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『聖なる夜の物語 』
セレスティ・カーニンガム1883


 聖なる夜。
 祝福の気持ちで満ちる、夜。

 ひとつ、ふたつと想いを馳せ――隣に立つ人へ思い出を語り。
 語りあえば、また、ひとつ、ふたつと想いが生まれる。

 幾ら、話しても尽きる事が無いね、と微笑う貴方と。
 隣に居る人の穏やかな微笑と。
 夢は幾つでも生まれ、羽ばたく――特別な日へと、向かって。




 雪が降ります、雪が降る……

「ホワイトクリスマス……になりそうですね」
 庭が良く見える一室。
 窓にもうっすらとではあるが積もりつつある雪へ、セレスティは呟き、傍らの青年へと微笑を浮かべる。
「そうですね。雪が積もりますと庭の調整がまた楽しい事になってしまいそうですが……」
「それはモーリス、貴方の仕事ですよ。私は――貴方に、貴方だけに庭の管理を任せているのですからね」
 寧ろ、出来なくては困る。
 暗に告げると心得ていますよ、と言うようなモーリスの笑顔にセレスティは微笑を深めた。
「所でね、モーリス」
「はい?」
「私には、今、僅かばかりの時間があります」
「ええ、そうですね……恋人と出かけられるまでのホンの僅かな時間ですが」
 お茶でも所望されますか? ――そんな言葉を呟いて、モーリスは雪を見つめ動かないセレスティのために呼び鈴を鳴らすべく立ち上がる。
 が。
「いいえ? ああ、勿論お茶は所望しますが――私が所望するのはモーリスと言う名前の庭師と」
「……?」
「マリオンと言う名前の美術品の管理人です」
「…すいません、セレスティ様…私には意図がよく……」
 掴めないのですが、とも言えず困り果てた表情を浮かべる。
 室内ではパチパチ……ッと暖炉の火が細かく弾ける音を立て――「おや」と驚くようなセレスティの声が響いた。
「貴方ともあろう方が解りませんか? 仕方がありませんねえ……私はね、モーリス」
「ええ……」
「話をしようと言っているのですよ」
 マリオンも含めて、三人で。
 二人っきりでないから、貴方には不満かもしれませんが。
 笑いながら、さらりと図星を突く主に苦笑せずには居られず、モーリスは呼び鈴を持つ手を自らの携帯電話へと切り替えた。
 そうして。
「では直ぐに呼ぶと致しましょう。何せ――」と、モーリスが言うと。
「そうですね、時間は……」直ぐにセレスティが言葉を継ぎ。顔を見合わせながらタイミングを計る事無く、次の言葉を言う。
「「限られているのですから」」くすくす、笑い合いながら。




(暇だなあ……)

 と、ぼんやり美術品を見ているのはマリオン・バーガンディ。
 美しいものが何より大好きで、此処、リンスター財閥の美術品の管理をしている時が何より落ち着く時間であった。
 が、今日はクリスマス。
楽しいことばかりがクリスマスじゃないけれど、こんな風に暇なクリスマスもさてどうなのか…と思っていたところで。
 いきなり鳴った、携帯電話の音でさえ「煩い……」等と呟く事無く出てしまっていた。

 ――無意識の行動にしては、これは珍しい。

 気質的にも「猫」気質だと自覚しているだけに自分がとった行動を不思議に思いながら電話の主へ話し掛ける。

「はい?」
『マリオンですか? 今、暇ですね?』
「ちょ……何ですか、開口一番に名前も言わずに"暇ですね?"って!!!」
『時間が勿体無いので手短に話しているだけですよ。それとも暇ではないんですか?』
 どちらなんです、さっさと答えなさい。
 まるで脅迫の様な言葉だがマリオンも負けては居ない。
 喩えモーリスが先輩だろうと何だろうと許せないものも確かにあるのだ。
「暇は暇ですけどね、こんな礼儀知らずの招集に答えられるほど私も暇ではないんです!」
『これは異な事を……暇と言ったその口で暇ではない、ですか? …その言葉、セレスティ様が聞いたらがっかりされるでしょうねえ……』
「ゑ?」
『そうですか、そうですか……じゃあ、貴方の分も頑張って私がセレスティ様と過ごす事に……』
 いやあ、本当に残念ですねえ――残念と言いながらも、楽しげな言葉に、マリオンは細かい震えを隠せず、
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!!」
 と、叫んでいた。
 このまま話を進められてしまうのは、かなり、嫌だ。
(全く最初から、そう言えばいいのに、この人は!)
 まるで自分で憂さを晴らされてるようだ……いや、きっと、これが正解なのだろうけれど。
 悔しいので電話の向こうに居る人には聞かないで置く事にする。
『――何です?』
「解りました…行きますから、何処へ行けば良いのかだけでも教えてくれませんか?」
『聞き分けの良い子は大好きですよ。場所はセレスティ様の自室です。お時間がありませんのでね、あまり動けないのですよ…後で恋人にも逢われるそうですから』
 一瞬、「恋人」の言葉に冷気を感じながらも「はい」と頷くとマリオンは。
「モーリスさん……私の勘違いかもしれないですけど、あまり焼き餅は焼かない方が良いと思いますよ?」
 それだけ言うと手早く電話を切った。
 これくらいなら、言っても罰は当たらない――そう、思いながら。




