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『記憶の欠片 』
蘇芳・立夏4319

薄い灰色の分厚い雲が、空を一面に覆い尽くし、ポツポツと降る雨は大地に根付く植物たちをしっとりと湿らせ、時折吹く風は肌寒く体を冷やす。
黒い服を身に付け、両親の17回忌を終えた立夏は、そのまま迷うことなく一人で両親の眠る墓場へ足を向けていた。
傘を差し、ゆっくりとした足取りで数々の墓石の前を通り過ぎ、そして目的の両親の墓石の前に立った。
「……父さん、母さん」
立夏は小さく呟くように父と母を呼ぶが、応えるはずもなかった。
降る雨はまるでこの墓の下に眠っている両親の涙のようにさえ、この日は感じた。
じっと墓石を眺めていると、不思議とこれまで思い出すことがなかった出来事が何故かこの日は鮮明にふつふつと脳裏に蘇ってくる。

『父さん! 母さん!』
そう、あの日も今日と同じような天気だった。
外は雨が降っていて少し肌寒ささえ感じる、そんな気候の日だった…。
あの日、立夏は姉と共に外に出かけていて、夕暮れも近づきそろそろ家に戻らなければと岐路に着き、家の玄関を開いた時のあの何とも言えない奇妙な雰囲気は、当時幼かった立夏にも分かるほど重々しかった事は今でも覚えている。
一見見た感じは何の変哲もないいつもの玄関。
ただ違うのはその家の中にたち込める空気だった。重々しい雰囲気を肌にピリピリと感じつつも、立夏は姉と共に恐る恐る家に上がりキッチンへと通じるリビングに足を踏み入れた。
踏み入れたリビングは酷く荒らされ、棚に飾ってあった母親が大事にしていた置物も、父親が好んでよく読んでいた本も、テーブルクロスもソファもクッションも、立夏のお気に入りだった人形も全て、リビングにあった物と言う物が床の上に散在していた。
そして、その散らかったリビングの窓のあたりにはうつ伏せになって倒れている父と母の姿があった。
姉はすぐにその状況を察知すると驚愕の眼差しと悲しみに満ちた表情でその場に気を失って崩れ落ちた。
『父さん? 母さん?』
まだ幼かった立夏はこれが一体どんな状況なのか理解が出来なかった。その時はただ両親はそこで眠っているのだと思った。
そう、いつものようにベッドで眠らずにとても眠くて、うっかりここで眠ってしまったのだと。
立夏はそんな身動きをしない両親の傍に近づき抱きついた。
その瞬間…。
ベタッ…とした生暖かく粘りのある液体が抱きついた立夏の手にまとわり付く。
『………っ?!』
立夏は両親から体を放し、手に付いたそれを見た。
手からボタリと垂れ落ちるそれは、深紅の色をしていた。そしてヌルヌルとした感触をその手全体に与えている。
鼻に付くような生臭い匂い…。
ゆっくりと立夏は自分の胸元を見下ろすと、洋服にも同じ物が大量に付いており、そしてその足元にはその液体が池のように床一面を染め上げていた。
幼い立夏にもそれが一体なんなのか理解が出来た。
これは…血…。
急激に不安にかられた立夏は、目の前に倒れている両親に手を掛け今にも泣き出しそうな声で二人を呼ぶ。
『父さん! 母さん! 起きて? ねぇ、起きてよ』
立夏は父の体を揺すった。
父の体は何の抵抗も無く立夏に揺すられるままに体が動くだけだった。
母の体も揺すってみた。
しかし母の体も父と同じように力なく揺すられるままに動くだけ…。
幼い立夏の目には不安が現実のものとして証明されると、大粒の涙が溢れ出した。
『父さん…母さん…』
もう全てを悟った。父も、母も…もう、戻っては来ないのだと…。

