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『年始の最速は手に入るのか? 』
三春・風太2164


 ――プロローグ

 拝啓、母さん
 
 元気にやってますか。
 こちらはあれ以来なあなあで生活してます。
 特に報告するほどのことはまるでしていません。
 生きていることだけはたしかなので、ご安心ください。
 
 正月三元日は寝ることにしている。
 深町・加門はその鉄則に従って、今年も寝正月を過ごしていた。刑事を辞めてからの習慣である。どうにもなんだか生臭くて寝返りを打ちながら、夢は勝手に続きを綴る。

 なんだか最近生臭い上騒がしく、寝るに寝られません。
 精神過敏なんて柄にもなく。同居人がうるさいだけだと思いますが。
 母さんは変わりなく――……。
 
 そもそも加門の母親は他界しているので、加門が筆を取るわけがない。それも筆不精の彼のことだから、もしも書くとしたら「謹賀新年」で終了だろう。つまりこれは加門の夢らしい。夢の中で、他界した母親に手紙を書いている……のだろう。
 だが夢の中の彼は、ふと手を止めた。
 生臭い?
 相棒のジャス・ラックシータスはどちらかというとソーセージの匂いがする男だ。生臭い仲間など見当たらないような、気がする。
 それにしてもあの加門に母親がいたというのが驚きの事実である。彼も、所詮人の子ということだ。母親もいれば父親もいるのだろう。
 そこで加門は……目が覚めた。
 目を開けるとそこには、自分の顔より大きな頭の――
 
 マグロが、いた。
 
 そのマグロはどこか悲しげな顔をしていたように、加門には感じられた。が、目が覚めて目の前にマグロがいる状況を考えてもらいたい。マグロの気持ちなんか知ったこっちゃないのだ。彼は今そういった危機的状況下に置かれていて、あまり回ることなどない頭が火花を散らして回転しだしているところだ。意味がわからない、わからないを通り越して現状認知が不能。
 加門の頭の中には、ベットにマグロ、ベットにマグロと、エッチな意味ではなく言葉の通りの意味を持って巡っている。
 思考回路をシャットダウンして、次に理解したのは、どうやらキャンピングカーが走っているということだった。誰が……と最初に頭に浮かんだのはジャスの顔で、だがジャスの運転技術は破滅的だったので、一瞬他界した母の顔が頭を過ぎった。
 ガバッと起き上がった加門を出迎えたのは、おっさんと少年、それと猿顔のがっしりした男……だった。
「ひ、と、あ、わ」
 加門は混乱の境地でそう叫んだ。
 本人からの説明によると『人の家に何してんだゴルァ、とりあえず停車させろ、アフロ野郎の連れじゃねえか、わかったらさっさと停めろ』の略、だそうだ。人間テンパると語彙が少なくなるという、代表例である。
 びちびちっとマグロが震えた。
 加門はマグロと男達を見回した。
「おはよーございます! えーと、ホットドック屋の移動係のお兄さん」
 ニコニコと三春・風太が挨拶をする。加門は未だ、「ひとあわ」の心境なので何も返さない。
「アフロフィーバー、イエー!」
 隣のシオン・レ・ハイがサタデーナイトフィーバーのトラボルタのポーズを取ったので、加門は手元の目覚まし時計をシオン目がけて投げつけた。加門はアフロとかノリノリとかフィーバーとかそういった単語を聞くと、何を置いても突っ込まないといられない体質なのだ。
 シオンは見事に目覚まし時計にやられ、ふにゃぁと大きなマグロの上に乗っかった。そして歯を立てる。
 猿顔の男がシオンとマグロを引き離しながら言った。
「食べるなつってんだろ」
 いや、マグロそのまま食べるってどういう歯してんだよ。
「百杯のマグロ丼」
 運転席に目を走らせる。そこには赤毛の男が座っているようだった。加門は一瞬にしてさまざまなことを理解する。赤毛の小男と猿顔のコンビは、世界中に鳴り響いている賞金首の名前である。だがまさか――懐に突っ込んでこられるとは、思わなかった。
 たしか猿顔の男はベーと名乗っていて、赤毛はダウトだったか。
 ベーは背に手を回し、ズボンに挿したリボルバーを取り出した。
 加門に向けて構えてから、運転席を見やる。
「寝てもらうか?」
「せっかくの移動手段を用意してくれた奴だ、邪魔しなけりゃいいだろ」
 赤毛の頭が甲高い声で答えた。
 すると、シオンがベーと加門の間に立ちはだかった。
「殺さないでください。殺すんなら――このマグロを!」
 ……そして食べようという魂胆なのだろう。加門は一瞬シオンの評価を上げそうになっていたので、慌ててランクを下げた。
「かわいそうだよ、マグロがかわいそうだよ」
 風太がマグロに組みつく。マグロは悲しい顔で、ビチビチ跳ねている。
「どの道こいつは死ぬ運命なんだ。マグロは陸にあがると、体内の熱が上昇しすぎて死んじまう」
 ベーが無精ヒゲの残る顎をさすった。せつなそうに目を細める。
 だが、結局マグロのお話である。生きたまま食べられるより死んでから食べられた方が、マシぐらいの差ぐらいしかなかろう。
 深町・加門は運転席を見やり、べーを盗み見て、黒い謎の特攻服姿のシオンと風太をジロリと睨んでから、ようやくまともな台詞を言った。
「何のつもりだ?」
 低い声で訊ねた。
 
