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『町内ばらまき百人一首 』
月見里・千里0165

●朝も早よから…
『みっなさぁ〜〜〜ん、元気ですかぁ〜?』
 マイクを持った少女が草間興信所のビルの屋上で叫んだ。勿論、マイクは拡張スピーカーによって町内中に流れている。それは商店街のブースに中継され、町内に流れていくようになっていた。
 神聖都学園所属のアイドル声優が司会を務めているらしい。さすがに屋上で放送中だと寒かろう。可愛らしい女の子がコートを着て頑張っていた。
『お返事がぁ〜、きこえませーん! みなさぁ〜ん、元気ですか〜?』
「げんきです〜」
「ねむーい」
「さむーい」
「甘酒どこでぇ〜すか?」
 新年早々呼ばれた人間達はてんでバラバラなことを言っていた。ついでに興味のある矛先も違う。一部のオタと言うべき存在だけが司会の女の子に熱い視線を向けている。
『きゃ〜〜〜〜〜ぁ!!』
「「「「「「「どーしたんですかー!?」」」」」」」
「パンツが見えちゃう! きゃー!!」
「「「「「「「うおーうおー! 見たい〜〜〜〜!」」」」」」」
『きゃーきゃー!』
 叫び続ける司会とオタ集団。
 嬉璃は眉を顰めた。
「やかましいのう…」
「折角の正月が……」
 がっくりと肩を落とす武彦だった。無論、こんな行事を武彦が考えたわけではない。興信所のある町内会の行事だ。
「早く終わらせちゃいましょ」
 草間武彦の肩をぽむぽむと叩く。
「事務所集合場所って事は、ばら撒いた場所はココの上よねぇ?」
「見てのとおりだ…シュライン。まったく、何でうちの屋上ではじめるんだか…」
 その背景には腹黒神父の陰謀があったりするのだが、武彦はまったく知らないのだった。
 そんな大掛かりな百人一首大会を催すと聞いたので、仕方なく休暇中だろう調査員に声を掛けたのだった。
 声を掛けてやってきたのは、月見里千里&豪、田中裕介、星川麗花、綾和泉汐耶、銀野らせん、ねこだーじえる・くん、不動兄弟、奉丈遮那、内藤祐子、マリオン・バーガンディ、ヨハネ・ミケーレ、リタステヴィア・ベルナウアーだった。あとから他のメンバーもやってくる事だろう。
 あやかし荘の皆もやって来ていたのは、ひとえに賞品のせいだろう。さっきから三下は泣いていた。これからきっと自分は不幸になるとぬかして、地面にうずくまっている。
「面白そうだから参加してみたけれど、範囲が決まってないと札を探すだけでも大変そうですよ」
 奉丈・遮那は苦笑ながら言った。
 受験シーズンだというのに、疲れそうなイベントに参加するその心は、このイベントの目玉である『お願い事を一つだけ聞いてくれる』というものに惹かれてだった。
 一般の人にそのお願い事の叶え方をどうやって言うのか疑問だが、能天気なこの町民のこと、きっとそれも半分冗談で、面白半分にやっているのだろう。
 そんなことを話していると、綾和泉・汐耶は普段とは違う動き易いカジュアルな格好でやってきた。手にはペットポトルを持ち、小さなリュックを背負っている。
「百人一首の会場って…ここ?」
 人だかりに吃驚した汐耶はシュラインに訊ねた。
「えぇ、そうなのよ。町会長さんがここがいいって…」
「そんなこといきなり言われてもねぇ…」
「そうよぉ〜」
「やれやれね」
「ちさも招かれとるとは思わなんだなぁ。ほな、俺が勝ったら『一日素直にお兄様の言う事聞く権』でも貰おかいな」
 へらりと笑って月見里豪が言う。
「アンタ、馬鹿いってんじゃないわよ! だぁ〜れが言う事なんか聞きますかっ! ちゅかね、何処の誰が『お兄様』なのよ。お兄様らしいことの一つでもしたらどうなのよ」
 とか言いつつ、お年玉寄越せと手を出す千里だった。
「優勝って言ってもね…お願い事かぁ…」
 考えて、ふと溜息を付く千里だった。それを聞いて、兄が少し眉を寄せたのには気が付いていない。
「優勝すれば願いが叶うんですか? わぁ…嘘でもいいからやってみよっと!」
 銀野らせんは楽しそうに笑って言った。彼女には願いがあるのだ。そのために頑張ろうと、らせんは心に誓う。
「とにかく歩き回って探すしかないですね」
 そう言いつつ、遮那はポケットのタロットカードを触った。
「そうだな……」
 取り合えず出来うる限り走り回って探すしかないだろう。田中裕介は深い溜息をついた。麗花と一緒に行動できるのだけが嬉しいことだが、優勝して叶えたい願いがある。しかし、ばらまかれた札を探す手段が無く、殆ど諦めていた。
「とにかく見つかったら走って……私に他にできることって無いですね」
 星川麗花は苦笑する。
「そんなことはないさ…途にかく頑張ろう」
 そう言って麗花に微笑みかけたが、彼女の夢は何だろうか。ちょっと気になる裕介だった。

