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『男心と冬の空。 』
桜塚・金蝉2916)&蒼王・翼(2863)


「ああ、そこそこ。まだ埃が残ってるよ」
「…細かいこと言うなよ。パッと見で分かんなきゃ、それで良い」
「駄目だよ、大掃除の意味がないじゃないか」
 この年がもうすぐ終ろうかという日、桜塚家では年の締めくくりに相応しい大騒ぎが行われていた。
本来ならばこの家の客人であるはずの蒼王・翼(そうそう・つばさ)は、
腕まくりをし、エプロンをかけ、忙しなく動き回っていた。
そして時折、同じようないでたちでブツクサ言っている桜塚・金蝉(さくらづか・ごんぜん)の尻を叩く。
勿論、言葉でだが。
「もういいだろ、こんなもんで」
 いい加減こき使われることにうんざりしたのか、金蝉は持っていた掃除機を床に放った。
それに気がついた翼は、にこやかな笑みを浮かべて金蝉に近づき、はい、と手に持っていたものを手渡した。
「お疲れ様、次はこれでお願いするよ。乾拭きで良いから」
「…はぁ?」
 金蝉は眉を潜めて翼を見る。
翼は屈託のない笑顔を浮かべながら言った。
「柱、ちゃんと拭いてね。それが終ったら休憩にしよう」
 金蝉は、有無を言わさないような翼の言葉に、思わず呻いた。
元より本格的に反抗するつもりなどない。
自分に要請ー…なかば強制的にだがー…している翼のほうが、
自分の何倍も動いていることはとうに気がついていた。
人一倍プライドが高く、傲慢不遜、天上天下゙唯我独尊を地で行きつつ、
それを支えるだけの強靭な体力、精神力を持ち、尚且つ道を歩けば振り向くもの多数という容姿にも恵まれている。
そんな金蝉だが、このまだ年若い少年のように見える少女には、頭が上がらない。
それは己でも分かっているから良いのだが、翼本人も察しているような節があるから質が悪い。
 そんなわけだから、翼の言うことには逆らえないのは重々承知のわけで、
しかし素直に従うほど金蝉は大人ではなかった。
「…なら、今日泊まってけよ」
 金蝉は僅かに湿った雑巾を握って、挑発するように言った。
何もなしに、只あれをしろこれをしろ、といわれるのは性に合わない。
交換条件といこうじゃないか――…そう続けようとした金蝉は、きょとん、とした顔の翼を見て口をつぐんだ。
「…何でそうなるんだ?関連性が無い」
 嫌味でも何でもなく、青い瞳に不思議そうな色を浮かべる。
そしてさも当然のように言った。
「今日は大晦日なんだよ。あと数十時間もすれば、年が明ける。
新年ぐらいは綺麗な家で迎えたいと思わない?」
「…俺がそういうことに無頓着なのは、お前が一番知ってるだろ」
「ああ、知ってるよ。でも金蝉だけじゃなくて、僕もこの家が好きなんだ。
頑固で、涼しくて、古臭くて―…堪らなく居心地が良い。
だから、この家には綺麗な状態で新年を迎えてもらいたい」
 翼はそう言って、人形のように整った顔に柔らかい微笑を浮かべた。
金蝉は何故か直視出来ないその瞳から視線を僅かに逸らし、小さく唸った。
彼のそんな様子を、翼は承諾と受け取ったらしい。
軽やかに笑うと、金蝉が先程床に放った掃除機を持ち上げた。
「もう少しだから、頑張ろう。ぴかぴかの家は、きっと気分が良いよ。
たまには金蝉だって、掃除ぐらいやらないと。ね?」
「……五月蝿い」
 金蝉は不機嫌そうに、金色の頭をがしがしと掻いた。
そして手の中の雑巾を見下ろし、暫し無言で思案する。
やがて金蝉は、ハァとため息をつき、のろのろと動き始めた。
無論、その手には雑巾をしっかりと握って。

