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『■この世でたった一つだけのもの■ 』
一色・千鳥4471

 小料理屋山海亭は、東京の片隅にある。
 それも、知る人ぞ知るといった、ひっそりとした感じで存る。
 だがその山海亭を一人で切り盛りしているまだ若い店主、一色・千鳥(いっしき・ちどり)の腕は確かなものと、一部の人間達の中では噂もあるらしい。
 そんな彼がいつものように、ふと見つけてやって来るお客のために開店をしようとしたある日のことだった。

 トゥルルルルル───

 出汁の出来具合はと確かめていた千鳥は、いつもなら鳴る時間ではない電話に少し小首を傾げつつ、受話器を手に取った。
「はい、山海亭でございます」
 相手は、馴染みの仕入先からだった。
 受け答えをする千鳥は顔色こそあまり変えなかったが、その内容に相槌を打ちつつ、内心「どうしたものか」と考えをめぐらせていた。
「いいえ、ご心配なく。それより事故に遭われた方に、お大事にとご伝言をお願いします。こちらは今日くらいなんとか凌いでみせますので」
 そう言って電話を切ると、千鳥は煮込んでいた出汁の火をとめ、ガスの元栓もきちんと確認し、腕時計を見た。───開店まで、あまり時間がない。
 要するに今の電話は、仕入先から届くはずの食材が、思わぬ事故で届かなくなってしまったという謝罪の電話だったのだ。
 今、店にあるものを頭に浮かべてみる。確か、生もの系はあったはずだ。そのほかの足りないものは、急遽自分で調達しなければならない。
 こんな時、弟子でも取っている店ならばひとっ走り行かせるのだろうが、千鳥は自分は自分と考えるタイプである。特に焦りもせず、だが急いで普段着に着替えて外に出た。



 食材は料理にとって、当然だが色々な意味で重要である。
 それぞれのメニューに合った質のもの、鮮度等。千鳥が日頃目をつけていたり、個人的にたまに買いに来たりする店で食材を買い込んでいく。
 街も、人が少しずつ増えてきた。
 そんな時である───道路に、しゃがみこんで何かを探している若い女性がいた。こんな時間にいるような服装でもないし、何よりも長時間探していたと知れる、この寒い季節に大量の汗。
 何をそんなに必死に探しているのだろう?
 そのあまりの真剣さに思わず千鳥は、声をかけていた。
「どうかなさいましたか?」
 すると女性は振り返り、
「ピアスを落としてしまったんです」
 と、短く答えて再び探し出す。よく見ると、涙を堪えているようだ。
 よほど大切なものなのだろう。
「お手伝いしましょうか。といっても、私も長い時間はご一緒できないのですが」
 女性は驚いたように顔を上げ、「ありがとうございます」と、声を震わせた。
 開店まで時間がないこともあり、能力を使って探すつもりだった。
 女性からピアスの特徴などを聞き、目を閉じて集中する。
 始めから見ていれば手元に持ってくるのは簡単だが、今回はなかなかに難しい。
「あのピアス───亡くなった婚約者が、事故に遭った日……ちょうど今日のわたしの誕生日に、プレゼントにと、手に持っていたものだったんです。あれをなくしてしまったらわたしから、婚約者のことまで消えてしまう気がして───」
 女性が自分もまだ探しながら、か細い声で言う。
 それを聞いた途端、千鳥の心臓がドクンとし、頭の中に、どこかの小奇麗な家───庭に桜の大木が印象的な家が映った。
 それと同時に、小さな真珠で作られた可愛らしいピアスが、千鳥の手の中に出現した。
 その家の庭に落ちていたのを、引き寄せることに成功したのだ。
 女性の背中に声をかける。
「ありましたよ」
「えっ……」
 女性は目を見開いてピアスを一瞬息を呑んで見ていたが、飛びつくように受け取った。
「ありがとうございます!」
「見つかってよかったですね。すみませんが、私は急いでいるので、これで」
「あの、」
 走る背中に「お名前は」と尋ねる女性の声が聞こえたが、食材を買いにもう二軒ほど回らねばならなかったため、答えることが出来なかった。



