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『●戦いの後に 』
シュライン・エマ0086
「…で、パーティーに招待してくれるというのか?」
 ヒルデガルド・ゼメルヴァイスは怪訝な様子でユリウスを見た。魔界ホール・オブ・ペイン サーキット会場を丁度出たところだ。
 ヒルデガルドは白髪に針水晶色の瞳の美しい女吸血鬼だ。
 これから帰ろうとしていたヒルデガルドを捕まえて、ユリウスが提案した。
「えぇ、そうですとも。今日は『偶然に』サーキット場でお会いしましたし」
「…なるほど」
 にっこりと笑うと、ヒルデガルドは言った。
「ちょーっと、お時間いただいちゃいますけどね」
 そう言って、ユリウス・アレッサンドロ枢機卿は笑った。その姿に周囲の人間は怪訝な顔をする。それもそうだ。今、目の前にいる女性は吸血鬼なのだから。
 普通、教皇庁の敵である吸血鬼をクリスマスパーティーに呼ぶ人間が、一体どこの世界にいるというのだろうか。まぁ…目の前にいるのだが。
「そうか…では、呼ばれるとしよう。私は普通に食事もできる。ワインかCP(血液精製剤)のどちらかがあれば嬉しいが…」
 そんなことを言いつつ、白髪の美女は微笑んだ。CP(血液精製剤)――正式にはBlutraffinierung Medizinと言うのだが、人工的に人間の血液と同じ物を作り出すタブレットのことだ。
「お菓子、料理、飲み物等を自分達で集めてきてくださいね〜」
 ユリウスは皆に向かって言う。実は、ユリウスはこっそりと闇鍋をする気でいるのだが、このメンバーで何ができるかほくそえんでいた。
「食料は自分でか? では、そこらへんの人間を二、三人……」
 表情も変えずにヒルデガルドは言う。
「ひいいいいっ……。…ヒルデガルドさんっ…ワインで我慢してくださいっ!」
 闇鍋に人間が入ったりしたら洒落にならない。黒々と大きな鍋に浮かぶ人間を想像してユリウスは大慌てで言った。
「慌てるな…冗談だ。私は普通に食事もできる」
「そうだったんですか?」
「おや、知らなかったのか。感覚が鋭いからな…安物は食べないのだが」
「お値段がかかる人ですね」
 そう言って苦笑したが、そこにセレスティ・カーニンガムがいることを確認すると、ユリウスはほっと一安心した。自分の安い給料でヒルデガルドの食費を賄うのは、どうしても避けたかった。
「ワインですか? 屋敷のカーヴから白・ロゼ・赤とシャンパンを数本ずつ持参しましょう。ワインクーラー等もお貸しいたしますよ」
「あぁっ、セレスティさん♪ ありがとうございますっ!」
 大袈裟にもユリウスはセレスティの手を取ってブンブンと振る。
 月末前にしてお財布がピンチのようだ。一体、何に使ったのやら。呆れつつ、シュライン・エマはユリウスをそっと見た。
――皆、筋肉痛とか大丈夫なのかしら?
 そんな事が気になるシュラインだったが、遠くでうめいている人間を見ると、この会場が『激痛の回廊』と呼ばれていることの意味が分かるような気がした。

