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『『蒼い月の夜に ― 神々の黄昏 ―』 』
九重・蒼2479


 部屋に満ちるのは死期の近いラジオが発する雑音のような耳障りな大人たちの声と、彼らがくゆらせる紫煙の香り。
 政財界に太いパイプを持つ九重家のクリマスパーティーに呼ばれた者たちの顔にはどれに穏やかな笑みが張り付いている。しかしそのどれもが仮面である事を蒼は知っている。
 それを九重家の長である祖父の傍らに立って冷めた瞳で眺めながら蒼は、自分にも言い寄ってくる彼らにそれでも笑みを浮かべてスマートな対応をする。
 裏表を持って言い寄ってくる相手に感情で対応してもしょうがない。こちらもそれと同じように道化になってでも感情に仮面を付けて、彼らの相手をせねばならない。そうでなければ足下をすくわれるのは自分だ。
 賢しくタヌキやキツネどもと化かしあいせねばならない。群がってくるハイエナどもに餌を与え、それを利用する。
 薄汚いようであるがしかしそれが社会の縮図だ。
 少なくともここに居る者たちはそうやって社会で弱者を食い尽くしてのし上がってきた。
「退屈か、蒼?」
 傍らの祖父が蒼に話し掛けてきた。
 しかしこの祖父とは戸籍上の関係だけで遺伝的な繋がりは無い。
 にも関わらずに蒼がこの祖父の実子や多くの孫たちを押しのけてそのポジションにいるのは偏に蒼が優秀な青年であるからだ。
「いえ、お祖父さま。せっかくあなたがくださった機会です。ちゃんと勉強していますよ」
 蒼はそっと小声で祖父に囁く。
 祖父はふんと鼻を鳴らした。そしてひどく意地の悪い顔をして蒼に言った。今日ここに呼んである政財界の者たちはすべて九重家にとって有益な者たちで、繋がりを太くしておく事は九重家のためであると。
 そしてそう考えるのは向こうも一緒で、故に彼らは祖父が一番に目をかけている蒼に……
「こんにちは、蒼さま。私は」
 娘は蒼に自己紹介をして小さく白い手を差し出す。
「踊ってくださいませんか?」
 小さく傾げさせた白磁の美貌に恥ずかしげな微笑を浮かべさせながらそう言う彼女に蒼は頷き、彼女の手を取った。
 そして部屋の隅に用意された席で楽器を演奏する楽団は申し合わせていたようにワルツの曲を奏でる。
 蒼は彼女を優しくリードしながらワルツを踊り始めた。
 恥ずかしげに頬を赤らめる彼女の顔を柔らかに細めた瞳で見つめながら蒼が想っていたのは妹の事であった。
 きっと彼女がこの光景を見たら頬を膨らませるか、哀しげな顔をしながら目を逸らしたかもしれない。
 自然に口許に浮かんだ蒼の微笑に彼女が不思議そうに小首を傾げた。
「どうしましたか、蒼さま?」
「いえ、何でもありませんよ」
 静かに笑いながら蒼は顔を小さく横に振る。
「あの、もしもよろしかったら蒼さま。私、明後日からスイスの別荘に行くのですけど、蒼さまもご一緒に行かれませんか? 実は一緒に行くはずでした友人が行けなくなりましてチケットが一枚余っていますの。ですから」
 隠し切れない期待を込めた目で自分を眺めてくる彼女にしかし蒼は優しい顔をしながらさらりと失礼の無いように言う。
「すみません。実はもう先約がありまして。そちらはどうしても外せませんので、またの機会にお誘いください」
「……まあ、それは…残念です」
「ええ、本当に」
 そしてワルツの曲が終わり、蒼は優雅に一礼をして彼女の右手の甲にキスをした。
 顔を恥ずかしそうに真っ赤にする彼女にもう一度優しい笑みをくれてから、近くのボーイからシャンパンを受け取って、次は自分と、と寄ってくる女性たちに笑顔を浮かべながら丁重なお断りを入れて、テラスへと避難した。
 12月24日。夜の外の空気は冷たく澄んでいて、アルコールと暖房のせいで火照った顔には気持ち良かった。
 蒼はテラスの手すりにもたれながら胸一杯にその冷たい夜気を吸い込む。そうすれば部屋に居る者たちが発した二酸化炭素に汚れていた自分の体のうちが浄化されるようで、蒼はひどく心が落ち着いていくのを覚えた。
「まるで薄汚れた自分自身の汚れも消えていくようだな」
 シャンパングラスの中の液体を呷りながら蒼は自嘲するように呟く。
 そして頭上の夜空で控えめに輝いている今夜の月を眺める。
 彼女も、妹も今この瞬間にあの月を眺めているのであろうか?
 そんな事が自然と想われた。妹が通う学校はカトリック系の女子高で、クリスマス・イブである今夜は半強制で学校と提携を結ぶ教会のクリスマス聖式に修道会の一員として彼女は出席しているのだ。だから彼女は今夜のパーティーにはいない。
 そしてきっとそういう日にパーティーが行われたのは祖父の目論見であろう事を蒼は感じていた。要するに今夜のパーティーは蒼に気に入った娘を見繕わせるためのモノなのだ。だから蒼の両親もここには呼ばれてはいない。
 父親は別に出席せずともいいとは言っていたが、しかし蒼はここに来た。逃げるようなマネはしたくなかった。いや、九重の両親と妹を、本当の家族だと想うからこそ。
 彼は視線を夜空の月から部屋の中に詰められた人々へと滑らせて、瞳を細めるのだ。そこには最前彼が浮かべていた笑みも温かさも無かった。あるのはこの世のすべての偽善を見透かしたような冷めた目だ。
 吹く冷たい風が蒼の整えられた髪を揺らし、高級整髪料の香りが鼻孔をくすぐる。
「こんばんは、蒼。大学の方はどうだい?」
 部屋の中から六人の青年がテラスへとやってきた。戸籍上では蒼の従兄弟に当たる者たちだが、無論そこに居る全員がそんな事は微塵も想ってはいない。
 蒼がわずかに肩を竦めたのは昔の事を思い出したから。



