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『友愛旅行 』
ラクス・コスミオン1963)&雨柳・凪砂(1847)

 それは年の暮れの出来事。
「明日からエジプトに戻らせていただきます」
 ラクス・コスミオンはぺこり。伏せるように一礼して、そう言った。
 この時期は『図書館』において書物の整理整頓が行なわれるのである。
 三大図書館と言われるだけあって、その量は凄まじく、そして整頓の際には暴れる恐れのある『本』も多い。
 そのため、ラクスは一時的に帰省して、有事の際の助力をすることとなっているのだ。
「……構いませんけど……」
 かいつまんだ説明をすると、大家である雨柳・凪砂はきょとん、としたようにそう言った。そして、すぐさま笑みを浮かべる。
「もし、邪魔でなければ……あたしもついて行っていいですか? 丁度、その時期の予定が潰れてまして……」
 突然の申し出に、今度はラクスがきょとん、とした。
 だが、先ほどの凪砂とは違って、ラクスはしばし、思案した。
 以前、凪砂はラクスとともに『図書館』へ赴いているのだ。その時、まぁ詳しくは語らないがとんでもない目にあっている。
 それを思うと、二つ返事で了承するのは憚られる。同じことがないとは、限らないのだから。
 けれど……。
(凪砂様が、自ら望むのであれば……)
 ラクスに断る理由は、無い。
「…はい、凪砂様。是非ご一緒しましょう」
 ほんの少しだけ首をかしげるようにしながら、ニコッと微笑むラクス。
 その胸には、決意があった。
 凪砂は必ず、自分が守る。と。
 そして二人は一路エジプトへ。いざ、現地に降り立ったその時。
 ラクスは、懐かしい景色に一度だけぐるり、周囲を見渡すと、傍らでラクスとは違った装いで辺りに視線を配っている凪砂を、ちらり、見た。
「凪砂様は、これからどうなさいますか?」
「そうですね……少し、観光をしてから、そちらの方へ向かおうと思っています。後で合流しましょう」
「はい、それでは、お気をつけて」
 ニコリと笑顔に見送られて。二人は一先ず、別行動……。