…こういう結果になることは、端から分かっていたのだけれど。























「ご馳走様。はい、お茶」
 食後の片づけを終えた翼は、淹れ立てのお茶を金蝉の前に置いた。
そして自分の分を金蝉の向かい側に置くと、暖かい炬燵にもぞもぞと身体を入れる。
「ん、サンキュ」
 金蝉は目の前に置かれた湯飲みを持ち、湯気を立てる茶を啜った。
朝からはじめた大掃除は、陽が落ちたあとにようやく終った。
折角だから、と翼と夕食を食べ、ようやく今こうして落ち着いている。
 元から大して散らかっているわけではないのだが、やはり1年間の汚れは相当のものだったようで。
まるで輝いて見える柱や床を見やって、翼はほう、とため息をついた。
「やっぱり良いね。大掃除して良かったろ?」
「……………。」
 金蝉は翼の問いかけに素知らぬ顔をして、ずずず、とお茶を啜った。
翼はそんな金蝉を見て、ふぅ、と苦笑を浮かべる。
 …全く素直じゃないんだから。
「…金蝉。髪の毛、大丈夫?気にならないかな」
「あ?…別に、大して。悪ぃな、美容師の真似事なんてさせて」
「いいよ、何時ものことだもの」
 翼はそう言って、ジッと金蝉の金に光る髪を眺める。
自分と同じ色の髪をしているけども、その色は複雑に違う。
自分の金は、淡く、そして柔らかくー…黄金色の草原のようだと誰かが昔、評した。
そして金蝉の色は。
それは彼自身の存在を主張しているように、煌びやかに、強く輝いている。
まるで獅子のようだと、翼は思う。
そんな獅子のたてがみを、先程自分が鋏で梳いた。
面倒くさがりな彼は、綺麗な髪をろくに整えもしない。
放っていたら長くなった、というその髪を、掃除が終った後に適当に切った。
翼の職業はF1レーサーで、美容師ではない。無論、只の素人である。
そんな彼女が適当に切ったのだから、どんな頭になるかと思ったが―…。
「なかなか、様になってるね。僕、美容師も向いてるのかな」
 翼はそう言って、入っていた炬燵の布団をずり上げて、ふふ、と笑った。
金蝉はいつもの仏頂面で、皮肉を込めて言う。
「ああ、そうかもな。レーサー辞めて、免許取ったらどうだ。
そっちのほうがナンパもしやすいだろう」
「やだね、あれは僕の天職だもの。そう簡単には辞めないよ。
それにお生憎様、レーサーのほうが上だと思うよ、騒がれるのはね」
「…ああ、そうかよ。というか、そもそもお前の性別は何だ?」
「一応、染色体にYは含んでいないと思うよ」
「…さらっと言いやがるんだよな、お前は」
「それが僕だもの」
 そのような取りとめのない会話を交わし、金蝉は相変わらずの仏頂面で、翼は楽しそうな笑顔で。
暫し穏やかな空気が流れ、テレビの画面からの話し声だけがやけに賑やかだ。
 …今夜は冷えるだろうな。雪でも降るかもしれない。
金蝉はそんなことを考えながら、テレビの画面をぼぅっと見つめていた。
誰にも邪魔されない、穏やかな時間。
そしてそれを共有しているのが翼であることを、金蝉は素直に有り難いと思う。
 こんな年の瀬も、たまにはいいかもな。
そう漏らしかけて、金蝉はふと壁にかかっている年代物の時計を見上げた。
時計の針は、既に夜が更けていることを指していた。
いつまでも年若い少女ー…大人びてはいるが、何せまだ16歳だー…を引き止めているわけにはいかない。
そろそろ家に送る時間だと思い、金蝉は翼のほうを見る。
先程まで炬燵で温まっていた少女の姿は、其処には無かった。
不審に感じ、首を横にして床を見ると。
「……あーあ、無防備な寝顔見せやがって」
 金蝉にしては珍しく、薄く口の端を持ち上げて、苦笑を漏らした。
炬燵の布団を掛け布団のようにして丸まり、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている翼がそこにいた。
いつの間に寝入ったのだろうか。余程疲れているのか、それとも安心しきっているのか。
そのどちらかは分からないけれど、気持ち良さそうなその寝顔に、金蝉は暫し眉を寄せる。
疚しい下心からではなく、年相応に見えるこの寝顔を、このままにしておきたいと思った。
翼は金蝉のように寝起きが悪いわけでもなかったが、
穏やかだろう夢から無理矢理引き戻させるのは、さすがに躊躇われた。
 …まあいいか、このまま泊めても。
一度目が覚めたら、そのまま客室の布団に案内すれば良いだろう。
この古くて大きい屋敷の中、そんな部屋は余っている。
 金蝉がそんなことを考えていたとき、ふいに鳴り響いた無遠慮な音によって、現実に引き戻された。
玄関のほうから響いたその音は、暫し間を取って、また鳴り響く。
金蝉の表情は、自然険しいものになった。
だが無視しているわけにもいかず、どすどすと足音を響かせて、玄関に向かう。
ガチャ、と扉を開けると、そこには見知った顔の男が立っていた。
「よっ、金蝉。どうした、不機嫌そうな面して。また何か怒ってんのか?
たまには静かに年の瀬を迎えられんのか、お前は」
「…何の用だ、武彦」
 金蝉は低い声でそれだけ言った。
玄関先に立っている男は、自分自身が彼の静かな年の瀬をぶち壊したことも知らず、能天気に笑う。
草間武彦、金蝉の懇意にしているー…というよりも、むしろ腐れ縁的な繋がりのー…興信所の所長だ。
武彦は金蝉の険しい表情を、普段短気な彼らしいことだと決め付けて、特に気にしない素振りを見せた。
そして両手に下げていたものを見せ付けるように掲げる。
「お互い淋しい独り身だ、一杯やろうじゃないか。蕎麦もあるぞ、大晦日つったらこれだろ?」
「…テメェの脳みそを蕎麦にしてやろうか?」
 一種即発の雰囲気ー…しかもその片方は己の立場に気がついていないー…
そんな空気を破ったのは、少し高い少女の声。
「あれ?武彦。いつ来たんだ?」
「お、翼も来てたのか。わりぃな金蝉、邪魔したかな?」
 ははは、と能天気な笑い声を上げる武彦。
寝起きの翼は、目をこすりながら普段より数倍機嫌の悪そうな金蝉を見て、首を傾げた。
 …自分がうたた寝している間に、一体何があったんだろう?
「金蝉、とにかく入れてあげなよ。外は寒いだろうし」
「ああ、そうだぞ。肌を切り裂くような、ってなこういうことだな。寒波がすごい。
…おい、金蝉?」
 武彦が、何も言わず突っ立っている金蝉を見て、訝しげに眉を寄せた。
金蝉は無言で怒りの炎を燃やしながら、くい、と手で玄関の奥を指した。






