 
 ――エピソード
 
 元旦の草間興信所、けして少なくはない年賀状を整理していたシュライン・エマは、不吉なハガキに目を止めた。どうやらそれは、回りが縁取りしてある、喪中ハガキのように見えた。喪中ハガキは、普通年賀状の前に届く筈の代物だ。
「……武彦さん」
 草間は正月から働く気はないが、シュラインがきていたので所長席に納まるだけ納まっている。興信所には青島・萩やウェバー・ゲイルが集まっていた。何を思ったか全員警察関係者だ。
 シュラインは警察……と口の中でつぶやいて、手元のハガキをまた見た。
 
 『お正月、いただきに参上します ダウト』
 
 そろそろ、風太が来るようなことを言っていた。
 シュラインは机の中のポチ袋を探した。だがしかし、そこに用意したポチ袋はなかった。
「え?」
「どうしたエマ」
 草間はとっくりセーター姿で、あたたかそうな茶のジャケットを着ていた。
 シュラインはポチ袋の跡に、一枚のヒラヒラした紙を発見する。そこには『いただきました』の文字が……彼女ははっとして、神棚を見た。神棚には鏡餅が飾られているが、その頭のみかんがなくなっていた。
「まさか」
 口の中で小声で叫んで、パイプ椅子を引き寄せて神棚を覗き込む。すると、鏡餅の後ろにまた白い紙が貼り付けてあった。
「……しょ、正月を、いただきに?」
 草間と萩は彼女の置いた、喪中ハガキを装った縁起でもない予告状を見ていた。
「なんだこれ、ダウトってぇ、あのダウトか?」
 萩が訝しげに眉をひそめる。草間は口を大きく開けたまま、シュラインを見上げた。
「おい、うちの正月は平気なのか、おせちとか……」
 顔面蒼白のシュラインに、草間が不安そうにおろおろする。
 ウェバーが顎を撫でながら、草間の手元から予告状をすり取った。面白そうに笑って、草間の肩を叩きながら言う。
「正月盗むってぇ? どういう日本語だ、こりゃ」
 謎かけの意味を汲めずウェバーが言う。萩が、困ったように答えた。
「お年玉、おせち、雑煮、お餅……あとなんだろうな」
 そのとき、初詣の混雑を映していたテレビに緊急ニュースが入った。
『サンシャインシティに来日していた、超巨大マグロが本日怪盗ダウトに盗まれました。ダウト一味はヘリコプターで移動、B森林公園上空で大破、その後の消息は知れません』
 ウェバーはほほうと笑った。
「ダウトか、怪盗ねえ」
 シュラインが冷蔵庫と戸棚のオセチを確認しようとすると、彼女の携帯電話が鳴った。
 
