▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『あちこちどーちゅーき 〜“顔”〜 』 』
桐苑・敦己2611

 冷気のある風には、微かに潮の香りがした。降りたホームで一旦立ち止まり、風の来る方向を振り返る。
 青年はザックを下に置くと、腕に抱いていたコートをはおった。列車の中は暖房が効き過ぎていたのだ。
 祖父の遺言を果たすべく、青年は今日も旅を続ける。『遺産を一代で使い果たす』という使命の為に。旅する場所はどこでもよかった。ここに降りたのは、投げたコインが表だったからだ。

 東京に通勤するサラリーマンも少なくないその駅は、数本のホームを有した広い敷地で、しかし錆びたボルトの目立つ乗換階段や、立て札型の駅名の看板が、田舎の風情も残していた。もちろん階段を昇り切ると自動改札が出迎え、南北に別れた出口の両方にバスターミナルが広がっているのだが。南へのバスは海辺の町へ、北へのバスは山道へと向かうのだろう。
 桐苑・敦己(きりその・あつき)は、駅前の案内所で聞いて、気取りの無い安い旅館に腰を落ち着けた。
 夏は海水浴客で賑わう宿なのだろうが、冬には予約無しで十分泊まれた。仲居もそう忙しそうで無く、茶を置きに来て雑談もしていった。
 聞くと、近くにはそこそこ大きな神社があると言う。まだ正月も3日、人も多く集まり、屋台もたくさん出ているそうだ。汁粉の振る舞いもあるらしい。
「へええ、お汁粉ですか。覗いて見るかな」

 仲居に地図を書いてもらったが、必要なかった。宿を出たら、綿菓子や風船を握った子供連れや、破魔矢を持ったカップルなどと擦れ違った。敦己は、動物的と言えるほど方向感覚に優れていたが、その能力も使うことなく、道なりに歩いて、すぐに参道に入る朱の鳥居を見つけることができた。
 鳥居は予想より大きく、大人が五人並んでも通り抜けできる広さがあった。通り過ぎながら見上げると、新春の空に赤が鮮やかで、目に滲みるようだった。
 石畳の参道の脇には砂利が轢かれ、歩道からはみ出した参拝者が、賑やかな音を立てながら白い埃を撒き散らしている。両脇には、入口からいきなり原色の風船売りやたこ焼き屋の屋台が迫り出し、水が澱むように人の流れが滞っていた。手袋を脱いで凍えた指先で楊枝を握る少年やら、ウサギ風船をねだる子供やらでごった返している。
 拝殿は、遠くまっすぐの場所にあった。参拝客は列を作って順番を待っているらしい。汁粉の場所も気になったが、まずは参拝しないと神様に失礼だろう。
 敦己は、人にぶつからないよう注意しながら、拝殿へと進んで行った。
 神社という場所のせいか、よけいに空気がひやりと冷たく感じた。両脇の屋台の賑わいと、参道中央を流れる空気の温度の高さが・・・いや、質だろうか、違う気がした。
 肩をこすりそうに、参拝を終えた客が擦れ違う。寒さにマフラーを口まで巻いて足早に。又は、あんず飴の赤い暖簾を指さしながら、ゆっくりと。
 鼻が冷たくなってきた。目も涙目になる。今日は年が明けてから一番寒い。少しぼうっとして来て、屋台の客寄せの声が、遠く籠もって聞こえた。室内プールの喧騒を聞いているような、あんな感じだった。