「いやだ。いやだ。いやだ。おにいちゃんがいかないのならわたしもいかない」
 蒼が九重家に引き取られてから初めての一族でのパーティーの日、妹はそう言って駄々をこねて両親と蒼を困らせた。
 病弱な妹は引っ込み思案で人見知りも激しかったが、しかしほんの少し内弁慶なところがあったし、それに初めて会った時から蒼にとても懐いていた。
 だからこそ彼女は蒼が九重家のパーティーに呼ばれなかったのは納得がいかなかったのだ。
 散々両親が妹を説得しようとしたが彼女は納得せず、そして妹も蒼と一緒に家に残ってお留守番、という事になったら、蒼もパーティーに出席する事を祖父から許された。
 そうして蒼もパーティーに出席したのだが、そこで彼を待っていたのは九重家の者たちの冷たい目であった。
 だが蒼は幼い頃から賢い子で、そういう大人たちの愚かな感情に怯え縮こまるどころか威風堂々とそこにあって見せたのだ。弱みを見せれば、そこにつけこまれて自分がダメにされる事を蒼は賢いから知っていたのだ。
 それに祖父は目を瞠り、
 以後、蒼はパーティーへと出席する事を許され、祖父に目をかけられる事になるのだが、しかし欲に目がくらんだ九重家の者はそれを当然の事ながら快く想わず、その子どもらも集団で蒼を阻害するようになった。
 だがそれに対して誰よりも怒って、泣いたのは蒼自身ではなく、妹であった。そして彼女は従兄弟たちを率いていた五歳も上の男の子に泣きながら挑んでいったのだ。
 結果は当然ながら妹は泣かされた。
 そしてそれは蒼を怒らせる事に繋がり、蒼は彼らをたったひとりで負かしたのだ。
 もちろん、親たちは怒り、そしてそれを利用して蒼を九重家から排除するのに使おうとした。だが蒼の両親と、祖父が蒼を守ったのだった。