●興信所内
 何人かの人間を魔界へと残し、ユリウス・アレッサンドロ、塔乃院影盛、草間武彦以下、調査員一同は興信所へと帰ってきた。
 パーティーをすると言い始め、この興信所の所長である武彦も別にパーティーを開いても良いと言い始めたものだから、シュラインは困ってしまった。
「さて、パーティーだけど…どうしましょ」
 ふ〜むとため息をついて、シュラインは辺りを見た。出掛けに掃除はしてあるので綺麗だが、肝心の食べ物が無い。
 パーティーは会場でと思っていたのもあって、予定外の状況に大慌てしていた。
「の、残り物あったかしら? それらをかき集めて…っと…ケーキは時間がないしプリンくらいなら作れるかな」
「ケーキなら買ってくれば良いだろ?」
 武彦は会われているシュラインにのんびりと言った。
「うーん…ケーキは案外当日だと安く売ってたりもするけれど、ね。まだお店が始まる時間には早いし…それよりも机や食器類等のセッティングを確りやっておいた方が良いかしら?」
「そうだな。多分、セレスティあたりが持ってくるだろ」
「そうよねぇ…向うの料理長さんに期待しちゃおうかしら。でも、何か自分で作らないとなぁ…すっきりしないわ」
「卵なら99セールで買ってきただろう?」
 材料はあるじゃないかと武彦はシュラインに言った。
「そうよねぇ…でも、今は卵って一番安くてもMサイズで228円だし、Lサイズは248円だし」
「正月前でセールをやるだろ」
「うーん、じゃぁ…やっぱりプリンにしましょうか。それなら30分でできるから」
 皆さん、色々と持寄ってらっしゃいそうだし…と言ってシュラインは苦笑した。さすがに実質上、興信所のお財布を預かる身としては気になるところらしい。
 プリンなら、卵・牛乳・砂糖・ヴァニラがあればできる。
「プリンですかぁ〜♪」
 不意にユリウスが言った。
「きゃぁっ!」
「わあ!」
 さっきまでは居なかった人物の登場に、シュラインと武彦の二人は吃驚して跳ね上がりそうになる。買い物に行くと出かけて、小一時間も帰ってこなかった人物はにっこりと笑って二人を見つめ返す。
「なにやってるんですかっ!」
 ユリウスが鍋持ち出し、楽しげに抱えているのを見てシュラインは眉を顰める。
「…………鍋。変なことに使ったら、責任とってもらいますよ?」
「え〜? えへへ、えへへ♪」
「闇鍋する気ですね?」
「え〜、そんなぁ……いいでしょ、パーティーですし♪」
「こっそり餡子入れて全部食べてもらうかも…?」
「…………あうっ」
 しおしおと項垂れつつ、それでも鍋を抱えて出て行くユリウスだった。
 そんなユリウスに呆れたのも束の間、自分がやらなければいけない作業にシュラインは戻った。
 卵を割ってほぐし、砂糖と牛乳を入れて温める。小鍋の中でとろみを増すそれを遠くから眺め、武彦は笑っていた。
「武彦さん、何を笑ってるの?」
 シュラインは小首を傾げる。
「いや…懐かしいなと思ってな」
「何で?」
「いや…昔そういうのが流行った頃があったんだ」
「手作りプリンが?」
「いや…ミルクセーキとか、フレンチトーストとかがな」
「あ〜…小学生向けのおまけの料理本とか、そういうのね」
 ふと思い出して、シュラインは微笑んだ。
 そう言う本に書いてあるものは何でも美味しそうに見えるものだ。美味しい想い出にシュラインは楽しげに言う。
「良かったわ…プリン作って。あんまり作らないものね、こういうの」
「そうだな…売ってるしな」
「そうね」
 シュラインはにっこりと笑って、薄い黄身色の液体を大きな料理鉢に移した。料理鉢にはパンが引いてある。パン・ペルデュだ。
 ちっともお洒落じゃないけれど、武彦とこういう話が出来てシュラインはすこし幸せだった。

