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『元日芸能 』
志羽・翔流2951

 発端は昨年にまでさかのぼる。
 日付は師走、なにかと物入りの時期。だのに、志羽翔流には先立つものがない。懐具合は甚だ心もとなく、財産と呼べるものは鞄一つに詰められた大道芸道具だけだった。
「このままじゃ駄目だ、なんとかしねえと!」
安アパートの自宅で財布の中身と睨みあっていた翔流は強く頷いた。
 彼が唸ったのは、己の芸に限界を感じたからである。と言っても、才能に見切りをつけたのではなく孤独に対する行き詰まりだった。つまり、どんな大道芸でも一人では人の目を引きにくい。大草原に花が一輪咲いているようなもの。大衆を呼ぶには、群れで咲かなければならないのだ。
「仲間が増えれば、もっとおひねりだってもらえるはずだ」
仲間と大道芸を広めること、翔流はこれを来年の抱負に決めた。
 そうなれば来年元日から計画を実行するためにも、年内に動き出す必要があった。黒い小物入れから画用紙と太マジックを取り出し、仲間募集の張り紙制作にとりかかる。こういう手作業は器用なので、得意だった。
「求む、芸達者・・・・・・と」
芸にさえ通じていれば、翔流は男だろうが女だろうが、その年齢にも区別しない。一月一日に渋谷ハチ公前で舞台を踏んでくれる仲間を探している旨を細かく書き記し、しかし翔流自身の連絡先は書かなかった。自身の連絡方法がない、というのも理由の一つだったが連絡を通じて相手を予定に縛らせるのが嫌だったのだ。
「本当の仲間なら、約束をしなくても信じているだけで来てくれるはずだ」
なんて素晴らしい友情だろうと、自分の決意に酔いしれながら翔流はあっという間に数十枚のビラを書き上げる。へたな印刷機より早い作業である。
「これだけ作れば誰かが見てくれるだろう」
画用紙の束とガムテープとを抱え、普段着にジャケット一枚羽織っただけの格好で翔流は街へ飛び出していった。

 と、ここで話は突然飛躍するが、翔流は東京の警察署がどこにあるのかよく知っている。道端で大道芸を披露していると警官から注意を受けることが非常に多く、煩わしいので警察から離れた場所を選ぶことにしているのだ。従って、警察署の場所に自然詳しくなるのである。
 今回のビラも許可を受けたものではないので、警察に見つからないよう注意しなければならない。かといって、人目につかないところでは意味がない。
「どこに貼るかな・・・・・・」
考えた結果翔流は撤去自由の安い立看板、パチンコ店の宣伝などに使われている木枠にビニールを張っただけのやつである、その上にビラをべたべたと貼りつけていった。この立看板なら、強く叱られることもないだろう。
 ハチ公のある渋谷駅の周りで道端にしゃがみこみ、ビラを貼り回っているとこれだけで人の目を引く。中には翔流がガムテープをちぎる間ビラを抑えてくれる親切な人もあった。これはいけそうだという手ごたえを感じる。
「これだけ注目してくれれば、正月まで待ちきれない人だっているかも・・・・・・」
そんなことを考えていた矢先、繁華街の交差点で翔流は四人連れの男たちから名前を呼ばれた。
「志羽?お前、志羽じゃないのか?」
「ん?・・・・・・ああ、お前は」
振り返った瞬間は誰だかわからなかったのだが、中の一人に見覚えがあった。半年ほど前通っていた高校で、同じクラスだったので仲良くしていた奴だった。なんでも、冬休みということで東京へ遊びに来ていたらしい。
「こんなところでなにしてるんだ?」
「いや、仲間を集めている最中なんだよ」
寒さのせいで鼻の頭を真っ赤にした翔流は、目を輝かせて自分のアイディアを男たちに話した。夢を語るときの翔流は本当に生き生きとして見える。その話を最後まで聞いた人は誰でも
「へえ、面白そうだな」
と、言わずにはいられなかった。

「元日のハチ公前か。なあ、俺たちも参加させてくれよ」
「本当か?お前たち、芸持ってるのか?」
「ああ」
と、男たちは肩から下げているギターや、鞄の中から小さなパーカッションのセットを取り出し、翔流に示して見せた。なにも持っていない男は、どうやらボーカル担当らしい。
「俺たちバンド組んでるんだよ。今年の正月は、東京のどこかで路上ライブやろうって新幹線に乗ってきたんだけど、なかなか場所見つからなくってさあ。渋谷なら俺たちの音楽を理解してくれる奴がいるかもしれないだろ」
田舎の連中は俺たちの音楽についてこられないんだよなあ、と男たちは頷き合っている。どうやら、地元でもマイナーなバンドらしかった。
 大道芸の中には三味線を使ったり、アコーディオンを演奏したりまた賑やかしとしての音楽がある。そういう考えかたでいけば、元日の舞台にバンドが登場することも、決して的外れではないように思える。けれど、と翔流は思った。
 一体なんのために大道芸をしているのかと、自分に問い掛けてみる。その答えは人を楽しませたいからであり、決して自分が楽しむことを目的にしているのではなかった。まずお客様ありき、の芸なのである。それなのに、バンドを披露したいという彼らはあまりにも独りよがりに映ってしまう。
「俺たちの演奏を理解しない連中なんて、こちらから願い下げだ」
翔流は違う、と思った。万人に理解できない芸は、芸ではない。理解してもらえないのなら、自分たち芸人のほうからわかるところまで歩み寄っていかなければならないのだ。
 大道芸と路上ライブというのは、行う場所が似ているせいかその目的も混同されやすい。しかし決定的に違っているのは、大道芸は人を楽しませるために芸を披露しているのに対し、路上ライブはあくまで自分の音楽を追求しているという点だった。それは、真っ直ぐ平行に並んだ二本の道のようだった。どこまでも見えてくる景色は同じだけれど、二つの道は交わらない。少なくとも、彼らの道と翔流の道は交わらない。
「正月からライブやれるなんてラッキーだよ、志羽」
「・・・・・・お断りだ」
男たちから、翔流はふっと顔を背けた。孤独は確かに寂しいけれど、限界があるけれど、志の違う連中に角を折る気は全くなかった。
「俺は、皆が楽しめる芸を見せたいんだ。皆が楽しまなくても構わない、なんて奴とは一緒にやりたくない」
潔癖すぎるかもしれない。それでも翔流は一度違和感を覚えてしまうと、自らを歪めることはできないし、二度と元の型には入り込めないのだった。