「会場ってここよねぇ…」
 年賀状と共に来た怪しげな招待状が気になり、指定の場所へ向かった凡河内・絢音は思わず人だかりを見て吃驚した。まさかこんなに大きな集まりだとは思ってもいなかったのである。とりあえず護身用に和弓を持ってきたのだが、主宰は草間興信所では無いようだ。
(「こ、これじゃ…弓を持ってきた意味無いわ」)
 また興信所の方が怪しい団体とかから頼まれて、遊びの会場にでもなったのかと思っていたら、今回は町内会の集まりのようで、周囲には炊きたてご飯と豚汁の炊き出しまで出ていた。ぼんやりと周りを見ていると人ごみの中に知り合いを発見し、絢音は大きな声で呼んだ。
「祀さーん!」
「げぇっ!」
 花瀬・祀はその声に反応して辺りを見回す。そこには紺系統のブレザーっぽいジャケットとチェックのミニスカを着た絢音が立っていた。胡散臭い招待状に乗り気ではなかったものの、草間さんへの新年の挨拶もかねて興信所を訪れたのだった。
「絢音、大きな声出さないでよー!」
「だって…最近、弓道の大会に来てなくて寂しいんだもん」
「弓道? あたしはもう弓道はやんないの!」
 可愛らしく白い振袖を着ていた祀は、ふんっとそっぽを向く。くるりんと赤い髪が揺れた。実は本人、とーっても気になっているのだが、一度も絢音に勝ったことが無いので素直になれないのだった。
 屋上では、まだまだ女の子が説明をしている。
 聞けば、街中に百人一首をばら撒いたらしいのだが、元々この百人一首はレンに置いてあったマジックアイテムだそうだ。そのために、読み上げはテレパスで行われている。
 しかし、一般の人たちの耳には「蓮のアイテム」のことも「テレパス」のことも耳に入っていない。いたる所にあるスピーカーから聞こえてくるものだと思い込んでいるようだった。
「その葉書…ここの招待状でしょ? 一緒に……」
「さあって、行くわよちび助!」
『うん! 待ってたよ、祀ちゃん♪』
「待って、祀さ…」
 止めようと思った絢音だったが、振り払うようにそっぽを向いた祀に声を掛けきれず、口篭もってしまった。今まで自分が彼女に何かしたのかと疑問に思う。
 再び声を掛けようかと思ったものの、子鬼の出現によってそれも出来なくなってしまった。
 ぴょんと飛び出した子鬼は祀にまとわりついた。そして、祀は走り出す。絢音は何処までも祀を見送った。
「祀さんには絶対に負けたくないな、頑張ろう」
 絢音はずっと、ずっと祀を見送って、司会のアナウンスが終わると高台の方まで走っていった。

●百人一首大競争 0
 アイドル声優の司会が終わると、一斉に人々は各地に散っていった。
 一応、屋上へ行き、視界範囲の位置把握をしようと武彦とシュラインはビルに登っていく。それに誤字札があるんじゃないかともシュラインは思っていた。もしも、百人一首の内容が違っていたり、使用している印刷のフォントなどが違っていてもカウント対象外になるだろうことは想像に難くない。
「武彦さん自信がなければ一緒に行動か携帯メール等で情報送るわね」
「こんなの中学の現代国語の授業の時に無理矢理やらされぐらいだ…」
「でしょうねぇ〜…私は地面に落ちてるだろう物しか取れないけれど、馴染み店の屋根乗せてもらう許可取ったり、木の上あたりは零ちゃんに飛んで貰ったりしてみようかと思ってるのよ」
「家の屋根…か。ありえるな…」
 はーっと盛大な溜息を付くと、武彦は階段を上がっていく。マリオンとヨハネは既に高台の方へと向かっているはずだ。札が置かれている場所も普通なところから、常人じゃ絶対に無理だろゴラァというところにもあるはずだと、誰もが思っていた。
 最悪な事に町内と言っても、一区画分の町内ではなく、『街』という区画分の広さでの大会なのだ。まったくもって勘弁して欲しい。
 そして、街のある区画では、すでにデッドヒートが始まっていた。

