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『あちこちどーちゅーき −沈む村− 』
桐苑・敦己2611



「ふう……」
 桐苑・敦己は駅員のいない古びた駅舎を出た。そして、日差しの厳しい夏の九州――とある田舎の風景をぼんやりと眺めた。
 ひねこびた針葉樹が道路脇に散見される。所々に立っている電柱には花火の写真がプリントされた夏祭りの宣伝用ポスターがくくりつけられていた。よく見るとそれは去年の物のようである。色あせているし、曜日が今年の日付とあっていない。
 暢気な町だなあ、と敦己は思った。
「ん? 須賀村……村なんだ」
 ポスターには須賀村と書かれていた。
 線路伝いにこの町まで歩いてきた敦己は、夏の暑さに耐えられず駅舎で休憩をとっていたのだが、その間、電車は一台もやって来なかったし、人の姿も見かけなかった。
 駅舎を出てもこのとおり人の気配はなく、ただ蝉の鳴き声だけが世界には響いていた。
 まあ、田舎町なんてこんなものだ。敦己はこれまでの経験からそれを熟知していた。
「すみません」
 歩き出そうとすると、いきなり後ろから声を掛けられた。振り返ると、
「あの、地元の方ですか?」
 若い女性だった。ジーンズにブラウスと夏らしい涼しげな格好をしており、茶色いフレームの眼鏡をかけていた。
「いえ、地元ではありませんよ。まあ、旅行者みたいなものです」
 敦己は丁寧にそう返した。
「へえ、そうなんですか」
 女性はそう言うと、急に慌てて、
「あ、すみません、申し遅れました。私、この村に住んでいる村岡幸と言うものです。ずっとこの村を離れていて、久しぶりにこの村へ帰ってきたんですけど、見かけない人がいるなあ、と思いまして」
「なるほど、そういうことですか」
 小さな村であればたしかに全員が顔見知りだろうし、よそ者は特に目立つのだろう。それに、駅舎の前でボーっと突っ立っていれば不審人物だと思われても仕方ない。
「えっ? 旅人さんなんですか?」
 自己紹介を終え、一緒に歩き出すと幸が素っ頓狂な声をあげた。
「俺、全国を放浪しているんですよ」
「へえ、格好いいですねー。本当にいるんですね、旅人さんって」
 何故だか幸は異様に興奮している様子だった。そして、「この人なら」とか「でも、迷惑かも」とか敦己に聞こえるような声でブツブツと呟き始めた。
 嫌な予感が脳裏を過ぎった瞬間――
「あの、折り入ってご相談があるんですけど……」
「相談ですか?」
 幸は、「はい」と神妙な顔つきで頷きながら語り始めた。
「この村、人がまったくいないでしょう? 田舎だから、という理由ではないんです。実はこの村……もうすぐ沈んでしまうんですよ。ダムの建設が強行されて、みんな一生懸命反対したのに、結局は押し切られてしまって……」
 幸の話によるとダムの建設は何十年も前から計画されていたもので――だが今となっては不要な建設らしいのだが、どうも政治的な理由が絡んでいるようだ。
「だから、あのポスター、去年の日付になっているんですね」
 敦己が電柱を指差した。
「あ、はい。そうなんですよ」
「それで相談というのは?」
 面倒見のいい敦己は、すでに幸の相談に乗るつもりだった。
「実家には……この村には祖父がいるんです。両親を小さい頃に亡くしてからずっと祖父と一緒に暮らしていたんですけど――私、大学へ行くために村を出てしまったんです。でも、ダムの建設が強行されるって話を聞いて、こうして夏休みを利用して、帰省してきたんですが、祖父が絶対に村から離れない、って駄々をこねてしまって……。もう、村に残っているのは祖父だけなんです。最終的にはムリヤリ連れて行かれちゃうんだろうと思うんですけど」
「たしかに穏便に事が進んだ方が身内としては望ましいですよね。分かりました、これも何かの縁ですし、加勢しますよ」
 そう言うと幸の顔がパッと明るくなった。
「ありがとうございます!」

