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『■呼氷の森■ 』
十里楠・真雄3628
 
 遠足は家に帰るまでが遠足、というが。
 身内同士の旅行もそんな感じなのかな、と十里楠・真雄(とりな・まゆ)は混浴の露天風呂に入りながら、見事な星空を見上げながら思う。
 混浴とはいえ、もちろん水着をつけている。何故なら、女性陣もいるからだ。
 今回の旅行は、正月に皆で新年会も兼ねて旅行をしよう、という企画で、御東間医院の常連の殆どが集まった。
 旅館も山間の情緒深い場所にあり、仲居さん達の態度もいい。
「いい湯じゃのー」
 こちらは年齢が行っていることもあり、水着なしでたっぷりと露天風呂の醍醐味を楽しんでいる、御東間医院の主、御東間・益零(みあずま・えきれい)がタオルで心地よい汗を拭きながら気持ちよさそうにため息をついた。
「ホント、いい湯だよな! 英彦や八重も来ればよかったのになぁ」
 とは、本当は犬だが飼い主を思うがために何故か人間の姿にとある条件でなることが出来る、桃世・タロ(ももせ・─)が真雄と同じく星を見上げながら満面の笑みである。
「ほんと、こんなに綺麗な星空の下で大きな露天風呂なんて、滅多にできない経験だよね! それに身内同士だし、これで出てくるお料理も美味しかったら最高」
 こちらはタンキニを着用しつつ、タロの傍ではしゃぎながら、香坂・丹(こうさか・まこと)。
「そういえば、さっきからいるあの女の人、誰だろう? どうもどこかで知ったようなにおいがするんだよな」
 と、小首を傾げるタロの視線の先には、灰色の髪の少女がいる。彼女はひとり、気持ちよさそうにすみのほうでお湯を楽しんでいるようだった。
「人間はたくさんいるから、知ったにおいがあっても不思議はないんじゃないかの」
 何故か何かを隠すような視線のそらし方をしながら、益零。タロは「そうかな?」とまだ不思議そうだったが、あまり深く考えない性質なので、
「ま、いっか。なあ、ここ泳いじゃ駄目なのかな?」
 と、既に次の関心に気が行っている。
 その時には、灰色の髪の少女はのんびり浸かった後、風呂場を出て行っていた。
「他にもう誰もいないし、泳いじゃってもいいんじゃないかな」
 楽しそうに、丹。お湯の中で、うーんとのびをしてみると、心の底から生き返ったような心地だ。
 その言葉を聞くや、泳ぎだすタロ。益零も笑っている。星をまだ見上げていた真雄は、ふと、
「昨日ここに来るときにも少し降ってたし、明日も雪かもしれないね。雪遊びとかしたら、楽しいんじゃない?」
 と、言った。すかさず反応したのはタロである。目をそれこそ犬のように眩しく無邪気に輝かせ、
「朝飯食べたら雪遊びだ!」
 と泳ぐスピードも自然と早くなった。丹が「すごいすごい」と手を叩いている。


 一方その頃、夢崎・英彦(むざき・ひでひこ)は旅館の部屋にある個室の風呂を使い終えたところだった。
(寛ぎの時間まで邪魔されてはたまらないからな)
 内心、そう思いながら皆に「自分は露天風呂はあまり好かないから」と一緒に行くのを断っていた。
 風呂から上がると、ちょうど戻ってきた灰色の髪の少女とばったり会った。
「いいお湯だった……」
 ぽつりと呟いた彼女こそが、一部の者しか知らない、染井・八重(そめい・やえ)の本当の姿だったのだが、英彦はそんな彼女に声をかけた。
「明日は雪が降りそうだ。あの益零のことだ、もし俺に雪玉をぶつけてきたら、頼む」
「はい」
 素直に返事をする、八重である。皆が戻ってくる前に「交代身体」の能力で女性型ボディーガードの姿に戻らねばならないのだが、英彦の次の言葉に、ふと、洗面用具をしまう手を止めた。
「そういえば、食事をこっちの部屋に運ぶ確認をしてきた仲居達から妙な話を聞いた。なんでも、この辺りでは『雪の森には特に入るな』という……子供達にも、そう注意しているそうだ。そういえば女将の娘がいたが、もしあの娘が入って『どうにか』なったら、お前はどうする?」
 外見は本当に10歳以下に見えるのだが、英彦はそれを凌ぐほど落ち着いた雰囲気を持っていた。だからこんな言葉遣いをしても、不思議とは思っても不自然には感じないのだろう。