「これは、早くお参りを済ませて、お汁粉にありついた方がいいかな」
 敦己は、足を早めた。
 その時、右の斜め前、参拝を終えて帰るらしい女が目に入った。晴れ着姿で、手に絵馬を握っていた。優しげな眉と、ゆるやかな瞳に見覚えがあった。
『おふくろ・・・!』
 確かに、敦己の母の顔だった。だが、こんなところに居るはずは無いし。そうだ、違う、母のはずは無い。今の女は『晴れ着』だった。青と金の鮮やかな振袖を纏っていたのだ。・・・思い出した、あれは、以前見せてもらった母の『成人式の写真』。今の女は、母の二十歳の頃に酷似していた。
 時には、母に似た人もいるだろう。敦己はそう思い返し、軽い気持ちで顔を上げ、前から来る老人に仰天した。羽織・袴で、孫や家族と談笑しながら歩いて来る初老の紳士は・・・死んだ祖父に瓜二つだった。老人は、敦己が凝視するのにも気づかず、家族達と共に擦れ違って行った。
「痛い!」
 敦己とぶつかって、子供がピンクのスカートを翻して転んだ。茫然としていたせいで、横を走る少女に気づかなかった。
「ごめん、ごめん。大丈夫かい?」
 6歳くらいだろうか。手を貸して助け起こす。
「ううん、あたしもよそ見して走ってたから」
 大きなくるりとした瞳の少女だった。
『あ・・・。小学一年の時、隣の席だった!』
 もう名前も思い出せない。だが、確かにこの顔だった。右の頬に小さな赤い痣があった。北海道みたいな形の痣で。敦己はそれを克明に覚えていた。だが、もちろんあの少女のはずは無い。彼女は、敦己と同じ、27歳になっているのだから。
「・・・顔・・・怪我、させちゃったかな?」
 尋ねる声が震えた。
「ううん、これは痣なの。今ののせいじゃないよ」
 少女は、そう言うとまた走って行った。

 多くの人と擦れ違った。高校の、相性が悪かった担任にそっくりだった男性。幼稚園のバスの運転手とそっくりだった初老の男。自宅近所のコンビニ店員にそっくりな若者。大学の学食のおばさんにそっくりだった婦人。高校の通学電車でいつも一緒の車両だった、優しそうなOLとそっくりだった娘。
『なんだ?いったい、何が起こっているんだ?』
 ざらつく石の道。歩きながら膝が震えていた。そして、拝殿の参拝者の最後尾に、もうすぐ着こうという時だった。
 敦己の視界を、学ランに紺のマフラーだけ巻いた少年が過った。背は敦己の肩くらいだ。目が合った。・・・自分だった。少年はにこりともせず、そのまま、大鳥居の方へ歩いて行き、人込みに紛れて見えなくなった。

 参拝を済ませ、帰り道を行く時には、先程のような変な事は起きなかった。擦れ違う人々は、皆、見知らぬ顔だった。もしかしたら過去に出会った誰かと少し似たところはあるかもしれないが、それが思い出せるほどの印象強さも無く。
 ところが・・・。
 歩いていて、今度は、擦れ違う人が、敦己の顔を見て、はっと驚いた表情を見せる。今擦れ違った老婆も、右側をすり抜けて行った中年男も。一瞬、目を止め、だが『そんなはずは』と言うように、首を振り、否定の表情をして通り過ぎて行く。
 あの婦人も。この女児も。今の男も。その女も。
「・・・。」
 彼らの人生の中で出会った、『誰か』。その『誰か』に、敦己はよく似ているに違いない。あの婦人にとっては、息子の友人かもしない。その女にとっては、亡くなった父親の若い頃の顔かもしれない。
 敦己は今、参道を往復して、『人生』をざっと歩いて来た気がした。

「あ。お汁粉。忘れました!」
 宿へ戻る途中、信号待ちしていて、お汁粉をいただくのを忘れたことに気づいた。そう思うと無性に食べたくなる。街道沿いに甘味処の暖簾を見つけたので、そこまで足を伸ばした。
 引き戸を開けて中に入る。木目の壁やテーブルを生かした、こじんまりした感じのいい店だ。どこか懐かしい感じのする店。
先客は二組ほどで、敦己はテーブル席に座ることができた。
「いらっしゃいませ」と、絣に白い割烹着姿の娘が熱い茶を運んだ。和服に合わない茶髪をポニーテールに結び、濃いブルーのアイシャドウをした、今風の顔だちの娘だ。腫れた瞼に細い目。唇はぽちゃりとして愛らしい。この娘の顔も、いつか何かの機会に思い出すことがあるだろうか。
「何になさいますか?」
 娘が敦己の目を見て応対する。毎日何十人にもお茶を運ぶのだろうが、彼女も、いつかあの参道で誰かと擦れ違って、敦己の顔を思い出すことがあるのだろうか。
 冷えた指に、大きな湯飲みの茶の熱さが、じわりと滲みた。

< END >
PCシチュエーションノベル(シングル) -
福娘紅子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.