 開店までにギリギリの時間で間に合って、安堵のため息をひとつつき、千鳥は準備をし、無事に店を開くことが出来た。
 待っていたように、ぽつりぽつりと入ってくるお客といつものように話をしていく。
 そうしているうちに、次の客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 言いながら振り返った千鳥は、ほんの少し料理の手を止めた。
 偶然にも、先刻ピアスを探してあげた女性だった。
「おや、あなたは先ほどの……」
「貴方にお礼が言いたくて、とは思っていましたが……偶然ですね。よろしいでしょうか」
「もちろんです」
 千鳥が頷くと、女性はホッとしたように席に座り、千鳥が運んだおしぼりで手を拭き、しばらく水を飲んでいた。
 他のお客も、食材に冷や冷やしつつも料理を出している間に、「美味しかった、また来るよ」などと暖かな言葉を千鳥にかけては出て行くのに、女性だけはいつまで経ってもメニューを見る様子もない。
 閉店間際になると、客もその女性一人となったので、千鳥は彼女の席に行ってみた。
「大分時間が経ちましたが、メニューはお決まりでしょうか?」
 丁寧に尋ねると、女性は申し訳なさそうな顔をして、
「あの……すみませんが、とあるものを作って頂きたいのです」
「とあるもの、と申しますと?」
「お客様の反応を見ていると、貴方の料理の腕は本物───だからこそ、頼みたいんです。婚約者が亡くなって3年、ずっと食べていなかった料理……」
 本当は料理人に注文をつけるなんて失礼でしょうけれど、と女性は言うが、千鳥はそうは思わない。かえって、こういう場合こそ料理人の腕と心の見せ所だと思っている。
 だから、彼女がどんなものを注文しても、作る気持ちでいた。
「新鮮なものが必要なご注文でしたら、少々お時間を頂くことになると思いますが───どんなメニューでしょう?」
 すると女性は、意を決したように口を開いた。
「ハゼを使ったお料理です。天ぷら、焼きびたし、お刺身と作って頂きたいのです」
「ハゼ、ですか」
 これはさすがに意表を突かれた。
 もちろんどれも作ったことはあるが、問題はハゼそのもの。
 ハゼに限らずだが、こういったものは新鮮なものを使わなくては本当に美味しくは料理できない。
 千鳥は「少々お待ち下さい」と言い置き、電話をかけた。相手は、知り合いの釣組合の組長である。聞くと、ハゼならば2束は釣ってきたところ、今から料理するところだが余るかもしれないと困っていた、という。因みにハゼは100匹を1束というので、組長は200匹以上釣ってきたことになる。今回の料理にそんなにはいらないと言うと、とりあえず数十匹、新鮮なものをすぐに届けさせると言ってくれた。
 電話を切って15分ほどすると、組長の息子がわざわざ自転車で届けてくれた。
「これならば、いいものが作れそうです」
 組長にも後日お礼をしますと息子に礼を言い、早速千鳥は料理に入った。
 と言っても、ハゼの天ぷら、焼きびたし、刺身などはそれ程手間のかかるものでもない。まずは天ぷらから女性のところへ持って行き、彼女が食べている間にハゼの内臓を取り、醤油で焼いた焼きびたしを作る。更にそれを食べているところへ、実に絶妙な手つきでハゼを捌き、刺身にした。
 刺身を持っていくと、女性は焼きびたしを食べながら泣いていた。
「お口に合いませんでしたか?」
 彼女は、小さくかぶりを振って答えた。
「いいえ、懐かしいんです」
 彼女はそして、このハゼ料理を注文したわけを話した。

 婚約者は、結構大きな宝石業界のジュエリーデザイナーだった。それも実力もあり、それなりの地位にもいた。
 結婚を認めてもらうために女性の家に来た彼だったが、その職業で両親に気に入られなかった。理由は、「宝石をデザインして儲けるなんて有り難味も何もない、所詮庶民からはかけ離れた地位にいる男と娘は世界が違う」とのことだった。
 そんな彼が、両親を彼女と共に、とある腕のいい彼の馴染みの高級料亭に招待した。
 そこで彼が出した料理はなんと、高級料理でもなんでもない、ハゼのこの三点の料理だったのだ。
『宝石も食材のようにたくさんの種類がありますが、どんなに人気のない一見庶民的な、このハゼのようなものでも買いたいと思わせるようなデザインを作るのが私の仕事です。このハゼは見た目は悪く素人にも釣れるようなものですが、料理法を厭わない美点を持っています。私の仕事も美点を見抜くことにあります。宝石で私が一番好きなものは真珠です。真珠は出来るまでにも4年かかる。私は何年でもかけて、娘さんとの結婚を許して頂きにお伺いします』
 彼はそう言い、ハゼの料理、たった三点と共に両親を頷かせたのである。
 ところがその矢先、事故に遭い───というわけなのだった。