 八重は少し考え、
「……何かできるか分からないけど、見つけるお手伝いしたいな」
 と、洗面用具をしまった。
「そうか」
 英彦のほうも、それ以上突っ込まない。
 足音が聞こえてきたので、急いで八重は「交代身体」で「全員」の知る「染井・八重」の姿に戻った。
 やがて全員が、旅館に入る前に申し合わせていた通り、益零の大きな部屋に食事を仲居達に持ち込んでもらい、宴会となった。



 旬の食材をふんだんに使った料理も出て、デザートも丹とタロの満足のいくところとなったようだった。酒やビールも出たが、英彦と八重は控え、真雄もそこそこにとどめたようだ。
 宴もたけなわとなった時、そういえば、と、結構酒のいける丹がそれでも少し頬を上気させながら、お土産コーナーを見ていた時に仲居達がしていた噂の話を持ち出した。
「なんでも、ほら、ここに来た時にみんなで見たじゃない、小さな森。あの森って、ちょっと前から誰かが入ると神隠しに入るって噂になってるんだって。特に子供が多いみたい。女将さんの娘さん、奈菜(なな)ちゃんとも仲良くなったけど、あの子もそうならないといいって、女将さんずいぶん心配してたよ」
「神隠しか、それはまた随分時代がかった話じゃなあ」
 益零が、くいと酒をもう一杯飲み干しながら、あまり気の入らない声で言う。
「益零、お前のことだからあまり興味がわかないんだろう。相変わらず薄情な奴だ」
 英彦が、こちらは料理のおかわりをタロと共にちゃっかりもらいながら皮肉る。どうやらこの二人、「ほのぼのとした犬猿の仲」といった感じだ。
「あ、お前。料理のおかわり、ワシも欲しいぞ」
 二人のやり取りに、思わず真雄がくすくす笑う。
「先生って案外、子供っぽいんだ」
 む?と顔を上げる益零。
 彼が口を開くより先に、タロに自分のデザートを分けて、誤魔化す真雄である。
「タロさん。これ美味しそうに食べてたから、あげるよ。ぼくはもうお腹一杯だから」
「ホントか!? 真雄っていい奴だな!」
 真雄の曲者笑顔に騙されている人間(?)の一人である。丹は、すみのほうにばかりいる八重が気になるようだった。
「八重さんもおかわりにもらったデザート、食べない? お酒とか甘いの、嫌い?」
 八重はちょっと困惑したようだったが、それは丹の心遣いの嬉しさからくるものだった。ちょっと戸惑ったように微笑む。
 その視線が、ふと開けっ放しの障子の更に向こうの窓の外に注がれた。
 つられて見た丹が、歓声を上げる。
「雪!」
 他の皆もそちらを向いた。
 待望の雪が、しんしんと降り始めていたのだ。
「うわあ! これで雪合戦とか出来るぞ!」
 カララ、と窓を開けて喜ぶタロ。
「これこれ。湯冷めして風邪でも引いたらどうするんじゃ。雪遊びは明日の朝がいいかと思うぞ」
 益零が、一応医者の意見らしいことを言う。英彦が何か言いたげにちらりと見たが、真雄に、
「夢崎さんも雪遊び、するんでしょ?」
 と尋ねられ、タイミングを失った。
 丹が雪を掌に乗せていると、八重がその隣で、じっと向こうのほうを見詰めている。
「どうかした? 八重さん」
 丹が尋ねたが、八重は彼女に視線を戻し、心配かけて申し訳ない、といった風に苦笑した。
 その夜、雪が降り始めたおかげでテンションが、ぐっと上がった一同だが、そのおかげではしゃぎすぎたせいもあってか、料理の後片付けを仲居達に頼むのは明日の朝にすることにして、それぞれの部屋に戻ってすぐさま眠ってしまった。



 ───さむいよぅ……

 ふと、小さな女の子の声が聞こえた気がして、真雄は目を覚ました。
 時計を見ると、まだ午前4時。明け方前である。
 空耳か、それとも夢か。
 耳をすませてみたが、それ以上何も聴こえない。
 だが、その声が聞こえたのは真雄だけではなかった。
 隣の部屋にいる、丹にも同じ声が聞こえていた。
(都内なら、霊とかハッキリ見えるのに─── 一応ここも、端っこではあるけど都内のはずなんだけどな)
 怪奇現象には強い丹は、特に怯えてはいなかった。むしろ、こういうテレビ番組を好んで見るほどなので、こんな場合には積極的なほどである。
 見えるはずの霊が見えない、「におい」もしない、ということは霊ではない。
 他の皆は大丈夫だろうか?
