▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『予期をする刻 』
綾和泉・汐耶1449)&守崎・啓斗(0554)


 町に光が溢れ、たくさんの陽気な音楽が流れている。近づいてくる日を思い、人々は暖かな気持ちでいっぱいになる。それは、そんな聖なる夜への一歩手前の出来事であった。

 都立図書館はクリスマスが近いという事で、図書館の一角でクリスマス特集をする事になった。綾和泉・汐耶(あやいずみ せきや)も、その催しには大賛成をし、尚且つ催しの主要メンバーの一人となった。
「これも、素敵な話ですよね」
 汐耶はそう呟き、青の目で一冊の本を見つめる。クリスマスに起こった奇跡を綴った本である。真っ赤な中にほんわかとした光が灯してある表紙が、何ともいえない優しい気持ちを彷彿とさせた。
「綾和泉さん、これはどうかしら?」
 同僚の司書が、一冊の雑誌を汐耶に見せる。汐耶は近付き、ぱらぱらと中を見た。書物ならば中身まで殆ど把握している汐耶だが、雑誌は完全に把握しきれてはいない。勿論、蔵書を把握しているだけでも充分凄い事なのだが。
「……プレゼント特集ですね」
 汐耶は短い黒髪を耳にかけながらそう言い、小さく微笑んだ。それはティーンズ雑誌で、近付いてくるクリスマスに彼氏からどのようなプレゼントをもらいたいか、というアンケートが載っていた。その他にも、恋する乙女のためのおまじないだとか、必勝占いだとか、好きな人に何をあげれば良いかのコラムまで載っていた。
「面白いですね」
 素直に感想を述べる汐耶に、同僚は「そうでしょう」と言いながらクリスマス特集のコーナーにその雑誌を加えた。
「もう、冬なんですねぇ」
 汐耶はカレンダーを見ながら呟く。もう、秋は過ぎてしまったのだと思うとしんみりするような……ほっとするような。
(ほっと?)
 そう、汐耶は少しだけほっとしていた。何事もなく、秋が過ぎたから。
(……そう、ですね。本当に、ほっとはしましたね)
 秋といえば、勉学の秋、読書の秋、運動の秋……食欲の秋。その食欲の秋によって被害が出ると事だったのだと、汐耶は苦笑する。
(結局、何事もなくてよかったです)
 汐耶は思い出す。茸料理の本を嬉しそうに借りて帰った少年の事を。風の噂で聞いた、食欲の秋を実践しようとした少年の事を。
「……もう、冬なんですね」
 思い出を懐かしむように汐耶は呟き、再びクリスマス特集の本を探しに書庫へと向かうのであった。


 へくしゅ、と守崎・啓斗(もりさき けいと)はくしゃみをした。ずず、と出てきそうな鼻を啜り、小さく溜息をつく。
「噂でもされているのか……」
 ポケットの中に入っている手紙をくしゃ、と握り締める。手紙に書かれてあるのは丸い大きな点が三つ。横に添えられた文字が「またね、だそうですよ」とある。
「あいつが俺の噂でもしているのか?」
 啓斗は呟き、ふふふ、と小さく笑った。獲物を狙うかのような緑の目をしながら。
「いい傾向だ。あの時は炊飯器と杓文字が無駄になってしまったが……まだ諦めてはいないし」
 啓斗はぼそぼそと呟き、再びくつくつと笑った。食欲の秋での失敗は、次に繋がる成功の結果の為のものだと思うことにした。未だに文通は続いているのだし、これからずっと会えない訳でもない。計画はちゃんと進んでいっているのだし、いきなり破綻してしまう事もないだろう。つまりは、まだまだチャンスはいくらでもあるということだ。
 ふと、啓斗は目線を上にする。並木に電飾が施されてあった。恐らく夜になれば、色とりどりの光でライトアップされるのだろう。
「そう言えば……もうすぐクリスマスか」
 ぽつりと啓斗は呟き、にやりと笑う。
「……良い子には、プレゼントやらをくれていいはずだよな?」
(丁度、サンタクロースとか言うのは赤い服を着ているというじゃないか)
 赤、という共通点に啓斗は心躍った。身近な所にサンタクロースがいたっていいじゃないか、といわんばかりに。過去に赤い忍び装束を着た侵入者があったことは、あえて考えない事にした。
「……よし」
 なにやら強い決意を秘め、啓斗はぐっと拳を握った。そんな啓斗に、風はびゅう、と吹いて茶色の髪を揺らした。啓斗はもう一つくしゃみをし、暖房の効いているだろう都立図書館へと入っていくのだった。