 一方、言われてしまったモーリスの方は、と言うと。
「なっ……!? 待ちなさい、マリオン!」
 切られてしまい、ただ虚しい音を立てる携帯電話に「もしもし? もしもーし!?」と叫んでいた。
 呆れたようなセレスティの声が、モーリスの背へと投げられる。
「落ち着きなさい、モーリス。何を言われたか知りませんが、随分苛めてしまったのでしょう? あの子の心が荒まなければいいのですが……」
 美しいものを管理するのであれば、常に心を美しく保っていて欲しい。
 美術を管理する上で、目を濁らせて欲しくはないと常々セレスティは思っていた……けれど、
「心が荒んでしまったのはどちらかと言えば私の方です」
 等と、モーリスに返されてしまい「やれやれ」と肩を竦めた。
 時間は刻一刻と過ぎているのに、何処か緩やかな時間に感じられるのは雪がまだ降っているからなのか―――

(今日のあの子も、またきっと美しい瞳を輝かせて来るでしょうか)

 黒髪に金の瞳の、艶のある美しい猫を思い出すような彼の瞳はセレスティのお気に入りだ。
 無論好きなものは多々あるけれど、モーリスやマリオンの姿形は文句のつけようが無い。

 ああ、そう言えば。

(モーリスは私のために、この姿を固定してくれてるのでしたね……)

 些細な事に、ホンの僅かな幸せを感じつつも、
「モーリス」
「はい?」
「…何か欲しいものはありませんか?」
 今さっき思いついたのだと言うように問い掛ける。
 森を思い出させる碧の瞳が揺れた。
「特には」
「本当に?」
「本当はあるのですがね――けど、これは独占欲の様なものですから」
「欲、ですか」
「ええ……僅かばかりにでも二人の時は私を見て欲しいですね」
 契約者なのですから。
 ふふ、とセレスティは微笑う。
「充分に見てると思いますがね……貴方でないと頼めない事も多いのですから」
「………」
 セレスティを見るモーリスの瞳が和らぐ。
 そうしてモーリスがセレスティへと手を差し出しそうになったその時――マリオンが大急ぎで廊下を駆け、主の元へ向かおうとしていた。




「すいません、遅くなって!! …って、あれ?」
「ああ、マリオン。どうしたのです? きょとんとして」
「いえ、今……モーリスさんがセレスティ様に手を」
 伸ばしていましたよね?と言おうとしたがセレスティの極上の微笑みに「ま、いっか」とマリオンも微笑を返す。
 にこにこ、にこにこ。
 穏やかな時間が流れているように見える――無論、一人を除いて、だけれど。
「…随分、急いできたんですねぇ」
「ええ、そりゃあ、もう。他ならぬセレスティ様のお呼びですし♪」
 マリオンはセレスティの近くによると、そのまま、すとん、と腰を降ろした。
「えへへ」と小さく微笑う。
「? どうしました?」
「いえ、生きてる人のほうがよほど綺麗だなと思って……」
「「そう思う根拠は?」」
 見事にセレスティ、モーリス二人の声が重なる。
 二人に同じ事を聞かれ、戸惑うがマリオンはぽつり、と話し出す。

 どうも、私の好みはかなり偏ってというか、面食いの様で……
 職業柄、美人さんばかりの芸術品を見てたりすると目が肥えるのは仕方が無い事だし、こういう人もいいなぁとか思ったりはするのだけれど……
 芸術品は見ていて楽しい気分にさせてくれるし。

 でも、やはり――息吹があってこそじゃないかなって。

 例えばモナリザは時を越えて何時までも美しいけれど、あの微笑を絵に閉じ込めたダヴィンチは、もっともっと幸福でしたよね?
 だって、生きてた彼女を見ることが出来た。
 彼女が成長して女性になり、美しい微笑を湛え、そうして老いて行く様を彼は知ることが出来て……何もかもが、其処にあってこそだなあ…って。

 セレスティ様が綺麗なのを見れるのも私は凄く嬉しいし、不本意ながら、モーリスさんの顔が綺麗なので時折見惚れてしまうし……ほら、やっぱり生きてこその美しさですよ。
 永遠なんて誰も知らないんですもん。
 誰も知らないものに美しさを追及しても誰も辿り着けないんですから。