●登場1
 セレスティ・カーニンガム氏はやってきた時、手にチョコを持っていた。
「甘い物が好きなユリウスさんの為に、ベルギーチョコの板チョコを丸ごと持参したのですけれど」
 セレスティとモーリスを出迎えたかわうそ?は二人を見上げ、手…というか、前足を差し出した。
|Д゚)ノ ユリウス、闇鍋するらしいなり。
「ユリウスさんの闇鍋ですか…、大層甘そうですね。どうせならばチョコレートフォンデュベースで作るのは如何でしょう。甘い物が好きなユリウスさんの為にベルギーチョコの板チョコを丸ごと持参したのですけれど」
|Д゚) グッドアイディア。さすが庭師の主人。
「これでしたら、フルーツも野菜もチョコレートでコーティングされて何が何か形は判るかも知れませんがね。
|∀゚)b ぐっじょぶ
「味までは想像出来ませんね」
|) 直ぐ溶けるように刻んでおく。
 そう言うと、かわうそ?はキッチンの方へと向かう。向こう側には冷蔵庫の前でうろうろするヴァイスがいた。その奥では、ブルーノ・Mと草間零が何やらお鍋で温めている。多分スープか何かだろう。
 セレスティとモーリスは興信所の中に入ると、テーブルにケーキや料理の入った籠を置く。それを見たシュラインは嬉しそうに手を振った。
「セレスティさん、それってお料理よね?」
「えぇ、そうですよ。当家の料理人に作って貰ったものですがお口に合うと嬉しいのですが。冷めてもおいしさの変わらないものを作ってもらったのです」
 ワクワクしながらやってきたシュラインは、ちょっとだけお料理を見せてもらった。
 中には、ローストビーフサンドイッチとターキーサンドが入っている。他にもいろいろ入っていて、思わずごくんと唾を飲み込んだ。
 ブロッコリーのぺペロンチーノ風炒め、マスカットのミント砂糖漬け、マンゴーのソルベにパッションフルーツとアニス風味白ワインのジュレを添えたドルチェ、ラッピングされたモカトリュフ、人形の形をした可愛いジンジャースナップクッキー……
 うっとりとシュラインは眺める。
「すっごい綺麗〜〜〜〜♪ 美味しそう…いいなぁ、セレスティさん。毎日こういうものを食べれて」
「そうですね、当家の料理人には美味しいものをいつも食べさせてもらっていますよ」
 そんなシュラインを楽しげに見つめながら、セレスティは笑った。
「さぁ、シュラインさん。お花をどうぞ」
 モーリスは持ってきた花篭から小さな白薔薇を出し、シュラインの髪飾りに上手く挿して飾った。
「わぁ、ありがとう…これって、お屋敷の?」
「そうですよ。庭に咲く花を花籠に入れて幾つか持参しましたけれど。切り花のままで髪や胸ポケットに飾りやすくしたんですよ。せめて薔薇を出席者全員にと思って」
「さすがモーリスさんだわ、お洒落ね〜」
「飾って差し上げるという名目で、好みの方にも触れることができますからね」
「な…なるほど」
(さ、さすがだわ…モーリスさん。こんな所まで徹底してる……)
 シュラインは呆気に取られつつ、どんなチャンスもお洒落にゲットするモーリスに対し、半ば感心して頷いた。ちょろりと武彦の方を見たが、寝不足が祟っているのか、大欠伸をしている。
(…………武彦さ…ん…)
 やはり、気になる人に貰いたいと思うのは、いつの時代の乙女でも同じようである。うるうると見つめるが、ボケーっとしている人は気がつかない。
 そう言うプレゼントは縁遠い武彦であった。
 ふと溜息をつきつつ、折角きてくれたのだからと武彦の事は申し訳ないが心の端っこの方へと置いておき、来訪者の相手を勤める事にした。