 都立図書館では、暖かな空気が館内一杯に巡らされていた。寒い外からやってきた人たちに、温まって貰おうという配慮である。セルフサービスで、お茶も置いてある。
「やはり、暖房を効かせると喉が渇きますよね」
 セルフサービスのお茶を紙コップに入れながら、汐耶は呟く。ほわほわと立ち上る湯気が暖かさをかもし出す。
「あ、汐耶さん」
 突如声をかけられ、汐耶は振り返った。すると、そこには啓斗がぺこりと頭を下げながら立っていた。
「あら、啓斗君。いらっしゃい」
「こんにちは」
「今、お茶を飲んでいたところなの。どうですか?一緒に飲むというのは」
 汐耶がそう言うと、啓斗は「お茶は無料です」と書いてある張り紙を見てから、ぺこりと頭を下げて「いただきます」と言った。一応の気遣いなのだろう。思わず汐耶は小さく笑う。
「はい、どうぞ」
「有難う」
 紙コップを受け取り、啓斗は礼を述べた。そう言えば、前もこうして二人でお茶を飲んだ事があるのだと、二人ともが思い出す。
「そう言えば、あれからどうですか?」
「どうって……」
「彼女とは、何か進展がありましたか?」
 進展というよりも、まだ狙っているのかというような事を聞きたかったのだが、あえて汐耶は聞かなかった。否、聞けなかったというほうが正しい。
「進展……残念だった事なら、あるんだけど」
「残念だった事?」
 汐耶が聞き返すと、啓斗はこっくりと頷きながらずずず、とお茶を啜る。
「折角借りた料理の本、使い損ねたんだ」
 汐耶は思わず吹き出しそうになったお茶を何とかごくりと飲み込み、ただ一言「そう」とだけ答える。
「弟は栗ご飯で満足だと言っていたんだが……俺としては、それで満足という訳には行かないと思って」
「……満足感というのは、人によって感じ方がそれぞれだと思いますけど」
 汐耶はそう言いながら、それでも「けど」という言葉を強く言った。だが、そんな汐耶の言葉は何も気にした様子を見せず、啓斗は「そうですね」と頷く。
「俺はまだ諦めない。諦めたらそこで全てが終わってしまうし」
 一体何が終わるのだろうかと汐耶は思ったが、あえて聞かないことにした。何となく、聞くのが怖いような気もした。気のせいだといい、と心底思う。
「きょ、今日はどうしたんです?また料理の本ですか?」
 話題を変えるように汐耶がそう言うと、啓斗は小さく溜息をついてから首を振った。
「もう一歩、先に進みたいんだが……どうしたらいいか分からなくて」
「食欲からは遠ざかったみたいで、安心しました」
「え?」
 思わず出てしまった汐耶の本音に、きょとんとしながら啓斗は首を傾げる。汐耶は笑って誤魔化し、残り少なかった紙コップの中のお茶をぐいっと飲み干すのだった。


