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『Schnee und Grun 』
尾神・七重2557


■ 

 ある冬の日の、朝早く。
どことも知れない場所にある一軒の屋敷が、真白な雪で覆われた。

 寒さで身を震わせて目覚めた庭師ラビが、目覚めきれていない目を軽くこすりつつ、窓に指を触れる。
水滴が流れるその窓の向こうに見える雪景色に、ラビは一気に目を覚ました。

「そうなのよ。――弱ったわね」
 憂鬱そうに眉をしかめてみせるのは、屋敷の主である、魔女エカテリーナだ。
赤々と燃える暖炉の傍に置いた椅子に座り、ひざ掛けをかけて、もう一度気鬱そうな嘆息を一つ。
「この森が雪で覆われるなど、僕がこちらに来てから初めての事です」
 マグカップにカフェオレを注ぎ入れながら、ラビはちらとエカテリーナに目を向ける。
赤い髪が暖炉の炎に映えて、ひらひらと光沢を放っている。
「常緑を誇る森だものね。森には季節の影も寄るけれど、この庭には季節など訪れないのよ。滅多にはね」
 渡されたカップに口をつけ、赤い瞳をかすかに揺らす。
ラビはエカテリーナの横顔を眺めつつ、ふと思案した顔をして、恭しく頭を下げた。
「ともかく、雪を除いてきます。雪の下でダメになってしまう草花もありますし」
「そうね、そうしてちょうだい」
 エカテリーナはラビを見ることもなくそう返し、カフェオレの湯気に頬を緩める。
「ああ、そうそう。そういえば今日は七草粥の日ね」
「――――は?」
 不意に告げられた主の言葉に、ラビは足を止めて振り向いた。
エカテリーナは顔を上げてラビを見据え、小さな笑みを浮かべて目を細めている。
「今日はもうじき客人も来るようだし、私が粥をこしらえてあげるわ」
「――――エカテリーナ様が料理をなさるなど」
 めずらしい事もあるものですね、と続けかけた時、暖炉の火がぱちんと弾けた。




 久々に屋敷を訪ねてみれば、と、尾神七重は少しばかり驚いた。
季節に関係なく色とりどりの草花を誇らせていた広い庭が、一面の雪で覆われている。
「……?」
 どうしたのかと小さな疑念を覚えつつ、呼び鈴に指を触れようとした時、かたかたと音を立ててドアが開いた。中から現れたラビは七重に気がつくと、温和な笑みを見せて頭を下げた。
「お久しぶりです、七重さん」
「ご無沙汰しておりました……何かとご挨拶が遅れました。すいません。それよりも、これ、どうしたんですか?」
「さあ……。調べてみないことには分かりませんが、多分、また例によって精霊が悪戯でもしたのでしょう」
 諦めたような口ぶりでそう答えると、ラビは七重の横をすり抜けて庭へと踏み入った。
ドイツの兵隊を思わせるような、重そうなコートを身につけて、幅の広いマフラーを首に巻いている。
七重もまた防寒対策をきっちりとこなした服装だ。
街は雪に覆われてはいなかったが、やはり冬の寒さは変わらない。
大分丈夫になったとはいえ、やはりふとした拍子に風邪をひいてしまうので、その辺を考慮した自己管理のための防寒でもあるのだが。
「雪かきですか?」
 スコップを手に歩きだしたラビを追いかけてそう訊ねると、ラビは白い息を吐きつつ頷いた。
「なら、僕にも手伝わせてください。あまりお役にはたてないかもしれませんが、何かお手伝いできるかもしれませんし」
 しっかりと着こんできて良かったと、七重は小さく微笑んだ。




 エカテリーナからかかってきた電話は、めずらしく助力を要請する内容だった。
セレスティ・カーニンガムはその要請に対して快諾すると、カシミアのコートで体を包み、自身の広大な屋敷が抱えている広大な庭に足を踏み入れた。
勤勉な庭師によって隅々まで美しく手入れされたその庭は、エカテリーナの森ほどではないにしろ、森のような場所までも抱え持っている。
セレスティは車椅子でその場所まで向かうと、使い慣れたステッキを握り締め、ゆっくりと腰を持ち上げた。
 空を見上げてみる。
どの季節も好きだが、冬の朝は凍てついた空気の影響もあってか、よく澄んでいるように感じられる。
糸のように細い雲が流れていくのを、しばし眺める。
そしてそのままふと睫毛を伏せてエカテリーナの名前を呼んだ。
言葉ではなく、心で。
そうするとセレスティの髪を梳いていく風が変わり、深い森を漂う空気が鼻先をかすめる。
睫毛を持ち上げて目をこらすと、すぐ目の前に、見慣れた一軒の屋敷が現れていた。
その屋敷の庭園を確かめると、そこには魔女の庭師の姿が見えた。
「……おや」
 こぼすように呟いてからステッキを動かす。
視力の衰えた目でもはっきりと分かる。
庭は、一面の雪で覆われていた。

