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『― 想いの降る夜 ― 』
風羽・シン(w3c350)





――― 聖なる夜、ケセドの樹の下で求める人に逢える


こんな噂があなたの耳に入り始めたのはいつからだったか。
最初は単なる噂話や都市伝説の類と気にも止めていなかった。

然し、何故か心にかかる。
胸が騒いで落ち着かない。
それは未だ残る痛みのせいなのか。

どうせこの日は巷でも皆それぞれの約束で忙しない。
ひとりくらいこの噂にのってもいいだろう。

そう結論つけると、あなたはコートを掴んで冬の街へとゆく。


今夜は聖夜

何があっても、それは奇跡となる。









Beatus vir qui suffert tentationem,
quoniam cum probatus fuerit
accipiet coronam vitae.





(試練に耐うるものは幸いなり
 何となれば、いったん評価されしときは
 人生の王冠を受くるべし)










さんざめく街の喧騒も、この場所へは遠慮をしているのか
不思議なほど静かで穏やかであった。

折りしも今宵は聖夜。
奇跡の前夜。
何かが起きる前触れの刻。



それは普通の小さな教会で、特別何かあるようには見えない建物だった。
少し奥から聞こえるのは子供達の声。
門柱の小さな標識にあった孤児院なのだろう、
建物から暖かな灯りが見える。

教会の建物の前に大きくそびえる樹が、黒い影を落としていた。
その下に背の高い男の姿が見て取れる。
眼鏡の奥の穏やかな眼差しは、
この大きな樹を見上げ、ただ静かに佇んでいた。

「あれー、お兄ちゃん、だあれ?」

周囲の街灯の届かない暗い敷地内に
白い姿が浮び上った。
クリスクリス(w3c964ouma)、あどけない表情が誰何する。

続いて長い髪の少女が恐る恐る入ってきた。
腕に巻いた、彼女には少し大きいバンダナが目を惹く。
みどり(w3g896ouma)が問う。

「この樹が“ケセドの樹”なの?」

幼い表情で見上げる二人の少女に、
お兄ちゃんと呼ばれた田沼・亮一(TK0931)が屈みこむ様にして笑む。
随分長くここに立っていた為、知らぬうちに寒さで身体が少し強ばっている。

「ええ、たぶんそうだと思いますよ。」
「それ……本当か?」

切羽詰ったその声に3人が振り向くと、白い息を切らせた少女がいた。
漆黒の長い髪が乱れて顔にかかっているが
高耶(w3b248ouma)はそれに気づく様子も無い。

「お姉ちゃん、大丈夫?具合悪いの?」

クリスクリスが高那の背を撫で息を整えさせている。
それに、ありがとな、と薄く微笑み
ひとつ大きく深呼吸をすると彼女はあらためて周囲を見渡した。

「みどりね、“ケセドの樹”を探してたんだけど、わからなくて……。
 でも白い服着たシスターさんからここを教えて貰ったの、でも良かった、見つかって。」
「うん、それボクも同じ。
 お兄ちゃんがお世話してたモミの木さん辿ってたんだけど、でもこの樹はモミの木じゃないよね。」
              
あんたは?という高那の視線を受けた亮一は、ただ微笑んだだけだった。
肩を少しすくめて高那は髪をかきあげた。


他人の動向が互いに気になっている。
噂にのってきてしまった後ろめたさ、恥かしさ、
それでも、それ以上に自分を突き動かす心の衝動。


ふと―――


手首に巻いたバンダナを弄っていたみどりが、顔をあげた。
樹を見上げていたクリスクリスの青い瞳が、大きく煌いた。
俯いていた高那がゆっくりと瞼を開け、身を起し……

それぞれの歩を進めた。
その行き先は大樹、“ケセドの樹”。

そして亮一は少女達が樹の向うに姿を消してゆくのを
静かに見つめ、見守っていた。
驚きも、恐れもせずに。



「……へぇ、エライもん見ちまった、」

銀髪の男が言葉とは裏腹に平然とした様子で教会に現れた。
風羽・シン(w3c350maoh)は樹と、教会とその奥の孤児院を認め
最後に樹の前に立つ亮一に、よお、と手をあげる。

「あんたが噂の出所……ってわけじゃなさそうだな、噂にのったクチか?
 大方“ケセドの樹”の意味、わかったってところだろ。」

亮一は眼鏡を指で押し上げ穏やかに笑む。

「ええ、“ケセド”といえば浮かぶのはセフィロトの樹の第4セフィラーです、
 “慈悲、慈愛”を表すので連想したのが
 孤児院もあり、大きな樹のあるカトリック教会……まぁそんなところです。」