「それじゃあ、この辺で。金蝉、あまり呑み過ぎるなよ。
明日辛いことになっても知らないからね」
「ああ、俺が見張っといてやるから心配すんな」
「…武彦もね。二日酔いには気をつけて」
 帰り支度を整えた翼は、玄関先に立ってマフラーの先を自分の背中に回した。
そしてドアのノブをひねり、扉を開けると同時に振り向いて、見送る二人に笑顔を向ける。
「じゃあ、お休みなさい。よいお年を」
 翼の柔らかい声だけが残り、玄関のドアがばたんと閉まった。
手を軽く振っていた武彦は、ぴたっと振るのを止めると、寒い寒いと言いながら部屋の中に入る。
そのあとに続いた金蝉は、居間に入り、武彦がもぐりこんだ炬燵の机の上を見やった。
その上には武彦が持参した日本酒の一升瓶が、でん、とそびえていて、その周りには二人分のお猪口。
そして先程帰る前に翼が作ってくれた、酒の肴が3品。
どれも金蝉の好物ばかりで、それはとても嬉しかったのだけれど。
「何突っ立ってんだよ。続きやらないのか?」
「…………。」
 金蝉は無言で仁王立ちのように突っ立っていた。
金蝉の背後には、彼の腰あたりまでの和箪笥。
武彦は金蝉の背後の箪笥の上に何が乗っているかなど気にもせず、自分のお猪口に口をつけた。
「あー…うまいなあ、やっぱり。この酒、偶然手に入ったんだけどよ。
なかなかの銘酒だろ?酒は命の水っていうが、まさにその通りだよな」
 金蝉は、お猪口をちまちま傾けている上機嫌な武彦を見下ろした。
…別に下心があったわけではない。
金蝉を知っているものが聞けば、一番彼らしくないと一笑に付す言葉だが―…純粋に。
只純粋に、金蝉は翼の寝顔をそのままにしてやりたかった。
そしてそれを見守っていたかった。
「…そういや。明日翼と墓参りに行く約束があるんだよな、俺」
 金蝉は武彦に聞こえるか聞こえないかの呟きを、ぼそっと漏らす。
酒と肴に夢中になっていた武彦は無論聞き逃し、ん?と金蝉のほうを向いた。
だが金蝉は、再度言ってやるほど、親切でもない。

 …ついでにこいつの墓参りにも行くか。

先程の台詞の続きは心の中だけで呟く。
半分冗談―――…半分本気で。
そして金蝉は、背後に手を回し、箪笥の上に乗っているそれを――…。
彼の愛銃のグリップを、握った。









    End.


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2005年01月20日

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