   1
「どけどけどけどけぇ!!!!!!!」
 ガシャガシャとペダルを漕ぎ、走り抜ける一台のママチャリ。
 前についた籠にはうさぎさんの絵が描いてある。そして、それに載っている男はこの世で最もママチャリに不似合いな男だった。
「くそお! そこどけっていってんだろうがァ! いてもーたるぞワレェ!」
 バビューン!と人込みを抜けると、疾風のように走り去った。
「鬼鮫さ…ん…速い…ですね〜…」
 激しい風に煽られ、髪が宙に舞う。にこにこ笑って言っているのは汐耶だ。勿論、後ろに乗っている。
 トロールの遺伝子を宿す鬼鮫こと、霧嶋徳治には筋肉痛とは無縁だった。それゆえに筋力の限界までペダルを立ち漕ぎする。ママチャリが時折奇妙な音を立てているのだが、鬼鮫本人は気がついていない。なんか、ハンドルもミシミシいっているのだが、汐耶は降りるべきかどうかを逡巡する。速度的にはバイクとはれるぐらいだった。転んだ時の事をあまり考えたくは無い。
『春すぎて 夏きにけらし 白妙の〜』
 直接、脳に響いてくる句。
 誰かが札を取ったらしい。思わず鬼鮫は舌打ちした。
「下の句は何だ、綾和泉?」
「衣干てふー…天の〜かぐ山ぁ〜ぁぁぁぁ……」
 がっこん!と自転車が揺れる。
「あうっ!」
 お尻が痛い。
 手を解いたら落ちそうで、お尻を擦ることも出来なかった。
 司書の汐耶には、下の句など本を見るまでもない。記憶済みだ。
 勝手に腹黒神父にメンバー表に書かれてしまった鬼鮫は出場するしかなくなってしまった。なにやら噂では、寝たりサボったりすると電撃が飛んで来るらしいとのこと。あとできっちりオトシマエをつけるとして、ここはさっさと札を集めるしかない。
「ケッ…百人一首か。俺は花札の方がいい……」
「そんなこと言ってる暇ー、無いですよぉぉぉぉ〜〜〜〜。あ、ここの角〜…曲がった所にあるって…言って言ってぇてぇ〜〜言ってますけどぉぉぉ」
 酷い振動だ。
「そうか…」
 汐耶が九十九神付の古本を握り締めつつ、ナビゲートする。
「行くぞッ!」
「はい〜」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
 角に差し掛かった瞬間、二人は体を傾け、絶妙なバランスで角をするりと曲がった。耳元で風が唸りを上げる。目の前に地面が見える。思わず息を詰めた。曲がりきれば上体を起こしてバランスを取り直す。一糸乱れぬ連携プレーだ。
 しかし、ママチャリの方は限界が来ているらしい。ガタガタと不穏な音を上げている。
(「何か、音が変ねぇ…」)
 いつ、このママチャリを見限ろうかと汐耶は思った。
「あ?」
 何かを感じる。
 どうやら札は近そうだ。ついでに九十九神付きの本も近いと言っている。顔を上げると、塀から張り出している木の枝に何か見えた。
(「頃合かしら…」)
 そして、迷わず汐耶は座っている後部の台に立膝をする。一瞬のチャンスだが、心中するよりはマシだ。鬼鮫の方に手を起き座席を踏みしめた。
「えいっ!」
 汐耶は自転車の上に素早く立つと、タイミングを計って飛び上がる。その瞬間、汐耶は札をキャッチし、太い木の幹に飛びついた。
「お、お前何するん……うわぁぁぁッ!」
 地面にトンと降り立った汐耶の姿を振り返って見た鬼鮫は、目の前にある看板に気が付かない。おまけにママチャリは限界を超えてしまった。
「おわぁ!」
 がくーん!という衝撃を足の裏に感じたその刹那、宙ぶらりんになる足の浮遊感に本能的な不安感を感じた。そんな君に幸あれ。鬼鮫は恥骨をサドルに打ち付けた。