亮一は探偵事務所の所長でもあり、その頭の回転の速さは定評がある。
それ故に誰よりもはやくこの教会に辿り着いたのだが。

そしてシンの心に少なからず動揺が走っていた。
セフィロトの樹、ケセド、そこから思い浮かべるのは……

(……ゲブラー、)
「あの、どうかしましたか?」

亮一の声で我に返ったシンが、苦笑してなんでもない、と答えた。
静かに佇む亮一に何か見透かされそうな気がし、
無意識に手を強く握りしめていた。


と―――


シンの隻眼がゆっくりと背後を見遣り、何かを見る。
そして彼もまた何かに呼ばれたかのように
先の少女達の後を追うように樹へと歩を進める。
その姿が消えてゆく様を
亮一が先と同じ様に見送り、そこに聳える樹を仰ぎ見た。


奇跡は、もう、始まっているのかもしれない。








気づくと自分の周囲には誰もいなかった。
あの背の高い、穏やかな男の姿も見えない。
ああやって、ぼやっと立っているとやられちまう、戦闘には不向きだ、
と考えてふと苦笑する。
常に戦いにむすびつけて考えてしまうのは不味いだろう、
特にこんな聖夜の日には。

聖夜、
魔に属する己の身としては皮肉な日だと多少なりとも思ってしまう。
然し本来の基督教は神帝軍とは関係が無い、

(俺がナーバスになりすぎなのか、)

苦笑しそれを誤魔化すかのように懐に手を入れ、
視界に入った孤児院の灯りで動きを止める。
なんとなくここで煙草を吸うのは禁忌を犯すように思われ
溜息吐いて空を見上げる。

凍てついた空気が頬をきる。
隻眼を細めるとふいに古の戦乙女を思い出した。
あの時シンは勇者の選定という名の戦いに身を投じていた。
己の持てる力量、そして次へと続く者への礎、
それがシンの選んだ戦法。
だがそれは古の戦乙女には通じる事はなく、そして選ばれる事もなかった。

(……それはいい、勇者の条件は人其々だから。だが、……)

その後の自分の行動は、自分が信じる勇者の条件に沿っていただろうか?
単に力に酔い、戦う事を悦んでいなかったか?

幾度となく繰返された疑問。
確かに自分は強いと思う、それを得る為の数々の戦歴、戦勝、それは否定しない。

「……誰でもいい……俺は……俺としていられたのだろうか?」

……それを、誰か教えてくれ、
常にクールな彼らしくのないその表情は、
常に寄添う逢魔が見たらどう思うだろうか。
それはそんな悲痛なものだった。

(……風は止まってしまったのですか?)
「……え?」

ふいに響くその声にシンは周囲に視線をおくるも姿は見えない。
だがその声、……忘れようにも忘れられないその声。

(あなたはまだ勇者に拘るのですか?)
「……っ、」

脳裏に焼きつき離れぬ面影を探すも、見えぬ軍神。
シンは探すのを無駄だとわかると虚空に向けて言う。

「違う、俺は俺の思う道がある。それはあんたには合わなかったようだがな。」
(…………、)
「俺は、皆の想いを受止めそれを次の世代に繋ぐ。
 信頼、望み、希望、それらを全てひっくるめて、だ。」

シンはこれまで幾度と潜り抜けてきた死闘を思う。
勝った時もある。
敗北も経験した。
そして目の前で散りゆく仲間もいた。
彼らの想い、彼らの無念、彼らの伸ばされた手を握り
シンは刃を振るってきた。

「けど……、」

自嘲気味に銀髪をかきあげる。

「……こいつは“勇者”の定義じゃない、な。
 これは俺の、風羽シンという男の生き様、ってやつだ。
 勇者たれ、とは思うがそれは俺が決めることじゃない。」

再び顔をあげたシンの目には迷いはなかった。

「俺は俺の信じることのために、目の前の戦いを切り開いていく。
 それが“勇者”と呼ばれるのならそれでいい。」
(……あなたは既に答をみつけているのですね)

肩を竦めるシンの視界に蜂蜜色の白い影が降りてくる。

(あなたはこれからも戦いの中に身をおくのですか)
「あたりまえだ、神魔の戦いは終っちゃいないからな。
 俺の手の届く限り戦い続けるぜ。」

シンの答えに白い影は微笑んだようだった。
やわらかい風が吹いた様に揺れる。

(……ならば風羽シン、あなたは戦いの中に生きて戦いの中で死になさい。
 その時わたくしが迎えに来ましょう、ヴァルハラへ……勇者の帰還として……、)

なんと甘美で壮絶な言葉だろうか。
然し相手は戦乙女である、戦いの女神なのだ。
神とは元々厳しいもの、人間界のそれは通用しない。

だがシンは不敵に口の端で笑うと、
無言でゆっくりと右手をあげ拳をつくった。
白い影が満足げに目を細める。

(ではあなたにこの言葉を……、
 再び逢う時、……その時にもういちどあなたの口から聞きましょう)



凍てついた夜に、白い影が言葉を落す。




―――Bis vincit, qui se vincit in victoria.