「彼が亡くなってすぐに東京に出てきたものですから……馴染みの店などないし、どこのお料理屋でもハゼの料理を注文する勇気が出なくて……でも、一緒にピアスを探してくれた貴方なら、と思って賭けてみたんです」
 そこまで聞いた千鳥は、ふと気付く。
「もしや、そのピアスは───」
 こくりと彼女は頷く。
「彼が、わたしの誕生日に間に合うようにデザインし、作ってくれた───この世に一つだけの真珠のピアスです」
「───」
 そういう理由ならば、あれほど必死に探していたのも不思議はない。
 千鳥は微笑み、
「ちょっとそのお刺身をゆっくり食べていてください」
 と言い置き、また厨房に入った。
「はい」
 返事をしたものの、不思議な顔をして、刺身を食べる女性である。
 やがて千鳥は、お盆にお椀を乗せてやって来た。
「どうぞ。これは私のサービスです」
「まあ……すみません、でも、これは……?」
 不思議な顔をしながらお椀の蓋を開けた女性は、ハッとした。
「まさか……」
 そしてお椀に入ったものを箸で取り上げ、口に入れた。
「お口に合いますか?」
 やんわりと聞いた千鳥に、彼女は更に涙を流した。
 それは、まるでハモのお椀にも引けを取らない美味しさの、ハモならぬハゼのお椀だった。
「料理人は色々と試すのも職業のうちです。ハゼは実にどんな料理法にでも対応する見事な魚。以前私はそれで、懐石料理にも引けを取らないのではと考え、ハゼの椀を作ってみたんです。手間はそこそこかかりますが、他の椀物に比べればたいしたものではありません」
「確かに……とても品がよくて、でも親しめる味です」
 千鳥はその女性の言葉に頷きつつ、言葉を続けた。
「先ほどのお話を聞く限りでは、あなたの婚約者は料理にも精通していたように思います。
 このハゼの椀は、高級料理に並べられるハモの椀に劣りません。負けじと輝いているように見えます。今朝会った時の、大事なこの世に一つのピアスを探していたあなたのように」
 彼女が持つ箸が震え、やがて箸は落ち、顔は手に覆われた。
 ───どんなことでも、負けずにあなたは生きていける。
 これからの人生を激励する千鳥のこのハゼの椀の意図が分かり、小さくその手の隙間から彼女は、何度も何度も、泣きながら「ありがとうございます」と繰り返したのだった。



 女性が帰って行った後、千鳥は全部残さず食べられた料理の食器を洗い、今日一日のことを思い返してみた。今思えば、ピアスを能力で引き寄せた時に頭に映った家は、彼女の家なのだろう。
 こんな普通の日常を過ごしていても、思わぬところにハプニングや感動が落ちている。
 不思議なものだ、と、彼はひとり、微笑んでいた。




《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、ご発注有り難うございますv 今回「この世にたった一つだけのもの」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。
日常風景の一コマということでしたので、不思議世界等はあえて殆ど出さず、能力で女性の家を頭の中に映したくらいで、ほかはわたしの持ち合わせの知識にてちょっとしたシチュエーションを入れてみました。必死に探すピアス、そして偶然の二度目の出会い。これはお料理と宝石とを絡めるものでいきたいなと考えたのですが、そっちのほうが強くなってしまい、食材に冷や冷やしている場面が細かく書けずにいました; お気に召されませんでしたらすみません。
また、千鳥さんの設定に「お客様に助言〜」のようなことも書かれてありましたので、それもこのシチュエーションが浮かんだきっかけでもありました。
ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆

【執筆者:東圭真喜愛】
2005/01/13 Makito Touko
PCシチュエーションノベル(シングル) -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月13日

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