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『□■□■ Sunrise Junkey ---明けました--- ■□■□ 』
緑川・勇0410



 初日の出を拝む気力もなく、世紀のご長寿番組である歌合戦を見て日本人らしく眠りに就いた次の朝。日の出はいつものように遅く、少し空が曇っている道を、俺はてこてこと歩いていた。どういう意図があるのかは判らんがこの身体、温感もばっちりあるので、冬は勿論寒い。男物のコートだと引き摺ってしまうからと、新しく買ったベージュのダウンジャケットと白いマフラーに包まれて、俺は初売り合戦を繰り広げている町を眺める。
 まったく、年明けぐらいゆったりしてろよ、オバサン方。そんな激しい勢いで買ったって急いで使うものでもあるまいに――俺はやっと住宅街に抜け、静かになったところで息を吐く。

 一月一日。本来ならば俺だって部屋の中でぬくぬくと寝正月を決め込みたいところなんだが、どうにも無理矢理に約束を取り付けられてしまい、現在しぶしぶ冷える外を歩いている。まったく本当に、高校生ぐらいの女の子ってのは自分の要求が通ることを当たり前だと思っていて人の話を聞きゃしないんだから性質が悪い、それでも可愛いってんだから尚更に性質が悪い。はぁあッ、吐いた息が白いことに、なんとなく笑みを漏らす。

 クリスマスの一件の後、俺を誘った――と言うか俺に役を押し付けた彼女は、お礼をしたいと言い出してきた。別段構わないと答えたんだが、無理を言ってしまったんだからと聞かない。そんなに悪いと思うんならそもそもあんな格好をさせないで欲しかったんだが、と思いながら考え込む彼女を見詰めること数秒、ぽんっと手を叩いて見せたクラスメートは、にっこりと満面の笑みを浮かべていた。
 曰く、病弱だったならあまり行事にも出た事が無かっただろう、とのこと。有名な神社が近所にあるから一緒に初詣に行こうとか大体そんな事を言われて、ごり押しに負けて承諾。まったく俺は何処まで意志が弱くなってしまったんだろうか、思いながら歩く道に、枯葉が舞う。

 まあ、確かに初詣なんて久し振りだ。去年も一昨年も宴会だったからそのままに寝正月になって、ゴロゴロ炬燵の中で過ごしていたような記憶しか無いし……しかし、行ってどうするんだ。並びまくって賽銭を投げ、神頼みをしろと? 出費は痛いが、いくら投げれば俺を男の身体に戻してくれるんだろうか……地獄の沙汰も金次第とは言うが、神様はどんなもんなんだ。つーか神社って誰が奉られてんだ?
 手にしたメモ用紙を眺めながら俺は道を確認する。この角を曲がって三件目の家か――このご時勢に一軒家持ちとはブルジョワな。そんな家庭で育つからニコニコと自分の要求を押し通すような子供になったのか、嘆かわしいぞ。
 表札の苗字を確認し、インターホンを押す。来意を告げれば、はーいッと返事をして彼女がドアを開けた。

「っと、勇ちゃん、明けましておめでとうございますっ!」
「あ、おめでとうございますっ。わぁ、着物だね……すごいな、とっても綺麗」
「えへへ、ありがとーッ! うちのお母さん着付け教室の先生だからね、こーゆーのやってくれるんだよッ。勇ちゃんは着物着て来なかったんだ?」
「持ってないし、一人暮らしだから着付けてくれる人なんていないもん……じゃ、いこっか」
「お待ちなさい」

 ずずい。
 玄関の奥から出て来たのは、渋い紫色の着物を着た女性だった。年の頃からして、多分彼女の母親だろう――じ、ッと俺を見てくる。な、なんだその値踏みするような眼は。娘が付き合うに相応しいかどうかでも見ているのか。言っとくが不順なお付き合いはしていないぞ、むしろ俺は現在女……ああ、自分の言葉に傷付いてしまった。今年の初凹みだ。
 そんな俺の様子を見ているのか見ていないのか、女性は門の前に居た俺につかつかと歩み寄ってくる。そして、何を思ってか、ぺほっと頭に手を乗せた。なでなでなで。ちょっと待て、高校生の頭を撫でるな。しかも初対面だろうが。

「……緑川さんと言ったわね」
「は、はい……」
「ちょっと中に入りなさい、貴方も着付けしてあげるから」
「は、はいぃ!?」
「うん、このサイズ。あんたが小学生ぐらいの頃に来てた振袖なんか合いそうじゃないの、折角なんだからどうぞどうぞ」
「あ、良いかもねー! 勇ちゃん黒髪だし、肌白い方だからきっと似合うね! お母さん、あたしも手伝ってあげるよッ!」

 何ですか、何で俺引きずられてるんですか。いつかのお買い物ツアーを髣髴とさせるこの構図は何ですか一体全体に。
 抗議の言葉を考える暇も無く、俺はずるずると親子によって家の中に引き込まれる。和室に通され、桐の箪笥を漁るおばさんを眺めながらマフラーやジャケットを脱がされる。脱ぐ? ちょ、待てッ!

「や、やだ、ちょっとちょっとー!!」
「大丈夫大丈夫、すぐに襦袢着せちゃうからっ!」
「そーじゃなくて、って言うか本当に遠慮するから、謹んでご辞退するから!」
「どれどれ、うん、やっぱり丁度良いみたいね。はい、腕広げて」
「だ、だからッ」

 いつも思うことがある。
 気弱な少女を演じるのに慣れすぎたことを自覚する度に、思うことだ。
 状況や人に引きずられる度に、思うことだ。
 …………。
 俺の人権を返して下さい!!