●登場2
「こんにちは〜、お呼ばれされました♪」
 にっこり笑って現れたのはアリステア・ラグモンド。町内一のお天気神父とヴァイスは言って憚らない人物である。
 目が悪いのも手伝ってほんわかほわほわなイメージがひじょ〜に強い。
 シュラインはセレスティの持ってきた料理を全て盛り付け、テーブルの上に置いていく。その合い間にアリステアに挨拶した。
 そして、ふと視線を移した。
「あら…ユリウスさんは…。…あ!」
「たっのしい、たっのしい、カラオケですよ〜♪」
 ユリウスがいないと思っていたら、部屋の隅でカラオケのセットをしていた。不穏なものを感じてシュラインは眉を顰めた。
 一方、アリステアのほうは皆様にご挨拶中だ。
「教会の方の準備とかは、『台所入室禁止令』を食らってしまったので、こちらに来ました」
 多分、つまみ食いか食べ物を別な意味で壊滅状態に追い詰めるからなのだろう。ユリウスがそこにいたらいたで迷惑だが、食べ物が原形を留めないほどに、うぷっ…な食べ物にされるのもまた迷惑なのかもしれなかった。
「ミサの間だけ抜けますが、よろしくお願いしますね」
「やぁ、アリステア…こんにちは」
 モーリスはアリステアの方へ向かって歩いていって、しっかりと手を握ってからプレゼントの花を渡した。その後に、激しい衝撃がモーリスの頭を直撃したのだが、よろめきも怪我もせずにモーリスは笑っていた。その衝撃の正体は『アリステア様ラヴな幽霊』もとい、元悪魔達のポルターガイストだ。
 次の瞬間、天国へとそやつらを叩き返し、また微笑む。アリステアに手を出す気は無いのだが、やはり見目麗しい青年には触れておきたいもの。懲りないモーリスだった。
「今日も人が多いみたいですね〜、生きているというわけではないみたいですが。興信所はまぁ、壊して頂いてもキッチリ能力で戻して差し上げますが、風通りが良くなりますと主人が体調を崩してはいけませんから、程々にして頂きたいですね」
 元気の良さそうな面々を見て、諦め風味で笑う。
「まあまあ…クリスマスですし。皆も楽しみたいのでしょう。パーティー用に、教会の方が作ってくださったブッシュ・ド・ノエルと、ワインを何本か持参いたしましたから、お茶にしましょう♪ お口に合うと嬉しいのですが〜…………ぁあっ!」
「はい?」
「シューアラクレームっ♪」
 アリステアは嬉しそうに言った。
 その『シューアラクレーム』という言葉に、ユリウスの耳がピククンっと動く。ぱぁっと華やかに微笑んでユリウスは飛んできた。天使の羽が見えそうだ。
「だ、ダメですよ。これは…」
「おやおや、モーリスさん。私に『全部』くれるんですね? 嬉しいですね〜、ありがとうございます」
 一方的に言うと、ユリウスはシューアラクレームをぽいと口に放り込んだ。
 モーリスはみやりと笑う。
「んん〜〜〜〜〜♪」
「美味しいですか、ユリウスさん」
 こくりと頷こうとしたユリウスは劇画調ばりの険しい顔になる。
「……? ……????? ふがぁっ! ふぐぐ…ほげっ!」
 作戦大成功。
「その中身はクリームと一緒に餡が入っているのですよ」
 悪気のない笑顔で言うモーリス。その彼を、泣きたいような悲しいような恨みに満ちた目でユリウスは見る。
 それもそのはず。
 ユリウスは餡子が苦手なのだ。しかも、口から出したいのに、一緒に入っているクリームはトロリとしているのにずっしりと重みのある最高の味。
 口から出したいのに出せない。まるで、卵のプティングを入れたかのようなしっかりとした質感のクリームに、『餡子』が入ってしまうとは。悲しくてユリウスはモーリスを睨む。
 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪ 餡子嫌い。クリーム美味し♪……うぁぁぁ……
 彼の心中はこんな感じだ。
 ユリウスはガックリと膝をついた。
「ね? 美味しかったでしょう」
 燃え尽きたユリウスの様子にモーリスは殊のほか楽しそうに言う。セレスティはクスクスと笑って見ていた。
「まあまあ、ユリウス猊下。これでも食べて元気を出してくださいね♪」
 アリステアはそう言って、ブッシュ・ド・ノエル『抹茶ペースト仕込みフェイクバージョン』をユリウスに渡した。
「ありがとうございます、アリステア神父! あぁ、持つべきは…」
「さあさあ、どうぞ」
「は〜い♪」
 ショックが大きすぎて疑う事も忘れたユリウスは、そのケーキをぱくんと美味しそうに食べてしまった。
 沈黙。
 またまた沈黙。
「ふんぐ〜〜〜〜!」
「おや、どうしました?」
 知っていて微笑みつつ笑うモーリスの手には、しっかりと緑茶の入った湯のみがある。そっと差し出すモーリスだった。
「ふごぅっ! はぶっ!」
 中身を見るなり、ユリウスが首を振る。
「美味しそうです。良かったですね、ユリウスさん」
|Д゚)ノ 紅茶淹れたなり。
「あぁ、ありがとうございます」 
 何やらおかしいですね〜と言った感じにユリウスを見ると、セレスティはかわうそ?から紅茶を受け取る。
「んんんん〜〜〜〜〜〜(泣)」
 一方、ユリウスの方は柔らかな生地の隠れた濃厚なあの抹茶ペーストに舌があたって、やっとそのケーキが何なのかわかったらしい。
 のた打ち回ってるユリウスの後ろにあるのドアからブルーノが顔を覗かせた。
「皆さん、零お姉様と一緒にパーティーの準備したのですよ。修道院仕込みの焼き粉菓子と豆のスープを持参しましたがいかがですか……あれ?」
 ブルーノはスープの入った鍋を持ち、笑ってやってきたが、その状況を見て小首を傾げた。ユリウスが地面に座り込んで何をやっているのかわからないらしい。
 彼はバチカンの対霊鬼兵用兵器、聖霊騎士だが笑顔だけを見ると中学生ぐらいに見える。そんな仕草をすると、中々に可愛らしい対霊鬼兵用兵器のようだ。対霊鬼兵用兵器という割には初期型霊鬼兵・零――草間零と仲が良い。
 零の方は、シンプルなクッキーを載せたトレーを持って立っている。今日はクリスマスにあわせてサンタクロースのコスチュームを着ていた。
「おや、貴方は?」
 どう見ても教会側の人間と見える衣装を着たブルーノに、セレスティは誰何を問う。ユリウスと知り合いだろうことは検討がつくのだが、初めて見る相手だった。 
「はい、私はブルーノと申します。睨下からもお言葉を頂きました。ユリウス様とお会いする事はとても勉強になる。感化され過ぎないように気をつければとても有益だと――ですので、今日はお邪魔させていただくことに致しました」
 ほわっとした優しい笑みを浮かべてブルーノは笑う。
 やっとケーキとシューアラクレームの衝撃から立ち直ったユリウスは、ついていた膝あたりをパンパンと叩いて立ち上がった。
「本当に酷い人たちですね」
「ケーキを持ってきただけじゃないですか☆(ぽわわん)」
「苦手なの…知ってるくせに、アリステア神父のイジワル」
|Д゚) ユリウス。鍋の準備できた。
「本当ですか、ありがとうございます☆」
|Д゚) 礼はいいなり。ケーキに絵を描くのにちょっと欠片もらったなりよ。
「ケーキですか♪」
 うきうきというユリウスに、かわうそ?はしっかりと釘を刺す
|。Д。) ユリウスは無し。ケーキが秒速で消える。
「ひ、ひどっ!」
 ガックリと項垂れるユリウスを置いといて、かわうそ?はキッチンの方へと向かおうとする、その刹那、興信所のドアが開いた。
「……私だ、ヒルデガルドだが。邪魔しても構わないか?」
|∀゚)b おっけ。
 かわうそ?の脇をすり抜け、ヒルデガルドは興信所の中に入った。
「零お姉様、こちらはどなた様でしょう?」
 はじめて見る人に興味を持ったのか、ブルーノはにっこりと笑って零に訊ねる。思わず、零はブルーノに言った。
「あっ…その人はヒルデガルドさんと言って。吸血鬼の人です」
「へっ? きゅ、吸血鬼…ですか?」
 ヒルデガルドが吸血鬼と聞いて、ブルーノはヒルデガルドを睨んだ。教皇庁の怨敵、吸血鬼は倒すべし。ブルーノは精霊砲を実体化した。巨大な白い十字架型の精霊砲は白く輝いている。
「ユリウス猊下っ! 発砲許可を要請いたしますっ!」
「わ、わ、わ、わっ! だめですーっ!」
「事務所を壊さないでー!」
 シュラインが大慌てで叫んだ。
「でも、吸血鬼です…猊下っ」
「ヒルデガルドさん殺したら、吸血鬼の九割以上は敵になりますよっ…おち、落ち着いてっ!」
 たしなめられ、ブルーノは暫し考えたが、銃を消して非礼を詫びた。
「すみません、勉強になりました」
「いや、気にするな…少年。私は人類の敵だ。お前の行動は賞賛に値する…しかし、今は休戦状態だ」
「いやも〜、肝が冷えますよ――ホント」
 ふうと溜息をついてユリウスはへたり込んだ。ブルーノにはヒルデガルドとの関係を話しておく必要がありそうだった。