 そっと起きて、部屋の外に出てみる。旅館は、しんとしていた。
「先生、先生」
 まず、真雄とは逆の隣の益零の部屋の扉を小声で叩いてみる。
 間もなくして、扉が開けられ、寝ぼけ眼の益零が出てきた。事情を話し、八重、英彦、タロ、真雄とあたってみる。
 どうやら、声を聞いたのは真雄と丹だけのようだ。そして、タロだけが部屋にいなくて皆で探そうとしていた時、向こうから当の本人が全身雪だらけで戻ってきた。
「どうしたの!?」
「雪の妖怪にでも逢ったか?」
 丹と英彦が声をかけると、タロはきょとんとし、軽快に笑った。
「ちがう、ちがう。最初は疲れて寝てたんだけどさ、やっぱ雪って興奮しちゃって、みんなより早く、ちょっとだけ散歩がてら遊んできちゃったんだ」
 その時ふと、真雄が口を開いた。
「八重さん。『身軽そうだね』」
 一同の視線が、不審なものに変わる。
 真雄が突然妙なことを言ったりするのは、彼が実は曲者だということ、そして「別人格」があると知っている者やつきあいの長い者なら通常のことだと分かっているはずだが、やはり彼の今の発言は「妙」としか取れない。
「確かに染井は体重は軽いが……」
 益零が、裏を読もうとするように受け答えたが、肝心の八重は苦笑している。
「十里楠さん、なんのこと?」
 丹が不可解な顔をすると、真雄は微笑んで、
「ごめん。失礼だったね、なんでもない」
 と、眠そうにあくびをした。つられたように、タロもあくびをする。
「なんだかわかんないけど、もう少し俺も寝る。起きたらみんなで雪遊びだ!」
 声といい真雄の発言といい、わけが分からないままではあったが、まだ眠いのは確かだったので、6人は再びそれぞれの部屋に戻り、眠りについた。



「益零、今わざと俺を狙っただろう!」
「ははは、やっぱり冬の風物詩は全力で楽しまんとなー。雪といったら雪合戦は外んし。傍観しているお前にも参加権をやったんじゃよ」
「ウソをつけ、なら何故同じく傍観してる十里楠にはぶつけなかった、この特大の雪玉を!」
「お、そうじゃった。十里楠、雪兎は出来たかのー?」
 朝も早くから、早々に朝ごはんを食べ終えて、全員揃って益零の部屋、その庭で雪合戦である。
 声を上げて益零に青筋を立てているのは英彦で、とぼけようとしている益零の後ろの窓辺で文字通り微笑んで傍観している真雄。そしてはしゃぎながらタロと雪だるまを作ったり雪合戦をしている、丹。八重は真雄と同じく、窓辺に座って見ていた。
 そんな八重に、英彦が何か耳打ちをする。八重はひとつ頷き、益零が真雄と話している隙に、物陰に行って散弾銃を持ち、能力使用。威力は「痛い」で決定している。
 そしてそれは、見事に益零に命中した。
 英彦がにやりと笑うと、今度は益零が大人気なくじろりと目をやる。
「仕返しとは、年寄りに向けてやることかのー。しかも人に命令して……」
「俺が投げても避けられるからな」
「そこまでしてワシに仕返ししたかったのか……」
「当たり前だ。やられたらやり返す。鉄則だろう」
 その時だった。
 ふと、耳のいいタロが、旅館のほうを見て、丹の投げた雪玉を避け損ねた。
「あ、当たったー!」
 運動神経の良いタロになかなか雪が当たらずにいた丹が嬉しそうに手を叩いたが、タロの様子がおかしいのに気付き、駆け寄る。
「どうかした?」
「うん。旅館の中が騒がしいよ」
 その言葉を聴いて、ぞろぞろと一同は益零の部屋から出て行ってみる。
 仲居達も足早に廊下を走るように歩いては、小声で話している。
「どうかなさったんですか?」
 丹が尋ねてみると、女将の娘、今年6歳になる奈菜が昨日の夕方から戻ってこないのだという。
 正月で旅行シーズンということもあり、旅館が忙しくて女将も気付くのが遅かったらしい。
「お客様方にご迷惑をおかけすることも出来ず、かといって警察を呼んではそれもまたお客様のご気分も害してしまう、と女将さんは今日の夕方まで待ってから、というんです」
 仲居のひとりが、心配で仕方がないといった風に話す。
「でも何かあったらヤバいしさ、そういうことなら俺達が、それまで探しててあげるよ!」
 元気よく、タロが言い出した。丹も、奈菜と仲良くなっていた手前、心配だったので右に同じ、と手を挙げた。