「まあ、上々だよ」
 蒼はにこりと笑いながらそう言って、シャンパングラスを傾けた。
 従兄弟たちは柔和な笑顔を浮かべながら蒼に話し掛けてくる。そのほとんどがおべんちゃらだ。
 そう、彼らは家の財力をつぎ込まれた帝王学をみっちりと学ばされたが、しかしその誰もが九重家の力はいっさい使わずに自力ですべてをやっている蒼には敵わないのだ。偏差値も、力も。
 故に彼らの親たちも自分の子らは見限り、将来は九重家のトップに立つであろう蒼の機嫌を取る事に躍起になり始めて、彼らにもそうするように言い渡したのだった。
「先ほど蒼が踊っていたのは次期首相と噂される内閣官房副長官の娘さんだよ」
「通っている学校も有名女子私立大学。彼女はそこの首席」
「それにルックスもスタイルも抜群だ。蒼の隣に立つのには相応しいんじゃないのかな?」
「ああ。彼女を妻にするのは自分のステータスにもなるし、それに将来政界に打って出るのにも使える」
「どうだい、蒼。彼女を今夜落としてみたら? なんなら手伝うよ?」
 彼らは数人の少女たちの輪の中で上品に笑う先ほどの彼女を眺めながら口々に囁いた。
 しかしそれに蒼は肩を竦める。
「興味無いよ、俺には」
 それは親に見限られた、というコンプレックスを抱く彼らの押し隠した感情の塊を刺激するには充分だった。
 全員が小ばかにするように言い捨てた蒼を睨み吸える。
 それをすべて受け止めながら蒼は小首を傾げて、口許だけで笑みを形作った。ものすごく酷薄で、薄ら寒い笑みだ。
 見る者に恐怖と居たたまれなさを感じさせる。
 彼らはその蒼の表情から視線を逸らし、そして部屋の中に入っていく。
 蒼は最後の一口を飲み干して、空のシャンパングラスを手すりの上に乗せて、また夜空を見上げた。
 先ほどまでは夜空にあった月はしかし、今は分厚い雲に覆い隠されていた。
 ――そのためであろうか、何もかも鬱陶しくなって壊してやろうか? と、ほんの一瞬だけ想ってしまったのは……。
 蒼は白い息を吐きながら顔を小さく横に振った。
「何をやっているんだ、俺は」
 あの顔無しとの最終決戦を終えて、平和な日常、という奴に戻った蒼だが、しかし何故か彼の心が平静を取り戻す事は無かった。
 それは自分の出生の秘密を知ってしまったからか?
 それとも半身を犠牲にしてまでも生き残った事に罪の意識を持つからか?
 ならば自分は一体この先どう生きればいい? そう悩み苦しむ自分が居る事もまた確かだった。
 あるいは……
「俺は壊したいのかもしれない、この世界を」
 そう、それもまた彼の性なのか?
 蒼が居るテラスに、蒼が存在する世界に、降りた闇の帳はあまりにも濃密で、また冷たかった。
 しかし部屋の中から聞こえてくる人々の耳障りな笑声や楽器の音色に邪魔される事無く蒼の鼓膜に届いた音、があった。
 それは携帯電話の着信音だ。
 蒼はそれを取り出して、開いて、液晶画面に映し出された名前を見て微笑むのだ。そう、そこに表示されているのは妹の名前だった。
 電話に出て、彼女と会話をする。
 その自分を照らしてくれる雲の隙間から零れ落ちる月の明かり。
 蒼は想うのだ。ああ、この妹が自分の傍に居る限り、自分は大丈夫だと。きっとまた暗く濃密な闇に心が囚われそうになってもこうやって妹が助けてくれるから。




