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『寒紅梅 』
栄神・万輝3480

 庭先の木々の中でいち早く、春の訪れを告げる寒紅梅の花が今年も咲いた。
 雪が降るころに丁度、花を咲かせる。この花を見ると何故かあのときのことをよく思い出すのだ。
 そうあの時は……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あ〜」
 僕はまだ小さな手を精一杯に伸ばしながら、枝の先に咲いた赤い小さな花を取ろうと背伸びする。
「う〜ぅ」
 小さな小さな赤い花が、まるで宝物のように見えたから。届かないことに苛立ちを覚え頬を膨らます。

「こら、そんなに膨れ面ばかりしてると、顔が風船見たくなるぞ」
 手の平で僕の頬を挟み込んだその人が、花が手に触れるところまで抱き上げてくれた。いつも何をしているのか謎な母親だけど、普段から僕と一緒にいてくれる。
 身長182センチ、体重55キロ、下手なモデル顔負けの美貌に、僕の父などよりもよっぽど男前というその性格。息子の僕が言うのもなんだけど、はっきりいって歩く非常識を地で行く人。
 寒くないように、羽織っていたふわふわの白いショールの中に、抱き上げた僕も一緒に包んでくれる。くすぐったさを覚え、僕は母の腕の中でくすくすと笑い声をあげながら、目の前にある薄紅色の花を見る。
「かしゅぁ、おはな。きれーね」
「そうだな、でもとっては駄目だぞ」
 幼い僕を腕に抱えながら、細く長いその白い指で、ちょいちょいとまだ咲ききっていない、綻びかけた蕾の一つに触れる。
「とちゃめぇ?」
「そう、花はこうして見るだけで十分だろ。この寒い中で折角咲いてくれたのだから、邪魔をしては駄目だ」
「おじゃま?」
 目の前にある枝におそるおそる手を伸ばす。僕の目の前で先ほど母の触れていた蕾が、ぽんと音をたてるように花開く。
「わ〜……」
 ぱちぱちと何度も目を瞬かせながら、たった今開いた花を見つめる。そんな僕の鼻先を、ふわりと咲いたばかりの梅の花特有の、すっきりとした甘い香りが掠める。
「花はこうやって咲くのが仕事だからな」
 花を咲かせ、実をつけ、子孫を増やす。母はそうやって自然の流れ、世の理をまだ幼い僕に、分かりやすいような言葉を選び、噛み砕いて教えてくれた。
「もっとーもっとー」
「あと一つだけだぞ」
 人ならざる力を持つ母の見せてくれる、小指の爪の先ほどの奇跡。機嫌がよかったのか、もっと咲かせてくれと僕にせがまれ母は、苦笑しながらもその隣の蕾にも手を触れる。
 今度はゆっくりと、少しずつ花弁が開いていく。
「おはなのおうたきこえるよ」
 小さな花が歌う、歓喜の歌。僕にはその声が聞こえていた。
「そうか、お前は良い子だから皆の声が聞こえるんだな」
 一瞬だけ驚いたように深い水面の色の瞳を開き、僕とよく似たその人が微笑む。
「かじゅ、いいこー」
「皆嬉しいんだ、春が来て自分の勤めを果たすことができて……」
 良い子良い子と、両手で自分の頭を掻き回すように撫でている僕の頭を、母のひんやりとした手の平がくしゃくしゃと撫でてくれる。
「花だけじゃない、ほら。聞こえるだろ?風も、水も、木も、皆歌っている」
 その言葉に耳を澄ませると、最初は小さな小波の様だった歌は次第に大きなうねりのようになった。うねりはやがて渦を巻くように、辺りの全てを流れに巻き込む。僕は歌の大渦の中に飲み込まれるような錯覚を覚え、慌てて母にしがみ付いた。
「おうた、こわい」
 くすくすとその様子を見ていた母が笑う。
「怖くないよ、皆楽しくて仕方ないんだ。その楽しい気持ちをお前にも伝えようとしているんだよ」
「たのし、こわい」
 僕の周りにある全てのものが歌っていた。新しい季節、生命の始まりに感謝を捧げ。地上にある全てのものが…惑星が歌っていた。
 小さな僕には、自分の周りを取り巻く大いなる存在にただ圧倒され、首を竦める事しかできなかった。
 こわいのや。怯えてひしっと首にしがみ付く僕の背を、大きな手が宥めるように軽く叩く。
「驚いてしまったのかな?」
 そうだな…
「万輝も皆に聞かせてやるといい、万輝の楽しいと思う気持ちを」
 歌にのせて。皆に聞かせてお上げ。
「たのしないもん」
 ぷぅ。また頬を膨らませ、僕はふるふると大きく首を振る。
「そうか?万輝は花が咲いて、春が来るのが楽しくないのかな?」
 膨らんだ頬を指先で突付きながら、その人は意地の悪い質問をする。
 春になったら、庭中の花が咲いて。きっと綺麗だぞ。と、まだ冬の気配が色濃く残る庭をみまわした。
「万輝も花が好きだろ?」
 秋に沢山球根を植えたから、きっとここにチューリップが沢山咲くぞ。僕を抱いたまま、庭を歩き。冬が来る前に、皆で泥だらけになりながら、球根を植え、種を蒔いたところを一つ一つ指差していく。
「……しゅき」
 素直にこくり、と頷く。
「きっと、万輝が皆と一緒に歌ってくれたら。皆もっと嬉しくなって早く花を咲かせてくれるかもしれないぞ」
「ほんとに?」
「あぁ、万輝も頑張れって誰かに言われたら嬉しくなって頑張るだろ?」
 だから、歌って頑張れっていってお上げ。促されて、たどたどしい口調で歌い出す。