滲んだ視界が徐々に形作られ、ぼんやりとした思考も戻りつつあった。
それと共に聴覚も戻ってくる。
静寂の中のゆっくりとした振動は、自らの鼓動。
そして覚醒するまでに視界を埋めていたのは
聖母、マリア像だった。


「まぁ、こんな真夜中に教会にいらっしゃるなんて、」


穏やかな驚きの声音が背後から聞こえ、
5人は其々ふり返る。
そこには灰色の修道服を着た年嵩のシスターが蝋燭を手に立っていた。
そして自分達がばらばらに教会内に座っていた事に気がつく。
いつの間にいたのか知らぬ者に不審を唱えるでもなく、
寧ろ祈りを捧げていたと思ったらしくシスターの喜色は濃い。

だが今自分のおかれている状況に説明をつけるのに
少々苦労が必要のようだ。

「……夢、だったのかな」

クリスクリスの呟きは皆も同じ。
大樹を見上げていたところから先が幽かな記憶。

「いや、夢であってたまるかよ、」

シンの言葉は確信。
そしてそれが為に踏み出せる未来への糧。


マリア像の下の燭台に灯りと燈しながら、時が替る事を静かに告げるシスター。
聖夜が終わり奇跡の日がやってくる。


「奇跡が……起きたんだよ、きっと」

みどりの奇跡はその胸にそっと仕舞われた。
誰も知らなくていい、みどりだけの奇跡なのだから。

「噂というものも、真実を含むもの……ということですか」

手の中の鎖に通した二つのリングを見遣り亮一が苦笑する。
想うことへの答えは在ったのだ。


穏やかな静寂の空間から、
現実の喧騒の空間へと戻るべく扉へ向う。


「……ありがと、な」

高那は一度だけマリア像を振り返った。
今だけはこの慈愛の神を信じたい気分だった。


シスターに一礼し扉を出ようとして、シンはふと立ち止まった。
気になっていた事がひとつある。

「シスター、……あの、ひとつ聞いてもいいかい?」
「ええ、私で答えられる事ならばどうぞ。」

その穏やかな顔に安心する。

「その、……この言葉の意味を教えてほしい。
 “ビス・ウィンキット・クィー・セー・ウィンキット・イン・ウィクトリア”確か、そんな感じの、」
「……“Bis vincit, qui se vincit in victoria.”かしら?」
「ああ、それだ。英語じゃ、ないよな……多分、」

シスターは目を細めて答える。

「それはラテン語の格言ね、“勝利において己に打ち勝つ者は二度勝利する”という意味だわ。」
「え……、……それじゃ、」
「あなたにその言葉をくれた人は、厳しい人なのね。
 それでもあなたに期待しているという事を伝えているようですね。」

シンは一瞬胸がつまったが、
然し顔をあげすっきりとした表情をシスターに見せた。
そして大きく頷きお礼を言うと扉の向うに足を踏み出す。

今はもう迷いのない、確かな足取りで。








世界は奇跡の前夜から、奇跡の日へと時がうつっていた。
そしてその奇跡は自分の身にも起きた。
それはもう揺るぎの無い確信として胸にしまってある。


視界に白いものが落ちる。
その様はまるで想いがゆっくりと堆積するように
静かに降り積もる。



聖夜の奇跡―――

たまにはこんな夜も、いいかもしれない……











(fin.)


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


アクスディア

【 w3b248 / 高耶 / 女性 / 17歳 / 逢魔 】
【 w3c350 / 風羽・シン / 男性 / 26歳 / 魔皇 】
【 w3c964 / クリスクリス / 女性 / 12歳 / 逢魔 】
【 w3g896 / みどり / 女性 / 12歳 / 逢魔 】

東京怪談

【 TK0931 / 田沼・亮一 / 男性 / 24歳 / 探偵所所長 】


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■         ライター通信          ■
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お初にお目にかかります、伊織です。
此度は「想いの降る夜」にご参加頂き有難う御座いました。

今回は聖夜という事もあり奇跡に因み、
皆さんの心の補填を主題とし、ラテン語を織り交ぜて描写してみました。
少しでも心象風景を楽しんで頂けたら幸いです。

キーワードの“ケセドの樹”につきましては
少々難しかったでしょうか、田沼亮一様のみ正解でしたので
ナビゲーターとしてお願い致しました。

またお会いできる機会がありましたら
宜しくお願い致します。


>風羽・シン様

戦いに於ける己の姿勢というものは人其々。
如何にそれを貫き通せるか、自信を持って進んでゆけるか。
リプレイを拝見しましたが既に答えはお持ちの様ですし、
今回を機に吹っ切れる事を願ってやみません。

また重大な不手際、大変失礼致しました。
以後充分注意致します。

改めて此度のご参加、有り難う御座いました。

クリスマス・聖なる夜の物語2004 -
伊織 クリエイターズルームへ
神魔創世記 アクスディアEXceed
2005年01月12日

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