 それは蓬莱山と呼ばれていた仙人たちの住処であった。
 しかしそこに住まう仙人たちは皆、殺されてしまっている。顔無し、という狂気によって。
 だがその顔無しによって作り出された大量の骸が転がる中を首の無い体が悠然と迷い無く歩いていた。
 その傍らをくるくると空色のパラソルを回しながらスキップを踏むように幼い少女が歩いている。舌足らずな口調で童話を唄いながら。
 よく怪談で囁かれるような自分の首を探し回る亡霊などとは違って、本当に迷い無く歩くそれ。
 そう、それは知っているのだ、自分の首の場所を。
 そしてそれはとある義手と義足をつけた骸の傍らで足を止めて、腰の鞘から剣を抜いた。
 パラソルの少女はおどけたように両手で自分の口を隠す。
 振り上げた白刃を打ち下ろし、一刀の下にその骸の首を跳ね落とす、それ。
 いや、待て。それで暗鬱な作業は止まらなかった。パラソルの少女が跳ね落とされた首を、首無しの上に乗せたのだ。
 打ち落とされた首の断面と、
 首無しの断面とが、
 綺麗に重なって、
 パラソルの少女が人差し指の先でその部分をすぅーっと撫でてやると、
 その接触する部分が接合していく。
 そして首を得た、または肉体を得たその人物はこきこきと試すように首を鳴らして、顔を横に振ったりした。
 そうして剣を鞘に収めると、蓬莱山の長が座っていた血塗れの椅子に座るのだ。足を組んで。
 肘掛に頬杖ついて彼は指を鳴らす。
 すると骸たちが空中に浮き上がって、椅子に座る彼の影にすべて飲み込まれていく。ずぅずぅずぅっと何かを飲み込むような陰惨な音が闇に響き渡り、パラソルの少女がそれに合わせて即興の唄を歌う。
 その作業が終わった瞬間、影からじわりと床を伝って広がったのは確かに血であったと思うが、しかし観察者がそれを確認する前にその血すらもまた影に飲み込まれた。
 綺麗に骸が無くなった床を歩いてくるのは小さなビスクドールだ。そのビスクドールが運んできたグラスを手に取って、彼は邪悪な微笑みを浮かべながらそれを呷る。
「やれやれ。顔無しも案外と不甲斐ないですね。もう少し蒼君を追い詰めてくれると想ったのですが」
 くすりと笑った彼は、「まあ、いいけど」と呟き、視線を向ける。いつの間にかそこに居た二人の男女に。
「僕が欲しかったモノは手に入りましたからね。【神狩り】と【風の巫女】。オリジナルのデータ―を下に作り出したオリジナルを遥かに越える僕のかわいい大切な駒。ニュータイプの【擬似魂=ファントム・ペイン】」
 その部屋にあった闇が恐怖で打ち震えた。
 そう、すべてがこの男の手の平の上で起こっていたのだ。蒼も顔無しもこの男の手の平で踊っていたにすぎない。
 男は優しく微笑む。
 彼が見つめるのは下界、人の世で暮す神々。
 【神狩り】、【風の巫女】、そして未だに目覚めぬ…天上界の神々が彼に対するアドバンテージとして人の姿を借りさせて降臨させて今ひとりの、【神】。
「天上界の神々はいずれ討つとして、その前に蒼君。あなた方を倒さねばなりませんね」
 そう呟いた彼の顔に浮かぶのは果たして哀れみだろうか?
「君は今、幸せなのですね? でもね、蒼君。君は幸せになどなれはしませんよ。そう、それは君とて感じているはずだ。なぜならそれが君の性なのですから」
 くっくっくと闇は鳴動する。



 1月1日。元旦。
 前日に降った雪も正午頃にはすっかりと溶けていた。
 それでも九重家の玄関の影には妹が作った小さな雪だるま二つが仲良さげに並んでいる。それを愛おしげな瞳で見つめていた蒼だが、がちゃりと響いた玄関のドアを開く音に、視線をそちらに移動させる。
 玄関からは綺麗に着物を着付けした妹が出てきて、恥ずかしそうに蒼を見つめている。
 蒼はにこりと微笑みながらコートのポケットに突っ込んでいた手を出して、その手を妹に差し出した。
 妹は蒼の手の温もりに顔を緩ませて、そして蒼も自分の手に移ってくる彼女の温もりに顔を緩ませる。
「さあ、行こうか?」
「うん、お兄ちゃん」



 ― 了 ―



 ++ライターより++


 こんにちは、九重蒼さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 何やらPCの方の蒼さんと妹さんがものすごい鋭くって冷たい目で睨んでくるのですが、まあ、それはスルーしまして。(笑い)


 今回はイラストに物語を、という事でしたので、このようなお話をつけさせていただきました。
 そしてそれと一緒に新たなる蒼さんの戦いの序章も。^^
 わぁー、蒼さんはまた新たな戦いに巻き込まれるのですね。しかも前シリーズで師匠であった人が黒幕だったとは。
 本当に驚きです。><
 ファントム・ペインとは簡単に言ってしまえば無いはずの手足の痛み、ですね。
 ぽろっと少しネタバラシをしちゃうとこの言葉自体が後に大きな意味を持ってきます。^^


 今回のイラストにお話を、というご依頼は本当に嬉しかったです。^^
 いつも蒼さんを書かせてくださるPLさま、そしてわざわざノベルを読んでイラストを描いてくださっている絵師さまの想像したお話に添えれる形になっていたらなーと想います。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。^^
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月06日

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