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『little angle 』
橘・月兎(w3c793)

☆−Fall−☆

 一年に一度。
 天使達は地上に祝福をもたらす。
 人々はその日を、クリスマスと呼ぶ。

 世界中に数え切れないほど存在する教会。その1つ1つに天使たちは舞い降りる。
 この街外れの小さな教会にも、例外なく天使は来るのだ。
 その身体に似つかわしくないほどの大きな翼を羽ばたかせ、彼らは地上に降りる。舞い散る白い羽根は雪になって地上を白く彩り、時に雪に混じる羽根を手に入れ特別な祝福を与える。
 教会に訪れる人々に等しく祝福をもたらす日。それは、この小さな天使にも同じだった。
 祝福をもたらし天へと帰る。
 それだけのはずなのに―――…
『何……!?』
 見えないはずの彼を無数のカラスが取り囲む。
『止めて!』
 襲い掛かるカラスの嘴が、彼の身体や羽根を傷つける。
 彼は翼を羽ばたかせ、団子状態のカラスの群れから飛びぬけた。何とか逃げなくてはいけない。
『…ぁう!』
 背中に鈍痛を感じて、彼の意識は白濁として、力の抜けた翼が羽ばたくのを止める。
 彼の身体はそのまま地上へと落ちていった。

☆−Encounter−☆

 サービス業にクリスマスもお正月も関係ない。むしろ世界的にイベント行事が行われる日に店を閉めるなどという行為は、経営者として正しいとはいえない。
 それは、ナイトカフェテリアを開いている橘・月兎も同じで、きっと夜には恋人達で店がにぎわう事だろう。
 本来ならばキャンドルの灯りが輝く夜に行われるミサも、日本というお国柄か今日だけは一日行われているらしい。そんな事を聞いて、月兎は聖書を持ち家から出ると、絵の具をこぼしたような真っ青の空を見つめる。
 雪が降っても幻想的だが、ここまでキレイな空を覗かせているクリスマスも、またいい。
(……?)
 そっと目を凝らしてみると、何だかサギのような白い鳥がカラスに襲われている。白い羽根が何だか天使の羽根のように見えて、月兎は鳥が落ちた方向へと走り出した。
 周りの人間には見えていないのか、気が付いていないのか、クリスマスの喧騒に飲み込まれ、空で起きた騒動に反応している人間は自分だけ。
「これは……」
 駆け出した路地の先に落ちていたのは、散らばる白い羽根と、その上に倒れている、ふわふわの髪が光に映える6歳くらいの年の頃の少年だった。
 鳥が落ちていると思っていた路地に、倒れている少年。
 鳥だろうが少年だろうが、そんな事はどちらでもいい。目の前で倒れているのに放っておく事はできない。
 月兎は少年に駆け寄ると、最初の自分の考えが間違いだった事に気付く。
 少年は散らばる白い羽根の上に倒れているのではなく、少年の背から白い翼が生え仰向けに倒れていたのだと。
 月兎は少年を抱き起こすと、またあのカラスがいないかと辺りを見回す。
「大丈夫か?」
 月兎の声に反応するように、薄っすらと瞳を開けた少年は、
『だぁれ…?僕が、見えるの……?』
「あぁ、見えている。大丈夫か?」
『……ぅん』
 ところどころ煤汚れた背中に白い翼を持った少年。
 月兎はクリスマスという今日の日に出会った少年に、何か運命を感じずにはいられなかった。
「ん?」
 少年は小さな手でぎゅっと月兎の服を掴んで、また意識を失ってしまっているようだった。



 取り合えず少年を家までつれて帰り、お風呂に入れてやると、背中の羽根がクリスマス用のコスプレなどではなく、実際に背中から生えているものだと確認できた。
「カラスに襲われていたのはキミかい?」
 頷く少年に、自分や弟がまだ小さかった時に着ていた服を着せてやると、これがまた意外にぴったりで、全然容姿は違うのに昔を少し思い出す。
『あの、助けてくださってありがとうございました。えと、お兄さんは、どうして僕が見えるの?僕の事誰にも見えないはずなのに』
 おでこや腕に怪我が無いかと見ている月兎に、少年が尋ねる。
「さぁ、どうしてだろうね。でも、これだけは言える。俺が見つけなければ、キミはあそこで倒れたままだった」
 だろう?と笑いかけると、少年は照れるように月兎に笑いかけた。
「さて、名前がないと不便だな。俺は、橘・月兎。キミは?」
『ティアラ。ううん、僕は未来を司る天使ティアイエル』
 あぁやっぱり天使か。と、自分達の敵である神帝軍とはまったく違う天使のティアラの頭を撫でた。