 ちーん☆

 ゴリッ……

 脳裏に自動再生されたかどうかは別として。致命傷なのは確実だった。汐耶は両手を合わせて拝む。
 自転車からゴロリとペダルが片一方落ち、もう一方のペダルが落ちると、立ち漕ぎしていた鬼鮫は、自転車に引きずられるようにしてに転んだ。中々止まらない自転車がごみ収拾所のバケツにぶつかって止まる。
 さすがの鬼鮫と言えど、そのの衝撃には耐え切れなかったようであった。ご冥福を申し上げ、ちょっと恥ずかしい光景ゆえに汐耶はその場から離れていった。

  2
 そして、こちらも大変なことになっていた。
「いやぁぁぁぁめて、くだだだださぁぁぁいいいいいいい……うぉエエエエ〜」
 『セレスティさんの所の人だし、おとなしそうな人だし♪』とか思った自分自身の先見の目の甘さをヨハネ・ミケーレは恨めしく思う。
 興信所をマリオンと出てから話し合い、高台へ移動することを承諾したまでは良かったものの、それからが酷かった。全くもって酷かったとしか言いようがない。こんなに酷いお正月なら、今年の自分の運勢は細木数子に見てもらわなくてもわかりそうなものだ。
 大凶。仏滅。三隣亡。十三日の金曜日。
 師匠の勧めであったことがそもそもの間違いなのだが、弟子のヨハネは疑う事なんかあるわけが無い。無論、師匠の方は『ぜーんぶ知っていて』画策していたのだが。
「いうあえおおおおおおお、じぬぅぅぅぅぅ……がみ゛ざま゛ぁぁぁ〜〜〜」
 ハンドル片手に望遠鏡を持ち、読み上げられる句が聞こえれば、すぐさまマリオンは高台まで戻る。
『なげきつつ 獨りぬる夜の あくるまは〜』
 次の句が聞こえてきた。
「あ、誰かに取られてしまったようですね」
 つと眉を顰めてマリオンは言う。
 大人しそうな外見の割には、勝負事には負けたくないクチらしい。
「ズビード、落どじでぐだざ…うぉぉぉえ〜」
「ヨハネさん、私の車で吐かないでくださいね?」
 さっくりと釘を刺しつつ、スピードを緩めるどころか速度を上げるマリオンだった。後ろに乗っている遮那はすでにギブアップし、気絶している。
 札は30枚ほど集め、今では単独トップだ。
 どの辺で追いかけていたり、反応したりしているかを確認し、見つけたら能力で空間移動して札をゲットしていた。先ほど奪われそうになり、返り討ちにしたものの、また狙われても面倒なので即座に安全圏に移動していた。
「し、しょ…助けっ……」
「何か…文句ありますか?」
 にっこりとマリオンは笑った。
 あぁ、天使。きっと天使はこんな笑顔。
 ヨハネはマリオンの笑顔を見、遠くなる意識の中でそんなことを思った。手にある古風な手錠は二人を繋ぐ友情の証――ではなく。アッチ系の趣味、でもない。遭難防止のものなのだが…どう見ても、チェーンデスマッチ用の手錠にしか見えない。
 次元の狭間に落とされそうになったりして、今日は散々な目に遭ったヨハネの精神は限界状態にきていた。

