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『真白き庭を君は駆ける 』
セレスティ・カーニンガム1883)&ヴィヴィアン・マッカラン(1402)


 音もなく舞い落ちる雪が、灰色のアスファルトをゆっくりと白色に染めていく。
 雪上には、仲良く並んだ二人分の足跡。
 一つはセレスティ・カーニンガムのもの。乱れることなくつづく足跡は、彼の穏やかな性格を物語っているかのようだ。
 決して早くはないけれど、堅実に、一歩ずつ前進していく。悠久に等しい時間を生きる彼だからこそ、一日一日を慈しむように彼は歩んでいる。
 対して、ヴィヴィアン・マッカランの足跡はちょっぴり落ち着きがない。一旦止まってくるりと百八十度回転。しばし後ろ向きで歩いたと思ったら、立ち止まって空を見上げる。寒さにもめげず可憐に咲き誇っている野花を見つけ、駆け寄る、しゃがむ。彼女に合わせて、セレスティも立ち止まる。
 ――愛しい恋人の姿は花にも勝る可愛らしさだ。身を裂くような寒さすら忘れて、セレスティは束の間、彼女の横顔に魅入っている。
 波打つ銀髪に、赤みがかかった宝石のような瞳。西洋人形のようなふわりとした洋服を身に纏い、その姿はさながら雪原に降り立った妖精のよう。ともすれば白い世界に溶け込んでしまうのではないかと、そんな危惧を抱かせる。
「セレ様、どうしたんですか? あたしの顔に何かついてますぅ?」
 ヴィヴィアンは小さく首を傾げ、大きな瞳をぱちくりとさせて、セレスティの顔を覗き込む。セレスティはやわらかな微笑を浮かべた。
「こうしてしっかり見ていないと、ヴィヴィが雪と一緒にとけてしまいそうな気がしたのですよ」
「ヴィヴィがとける理由があるとしたら……」ヴィヴィアンは思案顔で唇に人差し指を当てた。しばし沈黙。「……内緒ですっ」
「内緒? 何を考えていたんですか?」
「内緒って言ったら、内緒なんですっ」
 ヴィヴィアンはなぜか頬を赤く染め、ぷいっと横を向いてしまった。その素っ気無い仕種さえも可愛いけれど、彼女が何を考えていたのかは気になる。質問を重ねようとすると、ヴィヴィアンはセレスティの手を取って、
「早く行きましょう、セレ様。寒くて凍ってしまいますぅ」
 誤魔化すような台詞を口にした。
 雪のせいで地面が滑りやすくなっており、ヴィヴィアンに手を引かれたセレスティはバランスを崩しそうになった。お互い手を取り合ってなんとか転倒は免れる。
 そこだけ派手に乱れる二人分の足跡。
 肝心なときは、いつだって一緒にいる。転んでしまったとしても、二人一緒ならすぐに起き上がれるだろう。
 恋人達は手を取り合って、珍しく雪の積もった東京の街を歩く。

    *

「それでは、今回はヴィヴィの行きたい場所に付き合いましょうか」
 ――その何気ない一言が始まりだった。
 年が明け、さてどこに出かけようかとなったところで、たまには、自分の連れていきたいところではなく彼女の目的地へ着いていく形にしようと思い立ったのだ。
「あたしの行きたいところ、ですかぁ?」思ってもみない申し出に、ヴィヴィアンが困惑したのは言うまでもない。「でも、あたしの行きたいところなんて、セレ様は退屈するんじゃ……」
「行きたい場所はあるのですね?」
「ええっと」ヴィヴィアンは口ごもった。「あの、買い物に行きたいのですけどぉ……」
「名案ですね」
「でも。……セレ様って、バーゲンなんか、行かれます?」
「バーゲン、ですか?」
「お世辞にも、セレ様にお似合いの場所では……ないような」
 もごもご。ヴィヴィアンは語尾を濁らせる。
「構いませんよ。休暇中ですし、のんびり参りましょう」
「のんびり……」
 眉間に皺を寄せて難しい表情を作るヴィヴィアンの脳裏には、逞しい女性達が繰り広げるバーゲン品争奪戦の光景が浮かんでいた、かもしれない。
「ヴィヴィの洋服を見立てるのも楽しそうですね」
「セレ様に見立ててもらった服なんて、あたし、恐れ多くて着れませんっ」ヴィヴィアンは顔の前で両手を振った。「でも、あたしがセレ様のお洋服を見立てるのは……素敵かなぁ、なんて」
「では決まりですね」
 セレスティは満足そうに頷いた。
 そういうわけで、二人は新年のデートとしてバーゲンへ向かうことになった。

    *

 客でごった返すデパートの一角に、小さな休憩スペースが設けられている。彼女待ちと思しき男性の中にセレスティがぽつんと紛れ込んでいる様子は、なるほど、傍から見れば確かに「お似合い」ではなかったかもしれない。
 退屈そうにぼんやりと缶珈琲なぞを啜っている男性達の概ねは、恋人の長い買い物に付き合い切れず、戦線を離脱してきたといった趣きだった。
 セレスティは、愛しい恋人のことを考えながら過ごす時間が嫌いではなかった。むしろ至福の時だと言える。彼女が目の前にいるときは彼女の姿ばかりを目で追い、いないときはその姿を思い浮かべ――、
 セレスティの頭の中で、ヴィヴィアンは長い銀髪を揺らし、くすぐったそうに笑う。スカートを翻し、捕まえてごらんなさいとでもいうように小走りする。そうして彼の心の中の庭に、落ち着きのない足跡をぺたぺたと残していくのだ。
 遠目にも目立つ銀色の髪を目で追っていると、やがて両手に袋を抱えてヴィヴィアンが戻ってくる。袋を持ち上げてみせ、
「こんなに買っちゃいました」
 と、見ているこちらが嬉しくなってしまうような明るい笑顔を浮かべる。
 つられて目を細めると、
「あう、やっぱり買いすぎですかぁ……?」
 何か勘違いしたのか、小さく肩を竦めた。
「いいえ。この笑顔を見るために待っているのだな、と思いまして」
「え?」
「恋人達ですよ」
 セレスティは杖をついて椅子から立ち上がった。
 ヴィヴィアンの手から荷物を受け取る。「さて、次はどこへ行きましょうか?」
「あの、それなら、生地を見ても良いですか?」
「もちろんですとも。ヴィヴィと過ごす時間は、とても楽しいですから」
 ヴィヴィアンは、途端にチョコレートでも頬張ったような甘い表情になった。
「あたしもですぅ、セレ様っ」
 セレスティの腕に絡みつき、今にも踊り出しそうなステップを踏むヴィヴィアン。
 彼女と共になら、どこまでも歩ける気がする。