●聖なるかな
 聖歌は得意だが人の歌の上手い下手はよく判らないらしいブルーノが、ヒルデガルドに勧められた酒を飲み干し、自らも聖歌を歌う。しかし、酔ってボリューム調整が狂った天使の歌声は、サンピエトロ大聖堂を一人で満たすほどの声量にアップして興信所に鳴り響いた。
 さっきユリウスが歌ってから、お行儀が悪いのだがセレスティは耳を塞いでいる。どうやら耳が良いらしい。
 その横で塔乃院が頭を抱えていた。こちらもかなり耳が良いらしく、少々眉を顰めていた。そんな塔乃院にセレスティがしな垂れかかる。塔乃院は、気分が悪いのかといぶかしんで、セレスティの顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「えぇ…」
 気分が悪いと言うわけでもないのだが、少し気分に酔ってみて、そんな雰囲気を楽しんでみる。パーティーなのだから、ほんの少し羽目を外してもいいだろう。
「寄りかからせてください…」
「あぁ、構わないぞ」
「ありがとうございます……」
 塔乃院の広い胸に頭を押し付けて、セレスティは寄りかかる。ゆったりと背を預けると、深く呼吸した。こうしているとふわふわとして波間にゆられているようだ。海で時を過ごした幼少時代のことを思い出す。遠い想い出は甘い感覚を呼び起こしていた。
 暫くすると、セレスティは本当に眠りの国の縁へと意識を落としていった。