「私も。任せてください、こういうお節介、好きなんです」
「神隠しか……正式な森の名前は『呼氷(こおり)の森』、と聞いているな」
 英彦が考え込む。なんでも、その森に入ると異常に寒いため、そう呼ばれ出したのが始まりだと全員もここに来た時に聞いていた。
「神隠しの話題が出始めた頃に何かなかったか、俺はその辺から調べてみる」
 どうやら協力者が現れた。仲居達は目に涙をためて、「ありがとうございます」と、一同に頭を下げた。
「娘さんの持ち物あれば、においで探せるぞ。嗅覚は犬の姿の時のまんまだし。漂ってたり残り香で分かるからな」
 タロが言うと、小首を傾げながらも仲居のひとりが、奈菜がいつも髪を毎朝結っていたというお気に入りのリボンのひとつを持ってきた。
「八重は俺の補助としてついてきてくれ」
 英彦が言うと、こくりと八重は、神妙な面持ちで頷く。
「神隠しか、そういうのはあんまり興味ないんだが、無視するのもなんだしのー」
 仲居達が去っていくと、益零がため息をつきつつ天井を見上げる。それを見て、真雄は笑った。
「先生、たまにはいいじゃない。ぼくは旅館のパソコンを借りて調べられるだけのことを調査してから、森に行くつもりです」
 こうして全員が、それぞれに動き始めた。



 やがて全員が集めた情報をまとめると、次のようなものになった。
 まず、神隠しが始まったのは、3〜4年前の、冬からである。ちょうど初雪が降った時に、それまでは子供達の格好の遊び場だった森に入った10歳の女の子とその弟が、忽然と姿を消した。
 そしてまた、それを両親に聞いて探しに入った大人達や警察も消えた。
 これは、当時の新聞や記事サイトにも載っている。
 それから森に入る人間は、必ずと言っていいほど「神隠し」にあい、誰一人として戻ってこないのだという。
 最初に神隠しがあった頃には、特にこれといった事件や事柄はなかったようだ。
「昨日ぼくと香坂さんが聞いた『さむい』っていう声も気になるね」
 真雄が言う。
「でも」
 と、丹が疑問を持ちつつ首をひねる。
「霊ならちゃんと私、分かるのに。全然霊や妖怪の気配、しなかったんです。今も見えないし」
「丹って、そういう能力あったんだ」
 タロが、感心したように言う。彼は香りを自分に覚えこませるように、さっきからずっと奈菜のピンク色のリボンを鼻の近くまで持って行っていた。
「十里楠が調査した結果でも、俺と染井が旅館近くに住んでいる人間に話を聞いても、情報はたったこれだけか」
 英彦が、腕組みをする。
「じゃ、こっからが足を使う調査かのー」
 些かやる気のない声で、益零。苦笑してその肩をぽんぽんと叩きながら、丹。
「先生、帰ってきたら約束どおり、マッサージしてあげますから」
「じゃ、行こうか」
 真雄が言い、鼻の利くタロが先頭に立ち、全員は旅館を出て行った。



 森は、旅館を出て坂になった商店街を降り、少し広い雪野原を歩くとすぐに入れる。
 一同はタロの鼻を頼りに歩いていたが、やはり進む先は森のようだった。
「女の子の足跡、当然だけど消えちゃってるね」
 丹が足元を見る。
「一晩中、雪降ってたしこれだけ積もったらね」
 真雄は、こんな時にもスーツケースを離さず持っていた。
「さて、いよいよ森だ」
 タロが、ぺろりと唇を舐める。目の前に暗く立ちはだかる森は、まだ昼前だというのに、どこか不気味そうだった。
「私から入ります!」
 はりきっている丹が、ためらいもせず入っていく。続いて、
「一人で先に進むと危ないぞ」
 と益零。
「待って待って、奈菜ちゃんのにおい、ここから森いっぱいに散っちゃっててどこかハッキリ分からないからはぐれないで」
 後ろの人間にも言って走って丹と益零を追いかける、タロ。
「皆、気が早いな」
 どこか苦笑してため息をつきつつ続こうとした英彦が、ふと、前を既に行ってしまった八重、その足元を見て足を止めた。
「───『身軽』……?」
 ふと、真雄が明け方言ったことを、「それ」を見て思い出したのだ。
「早く行かないと、はぐれちゃうよ」
 ぽんと真雄に背中を押され、「ああ」と森に入っていく。
 何故か───染井八重の足跡だけが、他の者よりも遥かに浅かった。いや、見えないほどに浅すぎたのだ。



 森の中は、噂ほど寒いわけではなかった。