 
 神宮寺・夕日は現在深町・加門の自宅であるキャンピングカーを追跡中だった。
 愛車のフィットに乗ってB森林公園に着くと、轟音がして森林公園の一部が燃え上がった。そして恐る恐る向かったキャンピングカーはドウドウと音を立てて、発進した。
 一体何事か!
 夕日は驚いてフィットまで即座にUターンし、派手なキャンピングカーの移動経路を割り出して、加門の後を追った。
 謹賀新年の挨拶を誰よりも先に! と、兄や義姉や兄の弟子などを蹴散らして、気合を入れた化粧で望んだ新年だというのに、何が悲しくて目の前から去られなければならないのか。
 最初のうちは、何が目的でキャンピングカーが動いたのだろうという疑問だけだったのだが、テレビを映すカーナビが、ダウトに盗まれた巨大マグロのニュースを流すのを聞いているうちに、加門のキャンピングカーの出入り口から……なにやら巨大な、尾びれのような物が見えるような気がしてきて、目の錯覚かと何度も見直したがそんなことはなく、夕日は規律違反を承知で携帯電話をいじり、シュラインに電話をかけた。
「シュライン、ダウトよ」
 ダウトと言えば草間興信所、草間興信所と言えば、ダウトである。
 
 
 一方ダウトサイドでは。
「加門さーん、お年玉ください」
 人質の加門に、風太とシオンがお年玉をねだっていた。
 マグロと添い寝させられた加門の機嫌は最低、その上知らん賞金首に命を握られて最悪、大嫌いなアフロの連れにお年玉をせびられて……。
 ちょこんとこうべを垂れた二人の頭にゲンコツを落とし、加門は鼻を鳴らした。
「いい加減にしろ、ドアホコンビ」
「そうだぞ、お年玉てぇのは盗むもんだ」
 ベーが真面目な顔で言う。
 加門はベーを窺い見る。
 風太は頭を抱えながら、涙目でベーに訊いた。
「なんで、お正月にマグロさんだったんですかー」
「おいしいからに決まってます!」
 風太の問いにシオンが答えた。だがベーはへらりと笑って、拳銃をくるくる指先で回しながら言った。
「年始の泥棒大会のお題がな「はやいもの」だったんだ。速いってぇいやあ、マグロだろうってえことになってな。怪盗ダウトさまが狙うマグロが普通のマグロじゃしまらねえ、だからサンシャインの巨大マグロになったんだ」
 シオンと風太が目を丸くする。
「ボク達がおみかんや、お年玉を盗んでるその隙に」
「巨大マグロを食べるなんてすごいです」
 二人は目を合わせて、きゃっきゃっと飛び上がる。
「食べてねえだろ」
 普通にベーはそう突っ込んだ。
 運転席のダウトが声をあげた。
「ベー」
「あいよ」
 バックミラーに映るダウトの目元は涼しげだ。
「後ろが騒がしくなってきやがった。さっさとやっちまえ」
 言われたベーは飛び出ているマグロの尻尾に片手をかけて、外を見た。空いた道路の後ろを二台の車が駆けている。