 あの後、男たちから強く睨まれ悪態をつかれ、翔流の心には陰りがさした。そんなじくじくした心のまま新年を迎え、元日の朝、翔流は一人ハチ公の前で来るかもわからない同志を待っていた。ハチ公の首には誰の仕業かわからない紅白のお飾りがかけられている。最近は元日から開店のデパートも多く、駅前は待ち合わせの人ごみで混雑していた。
「・・・・・・やっぱり、誰も来ねえのかなあ」
正月はみんな忙しい。来たいと思っている人にだって別の舞台があっただろうし、元々の予定を動かせなかった人もいたはずだ。そうやって自分自身を慰めてはみるものの、やはり翔流の表情はどこか冴えなかった。いつだって溌剌としている翔流だというのに、これでは新年の福を呼び込めない。
「はああ・・・・・・」
尻尾を垂らした犬のごとくハチ公の隣で背中を丸め座り込んでいる翔流、足元など見ていない通行人からうっかり蹴られかねないところであるが、心配はいらなかった。
 翔流はハチ公のすぐ脇に設置した、約二メートル四方の寸法を取った自作の舞台の上でしゃがみこんでいた。この舞台は高さが三十センチほどあり、この上に翔流が立つと通行人の中から頭一つ飛びぬけて目立つのだった。
 しかし今は立ち上がる気も起こらず、翔流はしゃがんだまま愛用の鉄扇を使いその上でぼんやりとコマを回していた。大道芸を披露しているというより、手持ち無沙汰でなんとなく回しているという感じだった。
 担いできた鞄の中にはまだ、様々な大道芸の道具が入っている。だが、どれを取り出す気も起きないままコマだけを見つめていた。
「ふふ」
そんな覇気のない自分を誰かが笑ったような声が聞こえて、翔流は顔を上げた。すると、母親に手を引かれた小さな女の子が口元を手袋で隠したまま、くすくす笑っていた。
「・・・・・・」
翔流は、女の子に見えるようコマをひょいと飛ばしてみせた。すると女の子は笑うのを止めた。落ちてきたコマを鉄扇の骨に乗せて、要から末のところまで滑らせてみせると、目を大きく開いて翔流の手元に見入っている。
 女の子の唇がすごい、と呟いた。

 その一言で、翔流に元気が蘇った。勢いよく立ち上がるとコマを自分の手の平へ移し、鉄扇を大きく開いて口上を張り上げる。
「さあ、お暇なかたは見てらっしゃい!富山出身全国を流れ歩く旅の学生大道芸人志羽翔流!今年は東京ハチ公前から出発だ!」
喋っているうち、段々と自分の中から元気が溢れ出してくるような感覚を覚えた。やっぱり自分は笑っていなければならない、芸をやっていなければならない。翔流は新しい年に、あらためてそう感じた。
「大道芸といったら水芸紙切り太神楽、南京玉すだれかもしくはバナナの叩き売り!日本に限らず世界を見れば、ボールを投げるジャグリング、ファイヤーマンの火吹き芸、手品だって千差万別!この志羽翔流にかかればなんでもござれだ!」
さあなにが見たい、なにが見たいと客に呼びかける。翔流の声に盛り上げられた客の中からも笑顔がこぼれはじめる。そんな顔を見ていると、翔流はますます元気になってきた。客を喜ばせて、自分がますます元気になる。これが翔流の大道芸だった。
「そうだ、それに」
元日、仲間が集まらなかった事実を翔流は前向きに解釈することにした。
「仲間が集まったら集まった分だけ、おひねりだって等分しなきゃならなかったんだ」
一人で芸を見せれば稼ぎは全部自分のものだ。翔流はそう考えることで、今年も乗り切ることにした。


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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2951/ 志羽翔流/男性/18歳/高校生大道芸人

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
最近は路上パフォーマンスというとギターの弾き語りなどが
思い浮かぶのですが、正月はやっぱり日本の伝統芸が
見てみたい、なんて思います。
大道芸人の翔流さまはいつも元気そうなイメージですが、
ときには落ち込んだりもするのではないでしょうか。
落ち込んで、それでもお客さまの笑顔でふっとまた
元気を取り戻す、そんな話を書かせていただきました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
明神公平 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月12日

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