「はい、出来上がり」

 しっかりと白粉や口紅まで引かれ、髪は後ろに纏められて簪や櫛で飾り立てられていた。気分的にげっそりとしながら、俺は示された姿見をぼんやりと眺める――そこには、赤い振袖を纏った少女が、楚々として佇んでいた。
 自分の身体だと思わなければ、このボディはまあ可愛い少女のものなのだと思う。だから着飾った姿がそれなりに可愛らしく見えるのも当たり前だ。でも――それを自分と認識すると、どうしても、力が抜ける。しかも何ですか、この振袖は小学生当時のものですか。俺の身体は小学生サイズですか。……もう、なんの弁解をするにも疲れてきた。

「うむ、私の見立てに間違いは無かった」
「勇ちゃん、似合うよ〜! すっごく可愛い、ほら、時代劇に出て来るお姫様みたいな感じッ! お母さん、写真撮ろうよ!」
「そうね、折角だから」
「か、勘弁してください……は、はずかし」
「大丈夫勇ちゃん、ばっちり可愛い!!」

 ぐっ!
 ……嬉しくないっつの。

「わ、たたッ」

 着物ってのは脚を纏めるから、歩くのは膝から下だけで行わなくてはならない。人様に着付けしてもらったものだから無闇に乱してはいけないし、着物だって借り物だ。気を付けて歩くんだが、どうにも慣れないから転び掛けてしまう。
 玄関に向かう間に何度もたたらを踏む俺に苦笑して、彼女が俺の手を握った。なんだか母親に引っ張られる子供のようでどうにも落ち着かないが、確かに支えられていると歩きやすいのだから、背に腹は変えられない。やはり貸してもらったぽっくりを穿くと、さらに不安定が増した。
 何が辛いって、並みのハイヒールより高さがあるだろうぽっくりを穿いてもなお、クラスメートの身長に届かないことなんだが。

 てこてこぽくぽくと十数分歩くと、目的の神社が見えた。昼過ぎだというのにまだ客は引けていない。祭の出店のように甘酒を配る巫女さん達が入り口で愛想を振りまく声が、やけに明るく響いた。それは俺の心中が暗い所為なんだろうか、まったく、年明け早々……。

「勇ちゃん、人混みでぽっくり危ないから、ちゃんとあたしの手掴んでてね?」
「こ、子供じゃないんだから……」
「でもホントに危ないんだよ、あたしもちっちゃい頃は何回も転んだもんっ。あ、甘酒もらおっか、あったまるよ〜っ」

 はっはっは、子供の頃の話ですか、子供扱いですかいセニョリータ。俺はお嬢さんより一回りは確実に年上なんだがなあ、なんてったって四捨五入三十路なんですから。子供がいてもおかしくない年齢なんだぞーう。
 乾いた笑いを切なく漏らしながら、俺は思わず遠い目になる。と、ぶつかって来た通行人にバランスを崩されて倒れそうになった。慌てて彼女の肩に手を付くと、ほらね、と笑われる。なんでしょうこの屈辱、俺は……嗚呼、もう何も考えたくない。

「仲が良いんですね、姉妹さんでお参りですか?」
「えー、同い年なんですよー? クラスメートなんですっ、ねぇ勇ちゃん?」
「あ、あははははは……」

 巫女さんの言葉に、思わず俺は壊れる。
 もう……勘弁してください、妹ですか俺。確かに身体は十四歳、お子様さ、義務教育さんさ。だが中身は男で二十歳が遠ざかった二十七歳なんだよ、今年で二十八なんだよ。それが十六歳女子高生の妹? 弟ならまだしも妹? 神様、新年早々俺に何の恨みがあるんですか。神社にまで足伸ばした客に対する仕打ちがこれですか。
 甘酒を一気に呷る、どうにもあまりこの味は好きじゃない。日本酒でも飲んで不貞寝したいが、この身体でコンビニに行っても未成年だということで酒類は一切売ってもらえない。俺は何に八つ当たりすれば良いんだ、正月じゃゲーセンだってやってねぇ。俺は何処で人生間違ってしまったんでしょうか。どの辺りまで戻れば真っ当な生活が戻ってくるんでしょうか。時間をぐるぐる戻してください、はっはっは。
 いかん、壊れるな、人類はまだ負けたわけではない。俺はぽっくりでコケないように気を遣いながら、本殿に向かう。良いだろう、神頼みしてやろうじゃないか。こんな醜態もう誰にも晒しませんようにと――

「あ、勇ちゃんだーッ!」
「おー、緑川着物じゃん、かーわいー」
「……は、ははは」

 なんでそんなタイミングで俺を発見するかなクラスメイト諸氏よ!!

「あたし達年越しカラオケしてからこっち来てたんだー」
「えー、いーなーッ、誘ってくれればよかったのにっ。あたしも行きたかったよー?」
「お前んち、あのお母さん怖くてさー。緑川には断られたし? つれねーつれねー」
「でも許ーす、晴れ着お化粧可愛いから」
「あ、そう……」

 年越しカラオケだぁ? ガキはガキらしく親と一緒にテレビ見ながら蕎麦食ってろってんだよ、何ちゃらちゃら遊んでんだコラァ。無意味に湧き上がってくる怒り、俺は話し込んで盛り上がっているクラスメート達を放置して、賽銭箱に向かう。階段がちょっと危なっかしいが、それほどの脅威ではないだろう。

 財布にあった一円玉、総数六枚を力いっぱいにブン投げる。
 がらがらと鈴を、些か乱暴に鳴らす。
 拍手を、二回。

 ぜってー男に戻せ、神。

「み、緑川、その……着物、可愛いな」
「……どうも」
「その、ちょっと抜けないか? あっちで綿飴とか売ってるからさ、おごってやるし」

 ……さて。
 年越し一発目の八つ当たり対象は、こいつでいくか。


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哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年01月06日

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