「成る程、ね。興味深い話を有難う、マリオン」
「いえ……ところで、どうして今日に限って僅かばかりのお話をしようと思ったんですか?」
「それは今日が聖夜だからですよ。後はモーリスを困らせたかったのです」
「……は?」
「……え?」
 驚く二人を面白そうに見、急に真面目な顔をすると「だってね」と言葉を置いた。
「私だってたまには、子供心に返ってみたいのです……まあ、このような主人だと諦めて頂く他ないと思いますがね」
「……先ほど私が私を見て欲しいとお願いしたのに、そう言う事を考えてらっしゃったんですか……?」
 問い掛けても「はい♪」と言う答えが返ってくるだけだと思うのだが問い掛けずには居られず、モーリスは問い掛ける。
 が、返ってきたのはセレスティの声ではなくて。
「うわあ、モーリスさん、そんな恐れ多い事をお願いしてたんですか?」
 空気を打ち破る、その声に苛立ちを隠せぬまま、「問答無用、黙らっしゃい」、な笑顔を浮かべ、
「…君は黙りなさい、マリオン」
 ……水も冷気も操れない筈なのに、室内は一気にマイナス5度の世界へと突入しそうである。
 けれど、マリオンも負けじと返す。
「嫌ですよーだ」
「どうも貴方を相手にすると無駄な時間となりますね……とにかくどうなんです、セレスティ様?」
「はい?」
「ですから」
「……マリオンが先ほども言いましたが完璧はつまらないんですよね」
「……?」
「崩れてこそ味があると言うか――聖夜くらいは、貴方が贈り物をしてくれても良いと思うのですよ。その、困った顔をね」
 がくり、とモーリスは肩を落とし、力なく、ソファへと座りこむ。
 こんな主であると知ってはいた。
 が、大昔は共に時間を過ごす事も多かったのだ――主の前に、完璧でありたいと思った自分は何なのか。
「まあまあ、モーリス。そんなに打ちひしがれずとも……」
「いえ……もう、何と言いますか……」
 言葉が出ないだけなのだが、上手い具合に言い出せそうもない。
 ちら、と横目で見るとマリオンとセレスティは楽しそうに笑いながら、窓の外を見ている。
「マリオンはこの後、誰と過ごしますか?」
「誰とも。でもね、クリスマスになると私は思うんです…私には恋人も居ないけれど、今は不幸せな人でも何時かは幸せが訪れて、不幸せだった事もいずれ幸せな記憶に埋もれて、幸せだけでいっぱいになると良いって」
「そうですね……誰にとっても来年もまた、この時間を過ごす事が出来たならば、何時かは」

 二人の話を聞きながら、モーリスも窓の外を眺める。
 まだ、降り続く白い、雪。
 はらはらと、音もなく。
 しんしんと、寒さだけでない何かを運ぶように静かに。

 こうして、長命種同士、後どのくらい、この時を過ごせるだろう。
 来年も、また同じように。
 セレスティが自分をからかい、マリオンが近くで叫びながら同じ時を過ごせるだろうか。

 他愛無い、けれども、無くしたくない時間を。

 再び、立ち上がるとモーリスは呼び鈴を鳴らす。

「何を呼ぶんです?」
「人数分のグラスと、上質のワインを」
「良いですね、では名目は何にしましょうか。マリオン、何か思いつく事がありますか?」
「え? えーーっと……じゃあ、今日、この日に向けて……とか」
「では、それらが来たら祝う事にしましょうか。今日、この日が何時の時も私たちに対して――」

 特別な日となるように。
 何時までも、この時が思い出せるように。






―End.

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男性 / 527 / ガードナー・医師・調和者】
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、いつもお世話になっております。
そして、マリオンさんは初めまして、ですね(^^)
ライターの秋月 奏です。
今回は、こちらのクリスマスノベルにご参加有難うございました!

こちらのノベルは全員、共通ノベルとなっております。
3人様の仲の良さをプレイングを読ませて頂いた時に感じまして。
家族団欒と言うか和気藹々なノベルに出来たら良いなと思いましたので♪
モーリスさんやセレスティさんとの掛け合い、そしてマリオンさんと
モーリスさんの電話での会話など、凄く楽しんで書くことが出来ました。

ちょっと今回モーリスさんが気の毒かもしれない…と思いましたが
お父さん(ぉ)は、やはり何時の世も気の毒なものなのかも…と、
そっと涙をぬぐいましたのは内緒の話です(笑)

皆さんにも、何処か一部分でも楽しんでいただけた箇所がありましたなら
幸いです。
これからも皆さんが一緒に長い時を共に過ごせたら良いなと思いつつ……
失礼致します。
クリスマス・聖なる夜の物語2004 -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月13日

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