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『探し物とその報酬 』
緋井路・桜1233)&四方神・結(3941)

 例えばそれが動かないものであるなら容易くそれは見つけられるだろう。
 動かないとは動かせないという意味でもある。
 だからそれは大きな建物だったり、或いは道であったり、海や太陽もその類かもしれない。だから誰もそんなものを頼んでまで探さない。
 動かされてしまうものだと、少し違ってくる。
 人の手で容易く運ばれてしまうのもの、財布であったり、指輪であったり、本であったり。
 それは手に負えなければ誰かに探すという行為を請け負ってもらうこともあるだろう。
 そしてこれが一番困った探し物だろう。
 自分の意志で動いていってしまうもの、が。



 と、言うわけで四方神・結(しもがみ・ゆい)は途方に暮れていた。
「……どうやって探したらいいんだろう……」
 コートを木枯らしが揺らしていく。その冷たさに思わず身を竦めた結はぎゅっとコートの前をかきあわせてふるふると被りを振った。
 つい先刻のことだ。学校からの帰り道に知人と擦れ違ったのは。知人と言ってもそれは小さな女の子で、そしてどうしようもなく思いつめた顔をしていたのだ。
『どうしたの?』
 と結が問いかけてしまったのは当然のことだった。
 そうして探し物を引き受けてしまったわけだが――
「……どうやって探したらいいんだろう……」
 問題はそこへと帰る。
「小さなものでも、『動かない』ものならいくらでも探しようはあるのに……」
 誰かの持ち物であるなら、その持ち主が通った道筋を丁寧に探して歩けば見つからないことはないだろう。お気に入りのハンカチでも、おもちゃの指輪でも、綺麗な石ころでも、だ。増して相手は小さな子供で、その世界は大人に比べて格段に狭い。当人にとっては無限でも、大人から見れば本当にその世界は小さな箱庭に過ぎない。
 そう、そういうもので、あったなら、である。
 けれど、
「フェレット、だなんて……」
 フェレット。ヨーロッパケナガイタチの飼養品種で、種に実験動物などに使われる。勿論結の小さな知人は実験過程でそれに逃げられたわけではない。ペットとして飼っていたそれが行方不明になってしまっただけの話だ。
 だけ、なのだが。それを見つけるとなると、だけどころの話ではない。
 相手は動き回る上に小さく、結に慣れてくれているわけでもなく、そして街はそんな小動物を隠す場所は無数にあると来ている。
「どうしよう……」
 どんどん暗くなる周囲に完全に結は頭を抱えた。
 だからその小さな着物姿が目の前を横切った時、その袖に迷わず縋りついた。
 とりあえずわらよりはよっぽど縋りがいがある袖だった。

 真っ黒な大きな瞳がただ結を見上げている。結はひるむことなくその前に膝を付いた。それに真っ黒い瞳はかくんと傾く。その拍子にさらさらの黒い髪が揺れた。
 何も映さないようでそれでいて見透かしてくるような黒い大きな瞳に自分の顔が映り込んでいる。その自分の姿を見つめながら、結はその黒い瞳の持ち主――緋井路・桜(ひいろ・さくら)に事の経緯を説明した。
「だからね。お友達を見つけてあげたいの」
「…………」
「だけど一人じゃみつかりそうもないの。だから手伝って欲しいのよ」
 結は一つ一つの言葉をはっきりと意思を持って紡ぐ。
 黒い二つの瞳はそれをただ受け止めた。そこに表情は浮かばなかったがそれに結は不安は覚えなかった。浮かばなくとも人の言葉を無下に聞き流す相手ではないことを、結は知っていた。
 ややあってから、桜はこくんと頷いた。言葉よりも雄弁な快諾の印だった。



 そうやって捜索人は二人に増えた、の、だが。
「小さい……。狸、みたいのは……通った……」
 街路樹に手を突いていた桜がポツリと漏らす。探しているのはフェレットのセーブル種。狸と言えないこともないかもしれないが何か違う。
 それでもそれが桜の精一杯だと悟った結は、また膝を付いて桜に問いかける。
「ええっと、どこへ向かったかわかる? 何処に隠れてる、とか?」
 桜はふるふると首を振る。結ははあと溜息を吐いた。
 単純に人手は二倍になったが、無数もあるだろう『隠れる場所』を前にはあまり意味がない。ティースプーンで桶に水を汲めと言われていたのが、れんげに変わったという程度の違いでしかない。
 それでも小さな知人の小さな友達を探すことを諦める気にはなれなかった。



 ――延々と同じ事を繰り返しても、狸そのものもフェレットも、やっぱり見つからなかった。



 公園のベンチに細い影と小さな影。どちらもすっかりしょげ返って疲れ果てて、小さくなっている。
「……ごめん、なさい……」
 小さな方の影がポツリと呟く。結は慌てて首を振った。
「謝らなくっていいの。桜さんは悪くないでしょう?」
「……でも、見つから、なかった……から」
「それは仕方ないよ。それに、まだ見つからないって決まったわけでもないでしょう?」
 桜は目を見開いて隣の細い影を見上げる。
 それまでしょげ返っていた結は、今は立ち上がらんばかりに気力を取り戻していた。
「諦めないならまだ見つかるかもしれないでしょう? もう少しだけ、頑張ってみよ?」
 ぱっと軽い足取りで立ち上がった結は、さっと桜に手を差し出す。桜は少しだけ躊躇ってからその手に己のそれを重ねた。
 どちらの手も外気に晒され続けてひんやりと冷たい。それでも、そこから伝わるものは暖かい。
 そう、桜は思った。



「あー!! おねえちゃんいたー!!!!」
 甲高い子供の声が響いたのはその瞬間だった。桜は驚いたように身をすくめ手を引っ込める。結は聞き覚えのあるその声に目を見開いた。
「あ」
 ぱたぱたと足音を立てて小さな影が飛びついてくる。その肩には毛皮の襟巻きが巻かれている。
 襟巻きのような、ふわふわの毛並みの動物が。
「あー!!!」
「うん! 見つかったの!」
 満面の笑顔を浮かべて襟巻きを撫でる子供の後ろから、母親が頭を下げながら近づいてくる。
 それは事件が一件落着した証だった。



「狸……?」
「フェレットってあーいうのなんだー、一つ勉強になったねー」
 手を振りながら去っていく親子をじっと見つめたまま小首を傾げる桜にそう笑った結は、先刻離れてしまった桜の手をもう一度取った。
 今度はその手は互いに少しだけ暖かい。安堵からか、それとも子供の興奮が移ってしまったからか、それは分からないが。
「寒いし、お茶して帰ろっか? 餡蜜がいいかなぁ、ケーキがいいかな?」
「…………」
 桜は答えない。だが手も振り払わない。
 結はそのまま桜を連れて甘味所へと急いだ。



 骨折り損のくたびれもうけ。
 その報酬は、餡蜜が酷く美味しく感じられたこと、それだけだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2005年01月05日

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