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『心に映る人 』
風祭・真1891


 粉雪が風に舞い、穏やかな時間が流れ出す。
 触れる手の温もりが心地よくて。
 浮かぶ小さな笑み。
 何時だって側にいたいと思いながらも、自分たちは互いに個々の存在で一人の人間ではないからそれは出来なくて。
 だから触れる温もりをそっと感じて。

 今あるこの時間を大切にしたい。
 かけがえのない想いと共に。

 そして大切なものは今この手に‥‥





 ふいっ、と空を眺めていた風祭真はそのまま風に乗ってその世界から飛んだ。
 宛など特になかった。
 なんとなくふらりと此処ではない何処かへ行ってみたくなったのだ。
 神の子の誕生を世界中が祝う日。
 古い風神の誕生は一体誰が祝ってくれるのだろうと思いながら。
 誰も古神の事などには気付いていないだろう。
 そう思うとほんの少しの寂しさが胸にこみ上げる。
 別に誕生など祝ってもらえなくても良かったが、誰も自分の事に気付いていないということが少し寂しくなっただけだ。
 真の後をいつもと同じように天護疾風が追いかけてくる気配がある。
 それは至極当然で当たり前で。
 真はそれを別に不思議とも思わなかった。
 いつも疾風は真の側を離れた事はなかった。
 長い年月を共に過ごし、そして駆け抜けてきた。

 真が向かったのは見知らぬ何処かの世界。
『東京』という街のある世界とはまた別の世界。
 別の世界へとやってきた真はそこに降り積もる雪を上空から眺める。
 それはまるで粉砂糖をまぶしたような世界に見えた。
 上空から見る世界は真白に染まり、美しかった。
 広がる世界を真は一人彷徨う。
 晴天の中ふわりふわりと舞う雪は、何時も居る世界と同様に冷たかった。
 その雪に手を翳した真は広がる世界を眺める。
 東京とは違って随分と静かだった。
 街に流れる楽しげな曲も賑やかな声も聞こえない。
 静かな世界だった。

「東京のある世界では、風花と言いましたか。‥‥珍しいですね、貴女があの世界を離れるなんて」

 その声に真はゆっくりと振り返り、驚きの表情を浮かべる。
 耳に馴染みは無いものの、心には常に感じている声の主がそこに立っていた。
 いつも白狼の姿で付き従っている疾風が、出会った時に見せた青年の姿へと変わっていた。
 眼鏡を掛け、白い装束に身を包んだ理知的な笑みを浮かべた青年へと。
 穏やかな表情を浮かべた疾風はそんな真を見つめ返してくる。
 一瞬の間をおいて、真は疾風に声を掛けた。

「貴方こそ珍しいわね。その姿を見るのは何千年ぶりかしら」

 漸く発した真の言葉に疾風は、そうですね、と呟く。
 真はそっと目を伏せて笑った。
 そう、真は疾風と出会ってから既に何千年と生きてきたのだ。
 その間疾風はいつも真の傍らに寄り添っていた。
 気の遠くなりそうに長い時間ずっと。
 一緒にいる事が当たり前だった。
 恐らくは己よりもずっと純粋で聖なる者だと真は疾風のことを思う。
 きっと自分の身を包む永遠に続く時間も、疾風が居たから耐えられたのかもしれない。
 そしてこれから先、まだ続く永遠の時も疾風と共に自分は歩いていくのだろうと真は思った。
 そして再び空を舞う雪に手を伸ばす。

「風に揺らぐ雪‥‥綺麗ね」
「そうですね。あの世界と同じように」

 生と死のあるあの世界は本当に綺麗だと真は思った。
 限りある時を生きるからこそ、その瞬間が輝きを放つのだろうと。
 しかし死のない真はただその他人の輝きを見つめ、見守る事しかできない。
 自分自身がその輝きの中に身を置く事は適わないのだ。
 終わりのある輝きのある時間と終わりのない永遠に続く時間。
 どちらが良いのだろう。
 しかしそう考えた所で、自分の生が変わる訳ではない。
 それでも考えずには居られない。
 いつまで自分は生き続けるのだろうかと。
 じっと空を見つめ黙り込んでしまった真に疾風は声を掛ける。

「どうかなさいましたか?」

 真は疾風の紅の瞳を見つめ小さく首を振った。
 本当は目の前の青年の姿をした疾風は何もかも気付いているのだろう。
 それくらい長い間一緒に時を共にしてきたのだから。
 しかしそれを口にしないのはきっと互いの距離を変えないため。
 自らそれを壊すような馬鹿な真似を聡明な疾風がするとは思えなかった。

「どうもしないわ。特別な夜だから、ちょっと遠出してみただけ」

 だって街中が歓びに溢れているでしょう?、と真はふわりと微笑んで見せた。
 そこには少しの哀しみも映り込んではいなかった。
 ただ優しい眼差しが溢れているだけ。
 寂しさも哀しさも全てを自分自身の中に飲み込んだ上での優しい笑顔。
 これがきっと一番良い表情だと真は思う。
 二人にとって、これからも共に時を過ごしていく疾風に向けての今向ける表情としては。
 そんな真に、くすり、と悪戯な笑みを浮かべて疾風は提案してきた。

「遠出ついでに酒場にお付合いは如何でしょう。今日は他人の誕生日にかこつけて騒げる、特別な夜…ですから」

 呆気にとられたような表情を浮かべた真。
 初めて見た疾風の悪戯な笑み。
 それはそうかもしれない。
 疾風が人型を真の前に曝すのはこれまで数える位しかなかったのだから。
 こんな表情をいつも傍らにいる疾風はするのかと妙な所に感心しながら、真はすぐに笑みを浮かべると疾風の案に楽しげに乗った。

「勿論奢りよね?」
「えぇ、勿論そのつもりです」

 笑顔で頷いた疾風に真も微笑む。
 今日は特別な夜なのだ。
 友であり家族でもある彼と、偶にはこういう夜もいい。
 今日は違う疾風の表情が見れるかもしれないと微かな期待を胸に。
 一体どれ位新しい表情を見せてくれるのだろうか。

「それじゃ行きましょう」
「はい」

 真と疾風は連れだってその世界の町並みへと降りる。
 そして特別な夜を二人で過ごすのだ。
 真にとって大切な存在である疾風と共に。


 舞い散る雪は軽やかに上空へと舞い上がり夜の闇へと融ける。
 哀しみは暗闇に融け、二人の間には切る事のできない絆が残った。




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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

●1891/風祭・真/女性/987歳/特捜本部司令室付秘書/古神
●2181/天護・疾風/男性/27歳/封護


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■         ライター通信          ■
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今更ではございますが、明けましておめでとうございます。(遅すぎです、私)
そしてお手元に届くのが大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
昨年は真さんのお話しを紡ぐ事が出来てとても幸せでした。
ずっと長い時を生き続ける真さんの思いを色々と考えて書かせて頂いているのですが、気に入って頂ければ幸いです。
今年もまた機会がありましたらお付き合いくださいませ。
今年も真さんにとって素敵な年になりますよう、お祈り申し上げます。
クリスマス・聖なる夜の物語2004 -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月17日

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