「父さん…母さん…」
立夏は差していた傘を地面の上に手放し、雨に濡れて立っていた。
そしていつしかあの日ように大粒の涙が溢れ、行く筋もの熱い涙が雨に混じって頬を伝い落ちる…。
胸が締め付けられるような息苦しさ。
体は寒さからではなく、悲しみのあまり小刻みに震えて止まらない。
どうして、こんなことを思い出したのだろう。
今日のこの雨と気候が、全てを思い出させる原因となったのかもしれない。
立夏は瞳を閉じて流れ落ちる涙を堪えようとした。
「……っ」
立夏は急に込み上げてきた嗚咽に口元を押さえるが、とても押さえ切れなかった。
込み上げる涙と感情があまりにも強すぎて、立夏には堪えようとも堪えきれなかった…。
「うわあぁぁあぁぁあぁっ!」
人目をはばかることも無く、立夏は墓石にすがりつくようにその場に座り込んだ。
両親が死んだ原因は刺殺による出血多量によるもので、そして『闇の者』が絡んだ事件に巻き込まれて死んだのだと言う事を知ったのは、あれからしばらく経ってからだった。
どんな理由があったにしても、立夏は両親を殺した犯人を許すことは絶対に出来ない。
大切だった両親を、見ず知らずの人間に奪う権利がどこにあるのか。
この悲しみはずっと、立夏の中で永遠に上がらない雨のように立夏を覆い尽くしていた。
「父さん…母さん!」
全身ずぶ濡れになりながら、瞳には雨とも涙ともつかない雫を流し、悲しみに満ちた表情で両親の墓石を見つめた。
雨に打たれた墓石はただ冷たく立夏を見下ろしている。
ふと、その時目を疑うような光景が目の前に現れた。
今まで何の変哲も無かった墓石を挟むようにして立っている両親が優しい眼差しで立夏を見下ろしているのだ。
立夏は呆然とした表情でその光景を見入っていると、母親がゆっくりと立夏の目線まで腰を落としそっと立夏の頬に流れる涙を拭うように手を出してきた。
そして父親も同様に立夏と同じ目線まで腰を落とすとそっと立夏の肩に手を置いてくる。
『…………』
そして父親は声にならない声で立夏に何かを語りかけた。
「何? 何なの? 父さん」
父親は聞き返す立夏の言葉に返事を返すことなく、柔らかく微笑んでいた。
両親はゆっくりと立ち上がるとそのままスッと消えていなくなってしまった…。
いつしか雨は止み、空には一筋の光が差し込み始めている。
墓石の前にしゃがみこんでいた立夏は雨が上がったことも気が付かず、消えた両親の墓石を眺めていた。

―――悲しまないで。必ずこの事件を解決できる…。

そう父親が言っているのだと思った立夏はゆっくりと立ち上がり、頬に流れている涙を拭い去った。
そして光が差し込み始めた空を仰ぐと、そこにはこれまでに見たことが無いほどの見事な虹が出ているのを見つけた。
キラキラと輝く虹に、うっすらと雲間から差す太陽の光。
そしてその光に反射するように大地の草木と、遠くに連ねる山々の輝き。
立夏はその光景を見ると不思議と気持ちが落ち着いてくるのが分かる。そしてそれと共に力強い勇気と元気。
「止まない雨はないんだ…」
止まない雨が無いように、世の中にある全てのものには始まりと終わりがある。
だからこの悲しみも事件も、全て終わりがある。
立夏はそう思うと先ほどまでの自分とは打って変わった自分になれた気がした。
知らず知らず、その表情には明るさと同時に笑みさえ浮かび上がっている。
「ありがとう、父さん、母さん」
一際優しい笑顔で立夏は空から墓石へと視線を移すと、感謝の気持ちを伝えた。
「また、来るね」
立夏は地面に落ちた傘を拾い上げてたたむと、ゆっくりと家路に着くために歩き出した。
空は眩しいほどの光り輝く太陽が覗き、雲がどんどん切れて青空すら覗き始めていた。
虹は立夏を励ますように美しいアーチを象り、両親の眠る墓石と共に立夏の後姿を見送っていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
りむそん クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月17日

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