「セレスティ様」
 庭師ラビはセレスティの気配に気づくと、除雪していた手を止めて顔を上げ、ゆるりと微笑した。
「エカテリーナ嬢からお声をいただきまして。何でも少しお手伝いしたら、七草粥をいただけるとのお話だったのですが……なるほど」
 くつりと口を緩める。
魔女は電話口で事の内容までは言わなかったが、この雪をどうにかしてほしい、という事だろう。
笑みながら視線をずらすと、ラビの横には、何度か顔を合わせたことのある少年が立っていた。
名前は確か、
「尾神君、でしたよね。ラビさん、私にもお手伝いさせてください」
 会釈を交わしてからそう述べて、澄んだ冬の空のような微笑みをのせた。




 日本の冬は寒い。
体の底から冷えこむような気分を覚えるから、出来れば冬はあまり外を出歩きたくないと、花瀬ルティは顔をしかめた。
細身の体を分厚い生地のコートでくるみ、首には祖母の手編みのマフラーをしている。
手編みなんてと戸惑いもしたが、出来あがったそれは暖色であったためか、あるいはたっぷりつけられたフリンジのためか、とても可愛らしいものだった。
コートのポケットに突っ込んだ両手には手袋と、漆黒色の頭には帽子、耳にはイヤーウォーマー。
足はしっかりとブーツを履いている。
これでもかというほどに施した防寒対策は、いくらか寒さを和らげてはくれるのだが。
「……寒ッ」
 風が吹くと頬に冷気が走る。その度に背筋も凍るのだ。
けれど、背中を丸めて歩くような、みっともない事はしたくない。
ルティはきちんと背筋を伸ばし、歩き慣れた公園の一角を急ぎ足で歩いていた。
 
 今日は七草粥を食べる日だけど、ついうっかり七草を買い忘れてしまったのだ、と、祖母は笑った。
それなら私が買ってくるよ、と意気込んではみたものの。

 ビュウゥゥゥ

 不意に強く吹いた北風が、ついにルティの足を引き止めた。
睫毛を伏せて目を閉じた束の間の後、
――――彼女が立っていたのは、見覚えのない森の中、一軒の屋敷の前だった。
西洋の屋敷を思わせる屋敷は、見る限り一面の雪で覆われている。
ルティは眉根を寄せて周りを見やり、そこがやはり森の中であるのを確認すると、闇色の目を細ませて静かに口を開けた。
「これは現実か、あるいは幻か」
 ここが森の中であるならば、そこには精霊が宿っているはずだ。
樹の一本、草花の一輪までも、精霊は宿っているのだから。
――彼女が問うと、間もなく彼女の耳元でその返答が呟かれた。
 ルティはその声に頷いて、ゆっくりと屋敷に向かって歩く。
声の主――精霊は、ルティにそっと告げたのだ。
あの屋敷の庭で、ある精霊が、ちょっとした悪戯をしているのだ、と。

 屋敷のゲートをくぐり、真白に染まった庭へと足を踏み入れる。
ルティを迎えたのは一人の青年で、青年は名前をラビと名乗り、丁寧な挙動で頭を下げた。




 ルティが案内されたそこには、銀髪の少年と、やはり銀髪の青年とが立っていた。
少年は尾神七重と名乗り、無駄のない綺麗な挙動で頭を下げる。
青年はセレスティ・カーニンガムと名乗って、花のような笑みを浮かべた。
「それでは除雪をしましょうか」
 セレスティはそう告げてステッキで雪を数度叩く。
するとその場所の雪だけが、すうと解けていき、地面にすいこまれるように消えていった。
「……僕はラビさんが積んだ雪を一ヶ所にまとめます」
 セレスティの動きに続いて口を開けた七重は、静かに片腕を持ち上げて、ラビがどけて積み上げた雪を指差した。
その指がゆっくりと円を描くと、雪もまたゆっくりと回転を始め、転がす者もいないのに、見る間に雪だるまへと姿を変えていく。
ルティは二人の挙動に目を見張ったが、それ以上に驚いたのは、庭を行き来している精霊の数。
実に様々な精霊が飛び交っている。
「花瀬さん、と仰いましたか」
 不意に声をかけてきたのは、庭師のラビ。
「皆、あなたを歓迎しているのです」
 穏やかな笑みでそう告げるラビの言葉に、改めて周りを確かめた。
どれも楽しそうに飛び交い、笑いさざめいている。
「精霊は悪戯好きだと聞きますから、今回のこの雪も、きっと悪戯なのかもしれませんね」
 セレスティがふっと笑った。
手にしているステッキが雪に円を描くたび、円の中の雪がたちどころに解けて地面にすいこまれていく。
「あなたには、精霊達の言葉がわかるのではないのですか?」
 なんの前触れもなくセレスティはそう告げて、ルティに視線を送った。
ルティはゆっくりと頷いて、静寂に包まれている箇所を目指し、歩き出す。
「あの場所に、精霊が集まっている。……雪を降らせたのが精霊だとしたら、もしかしたらあの場所にいるかもしれない」
 歩きながら答え、手袋をつけた指先で一本の樹の上空を示してみせた。