    *

 数メートル分の生地に、繊細な模様が入ったレースやリボンなどといった小物を色々と買い込んで、袋は四つになってしまった。仲良く分けて、セレスティが二つ、ヴィヴィアンが二つずつ持って歩く。
 アスファルトに薄っすら積もっていた雪は、陽が出たおかげで大方解けてしまっていた。暖かくなった分、少し歩きづらくなっている。両手が塞がっているので、転ばないように細心の注意を払って歩かなければならない。どちらかがこけたら、この状況では道連れだ。
 足元に気をつけつつ、時折ヴィヴィアンの横顔を見て、話しかける。
「洋服は自分で作るのですか?」
「自分で作ったり、既成のものに手を加えたりです」
「なるほど、器用ですね。今度、私の服の繕いなどお願いできますか?」
「えっ、セレ様の!? 緊張して失敗してしまいそうですぅ……」
「失敗しても良いではありませんか。気持ちがこもっていれば」
「あたし、お洗濯やお裁縫は得意なんですよ? セレ様のためだと思うと、空回って失敗しちゃうだけで!」
「知っていますよ、ヴィヴィ」
 優しく言って、セレスティは微笑んだ。手が塞がっていなければ、ヴィヴィアンの頭を撫でてやりたい気分だった。
 大荷物と解けかけの雪にふらふらと蛇行しながら、先ほどよりは幾分のんびりとした歩調で、ヴィヴィアンの住む洋館を目指す。
 人通りの多い表通りを抜けて住宅街に入ると、日陰に多くの雪が残っていた。
「わぁ、セレ様、こんなにたくさん雪が残ってますよぉ!」
 途中、前人未踏と思われる雪原を見つけたヴィヴィアンは、荷物を地面に置いて、跳ねるような勢いで踏み込んでいった。
「気をつけて下さいよ、ヴィヴィ」
「セレ様、だって、こんなに綺麗なんだもの!」
 走って、スカートをふわりと翻して、いくつもの足跡をつけながら。
 セレ様、と愛しい恋人は彼の名前を呼ぶ。
 セレスティもヴィヴィアンに習って紙袋を地面に置き、雪原に足を踏み入れた。さくり、と靴の下で雪が鳴り、セレスティの足跡が一対プリントされる。
「セレ様――」
 くるっと踵を返してこちらに駆け寄ってきたヴィヴィアンは、
「きゃっ!」
 セレスティの目の前で、案の定足を滑らせた。すんでのところで彼女の身体を支えてやる。ヴィヴィアンは顔を真っ赤にして、おずおずとセレスティの顔を見上げた。
「ご、ごめんなさい、セレ様ぁ……」
「大丈夫ですか?」
「はい。セレ様が支えてくれたから――あっ」
 体勢を整えようとした拍子につるっと足を滑らせ、結局。
 もつれ込むように、二人して転倒してしまった。
 下が雪だったおかげで、かえって痛みは軽減されている。尻餅をついたセレスティの上にヴィヴィアンが倒れ込む形になっていた。
「うう……本当に、ごめんなさい……。セレ様、お怪我は……?」
「何ともありませんよ」
 セレスティは、そそっかしい恋人の髪についた雪を払ってやった。
 ふと、正面から目が合う。
「そういえば……」起き上がろうともせず、セレスティはふと思い出したように口を開いた。「まだ聞いていませんよ。理由を」
「え?」
 ヴィヴィアンはきょとんと首を傾げた。
「ヴィヴィが『とけてしまう』理由です」
 ヴィヴィアンはあ、と小さく声を漏らした。
「だから、それは、内緒――」
 慌てて立ち上がろうととする彼女の腕を取る。
「そんなに慌てなくても結構ですよ」
 有無を言わさぬ微笑。理由を教えてくれなければ、この腕を放しませんよ、とでも言うように。
 ヴィヴィアンはついに観念した。
「あたしがとけちゃうなんて、そんなの、セレ様が抱き締めてくれたときに決まってるでしょうっ」
 半ば投げやりな口調で、ぷいっとそっぽを向く。
 それから、拗ねるような、甘えたがりの子供のような表情で、セレスティの顔をそっと伺った。
「本当にとけてしまうか、試してみましょうか?」
 そっと肩を抱き寄せると、恋人の髪の、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
 ――こんな幸せな気持ちでいられるなら、いっそ雪と一緒にとけてしまっても良いかもしれない。


 真白い庭には二人分の足跡。
 平行線を描きながら、時折ぶつかったり、離れたり。
 けれど一定以上の距離が開くことはない。
 ――気がつけば、セレスティの白い庭は、彼女の足跡ばかりで埋め尽くされているのだった。



fin.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
雨宮玲 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月19日

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