分についてきたりしている。
 別にウザったくはないが、やはり気になる。
(そうだ)
 ふと朝兎は、ちょっとした悪戯心を出し、いつもと別の方向へ歩き出した。
 後ろで少し困惑するような気配を感じたが、意を決したかのように足音が追ってくる。朝兎は心の中で、よし、と思いながら「篭森山(こもりやま)」と呼ばれる、小さな山へと向かった。



 篭森山は、小さいけれど道が入り組んでいて、小さな頃からかなり遊んでいた者でないと出ることは難しいと言われているほどだ。中には小さな洞窟もたくさんあり、朝兎は幼い頃から近所の子供と共にそこで遊びつくしたものだ。
 今日ここに入ったのは、わざと少女を迷わせるためだった。
 自分にいつもついてくる彼女は、自分を見失った時、一体どんな反応を示すだろう?
 泣くだろうか。怒るだろうか。
 半ばワクワクした気分で、
「おっかしいなあ、野いちごが100個は楽に取れる場所、どこだったかなあ」
 と、独り言にしては大きな声で言い、山の奥へ奥へと進んでいく。
 後ろでも、パキッと時々枝を足で踏む音がする───大丈夫、ついてきている。
 この山に、そんな場所はない。そんなのは朝兎が熟知していた。
 野いちごは確かに、とある地点にいくとそこここに生っているが、100個も集められた人間はいない。朝兎も昔、数を競い合って勝ちはしたものの、70個がせいぜいだった。懐かしく思い出しながら、朝兎は先を進む。
 下校時刻からだんだん時が過ぎ、山ということもあって視界が暗くなってくる。
(そろそろいいか)
 そしてふと、少女の視界から、朝兎は消えた。
 戸惑う少女の気配がする。
 だが、この山の秘密の出入り口の一つから、朝兎は出たに過ぎない。ちょっとは迷うだろうが、すぐにこの出入り口はその場所からは見つかるだろう。
 そして、朝兎は今度こそ、帰途に着いた。



 次の日になっても少女が家に帰ってこない、と知ったのは同級生達の噂からだった。
(え───?)
 本当に、あの場所までくれば、あの暗さでも出入り口が見つかったはずだ。
(ま、明日になれば……)
 帰ってくるさ、と朝兎はそれでも、釈然としない気持ちで、席に着いた。
 ところが、そのまた次の日になっても、更に何日が過ぎても、少女は見つからない。行方不明になった、と、はっきり担任から知らされ、朝兎は愕然とした。
 担任が、緊急会議を開くと言ってそのまま出て行ったので、自習となった教室の中は大騒ぎになった。
「風邪で休みって担任から聞いてたけど、家に帰ってないって彼女の親からウチに電話あってさぁ」
「あ、あたしんとこにも電話きた。それって誘拐とかかなあ?」
 そんな女生徒達の話し声を割って入るように、朝兎の友達が声をかけてきた。
「あの子さ、お前のあといつもついて回ってたじゃん。お前、何か知らないの?」
 朝兎は、答えることが出来なかった。
 それでも、好奇心旺盛な同級生は聞いてくる。うるさいな、と言おうと口を開きかけたその時、担任がガラリと扉を開けて戻ってきた。
「親御さんの要請で警察が動き出したそうだ。皆も彼女を見かけたらすぐに報告するように。さ、授業を始めるぞ!」
 警察と聞いて色めき立つ生徒達を一蹴する担任に、朝兎は釘付けになったまま、指先を震わせていた。



