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『心に映る人 』
天護・疾風2181


 粉雪が風に舞い、穏やかな時間が流れ出す。
 触れる手の温もりが心地よくて。
 浮かぶ小さな笑み。
 何時だって側にいたいと思いながらも、自分たちは互いに個々の存在で一人の人間ではないからそれは出来なくて。
 だから触れる温もりをそっと感じて。

 今あるこの時間を大切にしたい。
 かけがえのない想いと共に。

 そして大切なものは今この手に‥‥





 ふいっ、と空を眺めていた風祭真はそのまま風に乗ってその世界から飛んだ。
 その後を天護疾風は当然のように追いかける。
 いつもその側を離れた事はなかった。
 長い年月を共に過ごし、そして駆け抜けてきた。
 時折、自分自身の役目を忘れてしまいそうになりながら。
 誰よりも人を慈しみ、長い年月を生き続けることの寂しさを味わい続ける真と共に。

 ずっと見守り続けてきた女神の背中。今日は何処か寂しげだった。
 真が向かったのは見知らぬ何処かの世界。
 『東京』という街のある世界とはまた別の世界。
 しかしその世界にも雪は降り積もっていた。
 上空から見る世界は真白に染まり、美しかった。
 広がる世界を真は一人彷徨う。
 晴天の中ふわりふわりと舞う雪は、何時も居る世界と同様に冷たかった。
 その雪に手を翳した真の寂しげな背中を眺めていた疾風は思わず声を掛けてしまう。
 何故かそのまま傍観している事は出来なかった。

 女神の眷属になると誓った日。
 それは封護である事を隠し、目の前の女神に偽りの忠誠を捧げた日でもある。
 いつか、真を手に掛ける日が来るかもしれない事を思いながら。
 その日からずっと真の前では白狼の姿であり続けた。
 白狼の姿でいつも真に付き従って、その背中を見つめてきた。
 しかし今日くらいはその姿を変えても良いだろうと。
 いつも人の側から離れる事のない真が珍しく離れているのだから。
 世界中の者達が歓び祝う聖なる夜。
 世の中もそして疾風と真にとっても、多分今日は特別な日なのだ。

「東京のある世界では、風花と言いましたか。‥‥珍しいですね、貴女があの世界を離れるなんて」

 その声に真はゆっくりと振り返り、驚きの表情を浮かべる。
 それを疾風は微かな微笑みを浮かべ見つめ返した。

「貴方こそ珍しいわね。その姿を見るのは何千年ぶりかしら」

 漸く発した真の言葉に疾風は、そうですね、と呟く。
 真はそっと目を伏せて笑った。
 そして再び空を舞う雪に手を伸ばす。

「風に揺らぐ雪‥‥綺麗ね」
「そうですね。あの世界と同じように」

 生と死のある世界は女神にとってどのように映るのだろう、と疾風は思う。
 やはり綺麗なものに見えるのではないか、と考える。
 限りある時を生きるからこそ、その瞬間が輝きを放つのだろうと。
 しかし死のない真はただその他人の輝きを見つめ、見守る事しかできない。
 自分自身がその輝きの中に身を置く事は適わないのだ。
 その姿を疾風はずっと見つめてきた。
 だからこそ分かる事がある。
 本当は疾風には真が何を思い此処までやってきたのか見当がついていた。
 しかしそれを口にするような事はしない。
 ただいつものように黙って見守るだけだ。
 言葉にして二人の間に崩れるようなものがあってはいけない。
 何千年と同じ距離を保って二人は共に歩いてきたのだから。
 自らそれを壊すような馬鹿な真似をすることは考えられなかった。
 じっと空を見つめ黙り込んでしまった真に疾風は声を掛ける。

「どうかなさいましたか?」

 真は疾風の紅の瞳を見つめ小さく首を振った。

「どうもしないわ。特別な夜だから、ちょっと遠出してみただけ」

 だって街中が歓びに溢れているでしょう?、と真はふわりと微笑んで見せた。
 そこには少しの哀しみも映り込んではいなかった。
 ただ優しい眼差しが溢れているだけ。
 寂しさも哀しさも全てを自分自身の中に飲み込んだ上での優しい笑顔。
 疾風はいつもながら真を強い存在だと思う。
 もちろん、弱い部分があることも知っていたが。

 疾風はその笑顔を受けて、せっかくの夜なのだから偶には人として過ごすのも良いかもしれない、と考える。
 明日にはいつもの白狼の姿に戻って、今までと同じように真の側に居るつもりだった。

 だから今日くらいは‥‥。
 
 くすり、と悪戯な笑みを浮かべて疾風は真に提案する。

「遠出ついでに酒場にお付合いは如何でしょう。今日は他人の誕生日にかこつけて騒げる、特別な夜…ですから」

 呆気にとられたような表情を浮かべた真だったが、すぐに笑みを浮かべると疾風の案に楽しげに乗ってくる。

「勿論奢りよね?」
「えぇ、勿論そのつもりです」

 少しでも彼女の哀しみが減りますように、と心の中で疾風は舞い散る雪に願う。
 暖かな笑顔がいつも浮かんでいれば良いと思う。
 真の哀しげな表情を見ると胸が痛む。
 笑顔の方がこの女神にはとてもよく似合うのだから。

「それじゃ行きましょう」
「はい」

 真と疾風は連れだってその世界を後にする。
 そして特別な夜を二人で過ごすのだ。
 疾風にとって大切な存在である真と共に。


 舞い散る雪は軽やかに上空へと舞い上がり夜の闇へと融ける。
 哀しみは暗闇に融け、二人の間には切る事のできない絆が残った。




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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

●1891/風祭・真/女性/987歳/特捜本部司令室付秘書/古神
●2181/天護・疾風/男性/27歳/封護


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■         ライター通信          ■
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今更ではございますが、明けましておめでとうございます。(遅すぎです、私)
そしてお手元に届くのが大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
昨年は色々と疾風さんのお話しを紡ぐ事が出来てとても幸せでした。
毎度疾風さんの魅力にクラクラしながら書かせて頂いております。
今年もまた機会がありましたらお付き合いくださいませ。
今年も疾風さんにとって素敵な年になりますよう、お祈り申し上げます。
クリスマス・聖なる夜の物語2004 -
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聖獣界ソーン
2005年01月17日

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