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『鮮やかで爽やかな攻防 』
虚影に彷徨う蒼牙 禍鎚1245)&群雲 蓮花(2256)

 多分その庭はそういうことには向かないだろう。
 快生物跳梁跋扈し、温泉ペンギンが時を作る(有り得ない)その庭は、ほのぼのと縁側でお茶を飲むにも向きはしないのだろうがそれ以上にそういうことには多分向かない。
 それでも。
 その二つの影は互いを見据え、対峙していた。
 理由など無用。そして場所柄もまたその衝動を止める決定的な理由とはならない。恐らく家主の庭が荒れるという苦情の声でさえもって。
 ――今。
 その火蓋は切って落とされようとしていた。

 群雲 蓮花(むらくも れんか)と虚影に彷徨う蒼牙 禍鎚(こえいにさまようそうが かつち)の戦いの、火蓋が。

 静かに二人は向き合っていた。
 蓮花は己の獲物を携え、それを軽く振って手ごたえと間合いを確かめ、禍鎚は篭手の具合を確かめている。緊迫感は高まりつつも、互いにその瞬間を狙っての攻勢には出ようとしなかった。
 殺し合いではない。これは死力を尽くしはしても、試合なのだ。
 計ったように二人は獲物の確認を終える。そしてその視線が正面からぶつかった。
 すっと気配を治め、二人はゆっくりと互いに頭を下げた。
 再び顔を上げた時には既にそれまでのものとは別種の緊迫感が漂っている。それは殺気と呼んでも差し支えのないものであったかもしれない。
 殺気と共に沈黙が場を満たした。互いの呼気の音さえ聞き取れるその重い沈黙を先に打ち破ったのは禍鎚だった。
 強く吐き出された呼気が、禍鎚が動くことを蓮花に悟らせる。身構えたその時、蓮花は別の意味で息を呑んだ。
 速い。
 身構えた瞬間にそのばねのような身体は蓮花の間合いに入り込んでいる。
「……っ!」
 がっと音を立てて拳が木刀にさえぎられる。腕の痺れるような衝撃に後ずさりながらも、蓮花は力任せに木刀を払った。その力に逆らうことなく、禍鎚はふわりと後方へと飛び退る。
「……速い、ね」
 つっと頬を伝う汗を感じ、蓮花は臍を噛んだ。しかし汗を感じていたのは禍鎚も同じことだった。
「……よく、受けたな……」
 まさかあの速さで打ち出した拳を止められ尚且つ打ち返されるとは思っていなかった。
 すっと、風が凪いだ。
 一枚の木の葉が二人の視界をさえぎり、そして飛ばされていく。
 視界の端のそれを互いに見送り、そして二人は薄く笑んだ。
 ――それは互いを好敵と認めた瞬間だった。

 攻防は長く続いた。
 速さでは禍鎚が勝るが、それを決定打とさせないだけの間合いと上手さが蓮花にはあった。
 飛来した拳は木刀に阻まれ、そして打ち込んだ木刀は避けられる。空を切る拳の、木刀の音がその場をいつまでも満たすかに思われた。
 だが、永遠とも思える時間にも果ては来る。
 どちらも呼気荒く、汗に濡れたその時、それはやってきた。
 先に間合いを取ったのは蓮花のほうだった。攻防を楽しみつつも蓮花は己に時間が残されていないことを感じていた。何より体力が違う。鍛えられた身体であることは互いに同じ。なれば先に限界を迎えるのは女である蓮花のほうである。
 蓮花が間合いを取ったのを見て取った禍鎚もまた、その場で腰を落とし身構えた。その気配が何を意味するのか、それが分からない禍鎚ではなかった。同時にその意味さえも分かっていた。
 ――普段であれば。
 熱くなっているのは互いに同じこと。攻防の過程でどちらも冷静さを落としてきてしまっている。
 その衝動に。その一撃で勝負を決めるという獣のような衝動に互いに抗えない。
「……来る、か?」
 それでも禍鎚が問いかける形になったのは、冷静さが戻ってきたというよりは本来の思慮深い性格がものをいっているのだろう。その問いかけに蓮花はいっそ清清しいほどの笑みで答えた。
「うん、いくよ……」
 吸う。そして吐く。また、吸う。
 生気と死気が規則正しく積み重ねられる。その都度、その言い知れぬ気配は大きくまがまがしく破壊力の香りを漂わせ出す。
 そしてまた、吸う。そして吐く。
 次に吸い込まれた空気を、二人は吐き出さず身のうちに生気を溜め込む。
 刹那、高まった気は弾けた。

 互いに踏み込んだ先は過たず互いの懐。突き出される拳と振り下ろされる木刀が正面からぶつかりあう。
 そしてその瞬間、ばきりとけたたましい音がした。

 蓮花は目を見開いて眼前に迫った拳と、半分になった木刀を眺めていた。既に避けるだけの暇はなく、また気力もわいてこない。
 死ぬとさえ、意識した。だが。
 蓮花の眼前に突きつけられた拳は小刻みに震えたままそれ以上は近づいてこない。それこそ永遠とも思われるほどの硬直と沈黙。
 からんと乾いた音がこだました。それが禍鎚に折られた蓮花の木刀の破片が地に落ちた音だと気付くまでにはもう暫くの時を要した。
 ――互いに。

 一礼し、二人は顔を上げた。
 そこに遺恨はなく、そして先刻までの殺気もない。
 ただ殺気の残滓が庭に漂うのみだった。
「お疲れ様。……強いね?」
「……お前も、な」
 ちゃはっと笑った蓮花はぽりぽりと頭をかいてみせる。それに禍鎚も微笑を返した。
 やはりどこにも遺恨の残らない、柔らかなやり取りだった。

 それは鮮やかな刹那。爽やかな終末。
 そうして二人の攻防は終わりを告げたのだった。
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聖獣界ソーン
2005年01月11日

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