 朝兎は「警察が動き出した」と聞いたその日の帰り道、ふと山を見上げ、足取りも重かったが、意を決したように走り出した。
 もしかしたら、まだ篭森山にいるのかもしれない。
 何日もお腹を空かせているはずだ。
 自分のせいで。自分のちょっとした悪戯心のせいで───!
 篭森山に入り、数ある洞窟の中すみずみまで探す。
 どこにも、いない。
 諦めかけたとき、ふと、あの時自分が言った「独り言」を思い出した。
 まさか───。
 篭森山を熟知した者しか知らない、あの場所。素人が探し当てるには、それこそ何日も必要とするだろう。
 ザッ、と音を立てて朝兎が「その場所」に滑り落ちるように駆け込むと、ビクッと起き上がる人の気配がした。夕焼けに照らされた、それは、彼女だった。
 スカートを広げ、その上いっぱいに、摘んだ野いちごをためていた。
「これ……」
 70個以上はあるだろうと思われるそのスカートからも零れ落ちるほどの野いちごを見下ろし、彼女は再度朝兎を見上げ、微笑んだ。───いつものように。
「100個、ちょうどやっと集めたら……こんな時間になっちゃった。もう、野いちごもだめになっちゃったかな」
「───」
 声が、出なかった。
 ただ朝兎のためだけに、お腹を空かせて、何日も山を探し歩いて。野いちごも食べればいいのに、自分が馬鹿なことを言ったばかりに。
 朝兎は、ふいと身を翻し、一度少女をそこに置いておいて山を降りると、近くの交番に走りこんでいった。



 朝兎の告白と案内で、少女は無事、保護された。
 少女は特に何も言わなかったが、彼女の父親が議員だったこともあり、かなりの怒りを買い、結果、朝兎は無理矢理に転校となった。
 そのことがあってから、朝兎はずっと、彼女に謝りたい気持ちが頭の片隅にあった。
 そして、もう一つ。
(俺───あいつに、恋してたんだ)
 見つけたときか、野いちごを差し出されたときか、あの笑顔を見たときか、それともその全てが原因か分からないが。
 朝兎はやっと、その自分の気持ちに気付いたのだ。
 電気を消し、自分の部屋のベッドに横になる。目を閉じると、まだ暗闇の中、あの少女の笑顔が浮かんでくる。
 ───そこにふと、本当に突然、別の少女が現れた。
(───?)
 それは、最近気になる、黒髪で茶色の瞳、暗い色を好む少女だった。
(なんで……)
 知らず、手を伸ばす。がくん、と身体が傾いた。
「うわ!」
 どしんと音を立て、朝兎は目を覚ました。
 一瞬訳が分からずに、彼はきょろきょろと辺りを見渡す。
 間違いない、ここは自分の部屋だ。時計を見て、いつもよりも早く目覚めたことに気付く。
「……夢か」
 ぽつり、呟く。
 そう───今までのことは全て、過去にあったことを彼が夢で反芻していたに過ぎない。
 ぼんやりと天井を見上げてから、のろのろと学校へ行く支度を始める。
「───でもなんで、最後、あいつが出てきたんだ?」
 目玉焼きを乗せたパンにかぶりつきながら、彼は考えてみる。夢は夢なのだが、夢にもそれなりに根拠がある、と聞いたことがある。だから考えてしまうのだ。何故初恋の少女の夢を見ていたのに、最後にあの最近気になる少女が、と。
「───ま、どうでもいいか」
 普段から、やる気があまりない感じの彼である。
 とんとん、と靴を履いてからそう呟き、また今日も、扉を開けて学校に向かうのだった。




《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、初めまして。ご発注有り難うございますv 今回「野いちごの夢」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。
夢の中、それも初恋の女の子との話、でも最後は最近気になる女の子を───とのことでしたので、まず、初恋の女の子の場面をちょっと工夫してみました。迷子になるような場所、朝兎さんはやる気なさげな設定のようなのですが、小さな頃はその分結構遊び尽くしていたんじゃないかな、そうでなくともい一度くらいはそんな経験があったんじゃないかなと思い、「篭森山」を出してみました。野いちごのくだりでは、初恋の女の子を勝手にしゃべらせてしまいましたが、イメージと違いましたらすみません; 「最近気になる少女」については、シチュエーションノベル、シングルでは他のPC様のお名前を出すことが出来ませんでしたので、そのPC様の髪と瞳の色、そしてちょっとだけ特徴を書くに留めざるを得なかったのですが、全体的に朝兎様のイメージされていたノベルに仕上がっていれば、と思います。
ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆

【執筆者:東圭真喜愛】
2005/01/20 Makito Touko
PCシチュエーションノベル(シングル) -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月20日

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