 ブルーノはユリウスとチョコレート鍋を突付きまわしていた。中にはマスカット、苺、バナナに鮭、豚肉、白菜、春菊とすさまじいことになっている。味覚は未発達なのが幸いしたか、どんな闇鍋でも食べられるらしい。
「これは新しい味ですね」
 にっこりと笑って食べる始末。その後るでアリステアが周囲を片付けていく。
「えっと、お掃除ですとか片付けですとか、頑張りますね♪」
 とか言いつつ、その鍋から逃げようとしていた。
 掃除とどろどろしている鍋を洗うのかと思うと憂鬱になるのだが、シュラインはこのメンバーが揃った時点で諦めている。
 自身は折角のXmasだからと言って得意の語学を披露し、ラテン語で聖歌を歌い、アリステアにはラテン語で説教をしてもらった。
 被害がやわらかくなりそうな選曲をそれとなく勧めてみたのだが、ユリウスはサザンの曲をしこたまエントリーしていた。その後は推して知るべし。ユリウスは惨劇を繰り広げ、モーリスが全てを収拾し、ご近所様の記憶を元に戻した。
 その合い間に、皆でプレゼント交換をする。アリステアからは教会で配っていたメダイ(祝福されたメダル)を貰う。聖属性がダメな人用に用意してあった紅茶のパウンドケーキは、皆で分けることにした。
 何故か、ヒルデガルドはメダイを触っても平気らしい。面白そうに見つめている。
 二次会はセレスティが目を覚まし、財閥の傘下である会社が経営しているホテルに向かった。無論、お代はタダ。ヒルデガルドは楽しげに夜の街を歩き、行きかう人々をさりげに物色していた。
 皆は、その中のバーに行くことにしたが、シュラインは武彦と零を引っ張り、明日の仕事と年末の掃除を理由にして早々に切り上げる。
 去り際にずっと手を振って、皆が見えなくなるまで見つめる。
 それから綺麗な月の見える夜の下を、三人で歩いて帰った。波璃の蒼穹の下、オレンジ色に光る高速道路の星を眺めながら、家路へと向かう。
 不意に、武彦はポケットに手を突っ込んで、何かをシュラインに渡した。
「これやるよ」
「え?」
「クリスマスだし…カードだけなのが恰好悪いけどな」
 そう言って差し出したカードは、甘いゴシック調の絵で、薄いピンクの薔薇と教会が描いてあった。ふんわりとした優しい色合いで「Merry☆Christmas」と描かれている。その下に、武彦の字で『シュラインへ たけひこより』と白いペンで書いてあり、思わずひらがなだったので笑ってしまった。
「何だ…嫌なのか?」
「そんなことないわよ、武彦さん。可愛いわ、これ…ありがとう」
 にっこりと笑って受け取ると、シュラインは暫くそれを眺め、そっとポケットにしまった。