 キャンピングカーを先頭に、夕日のフィットが二着萩の操る車が三着につけていた。
「正月早々ダウトめぇぇ」
 おせちは無残にも食い荒らされていた。
 餅も見事に空だった。
 草間の血圧は上昇する一方である。
「でもラッキーだったじゃん、まさかダウトの居場所が知れるなんてな」
 萩が煙草を灰皿に突っ込みながら言う。助手席の草間は、じろりとダウト一行の乗るキャンピングカーを睨んだままだ。
「そういえば、深町さんはどうしてるかしら」
 シュラインは誰に言うでもなくつぶやいた。ウェバーが冷たい風の舞い込む窓から身体を出したまま、聞き返す。
「なんだって?」
「いえね、深町さん、あのキャンピングカーに住んでるのよ」
 ウェバーは面白そうに笑った。
「ははは、マジかよ! 愉快な賞金稼ぎだなあ、おい」
「実家にでも帰ってるといいんだけど」
 シュラインは心配そうである。
「こんなジョークを知ってるか」
 ウェバーが窓から身体を引っ込めて得意気にシュラインへ言った。
「女の子が母親に訊いた。『ママ、どうして髪の毛に白髪が混じってるの?』母親は答えた。『それはね、あなたが間違ったことをして、ママを泣かせたり、悲しませたりするたびに、髪の毛が一本ずつ白くなるのよ』 女の子は言った『ママ、じゃあどうしておばあちゃんは髪の毛がぜんぶ真っ白なの?』」
 車の気温が一度下がった。
 草間がアメリカンジョークを振り払うように、大声をあげた。
「ええい! くそう」
「あれ? 今のよくできてただろ?」
 ウェバーは助手席と運転席の間から身体を押し出して、萩と草間を見比べ、それからシュラインを見てニヤリと笑った。
「ね?」
 シュラインも固い笑顔を返す。
 そのとき、銃声が響いた。
 車の中が緊張する。目の前のフィットが、フラフラと車線をはみ出しながら減速していく。
 どうやら、タイヤを撃ち抜かれたらしい。
 今道は海にかけられた橋まで来ている。
「次は俺達だな」
 草間が言った。萩は草間に運転を譲り、片手をフロントガラスに突き出した。
「サイコキネシスで……運転手の腕を止める」
 萩が言う。草間がハンドルに捕まりながら、ほへぇと目を驚かせる。
「できるのか、そんなこと」
「たぶん……」
 萩が言うが早いか、目の前のキャンピングカーはグラグラと揺れはじめ、そしてなんと……ダウト達は欄干を押し切って海へまっ逆さまに落ちて行った。
「……うまく、いかなかったみたい」
 萩があはははと乾いた笑いをこぼした。車はへしゃげた欄干に寄って停車し、全員そこから落ちたキャンピングカーを見ていた。後ろから夕日もやってくる。
「大丈夫だった? 夕日さん」
 シュラインが訊くと、夕日は散々だという顔をした。それから訊いた。
「加門乗ってるの?」
「さあ……わからないわ」
 ウェバーが橋の下へ行ってみようと提案する。
 全員一致で、アスファルトで固められた海岸へ行ってみることにした。
 
 
 加門は頭にタコを乗せて海を泳いでいた。キャンピングカーは海の藻屑と消えた。
 明日からどうやって生活しようか、と考える。それより、あのダウトがどうやって消えたのか。せっかくの賞金首だ、捕まえてやろうと狙っていたわけだが、キャンピングカー転落のとき、ダウトは
「草間探偵に伝言だ、次は世田谷区の石井・真奈美ちゃんと江戸川区の江頭・菊次郎さんだ」
 と意味不明な次回予告を出し、加門が元気になったマグロに翻弄されているうちに、ダウト一味はどこかへ消えていた。
 巨大マグロは海に帰ったわけだ。すいすいと泳いで、テトラポットの並ぶ海岸沿いでハシゴを見つけて陸へ上がろうとすると、手が差し出された。
「よお、加門」
 目を上げると、ウェバーだった。新年だろうがなんだろうが、黄色いジャケットは変える気がないらしい。相変わらず派手な立ち姿だった。
 加門はウェバーの手を取って陸にあがり、気の毒そうに自分を見る数名と対面した。
「大丈夫だった? 加門」
 夕日が駆け寄ってくる。加門は片手を振って、肯定する。
「草間探偵ってのは、あんたか」
 加門はポケットから煙草を取り出し、全部水浸しになっているのを見て、舌打ちをした。それを見ていた萩が、一本加門に差し出す。加門は無言でそれを受け取って、萩に火をもらい一服つけた。
「ああ、俺だ」
 草間は黒いコートに手を突っ込んだまま、不愉快そうに答えた。
「ダウトからの伝言だ。世田谷区の石井・真奈美、江戸川区の江頭・菊次郎、奴等の狙いは『はやいもの』らしい」
 加門は煙草をくわえたまま付け足した。
「二人ターゲットがいるようだから、俺が半分を追おうじゃねえか。ダウトの賞金額はいくらだったかな……」
 濡れたズボンをうっとおしそうにしながら、加門は煙草を吸い切った。
 草間は渋い顔をしている。
 シュラインが言った。
「じゃあこうしましょ、興信所サイドから私が深町さんと一緒に行くわ。武彦さんは、萩さんと……夕日さんと菊次郎さんを探してちょうだい。真由美ちゃんは、私と深町さんとウェバーさんね」
 草間はポケットから煙草を取り出しながら、眉根を寄せて言った。
「こんな男信用できるか。俺はな、そもそも賞金稼ぎってぇ奴とは絶対組む気はないんだ」
 フィルターを噛んだ草間を、萩がなだめる。
「まあまあ、別に悪い人じゃないんだから」
「うるせえ。ただの……じゃない劣悪なチンピラと組めるか。エマ、なんでお前そいつの肩持つんだよ」
 加門はそれを聞きながら煙草の火を足で揉み消している。
 シュラインは我関せずな加門の行動にほっとしながら(喧嘩でもはじまったら目も当てられない)草間をいさめた。
「知り合いなのよ。一応、腕はたしかだわ」
「草間さん賞金稼ぎ嫌いなのね……」
 夕日が怪訝な顔でつぶやく。草間がまだ食い下がった。
「だが……」
 後ろから聞いていたウェバーが、草間を指差しながら突然大声で言った。
「だがもへったくれもあるか、今人間が誘拐されるってぇ筋書きを聞かされたばかりだ。ともかくそれを回避しろ、違うか」
 ウェバーに気圧されて、草間がこくりとうなずく。
「よし決まった。いいか、お前等、ぬかるなよ」