   3
「ほな、お嬢はん。また逢お〜」
 豪はひらひらと手を振って去っていく。
 地面にへたり込んでいるのは、若いお嬢さん方だ。ホストとしての能力をフルに使って、しっかりと札を集める豪だった。
 遠目で冷たい視線を送っていた千里は、次の札を取るべく歩き始めている。そこに一人の男がやってきた。
「ちッ! 遅かったか!」
「ぁ〜? 何や…翔馬やんか」
 不意の声に豪は振り返った。
「何だ…じゃない! お前、この娘(こ)たちに何をした!」
 曲がった事が大嫌いな村雲翔馬は、ギリギリと奥歯を噛んで睨む。翔馬の言葉に思わず豪は首を傾げた。
「あんさん。何、ゆーとんのや?」
 なんとなーく、自分が悪徳代官のような気がして、時代劇がかったことを言う翔馬にぽつりと言ってみる。もしかしなくても誤解されているらしい。
「誤魔化す気かよ!」
 瞬間湯沸かし機よろしく、耳まで真っ赤にして怒る翔馬は、いつでも取っ組み合えるように身構えた。
「いや別に…なぁ?」
「別に何だ!」
「否定はせーへんけどな〜」
「なんだと! やっぱり…この、〇〇〇め!」
「うわっ、翔馬はん。そない言わはんでもぉ〜♪ 〇〇〇だなんて、●◇って言わはってェ〜♪」
 翔馬が怒るのを知っていて、わざと豪はからかう。
「●◇? ……そんな奴、俺が修正してやるー!」
 翔馬は駆け出すとボディーブローを食らわそうとした。
「〇▲〇■野郎!!」
 避けられて憎々しげに言い、翔馬は睨む。学生時代サッカー部だった豪は、脚にそれなりの自信があった。
「〇▲〇■野郎? ごっつう言い草やな。ほたえただけやーん」
 相手をからかっておいてそれは無いものだが、イノシシ翔馬に何を言っても無駄と豪は思っていた。言って何とかなるなら、今までだってそうしてきただろう。
 相手が能力者で、自分は自分の能力を使ってきっちり『お返しした』だけなのだが、今の翔馬に何を言っても無駄だ。
 瞬間的なダッシュなら、なんら問題は無い。豪は千里の歩いていった方向に走り出した。
「ほな、あとはよろしゅう頼むわ〜」
「何だと、何処に行く気だ」
「次のターゲットに決まってるやん」
「た、ターゲット!? …ちょ、ちょっと待て! この子達をどうすれば良いんだ」
「さあ〜、よう聞こえまへんなぁ〜。ほな、さいならー」
「馬鹿野郎!」
 吼える翔馬を無視して、豪はどこかへと走り去った。

   4
 札がばら撒かれたことと、全部のうたを知らないらせんはドリルガールに変身した後、バイザーで下の句の分析と札の位置を探し当てていた。
「えっと…。…あ、こっちね♪」
 バイザーに映った地図を見て、きゅるるん♪とドリルを回す。
 ういんういんういんとドリルが唸れば、ミラクルミラクルドリルで一撃☆
 乙女の愛をドリルに托して、今、必殺のスパイラルアタックを――空間にかましていた。空間湾曲で札の位置とを無理矢理繋げて札をゲットし、方々に現れては周囲の人間を驚かせている。
「銀の螺旋に勇気を込めて、回れ正義のスパイラル♪ ドリルガールらせん、ご期待通りに只今見参!」
「うわー! オバケー!」
「あたし、お化けじゃありませんよー?」
 始終こんな様子である。
 まあ酷いとか言いつつ、時空の彼方に引っ込むらせんだった。無論、空間のねじれはそのままで、行方不明者続出だ。
 その被害者の一人、星川麗花は泣き叫びながら電柱にしがみ付いている。らせんは気がつかずにどこかへと飛んでいってしまった。
「いやぁぁぁっ、らせんさんっ! 置いて行かないで、穴塞いでッ!! 落ちるぅぅぅぅッ! 猊下っ、猊下ぁ〜〜〜!」
 時空に穴が開いたところに落ちそうになっているのだった。
「麗花さーん!」
 裕介は絶叫した。手が届かない。風に靡く修道服からすらりと伸びた脚はバタバタと空を蹴っている。足場の無い怖さと何処に行くかわからない怖さが競りあがってきて、麗花は取り乱していた。
「も、もう…ダメです、裕介さん!」
「馬鹿を言ってはいけない! さあ、掴まるんだ!!」
「あ、あたっしっ…怖くって…もうダメ……さようなら裕介さん」
「麗花さ〜〜〜ん!」
 そう言う裕介も時空穴に飲み込まれそうになっている。
 次の瞬間、二人は時空の彼方に飛ばされてしまった。