 幸の誘導でしばらく歩いていると農道に差し掛かった。しかし、完全に放置されているらしく見事に荒れ果てていた。
「この辺りは水田だったんですよ。私もよく祖父に田植えを手伝わされてました」
「そのおじいさんですけど、気難しい人なんですか?」
 敦己が訊くと幸は微笑しながら、
「すっごく頑固です。でも、私の言うことなら聞いてくれると思います」
 息子や娘には厳しいが孫には甘い。よくあることだ。
 しかし――敦己は幸の言葉に違和感を覚えた。
 この地に留まっているという幸の祖父。
 孫の頼みには弱いという祖父。
 ならば、どうして未だにこの地を離れようとしないのだろうか?
 幸の話によると半年前には殆どの村人がこの地を離散してしまったらしい。そうすると、まだ一度も説得していないということはないはずだ。
「――私、この村が嫌いだったんです」
 幸の声で敦己は我に返った。
「そうなんですか? いい村だと思いますけど」
「他人の目から見ればそう見えるかもしれませんけど、やっぱり田舎は不便ですよ。そう思って都会に出たんですけどね……」
 幸が視線を地面に落とした。
「――それは私の勘違いだったみたいです。都会にも欠点はたくさんあって、逆に田舎には田舎の長所があるんだな、ってことが分かりました」
「何にでも一長一短ありますよ」
「そうですよね」
 幸が苦笑しながら空を仰ぎ見た。
 それから幸は話してくれた。
 大学へ行く事を祖父に反対されたこと。
 結局、和解せずに村を飛び出したこと。
 それから今まで一度も家に帰っていないこと。
 敦己は幸の話を黙って聞いていた。きっと、誰かに打ち明けたかったのだろう。幸は言い終えると清々しい笑顔を見せてくれた。
 その後、二人は他愛もない世間話をしながら幸の実家へと向かった。

「到着です」
 前方に平屋建ての日本家屋があった。見たところかなり古い。テレビのドキュメンタリー番組で紹介されそうな――そんな歴史の重みを敦己は瞬時に感じ取った。
「あの、幸さん――え?」
 敦己は我が目を疑った。
 いないのだ。
 今まですぐ側に立っていた筈の幸が渾然と姿を消してしまったのである。周囲を見回すがどこにも見当たらない。先に家の中に入ってしまったのだろうか――
「おい」
 そのとき、背中に声を掛けられた。
 慌てて振り返ってみると白髪の爺さんがこちらを睨んでいた。
「誰だ、貴様は」
 爺さんが接近してくる。いかにも厳つい爺さんである。どことなく幸に顔立ちが似ていた――どうやら、この爺さんが幸の祖父らしい。
「ワシは動かんぞ。誰になんと言われようとな!」
 いきなり好戦的な爺さんである。恐らく、役所関係の人間が説得しに来たとでも思っているのだろう。
「違うんです。俺は幸さんに頼まれて――」
「なんだと? 幸だって?」
 途中で爺さんの怒声によって遮られた。不審に満ちた声だったが、表情には驚愕の色が映し出されていた。

「――というわけなんですよ」
 一通り話し終えると、爺さんはまずこう言った。
「先ほどまで幸と一緒だったと言う話だが、それは本当なのか? ――幸は半年前に死んだ筈なんだが」
「――え?」
 死んだ? 幸さんが?
 どういうことだろうか?
 まさか、あれは生身の人間ではなく霊体だった?
 そういえば――敦己は思い出す。
 幸とは駅舎の前で出会ったが、彼女は後ろから声を掛けてきた。よくよく考えてみると、あの路線はとっくに廃線になっている筈であり――そうすると彼女はどこからやって来たのだろうか?
 もはや答えは一つしかない。彼女はやはり霊体だったのだ。きっと、この爺さんのことが気掛かりで成仏できなかったのだろう。
「そうか……幸がこの村に戻ってきたのか」
 爺さんが急に表情をなくしてしまった。が、すぐに顔を綻ばせながら、
「――さて、若いの荷造りを手伝ってくれんか?」
 先刻の態度とは一変して優しい表情を浮べた爺さんに向かって敦己は、
「ええ、もちろん」
 爺さんの申し出を快く引き受けた。
 そのとき――ひと気のない村にしゅわしゅわと蝉の鳴き声が響き渡った。
 まるで最後の一仕事とでも言わんばかりの盛大なる合唱であった。



 −終−
PCシチュエーションノベル(シングル) -
周防ツカサ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月07日

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