 石井・真奈美の何が一番早いかというと、実は彼女小学生一身長が伸びるのが速いのである。彼女が小学校に入学した頃……彼女はなんと百六十センチだった。ダウトの身長まであと五センチである。その上入学後もぐんぐんぐんぐん身長は伸び、小学校六年生にしてなんと慎重二メートル十センチ。もちろんその身長を生かし、バレー部の期待の星だった。もう全日本チームから誘いが来ているという噂もある。
 そういうわけで、「はやい」ものを探すダウトのターゲットにされたのである。
 ダウトは首尾よく真奈美ちゃんを探し当てて、彼女を説得した。
 その内容はこうだった。
「実は真奈美ちゃん、君この間おまじないをしただろう」
 この年代の娘はおまじないだとか占いだとか、コックリさんだとかに事欠かない。
 こくりとうなずいた真奈美ちゃんに、ダウトは言った。
「そのおまじないの効果が出る薬が、あるんだ」
「ダウトさん開発のお薬です」
 シオンがのりのりでドリンク剤を取り出した。疑り深い目で見ている真奈美ちゃんに、ダウトがシオンへ合図する。シオンはドリンク剤を一本、その場でグビグビと飲んでみせた。すると、ぐんぐん鼻毛が伸びた。
「彼は鼻毛が伸びるように祈ったみたいだね」
 ダウトは爽快な笑顔で言った。真奈美ちゃんもびっくりしているようだ。
「この薬をあげるから、ちょっと一緒に来てくれないかな」
 と……そこへ、ドタドタと一階から何者かが上がってくる足音が聞こえた。
 