 タロが「散ってしまった」という奈菜の香りをそれでも必死に探しながら進むと、やがて小さな、本当に小さな洞窟に突き当たった。
「なんか、ファンタジーか怪奇ものの世界みたいですね」
 そんな場合ではないと分かってはいても、つい丹が口に出してしまうほど、その洞窟は一般人でも踏み入るのをためらうような雰囲気を醸し出していた。
 タロ、丹、益零、八重、英彦、真雄と続いて入って行く。
「結構深いのー……」
 益零が呟くのも無理はない。
 その洞窟を歩き始めてもう15分も立つ頃、ふと丹が立ち止まり、周囲を見渡していた益零がその背中にぶつかった。
「ん? どうした、香坂」
「───なんか」
 そして、なんとはなしに丹は自分の鼻に手を持っていく。タロとは違う、彼女の「嗅覚」。霊と妖怪に反応するそれが、そのどちらでもない「何か」に反応している。
「なんか……霊でもない、妖怪でもない……これって……」
「みんな! こっちこっち!」
 丹が頭を整理する前に、タロが興奮したようにようやく突き当たった広い場所を指差し、手招きをした。
 そこには、身長20センチほどの夥しい数の人形が丁寧に整頓されて立たされていた。
「……これだけ揃うと、壮観だな」
 英彦がぽつりと呟く。
「劣化もしてないし、まるで作りたてそのものだね、全部」
 用心もせずあっさり人形の一体を手に取り、真雄。
 その隣で丹が、「ここまで出てきてるんだけどな」と、もどかしそうに首をひねっている。どうやら、「正体」の気配、「におい」にいつかの記憶があるようだ。
 八重も人形を手に取ろうとしたその時、英彦が低い声で言った。
「『お前』は触るな」
 ぴくりと、八重の手が止まる。真雄と、そして途中から「気付き始めていた」タロ以外───丹と益零が、驚いて英彦を見た。
「夢崎さん、どうして?」
「まるで敵を見る目になっとるぞ」
「敵かもしれないからだ」
 英彦の声に、八重は顔色一つ変えない。
「俺、奈菜ちゃんのほうに必死になってたけど、さっきから気になってたんだ───八重さんのさ、足音が俺の知ってる八重さんの足音と違うんだ」
 タロが、どこかおずおずといった感じで口を開く。
「どういうこと───」
 問いかけた丹の脳が、ピンと光を放った。そうだ───この「におい」は。
 そっと、八重の傍に近寄っていく。
「足音が違うとは、どういうことじゃ?」
 益零が困ったように尋ねると、タロは言った。
「まるで───小さな女の子の足音みたいなものに『変わって』るんだ、いつの間にか!」
 ふと、目の前まできた時、八重の口の端が上がったのを見て、丹は足を止めた。危険───危険、だけれど、でも。
「なんだ、もうバレちゃったんだ」
 八重の口から、全く八重とは別物の、5〜6歳の女の子のような声が発された。
 途端、しゅうっと音を立て、「八重」の身体が煙のようになり、小さな女の子のものになる。
「それもダミーだろう」
 英彦が目を細めると、女の子は睨みつけるようにして彼を見上げ、再び煙を上げて掻き消えた。
 合図にしたように、丹が声を上げた。
「わかったーっ!」
 思わず目を丸くしてしまう一同である。
「『これ』、霊でも妖怪でもない、でも似てる! 『何かの魂』のものです!」
「な、何かのって?」
 びくびくと、タロ。
「この場合で考えると、人形の、かのー」
 見渡しながら、益零。
「つまり、染井はいつの間にか『捕まって』どこかにいて、今までいつからか俺達と一緒にいた染井は『女の子の霊が中に入ったと見せかけた人形の魂』だったというわけか」
「ねえ、面白いことがあるんだけど」
 英彦の言葉を継ぐように、真雄が微笑みつつ人形達を見つめる。
「この人形達全部、人間と同じ皮膚、眉、髪、瞳───違うのは、心臓とかが動いていないだけ。これってどう思う?」
「人形にされた、人間達?」
 丹が、思ったままを言う。
 ビンゴ、と真雄が人差し指を立てる。
「いた!」
 英彦の言葉を聴いてから探し始めていたタロが、膨大な人形の中から「彼女」を見つけ出すことに成功する。
 密かに捕らえられていた、人形にされて間もない、染井八重だった。
「奈菜ちゃんも見つけたよ!」
 丹も探し出す。仲良くしていてよかった。顔かたちも覚えていたので、探すのが簡単だったのだ。