    あさもやのかすむひかりにけぶるかげ おもいゆくはかのすがた

 意味も知らぬままに歌う僕の歌を目を細めてききいる、母の横顔は何時になく嬉しそうだった。
 歌は周りの全ての歌と合さり、重なり合い不思議な広がりを見せる。

    わすれじとおもわばわすれゆく とどまぬきもちわすれえぬ

 ふと、何かに気が付いて僕は歌を止める。
「どうかしたのか?」
「かしゅぁも、おうたうたうの」
「私もか?」
 母の艶やかな黒髪の一房を引き、一緒に歌ってくれと懇願すると、母は困ったように顔を引きつらせた。
「うん」
「私は下手だぞ」
 母の困り顔に気が付かない振りをして、一緒に歌ってと、にこりと頷く。そんな僕の笑顔に、母はため息を一つ付いた後に、渋々と一緒に歌いだした。

    百花咲き誇るこの季節 爛漫たる装い美しき

 僕の高い声に母の透き通った声が重なる。僕達の歌がうねりを生む最初の小波になっていた。小春日和の柔らかな日差しの下に、ささやかなコーラスが響いていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 僕の視線の先、窓の下で、樹齢70年を越す紅梅の老木がぽつぽつと花をつけている。
「…あの人、自分で言うほど下手じゃないんだよね……」
 母が歌わないのは、単に気恥ずかしいだけだ。
 正月に降った雪が残る、庭の片隅に咲く紅梅の花を見ると、何故かあのときの母との歌を思い出して自然に口元がほころんでくる。
 あの時の歌が利いたのかどうか、定かではないけどあの年は確か…
「確かに、庭の花が沢山さいてたっけ……」
 幼いころの、他愛もない思い出。でも、僕にとって大切な人との大切な思い出。
「そうだ」
 いいことを思いついた。
「梅の花も咲いたことだし、うちの庭の為にも今度歌ってもらおう」
 できるだけ子供らしく、それはそれは可愛らしく、強請って見せたら。あの母はどんな顔をするだろう。
 新しい思い出のためにも。
「是非とも歌ってもらわないと」
 たまには甘えさせてもらわないとね。最初は照れて渋りながらも、なんだかんだいいながら歌ってくれる母の姿が見えるようだった。
 ささやかな悪戯を企む僕の耳に、春の到来を祝福する喜びの歌が聞こえる。
 再生を称える命の歌が、今年も春の訪れを告げていた。




【 Fin 】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2005年01月11日

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