「よお、また会ったな」
 現れたのは先ほどまでキャンピングカーに乗っていた男、加門である。その連れは、草間興信所の所員シュライン、それから……派手な謎の男。ダウトは後々彼の名前がウェバーだと知ることになる。
 加門達が見上げる先には高い高い背の女の子、そして赤髪赤コートの小さな男ダウト、そして鏡餅をかぶった紅白鳥衣装に身を包んだ……三輪車に乗っているシオンがいた。なんと日の丸の旗まではためかせている。
 シオンは三輪車から立ち上がり叫んだ。
「怪盗! 酉ッキーズ参上!」
 そしてシオンは設置してあったクスダマを割り、サンバを陽気に踊り出した。
 ダウトの額に青筋が浮いている。ダウトはノシノシとシオンの横まで歩いていき、思いっきり頭をどついた。
「真奈美ちゃんは渡さないわよ」
 シュラインが人差し指をダウトに指して言った。
「誘拐たぁふてぇやろうだぜ」
 ウェバーもシュラインに並ぶ。
 しかしダウトは少しも狼狽せず、ふっふっふと不敵な笑みを浮かべながら手元にあったバレーボールを真奈美ちゃんに向かって投げた。
 すると!
 なんと真奈美ちゃんが突然アタックをしたのだ。その鋭い球道はもの凄い勢いでウェバーの顔に突っ込んだ。バチンという音が二回して、ウェバーは顔を両手で押さえたまま、部屋の中を駆け回る。
「いってぇ、いってぇ、くそ、なんだってんだ」
 鼻血も出ている様子だ。
「全日本から誘いがくるほどの真奈美ちゃんのスパイクを止められると思うなよ」
 ダウトはそう断言し、またもう一回球をあげた。すると今度は、軌道が見事に曲がりシオンの頭に炸裂。シオンは鏡餅の帽子を飛ばされ、尚自分も飛ばされてバタンキュウとその場に転がった。
「……」
 ダウトはなんとなく自分の身の危険を感じながら、もう一回球をあげる。
 すると今度はまっすぐに加門の元へ、バレーボールが吸い込まれていった。
 そのとき加門が叫んだ。
「もらったっ!」
 なんと、加門はレシーブの構えをとり、その球をポンっと上にあげたのだ。そしてその球を、今度はシュラインが……!
「いくわよ!」
 そう言って強烈なアタックを放った。
 その球は真奈美ちゃんをすり抜けダウトに当たった。
「……くそう、真奈美ちゃんのスパイクが破れるなんて」
 ダウトは悔しそうに額をさする。
 真奈美ちゃんはボソボソと言った。
「コーチさえ止められない私のスパイクを、止める人がいたなんて……」
 感動している様子である。
 白熱する真奈美ちゃん争奪戦は、なんと一階からの一声によって打ち切られた。
「真奈美ー、ご飯よ。今日はね、ヨネスケさんが来てるの」
 真奈美ちゃんは大きな声で返事をした。
「はーい、今行きます」
 そしてダウトの隣を離れ加門とシュラインの間を通り、ドアを開けて自分の部屋を出て行く。
 ダウトと加門達の間に沈黙が流れ、鼻に詰め物をしたウェバーが
「よし今だ、とっ捕まえろ」
 そう叫ぶまで全員動くことをしなかった。
 しかし彼がそう言った瞬間、ダウトはシオンの首根っこを掴み、二階の窓から人間とは思えぬ身軽さで脱兎のごとく逃げて行った。


 菊次郎は女たらしである。
 何しろ誰よりも女に手を出すのが早いという異名を持つ……老人だった。
 ベーと風太は、彼を誘拐しにきた……わけだが。
「いやじゃー、女子がおらんお前等についてってもおもろない」
 菊次郎はそうわがままを言う。このやり取りをさきほどから十分ほど繰り広げていたので、ベーはたまらず愛銃を抜いて脅した。
「おらじーさん死にたくなかったらついてくるんだ」
「いやじゃー、いやじゃー」
 困り果てたベーは、風太を見て
「おい、お前女装してこい」
 と短く言った。風太は目をぱちくりさせていたが、やがて言われた内容に気がついて
「えええ、ボクの体格で女装しちゃったらオカマバーになっちゃうよ」
「じゃあ、このじーさんどうすんだ」
 押し問答である。
 
 そこへ、草間・武彦達が到着した。
 革ジャン姿のベーと、黒いトリッキーズ出陣用の衣装を着た風太がそしてしわくちゃのじじい菊次郎が三人と対峙する。
「待て待て待て、怪盗トリッキーズ、今回はうまくいかせないぜ」
 萩が能力を発揮しようとした瞬間、よぼよぼしていた菊次郎はしゃんと背筋を伸ばして、なんと夕日に飛びついた。
「女子じゃー! かわゆいのー。なんていう名前なんじゃ? 歳は? スリーサイズ……」
 聞き及ぶそれと、見事に人の乳に手をつけていたこともあって、菊次郎は夕日の一本背負いを食らって、その場に伸びた。
 ……菊次郎はどうやらもう草間陣営にいる……状態だ。
「ボクが菊次郎さんを取り戻します」
 しゅたっと風太がアサルトライフル風の水鉄砲を構えた。風太は水を好きなときに好きな形に変えられる能力を持っている。
 しかし、ネバネバ水を発射した途端萩のサイコキネシスによって阻まれ、結局自分が浴びることになった。
 それを見ていたベーが、突然懐からドリンク剤を取り出した。
「じーさん、ほれ、この薬は女になる薬だ、やるからこっちへこい」
 どうやらダウトから仕込まれていたらしい。
 菊次郎は「ほほう」と言って進み出た。
 風太は言った。
「そっか、女の子になれば、触りたい放題やりたい放題だもんねえ」
 菊次郎が「おお」とやる気になる。
 しかし草間が一刀両断した。
「だがこのじーさんが女になったところで、出てくるのはばーさんだろう」
 萩もそれを受けて続ける。
「そうだな、それなら生身の若い女神宮寺警部補の身体の方がよっぽど魅力的な筈!」
 夕日は低い声でつぶやく。
「なんか邪険に扱われてるような気がするんだけど……」
 結局菊次郎は再び夕日にアタックして、今度は正拳突きを額に食らっていた。
 こうなってしまってはここにいる意味がない。ベーは風太の首根っこを掴むと、時代錯誤にも程があるが、胸から煙幕を取り出してえいやっと投げ、窓ガラスを派手に割って外へ出た。
「ゲホゲホ、くそ、逃げられるぞ」
 煙幕が木枯らしで舞う頃には、もうベー達の姿はなかった。
 