☆−Protection−☆

『僕たちは、毎年この日に教会へ祝福を届けるの』
 教会に行かなければならないというティアラの手を引いて、月兎は道を歩く。一人で行くと言ったが、またあのカラスに襲われるかもしれないと思って、どうせ月兎も教会へは行こうと思っていたし一緒に教会へ行く事にした。
 ティアラ達天使はクリスマスの日に教会へ訪れる人々に祝福を与える事が仕事だという。
「じゃあ、ティアラみたいな天使は他にもいっぱいいるんだな」
 ティアラは自分の事を僕と言ってはいるが、自分の娘も大きくなったらこんな風に手を繋いで歩くのかな?と思うと自然と笑顔がもれる。
『ティ〜ア〜ラ〜〜〜!!』
 どこか舌足らずな高めの少女の声が響く。どこからの声かと月兎は辺りを見回すと、カラスが数羽、真正面から飛びぬけていった。
「誰だ!?」
 声のトーンからしてやはり子供。ティアラと同じような天使は子供が多いのだろうか。
 カラスの羽根に包まれながらも顔を上げると、やはり6歳くらいの年のころの黒い翼を持った少女がこちらを見下ろしていた。
『サ…サリー!?』
 どうやら、ティアラはあの黒い翼の天使の正体を知っているようだ。
「ティアラの友達なんだろう?どうしてこんな意地悪するんだ?」
『うっさい、おじさん!!バカティアラ!絶対、教会になんか行かせないんだから!!』
「お…おじ……」
 確かに、32歳と言えばもうおじさんの歳かも知れない。だが、幾年生きてきたのか分からない天使におじさんとは言われたくない。などと多少思いつつ、この目の前の天使たちの容姿は小学校上がるか上がらないか程度なのだから、自分はやっぱりおじさんなのだろうと切なくも納得してしまう。
 ティアラがサリーと呼んだ少女が叫ぶと同時に、その背後から無数のカラスが襲いかかる。
 月兎は思わずティアラを庇う様に抱きしめた。
 殺傷性を増したそのカラスは、ティアラを庇う月兎の背中に鋭い切り傷を付けていく。
『月兎!背中が!止めて!!』
 大きく抱きしめてくれる月兎。
「ぁぐっ……」
 一度受けた傷の上を抉るようにカラスが駆け抜ける。
ティアラは自分を庇う月兎の腕からもがく様に抜け出すと、サリーを睨みつけ両手を広げた。
「ティアラ!?」
『いい心がけだわ!今日さえ動けなければいいんですもの!!』
 バサリと彼女の黒い翼が大きく開かれ、その翼から放たれたカラスがティアラを包み込む。
「止めろ……」
『げ…月兎??』
 身体を押さえ込んでその場に座り込んでいたティアラが月兎を見上げる。
 ゆらりと立ち上がった月兎からは、なぜだか黒いオーラが見えた。