「貸して」
 『保護』しておくから、と言う真雄が出した手に、二人はそれぞれ彼女達を預ける。
「ワシらは『こんな風にした根源の奴』を探せばいいんじゃな」
 ちょっとだけやる気がさっきより出てきたような感じの、益零。
「多分さっきまでの『偽者の染井八重』は、人形を手に取った瞬間に自分も消え、俺達をここに閉じ込める予定だったんだ」
 英彦が、人形達に全員が気を取られているうちに張られかけた結界を見つつ、言う。
「ええっ、じゃ、俺達も人形にされちゃうの!?」
 悲鳴を上げる、タロ。
「気になってたんだけど、さっき染井さんに化けてた『人形の霊』……どこか奈菜ちゃんに似てるんだよね」
 丹が、吟味するようにちらりと真雄の掌の「人形にされた奈菜」を見た。
 すると、「保護」している持ち主の赤い瞳が、笑みを含んでこちらを向いた。瞳で語りかけている───「簡単でしょ」、と。
「そうか!」
「分かったぞ!」
 丹とタロが殆ど同時に声を上げる。
 英彦と益零も分かったらしい。4人同時に、人形達の中から「一番古いもの」を探し始めた。結界がどんどん出来上がっていく気配が、丹には、する。だいぶ時間が経った時、とうとう益零が「これかな?」と見つけ出した。
 麦藁帽子の女の子を象った人形だった。それだけすすけたように、ずいぶん古くなっている。
「でも、もう結界が」
 一般人の目にも見えるほど、赤々と燃える炎のように、複雑な模様を象っていくのを見て、丹が真雄の手にある「二人の人形」を見つめた。
「話し合いが一番だよ」
 こういう手合いには、と、真雄は、人形にされた奈菜のほうに何かメスのようなものを当てて弄っていたのだが、丹に「十里楠さんてそういう趣味があったの?」と言われ、思わず力が抜けそうになった。
「違うよ、ほら」
 あまりにも丹の純粋な問いかけが可笑しくて、ぼくってそんな風に見えるのかなあと思いつつも奈菜の人形を立たせてみる。
「喋れるように治療してみたの」
 真雄のその言葉を合図にしたかのように、人形にされた奈菜の口元が、ゆるんだ。
<そのおにんぎょうさん、しってる。おかあさんが小さなころからあそんでた、だいじなおにんぎょうさん。ななにもくれて、ななも大事にしてたのに、なな、3年とちょっとまえに、この森でおとしちゃった。それで、さがしもしないであたらしいおにんぎょうさんかってもらって、わすれちゃってた>
 ごめんね、と奈菜の声が涙まじりになる。
 すると、黙っていた益零が掴んでいた人形から、声が聞こえてきた。
<人形は、長く愛されていると魂をもつの。わたしは奈菜ちゃんのおかあさんに愛されたから、魂をももった。奈菜ちゃんにすてられたと思って、哀しくて───ひとりぼっちで、淋しくて。それで、森に入る人間達をみんな人形にするようになったの。奈菜ちゃん、わたしの名前、おぼえてくれてる───?>
<うん、あたりまえだよ。あなたのなまえは、未菜(みな)ちゃん>
 人形、未菜は押し黙り、丹は益零の持っているその未菜の「身体」から、何かが、すうっと抜け出ていくのを確かに、見た。
<ありがとう───もう、捨てないでね───>
 それっきり、声はなくなった。
「あ」
 しんみりとした場に、間抜けな声を出したのは、益零である。
「結界が消えたなら、ワシら、すぐここから出たほうがいいんじゃないかの?」
「何故だ?」
「なんで?」
 英彦が訝しげに、そしてタロがきょとんとし、その後、丹が気付いたように「あーっ!!」と声を上げ、手遅れなのを知り真雄が苦笑して肩を竦めた。
 人形の魂から解放された人間達が、一斉に、人形から元の姿へと戻り、「生き返った」。
 つまり。
 益零を始め、御東間医院の常連達6人は、急に元の「面積」に戻った彼らに見事に過激な押し競饅頭を食らったのである。



 後で聞くところによると、八重は、あの宴会の夜、雪が降り始めたとき、森のほうに何か灯りのようなものが見えた気がしたのだが、すぐに消えたので部屋の電気の残像だと思ったのだが、それは実は人形の魂の灯で、最初に目に入れてしまった八重が部屋に入った途端に憑依された、ということが分かった。