 
 ――エピローグ
 
 新宿のフツーツパーラーに、全員が集まっている。
 どうやらウェバーの提案で、なぜかこんな場所で会合を開くことになってしまった。
「いやー、娘に東京のパフェの味見しといてくれってぇ、頼まれちまってさあ」
 ウェバーの前にはどでかいイチゴパフェが。夕日の前にはプリンアラモードが。シュラインの前にはフルーツパフェが。萩と草間と加門の前には……コーヒーがあった。
「そういえば加門、あんたどこに住んでるのよ」
 夕日が加門に訊く。加門はコーヒーをすすってから言った。
「昨日セブンが福引でキャンピングカーを当ててきたから、そこだ」
 シュラインはスプーンを片手に笑った。
「じゃああんまり変わりないわね」
 草間が低い声でシュラインに聞いた。
「で? どういう経由で知り合いなんだ、お前等は」
 加門のことがよっぽど気に食わないらしい。
 悪意に気付いていないわけではないだろうが、加門は特に気にかけている様子ではない。
「色々、ありすぎて話しきれないわ」
 シュラインが吐息する。
 ウェバーはまあまあと草間の肩を叩いた。
「そんなに気にすんなって」
 前に座っている萩も笑った。
「別に、悪い奴じゃないさ。賞金稼ぎにしては、珍しくな」
 萩がはっとする。
「ああ、そうか。『お正月をいただきます』って、時間のことだったのかもしれないな」
 言われてみれば、元旦を潰されたわけだ。
 そうかもしれない、と一瞬ダウトに座布団を差し出しそうになっていた。
 
 
 ――エピローグ2
 
 フルーツパーラーに四人の男は入っている。
 そして、彼等はなんとメニューを片っ端から制覇しているところだ。
「本当にこんなに食べてもいいんですか、幸せで死にそうです」
 シオンが目をきらきらさせながら言う。同じく風太も
「ボクのお年玉じゃあこんなにきっと食べられない、うわーいいっただっきまーす」
 ベーも見境なく食べている。
 それを眺めていたダウトは小さな声で言った。
「たくさん食べろよ、食後にゃあ腹ごなしの運動が待ってる」
 ダウトはクラブサンドを摘んで租借してから、コーヒーを飲んだ。
「すごーい、フィットネスつきなんだね」
 風太が邪気なく言った。
 シオンはガツガツ食べている。
 その二人を眺めながら、ダウトは言った。
「食いすぎて動けなくなるなよ、そしたら置いてくからな」
「……え?」
 シオンが顔を上げる。
 ダウトは立ち上がりながら言った。
「ショータイムだ」
 つまり……食い逃げ……ということである。
 
 
 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1570/青島・萩(あおしま・しゅう)/男性/29/刑事(主に怪奇・霊・不思議事件担当)】
【2164/三春・風太(みはる・ふうた)/男性/17/高校生】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】
【4320/ウェバー・ゲイル/男性/46/ロサンゼルス市警刑事】

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■         ライター通信          ■
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年始の最速は手に入るのか? にご参加ありがとうございます。
パーティノベルということで、短めにダウトとdogsが混じっていると思います。
お気に召せば幸いです。

文ふやか
あけましておめでとうパーティノベル・2005 -
文ふやか クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月11日

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