 ラクスは早々に『図書館』を訪れると、挨拶もそこそこに早速作業に取り掛かった。
 一見した所によると、『本』が暴走している様子はないようだ。整頓の他にもやることの多いラクスは、有事以外で整頓に手を貸すつもりは、はじめから無い。
 従って、時間軸をずらした実験室に引きこもり、新しい錬金術などの魔術技術の習得、アーティファクトの製作などに勤しんだ。
 元来知識レベルの高いラクスは、実に飲み込みが早く、術の習得はさほど難しくもない。アーティファクトの製作も、順調だ。
 時折暴走した『本』の収拾に駆り出されはしたが、小さな力を抑えることもまた、容易で。
 作業量は多く、目の回る忙しさとはいえたが、案外気楽なものであった。
「ふぅ……」
 一つ区切りのついた作業を前に、ラクスは小さく息を吐き、軽く伸びをする。
 そうして、息抜きがてらに図書館内を歩き回った。
 時間の確認をしながら、凪砂がきているかもしれない場所を、捜し歩く。
 と。赤ワイン色の髪から覗く耳が、近くから声を拾った。
 凪砂の声。既にきていたらしい。パッと表情を明るくして、声を便りにそちらへ向かうラクス。
 だが、次第に近付く声は、決して、聞き知った穏便なものではなかった。
「だから、困ります!」
 語調が荒い。どうやら言い争いの最中のようだ。
 そして、凪砂のその一言の怒声は、何が原因での口論なのか、ラクスに悟らせた。
 すなわち、実験体としての『協力』の依頼。
 ただの実験なら、凪砂も頑なになることはないのだ。『協力』を唄っている以上、凪砂にとって嬉しい条件や報酬もつけられることだろう。寧ろ喜んで受け入れるところである。
 そう、ただ一つの、問題がなければ。
「ですから、この首輪を外すようなことは……」
 彼女の内に潜む魔狼の力を抑制する首輪。実験に駆り出されると、必ず、その過程でこの首輪を外そうとする者が現れるのだ。
 それだけは、避けねばならない。
 凪砂にとっては友人であり忌むものではない魔狼の存在も、枷が外れれば抑えの効かない脅威となってしまうのだから。
 だが、凪砂がどれだけ説明しても、しつこい相手は聞く耳すら持たない。連れ立った数人で何事かを話すと、いきなり、凪砂の腕を掴んでくる。
「あ…ちょ……」
 けれど。その腕は、飛び掛ってきた存在に振り解かれた。
 猛禽の翼を打ち鳴らしたラクスは、鮮やかなナイルに激情を灯して、凪砂と相手の間に割り込んだのだ。
「過去を顧みない者はその傲慢さゆえに自ら滅びを歩みます。知識を求むる者として、経験を忘れることなどあってはならないはずです」
 至極、端的でもっともな言葉。
 相手は持論を並べ立てて食い下がってくるが、所詮、知識の羅列に過ぎない。一族でもトップクラスの知識量を持つラクスには、充分あしらえるものだ。
「お引き取りください」
 ぴしゃりと言い捨てたラクスに見据えられ、相手はすごすごと、立ち去るのであった。
 一瞬の、沈黙。小さなため息をついたラクスは、同じように息を突く凪砂を振り返る。
「凪砂様、お怪我は……?」
「平気ですよ。ありがとうございました、ラクスさん。あたしだけでは、あまり強く出られないものですから……」
 苦笑する凪砂。そんな彼女ににこりと微笑み、ラクスは凪砂と連れ立って、『図書館』の中を歩いた。
 一般者閲覧可能書籍を読みたいという凪砂の要望にこたえ、書架へと案内する。その、過程で。
「これ、ラクスさんにお土産……と言うか、差し入れですね。宜しければどうぞ」
 観光の途中で購入したらしい、地元のお菓子。凪砂の温かい心遣いに、ラクスは嬉しさを無邪気な笑みに換える。
 他愛も無い談笑。日常的な応対。
 けれど、彼女等のいる場所柄、そうそう穏かに過ごすばかりでは、いられなかった。
「……凪砂様…? お加減が悪いのですか……」
「いえ……そう言う、わけでは……」
 『図書館』を移動する最中、凪砂は首輪をしきりに気にしていた。時折、眉間に皺を寄せることもある。
 その所作が頻繁になれば、ラクスも気にせずにはいられない。凪砂の様子と周囲とを比べるように見渡して、そうしてから、獅子の腕で凪砂の足にすがった。
「凪砂様、一度外へ……ここは少し、魔力が強すぎます」
 促し、二人は足早に『図書館』を抜ける。
 ほどなくして、凪砂は大きなため息とともに、再び、安堵にも似た苦笑を浮かべた。
「すみません……落ち着きました……」
 そう、場所柄、強い魔力に中てられることも少なくはないのだ。そしてそれは、凪砂の中にいる魔狼へ、呼びかけてくる。
 外へ、外へと。
 枷がつけられている以上、出てくることはないが、遮られた力は、凪砂の中で暴れるのだ。
 それが、苦しいのか、辛いのか。ラクスには判らない。けれど、ただ見ているのは、ラクスにとって辛いことであるのは、確かで。
「……凪砂様は、ラクスがお守りします」
 凪砂を見上げ、擦り寄りながら、ラクスは訴える。
「凪砂様が、この場所を気兼ねなく楽しんでもらえるよう、頑張ります」
 守りたいのは、この場所に限ってのことではないような気もするけれど。
 伏せ気味に礼をし、自分を見上げてくるラクスを、見つめ。凪砂はこの地へ赴く前に見せたような、きょとんとした表情を浮かべると、やはり、同じようにすぐさま微笑んだ。
「ありがとうございます、ラクスさん」
 目の前で微笑む優しい友人の温かい言葉に宥められて。気性の荒い中の友人も、すぅ、と大人しくなる。
「ラクスさん、お仕事が終わって時間があれば、一緒にエジプトを回りませんか?」
「はい、ぜひ。ラクスもお供いたします」
 他愛も無い談笑。日常的な応対。
 守りたいと思う大切なものを見定めて、今日も二人はともに行く。
 そうして、同じ地で、気楽な作業に勤しみ、気ままな旅行に興じるのであった……。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
音夜葵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月13日

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