   5
 らせんの後を不動・尊が追いかけていた。残り枚数はあと半分。時間はあと一時間だ。本当なら、もう殆ど札は見つかっていそうなものだが、らせんの空けた時空の穴と嬉璃の悪戯が行方不明者を続出させて、競技が全然進まないのだった。
 それもそうだ。札を持った人間が時空に嵌ったのなら、探すのも一苦労で、その札の回収をマリオンがしていた。麗花と裕介もマリオンに助けられたと報告が入っている。
「やれやれ…時空穴か…」
 尊はネットから百人一首のデータベースページをダウンロードし、軍事衛星にアクセスして札を探していた。一方、兄の不動・修羅の方は藤原定家を降霊させて探していた。藤原権中納言定家は1162年から1241年まで生きていた人物で、百人一首・新古今和歌集・新勅撰和歌集の選者である。
 まぁ、早い話が選んだ本人呼んでいるので、全ての歌を熟知しているのであった。
「どうして兄さんは俺と協力しないのか……」
 尊は深い溜息をつく。
 歌の判別は誰よりも早かろうと、現代の街の地理が分からなければ意味は無い。弟の方は用意周到に地図ソフトもインストールしているというのに、兄の方は全く持って札を取る事は出来ていなかった。二人は別々に行動している。それは、時間の無駄だろう。
 おまけに、修羅は競技前の空き時間で和歌の解説・講座をしていて出遅れているのだ。
 尊は兄と協力するかと辺りを見回し、らせんの後を追う事を止め、また違う方向へと走っていった。

『あおぎ見る 風に舞い散る 淡雪の 峰白むるを 君ぞ知るらむ。どうじゃ、良い句であろう?』
 定家は修羅に話し掛けてくる。体を貸しつつ、必死で走っている修羅は応えるのにもかなり億劫だった。と言うよりも、息が切れて仕方が無かった。
「そ、そうだな…さすがだぜ」
『ふぉっふぉっふぉ…人間の体は懐かしいのう』
(「た、頼むからッ…」)
 少ない酸素ボンベをつけて走るような苦しさに、真っ青になっていく修羅は肩で荒い息をしている。いつもとは違う感覚に、おかしいと本能が告げていた。
(「し、仕方ない…かなり苦しいが、ここはまた韋駄天を降霊ろすか…」)
「強力招来 超力招来…来い、韋駄天!」
 定家を降霊したまま韋駄天を呼んで、さらに賭け事の悪魔ヴォラクを降ろした。別に優勝したいわけでもないのだが、終わらないとこの苦しさから抜け出せない。必死で修羅は走った。
 …と、遠くで見たことのある人間と一匹が何やら拾うおうとしている。無我夢中で修羅はそちらに向かった。