●遅れて来たプレゼント
 正月前のある日。
 その館に住む、元キュレーターの青年はそれを見つけて小首を傾げた。まさか、主人がそんな物を買ったのだろうかと。
 キャノピー付きの戦闘機のようなフォルム。大きさは…多分、横幅45センチ強。四輪で形は流線型の美しい黒い機体は小型の戦闘機にも見えなくはない。だが、サイドに漢らしい文字で「K−2グランプリ」と書かれているセンスは、学芸に精通した彼にはわからなかった。
 ちょっと、お菓子のような可愛らしい名前を持った彼は、乗れそうだと独りごちた。
 その機体にはカードが付いていて、「当選おめでとうございます☆モーリス・ラジアル様」と書いてある。
 思わず、先輩の顔を思い出して――にやりと彼は笑った。 

 ■END■

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/ 財閥総帥・占い師・水霊使い
2318/モーリス・ラジアル/男/527歳/ガードナー・医師・調和者
3002/アリステア・ラグモンド/男/21歳/神父(癒しの御手)
3948/ブルーノ・M/男/2歳/聖霊騎士

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■         ライター通信          ■
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 あけしておめでとうございます、朧月幻尉です。
 今年もよろしくお願いいたします。

 新年早々、たくさんの発注を頂きまして、吃驚しつつ、作業におわれて納品が遅くなってしまったことをお許しくださいませ。
 Kー2後のパーティーは静かなものとなったようですが、モーリス様が回収した事態は、多分、きっと『まだマシ』だったということで(笑)
 今年もきっと賑やかなのでしょうね。楽しみです。
 プレゼントの景品はダイスで決めました(爆)

 モーリス様はどうするのでしょうか…それもまた楽し。
 シュライン様は草間興信所にておおいに貢献しているのではないかと思います。
 多分、武彦さんは何かお返しをしてあげようと思ったのでしょう。
 真実はいつも目には見えない、そんなプレゼントでございます。

 年が明けてしまったのですが、Merry☆Christmas & Happy New Year!
 ハレルヤ! それでは、皆様の益々の発展と健康をお祈り申し上げます。 
 
 朧月幻尉 拝
クリスマス・聖なる夜の物語2004 -
皆瀬七々海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月14日

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