 ■

 風が吹き、再び雪が舞い出した。
積もっていた雪の片付けをあらかた終えたラビは、恨めしそうに空を睨む。
「精霊は何か言いたいんでしょうか?」
 指で円を描いて雪だるまを作りながら、七重がラビを見やった。
ラビは首を横に振って、歩いていくルティの背中に目を向ける。
雪はみるみる内に大粒のものへと形を変えて、ゆらゆらと舞い落ちてくる。
しかし雪かと思っていたそれは、よく目をこらして見れば、真白な綿毛のような羽を伸ばした、無数の精霊の姿だった。
精霊達は地表に着く直前に、羽をふるふると震わせて、除雪の終わった地面を再び白く塗り替えていく。
ラビが大袈裟な嘆息を吐いている横で、ルティが上空にいる精霊達を眺めて口を開けた。
「楽しそうだな」
 精霊はふるふると震えながら、声なき声で笑う。
「精霊は悪戯好きなものですからね」
 ルティの後ろに立ったセレスティが、やはり同じように上を見上げて小さく笑う。
「しかし、これでは、庭園の花々が枯れてしまいかねません」
 七重が呟いた。
その呟きを受け継ぐように、ルティが口を開ける。
「冬には雪が降る。これは当然の事なのだろうが、私のように、寒さを苦手とする存在もいる」
 言いつつ、体が寒さに震える。
出来るなら、早めに暖を取りたい。
「……そうですね。草花も人間も変わりなく、寒さに弱い存在は多くあるのですし」
 セレスティが頷く。
「――――降るなら庭園ではなくて、森にしてみたらどうでしょう? 白く染まる森というのもまた、綺麗だろうと思いますし」
 それまで思案顔だった七重が、思いついたように手を打った。
その言葉を聞き入れたのかは分からないが、間もなく雪は降り止んで、その代わりに森が薄い白に包まれていった。



 
「芹……なずな」
 雪解けの水が瑞々しく広がる庭園の中、七重が七草を探しては摘み取っている。
「そういえば、私も七草を買っていかなくては」
 ルティが言うと、
「余るほどにありますから、どうぞこの庭からお持ち帰りください」
 ラビが穏やかに微笑んだ。
「……すずしろ……すずしろって大根ですよね。……あるんですか?」
 畑じゃあるまいし。そう続けようとした時、ラビが七重の後ろを指差した。
「エカテリーナ様はなんでも生み出されますから」
 青々と伸びた大根の葉が揺れている。
「便利な庭ですね」
 少し離れた場所で揺れているすずなの葉を確かめて、セレスティが笑った。
「……はこべら。これで七草集め終わりました」
 摘み終えた七草を両手で持ち抱え、七重はラビの顔を見上げる。
ラビはルティを見やり、彼女も集め終えているのを確かめてから、
「それでは、どうぞ、こちらへ」
 屋敷の扉を押し開けた。
「エカテリーナ様が、粥を作ってくださるとの事です。どうぞ、召しあがっていってください」
 味は保証しませんけれど。そう続けようとしたラビの背中に、漆塗りの椀がぶつかった。
「失敬な。我ながら美味く出来たと思うから、皆で一緒に食べましょう」
 そこにはエカテリーナが立っていて、艶然とした笑みを見せている。
「……今日僕は、ハーブについてお聞きしたくて。……冬のこの時期に良いハーブティーって、どんなものがありますか?」
「今の時期に良いハーブティー?」
 エカテリーナが首を傾げた。
「そうですね。エキナセアなどはどうでしょう?」
 セレスティが答える。
エカテリーナはセレスティの言葉に大きく頷き、
「エキナセアは免疫力を高める効果があるから、風邪予防とかにはいいかもね。あとはリコリスとか」
「リコリスは、甘草の事だったと思うが」
 ようやく暖を得たルティが、わずかに頬を緩めつつ告げた。
「……エキナセアにリコリス、ですね」
 納得したように深く頷く七重に、エカテリーナが笑いかける。
「庭にあるから、後で淹れてあげるわ。冷えた体も温まるでしょうし」
 ふわりと笑うエカテリーナの横で、ラビが三人を手招いた。
暖炉の火がぱちぱちと音を立てている、暖かな部屋の中へ。


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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2770 / 花瀬・ルティ / 女性 / 18歳 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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今回はご発注ありがとうございました!

雪かきということだったのですが、雪国出身の私には、どうも力仕事な光景しか浮かばず……。
あれは本当に体使うんですよね。さらに、どけてもどけても降ってくるものだから、
終わったと思って振り向いて、愕然とする事もよくありましたっけ……(遠い目

話が横にそれました。

この後エカテリーナが炊いた粥を召しあがっていただいたわけですが、
想像するに、恐らく多少塩味が濃かったかもしれません。
あるいは塩とまちがって砂糖をいれたりとか、そういうべたべたなオチを
迎えているかと思います。
それぞれに美味しく召しあがっていただけていれば、と、妄想しつつ。
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
エム・リー クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月18日

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