   5
「あちしが見つけたにゃ」
 白いお耳をぴくくんっ☆と動かして、ねこだーじえるが言った。ふにゃんと千里に尻尾を振る。
「ねこだーじえるくんてば、えらーい♪」
「早く集めてこたつに入るにゃ。あちしはみかんがほしいのにゃ!」
 実はしっかり先見能力つかって、心の恋人ちーちゃんを優勝させるために頑張っているのだ。無論、誠心誠意ナビゲーションしつつ、他のライバルを色々邪魔していた。
 不動修羅が色々と降霊し始めてから、僅か三十分後、最後から二番目の札を取った。
(「こたつ〜♪ あちしはちーちゃんとこたつで丸くなるのにゃ☆」)
 にゅふふと笑えば、見えてくる見えてくる、次の札! 暖かい部屋で煎餅とみかんを堪能し、ちーちゃんの膝枕に埋もれるという野望を叶えるため、ねこだーじえるは頑張るのだ。
(「札、札〜♪ ちーちゃんのおねがいごと叶えるのにゃ」)
 自分の願い事なんぞどーでもよし。お願い事は自分でどうにかなる。要は早く終わらせて遊びたいのだった。次の札はこの近くにある。
(「にゃ? あちし、自分で叶えられるのにゃ」)
 まわれ〜、右。
 ねこだーじえるは愛しのちーちゃんの手をつんつんすると、ねこにゃん手招きをする。
「こたつで丸くなるのにゃ〜」
「えぇっ! まだ札が三十枚近く残ってるって、さっき聞こえてきたじゃん。寒いのかなぁ…困ったな」
「あちしは寒くないのにゃ。札はあと一枚にゃ」
「え〜? うっそぉ、何で…」
「なんだか、いきなり回収率が上がってるにゃ」
「おかしいねぇ…。…ん?」
『人はいさ 心もしらず ふるさとは〜』
 脳裏に響いてくる声。テレパスだ。これが最後の一句。千里は慌てた。
「うわ! 次の句がはじまっちゃった! えっとぉ〜、下の句は」
「花ぞ昔の、香に匂ひける…なのにゃ」
 透視能力などお手の物。ねこだーじえるは千里に下の句を教えた。
「そうだった! 紀貫之…土佐日記の人だ。行くよ、ねこだーじえるくん」
「わかったにゃ〜」
 二人して走り出そうとすると、上空をふよふよと飛んでいく何かが見える。魔剣を握り締め、メイド姿の内藤・祐子が飛んでいた。
「と、飛んでる…」
「見つけたみたいにゃ。落とすのにゃ〜」
「わっ…。…だ、ダメェ!」
「にゃ?」
「怪我しちゃうでしょ」
「そ、その札を…渡すのだぁ!」
 思わず後ろから聞こえた声に二人は振り返った。何処かしら目が血走っている観のある修羅が、千里達に突進してくる。
「にゃにゃにゃ! 悪魔なのにゃー!」
「あ、悪魔?」
「神に逆らう悪魔にはてんちゅーなのにゃ!」
 修羅に悪魔ヴォラクを見たねこだーじえるは身構える。しかも、反対側からリタステヴィア・ベルナウアーまでやってきていた。緑の晴れ着を着て走ってきている。日本に来て初めてのお正月ゆえ、着付けして貰って上機嫌らしく、どこか楽しそうであった。
「だれにゃ?」
「日本に来たばかりのリタステヴィアちゃんでしょ。吃驚させちゃダメ」
「でも、あちしには修羅に悪魔が見えるのにゃ」
「みなさーん! 私も混ぜてくださいなのデース♪」
 リタステヴィアは大きな声で言った。
 母国でも日本文化を学習するために、これを教材に勉強をした事あるので、百人一首は普通の日本人より逆に詳しい。もう一枚で終わりなので気が軽くなって、リタステヴィアは走ってきているようだった。
「うわぁー、どうしよう! 怪我しちゃう!」
 最悪な事に、絢音も祀もこちらに向かって走ってきていた。
「ぎゃああ! うっそぉ!」
 おまけに豪兄まで走ってきている。
 リタステヴィアはまだ喋りつづけていた。
「札の場所は覚えているのデス〜☆ でもぉ、反応速度が追いつかなくってー」
「絢音ちゃんには…負けないッ!」
 祀が必死になって走ってくる。
 物凄い勢いで走ってくる車が見える。乗っているのはマリオンとヨハネ、遮那と汐耶だった。ヨハネ、遮那共に撃沈。汐耶は余裕の顔だ。シュラインとらせんも遅ればせながら走って来た。
「兄さーん!」
 尊がPDA片手に走ってきている。
「最後の一枚、いっただきまーす♪」
 祐子はにっこり笑って電柱に引っかかっている札に手を伸ばした。
「みんなともっと仲良くなりたいですー♪」
 祐子がお願いを言いながら手を伸ばす。
「私もですー♪ ……みんな友達になってくださーい☆ 」
 リタステヴィアが元気な声で言った。
「ま、待て……ぐはッ!」
 修羅が血を吐いて倒れ臥した。幾人もの霊を降ろし、体を二十四時間酷使したために、内臓の方に無理が来たようだ。
「兄さん……兄さぁ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」
 尊が絶叫する。
「誰か…誰か兄さんを助けてくれ!」
「わ、わ、わっ! ちょっとやばいじゃないの!」
 そう言っている間に札は風に吹き飛ばされて飛んでいく。皆はその後を追いかけた。
「兄さんが…」
「もう、しょうがないなぁ…」
 千里は眉を顰めた。
 1日に3回なら、空中の分子を変質固定し、自ら望むものを千里は瞬時に作り出す事ができる。千里は意識を集中した。
(「人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける…だっけ…。一人でも足りなかったら意味無いモンね……」)
 人の気持ちはわからないものだけれど、故郷の梅の花の香りは昔と同じように咲き匂って、私を迎えてくれている。そう意味の句だ。
 人の気持なんか、体の中に隠れてしまって、いつの世も目で見ることが出来ない。だけれど、今がいつか昔になって、花の香りように思い起こせる日かくるなら――それでいい。
 いつか、私たちが時の狭間に隠れてしまって、お互いの事を忘れてしまう時が来ても。その瞬間までは絶対に忘れたりなんかしない。いつでも、大切なものは目には見えないから。目に見えるものも、見えないものも信じて生きていくから。
(「二三矢……二三矢が忘れても、私は忘れたりなんかしないから。いつでもいいから戻ってきて。そして、何度でも――」)
 飛んでいった札を取り返し、千里は叫んだ。
「最後の札、ゲッーツ!! 皆が、楽しく笑って健康に過ごせますようにーっ!」
 その瞬間、天に向かって真っ直ぐに光の柱が立った。ふわりふわりと金色の光が舞い降りる。それはみんなのもとに降りると、胸の中に沁み込んでいった。
 そうして光の柱はそのまま修羅目掛けて飛んでいく。金色の光の奔流が山の裾野のように流れていた。
 シュラインが空を見上げた。一点の曇りない、都会の空に金色に輝く太陽。きっと、健康とは太陽のように生きようとする人のものなのかもしれない。
「綺麗ね…」
 そう言って振り返る。武彦は息を切らしながら後方を走っていた。
 血を吐いていた修羅はゆっくりと起き上がる。何が起きたかわからないといったような表情だった。
「よかった…やっぱりみんな元気が一番です♪」
 祐子は修羅を助け起こしつつ、にっこりと笑って言った。修羅の顔色はさっきとは違って良くなっている。
「俺の…俺の心臓…動いてる…」
「ちょっと…血を吐いてるみたいだったけど、大丈夫なのかしら?」
 絢音は心配そうに言った。修羅の近くで座り込んで覗き込んでみる。何とか大丈夫そうだ。
 遠くから、麗花と裕介が歩いてくる。麗花は泣きっぱなしだった。
「あた…あたしっ…」
「大丈夫か、麗花さん…」
「も、もう…怖くって…裕介さん傍に…いてくださっ…」
「俺がいるから……」
「裕介さ…っ…」
 そう言うと麗花は細い声を上げて泣きじゃくった。麗花の肩をぽんぽんと叩き、自分の方に寄せれば、よほど怖かったのか麗花は抱きついてしまう。
「そーんなことより、自分は大丈夫なのっ?」
 祀は絢音に言った。少々、つっけんどんだが、心配はしているらしい。
「二十四時間走ってたじゃないの」
「それは、祀さんも一緒でしょ?」
「うっさいわね!」
 ふんっとまたそっぽを向いて、祀は歩いていってしまった。
 そんな、彼女を見つめて絢音は苦笑する。いつか、こっちを向いてくれる日がくるだろう。その日まで待てばいいと絢音は思った。