 その後、一斉に、3年半の間ずっと「神隠し」でこの世からいなくなったとされていた人間達が家族の元へ帰っていき、一同はあちこちからのお礼でひっぱりだこになっていた。
 へとへとになって旅館に辿り着いたと思ったら、今度は女将の感動の接待である。
「美味いけど、美味いけどっ……もう食べられない!」
「うわああ、お土産総額10万円突破! これって返さなくちゃいけませんよね、先生!?」
「俺は『子供』だし酒はそんなに好きじゃないんだが……」
「この旅館の無料宿泊券1年分もらったんだが、いいのかのー? 最大6名様なんじゃが」
「…………」
「染井さんまで、そんなにお礼を買い込まなくてもいいのに。ぼく達、甘いものづけでお菓子そのものになっちゃうよ」
 やれ最上の懐石料理だ、やれこの街の名物全品だ、やれ一番上等の酒だと次々に「お礼」をされ、タロに丹、英彦に益零、八重に真雄は嬉しいような有難いような困ったような悲鳴を上げることになった。
 お土産で荷物をいっぱいにし、街中総出で見送られ、まるで花道のような道路を来た時のように英彦の運転するバスでやっと帰る頃。
 ふと、気付いたように丹が真雄を振り向いた。
「ね、十里楠さん。あの明け方、染井さんに『身軽そうだね』って言ったよね?」
「うん」
「もしかして十里楠さん、あの時から全部分かってたんじゃないの?」
 何も言わず、ちょっと微笑んだ真雄に、「あー、やっぱりそうだったんだ、十里楠さんて意地が悪い!」と揺れるバスの中、立ち上がる丹。
「えーっ、真雄、分かってたのか!? 俺達のしたことって、じゃあ……」
 そこでまたふと気付く、タロ。
「それを考えると、英彦も途中から気付いていたような気がするのー」
 益零が、じろりと運転席の英彦を見やる。
 こちらも、やはり無視を決め込んでいた。
「みんな、穏便に、穏便にね。だってほら、誰かが囮にならないと、人形の魂の居場所だって分からなかったし、みんなの協力がなければ染井さんの居所も分からなかったし人形にされた人達も元に戻ることはなかったんだよ?」
 そう言われてしまうと、なるほどそうか、と頷いてしまうが、やはり納得がいかない。
「それならそうって言ってくれてもいいと思うなー」
 丹の視線に、真雄は困ったように微笑んで、肩を竦めた。
「完全にぼくの推理が当たってたってわけじゃないし、確信を持たない限りは曖昧なことは言えないよ」
 一応医者だからね、と、闇医者であることを「一応」隠している真雄。
「先生、これって赦せます?」
「うむ、これは英彦と十里楠の共同計画じゃな。二人とも帰ったらひどい目にあうぞ、香坂に」
「って、私ですか!?」
「だってのー、英彦はともかくとして、十里楠には一応うちで働いてもらっておるわけじゃし……」
「でもさでもさ、俺は気持ちよかったぞ! みんな元に戻れて、嬉しくて泣いてる人いっぱいいたじゃん! 全員に押し競饅頭されたときは死ぬかと思ったけど!」
 明るい性格のタロが、笑う。八重も少し微笑んでいた。
「十里楠はともかく、俺が気付いたのはもっと後、染井の雪に残る足跡を見た時だぞ」
 英彦がもっともなことを言ったので、結果、真雄が一番の「策士」ということが知れてしまった。
「まあ、悪人、って言われるよりマシかな」
 そうぽつりと呟いたのを聞き取って、
「十里楠は何を言われても平気そうだが」
 と、英彦。
「どっちもどっちっぽいよね」
「うん。それより丹は帰ったら、旅館で出来なかったあれ、先生にしてあげるんだろ?」
 丹に話を振られたタロが、窓の外の手を振る人達に手を振り返しながら尋ねる。
 そして、丹はまた、
「ああーっ、せっかく先生に、露天風呂のあとマッサージしてあげるって決めてたのに、できなかったよ!!」
 と、バスの中で膝を崩し、八重に宥めてもらうはめになったのだった。
「やっぱり、帰るまでが旅行、だなあ」
 ぽつり、根源の一つとも言えなくもない真雄が、寝たふりを決め込みつつ、呟いたのだった。




《☆完☆》
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3628/十里楠・真雄 (とりな・まゆ)/男性/17歳/闇医者(表では姉の庇護の元プータロ)
0555/夢崎・英彦 (むざき・ひでひこ)/男性/16歳/探究者