 見た目は壮絶だが、内容はある意味滑稽だった。
『ごめんなさい…』
 サリーは魔皇の力を受けたにも関らず、頭にばってんバンソーコーをつけるようなギャグっぷりを披露して、ふて腐れている。
 月兎の足元で正座させられているサリーこと黒い天使・サリエル。月兎の記憶が正しければサリエルとは最高位の天使にして、邪眼の使い手であり、堕天使としてもその名を連ねている。
 ティアラはアレだけサリーの攻撃を受けたにもかかわらず、もう殆ど傷が自己治癒している。天使とはなんとも凄いものである。あたふたとティアラは月兎の周りを飛び回り、月兎がサリーから受けた傷を癒していた。
「さて、サリー。どうしてティアラを襲ったんだ?」
 謝りはしたが完全に気を許していないサリーは、そんな月兎にぷいっと顔を背ける。
 ふぅっとため息を付いてサリーを見ていると、月兎の背後から声が掛かる。
『ごめんね…サリー…』
 口を開いたのは、ティアラだった。
 その言葉を聴いた瞬間、サリーの瞳からぶわっと涙がこぼれ出た。
『謝らないでよぉ!今日が終わった後に出会うティアラはもうティアラじゃないんだからぁ!!』
 天使は死なないから、傷つけて動けなくしても、祝福を与えに行かせたくなかった。
 あぁ、そうか、クリスマスに祝福を与える天使は、新しく生まれ変わるのか。
「俺に、キミ達天使の世界の事は分からないが、役目を全うすることが出来なかった天使は、この先どうなるんだ?」
 役目を全うできなかった天使は、ただ消えるのみ。サリーもそれを知らないはずないのに。
 月兎の言葉に、言葉を無くしていたティアラと、泣き崩れていたサリーが顔を上げる。
「なぁ、サリー。ティアラが何の迷いもなしに今の自分を無くす事を決意すると思うか?」
 月兎は屈みこみ、サリーの顔を真正面から見つめる。そんな月兎を見上げるサリーの顔からはまだぼろぼろと涙が溢れている。
『だって…ティアラは…そういう、天使…だから……人の未来に祝福を与え、生まれ変わる天使…だもの』
 あふれ出る涙を拭おうとせずに、ただ泣いているサリーを月兎はそっと抱きしめる。
「サリーはティアラが大好きなんだな」
 月兎の腕の中で、ティアラは一瞬瞳を大きくすると、ドンっと月兎を押し戻した。
『誰も気が付かないのに、誰も知らないのに…!!』
 サリーは月兎を睨みつけると、背中の翼をバサっと広げる。
『ティアラなんか勝手に祝福を与えて勝手に生まれ変わっちゃえばいいのよぉ!』
 飛び上がり、そんな捨て台詞を残してサリーは空へと飛び去っていく。
 天使という存在で、月兎の眼にはどうしても6歳児にしか見えなくとも、やはり少年と少女なのだという事。
 俯いているティアラに月兎は振り返ると、
「大丈夫だ、ティアラ。サリーはちゃんと分かってる。キミが生まれ変わっても、サリーはまたティアラと仲良くしてくれるさ」
 この時のティアラにとって、月兎の言葉など、ただの気休めにしか聞こえていなかっただろう。
 それでも、ティアラは「服、ダメになっちゃったね」と月兎を見上げ、微笑んだのだった。
 道すがらポツリポツリとティアラは話す。
 未来への祝福を与える事で全ての力を使い果たし、また生まれなおす『ティアイエル』と言う天使。
 月兎は思う。
 人間は、この小さな天使が祝福を与えるに値するだけの価値が…本当にあるのだろうか、と……
『僕たち天使は、人の思いで生まれるモノだから、月兎がそんな顔する必要…ないよ?』
 知らずに眉間に皺がよっていたらしい。ティアラに言われるまで気が付かなかった。
 月兎は肩をすくめ苦笑を浮かべると、また空を見上げたのだった。

☆−Blessing−☆

 やはりサリーが帰ってしまった後から、ティアラの顔に明らかに元気が無い。
月兎はティアラの手を引いて教会の扉の前に来たものの、ティアラの足はそこでぴたりと止まってしまった。
「ティアラは、後悔してるのか?」
 見下ろしたティアラの首が左右に振られる。
「自分が決めたことならば、胸を張れ。例え、誰もティアラが祝福を与えていることを知らなくても、俺だけは知っている」
『月兎…』
「それだけじゃ、ダメ…か?」
 不安げに見上げていた顔を綻ばせて、ティアラは月兎に笑いかけた。
その笑顔を答えとして、月兎は教会の扉を開ける。
(!?)
 風など一切吹いていないのに、教会の中から暖かい風が月兎の髪を吹き上げる。
一瞬の光に眼を細めると、教会の中へ引き込まれるようにティアラの身体が浮かび上がる。

 教会の中から聞こえる賛美歌。
 それに乗るようにティアラの歌声が響く。
 教会いっぱいに大きく広がる翼。

 大きく広がったティアラの翼から落ちる純白の羽根が、光となって教会中に蛍の光のように広がっていく。
 この光が見えているのは自分だけなのかもしれない。
 その姿さえも光の粒子に変えて、ティアラは振り返る。
「……っ!」
 振り返ったティアラの微笑みの穏やかさ。
 この時初めてティアラが受胎告知などの絵画に残る重厚な天使に見えた。
『ありがとう月兎。貴方の未来に祝福があらん事を!』
「元気でなティアラ」
 月兎は笑顔を浮かべ、あえて『元気で』という言葉を口にした。
 ティアラはその言葉に一瞬瞳を大きくしたが、その姿に見合うような無邪気な笑顔でニッコリと微笑み返す。
 それは、聖なる日クリスマスに起きた奇跡。
 教会に振る光の中に身を投じると、月兎の前に一枚の雪のように真っ白な羽根が一枚舞い降りた。




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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【w3c793maoh / 橘・月兎 / 男性 / 32歳 】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは初めましてクリスマス限定little angleにご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧でございます。
 本当はバトルでもしてもらおうかと思っていたのですが、やはりクリスマス商品でありますしクリスマスの日は何処の国も争いを止めると言うことで、あえてバトル描写は省略させて頂きました。
 月兎様はクリスチャンということで天使を信じやすいと思ったのですが、いかんせんアクスディアの敵は天使だったのでどう対応しようかと考えさせられました(苦笑)

 それでは、今後のアクスディアにて、また月兎様に会える事を祈りつつ……
クリスマス・聖なる夜の物語2004 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
神魔創世記 アクスディアEXceed
2005年01月05日

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