中天を降りて随分と経った太陽は、昼間の光を夕方のそれへと変えてく。もう二時間もすれば日が落ちて、夕餉の時間がやってくるだろう。
 今晩だけは平和な夜であって欲しいと、誰もが願っていた。

 ■END■

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0165/月見里・千里/女/16歳/女子高校生
0506/奉丈・遮那 / 男 / 17 / 占い師
1098/田中・裕介/ 男 /18歳 /高校生兼何でも屋
1286/ヨハネ・ミケーレ/ 男 / 19歳 /教皇庁公認エクソシスト(神父)
1449/綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 /司書
1552/月見里・豪/男/25歳/ホスト
2066/銀野・らせん/女/16歳/高校生(/ドリルガール)
2445/不動・尊/男/17歳/男性高校生
2575/花瀬・祀/女/17歳/カトリック系の女子校に通う高校2年生
2592/不動・修羅/男/17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師
2740/ねこだーじえる・くん/男/999歳/猫神(ねこ?)
3670/内藤・祐子/女/22歳/迷子の預言者
3852/凡河内・絢音/女/17歳/ごく普通の女子高校生
4164/マリオン・バーガンディ/男/275歳/元キュレーター・研究者・研究所所長
4511/リタステヴィア・ベルナウアー/女/17歳/女性交換留学生(超お嬢様)

                 (以上16名)
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■         ライター通信          ■
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 あけましておめでとうございました☆(お;)
 新年早々、このような発注をありがとうございました。
 とても楽しかったです。
 今年もよろしくお願いいたします。

 皆さんの願い事が叶いますように。


 朧月幻尉 拝
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
皆瀬七々海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月17日

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