 汐耶は啓斗を図書館の一角に案内した。件のクリスマスコーナーである。
「クリスマス……?」
「そうですよ。折角だから何かプレゼントしてみたらどうでしょう?」
「プレゼント……」
 啓斗は呟き、「どうせなら俺が欲しいくらいだ」と付け加えた。汐耶には聞こえない程度の声量で。
「ほら、こんなのはどうでしょうか?」
 汐耶はそう言い、同僚が置いていたティーンズ雑誌を差し出す。今の女の子の欲しいプレゼントだとか、プレゼントの包装の仕方だとかが載っている。
「……こんなものが欲しいのか?」
 啓斗が手をわななかせながら見ているそれは、指輪やペンダントと言ったアクセサリーだった。見事乙女のハートを掴む第一位にランクインされてある。
「……彼女には、要らないと思いますよ」
 アクセサリーの値段を指で数え始めた啓斗に、汐耶は言った。啓斗は「……そっか」と言って少しだけほっとした表情を見せた。常に弟の食欲のせいで火の車となっている生活費を削ることは、困難なのだろう。
(それでも、彼女にプレゼントをして近付こうとはしているんですね)
 そう思うと、何故だか微笑ましく思ってしまうから不思議だ。
「何をあげればいいんだろうか……く、難しいな」
 啓斗は雑誌を見ながら悩んでいる。まるで恋人同士だとかこれを機にこくはくしようとしているかのようだ。何処からともなく、ラブソングが聞こえてくるかのようだ。
「啓斗君、大事なのはプレゼントの中身じゃないと思いますよ」
「え?」
 汐耶は微笑み、雑誌の一ページを指差す。そこにあるのは、女の子のアンケート結果にある「彼のくれたものならなんでもいい」という回答。
「要は気持ちが大事なんです。物も勿論大事なときがあります。でも、殆どは気持ちが大事なんですよ」
「気持ちが……」
「ええ、気持ちです」
 汐耶の言葉に、啓斗はこっくりと頷いた。そして雑誌を捲り、じっと見つめ始めた。汐耶がそっと覗き込むと、そこにあったのは包装のやり方を掲載しているページであった。
「……塩コショウ」
「え?」
 ぼそりと聞こえた不吉な言葉に汐耶は聞き返したが、啓斗の耳には届かなかったようだ。
「……この包装紙とか……」
 再び聞こえた言葉に、汐耶はひょいと覗き込む。それはエメラルドグリーンの柔らかな素材で出来た、包装紙の紹介であった。
「これならば……赤い傘に良く映えるだろうな」
 どうして赤い傘と関係あるのだろうか、と汐耶は思ったが、あえて聞かなかった。その包装紙はプレゼントを包む為にあるものであり、あげる対象が似合うかどうかは関係ないのでは、だとか。
「これを着て来るといいな」
 ぼそり、と啓斗は呟いた。汐耶はあえて聞かなかったことにした。不吉な予感をびしばしと感じてはいたのだが、実際に聞きなおして「その通り」だと言われることが怖かったからだ。多少は謎が謎のまま残されたほうが良い事だってあるのだ。
「それじゃあ、汐耶さん。俺、この雑誌を借りたいんだけど」
「え?……ええ、分かりました。じゃあこっちで貸し出し手続きをしますね」
 汐耶は自分に「大丈夫大丈夫」と励まし、辛うじて笑顔を作る。啓斗はそんな汐耶の様子に気付く事なく、目をキラキラさせて貸し出して続きを見守っている。啓斗の頭の中で、どのようなシミュレーションが出来上がっていっているのかを聞くことはしなかった。何となく、してはいけないような気もしていた。
「じゃ、俺はこれで。お茶、ご馳走様でした」
 ぺこりと頭を下げる啓斗に、汐耶は「いいえ」と言って微笑んだ。手にしている雑誌の用途が本当に気になるところだったけれども。
(大丈夫……よね?)
 足取りも軽く図書館を去って行く啓斗に何となくの不安を抱えながら、汐耶はその後姿を見送った。いずれくるクリスマスに、不吉なニュースが舞い込む事がないようにと祈りながら。

<予期は予期のまま終わる事を願い・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年01月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.