2394/香坂・丹 (こうさか・まこと)/女性/20歳/学生
2952/御東間・益零 (ミアズマ・エキレイ)/男性/69歳/(一応)開業医
4068/桃世・タロ (ももせ・たろ)/男性/3歳/犬
4261/染井・八重 (そめい・やえ)/女性/15歳/ボディガード
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、あけましておめでとうパーティーノベル2005ということで、とても楽しく書かせて頂きました。人形の森、というネタが降ってきたので、山間の旅館ということもあり、早速それを利用させて頂きまして、妖怪ならぬ「人形の魂」を使ってみたのですが、皆様初めて手懸けるPC様でしたので、結構自分でも意外なところで苦労しました(笑)。それぞれのお互いの呼び方等々……。
最後は、ちょっと切なめに決めてみようと思っていたはずが、何故かあんなラストになりましたが(笑)、皆様如何でしたでしょうか。因みに、「さむいよぅ」という声が聞こえたのは、いっそのこと、と思いましてヘタに練るよりもくじで決めさせて頂きました。

■十里楠・真雄様:ご参加有り難うございますv というか、まさかわたしが書くことになると思わなかったので、こう書くのもなんですが(笑)。やはり曲者は鼻のいい方には隠せなかった、というオチでしたが、如何でしたでしょうか。
■夢崎・英彦様:ご参加有り難うございますv 今回は真雄さんと一緒に途中から期せずして「暗黙の共同計画」のような感じにさせて頂きましたが、非常に意外と書きやすいPC様で、とても楽しく書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
■香坂・丹様:ご参加有り難うございますv 今回は「霊」とも「妖怪」ともちょっと違うもの、そして途中まで「ダミー」も入っていたため、途中まで釈然としない気持ちを味わって頂いたのですが、香坂さんの「嗅覚」大変重宝させて頂きました。最後は、医院ではマッサージをしたとは思うのですが、せっかくの旅館でマッサージをさせてあげられず、すみません;
■御東間・益零様:ご参加有り難うございますv 全体的に「やる気のない」感じで調査の辺りからは進めさせて頂いたのですが、喋り方はあんな感じでよろしかったでしょうか。雪遊びの場面でもう少し楽しませてさしあげたかったのですが、如何でしたでしょうか。
■桃世・タロ様:ご参加有り難うございますv 全体的に「元気よく、いい意味で『悪いほうに考えない』方面で書かせて頂きました。「みんなでお散歩」が出来なかったのが残念ですが、今回本性は犬でありますタロさんにはとても役に立って頂いて感謝しておりますが、如何でしたでしょうか。
■染井・八重様:ご参加有り難うございますv 「喋らない」のを基盤としたプレイング内容でしたので(皆さんの前ではあの女性型、ということでしたので)どう動かそうかと実は一番悩みまして(笑)、それで「そうだ、一番出番がないけど一番美味しい役をやって頂こう」と、うってつけとばかりに、「人形に捕らわれる役」になって頂きましたが、ご気分を害されましたらすみません;

今回は、全員がノベルでは初めてのお客様ということで、少々緊張しながら書いていました。
的外れなことを書いていましたら、すみません;
帰りのバスではとても荷物が多くなってしまったと思いますが、中には旅館のあった街ならではの名産品や珍しいものもお土産にありますので、あとは皆さんのご想像通りに「これをもらった」という風にして頂いて構いません。「古いものを大事に」という気持ちをテーマの一つとしたのですが、ラストがあんなふうになりましたので、うまくいったか少々疑問ですが(笑)、書き手としてはとても楽しく書かせて頂きました。本当にありがとうございます。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/01/19 Makito Touko
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月19日

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