『☆シクラメンの花☆ 』

金剛（2251）

★オープニング

　枯れかけたシクラメンの花。
　潰れてしまった花屋の片隅で、じっと冬の寒さに耐える。
　空を仰ぎ見ようとも、空は見えない。外を眺めようとも、外は見えない。
　潰れてしまった花屋の片隅で、何も無い暗い空間で、最期時をひっそりと待つ。
　それを不憫に思ったのか、誰かがシクラメンの花に小さな命を注ぎ込んだ。
　シクラメンの花の命が人の形を持ってこの世に降り立つ。
　「わたくし・・。」
　潰れた花屋の片隅で、シクラメンの花は自分を持ち上げた。
　その耳に、男の人の声が響く。
　「シクラメンの花。可哀想だから一日だけ人にしてあげる。今日という日を精一杯楽しんできなさい。聖なる日だから・・。」
　「えっ・・？」
　「ただし、今日一日だけの奇跡。そう、明日になれば君は枯れて死んでしまう。」
　シクラメンは持っていた鉢植えを眺めた。
　ぐったりと茶色くなったシクラメンは、既に手遅れな状態になっている。
　「君はこの世界の事を知らない。せいぜい誰かに楽しいところに連れて行ってもらうが良いよ。」
　それっきり、男の声は聞こえなくなってしまった。
　シクラメンはしばらくその場に佇むと、そっと鉢植えを置いて外に駆け出して行った・・。


☆金剛

　その日、エルザードの町並みをふらりと歩いていた金剛は不思議な少女を目にした。
　フワフワとおぼつかない足取りで歩く少女。今にも転んでしまいそうなほどに、歩き方が危なっかしい。
　金剛の視線が、知らず知らずのうちに少女に釘付けになる。
　危ない・・！
　そう思った時には、彼女は地面に倒れこんでいた。
　派手な転倒は、周囲のものの視線を集める。
　金剛は慌てて少女のもとに駆け寄ると、すっと手を差し伸べた。
　「大丈夫か・・？」
　「あ・・ありがとうございます・・。」
　少女が、金剛の手につかまりながらゆっくりと立ち上がる。
　淡いピンク色のスカートについた埃を手で払い落とすと、少女はマジマジと金剛の顔を見つめた。
　「あの・・。わたくし、シクラメンと申します・・貴方様は・・。」
　「俺は金剛と申すが・・なにか・・？」
　「本日、なにかご予定はありますでしょうか・・？」
　おずおずときく少女の顔は、不安げだった。
　「別段、予定と言ったものは無いが・・。」
　「あの・・それじゃぁ、私にこの町を案内していただけませんか！？」
　「エルザードをか・・？別に良いが・・なにか理由がありそうだな・・。」
　シクラメンのあまりに必死な態度に、金剛は真意を探ろうときいた。
　シクラメンは、少しだけ俯いて微笑むと言った。
　「わたくし、枯れかけていたシクラメンの花なんです。もう・・明日には枯れてしまうからって、男の方がわたくしを人の姿にしてくれたのです。聖なる今日、一日楽しく過ごせるように誰かに案内してもらいなさいって言われて・・。」
　「一日だけの命・・？」
　「はい。わたくしのいたお店が潰れてしまって・・。わたくしだけが片隅に残されてしまったのです。ですから・・花のほうはもう手遅れで・・。」
　シクラメンは、困ったような笑みを浮かべながらも微笑み続けていた。
　明日にでも枯れてしまう運命と知りながら・・。
　「・・あと、一日だけの命・・。哀れな・・俺が、その一日を案内するに相応いかどうか、分らんが・・俺でよければ、案内しよう。」
　「本当ですか！？嬉しいです！ありがとう御座いますっ。」
　「そうだな・・店が潰れてから、一人だったのだろう・・？」
　シクラメンが頷く。
　金剛は、考えた。それならば、人の賑わいのあるところに連れて行くほうが良いだろう。
　「町の市場や商店などを見てみるか・・？」
　金剛の提案に、シクラメンはパァっと顔を輝かせると大きく頷いた。
　よほど嬉しいのだろう。頬がほんのりピンク色に染まっている。
　金剛は、シクラメンを連れて市場や商店の並ぶ通りを歩いた。
　今の時期は何かと賑わっている。
　溢れるように行きかう人々は、皆一様に笑顔だ。
　金剛は隣を歩いているシクラメンを見下ろした。シクラメンは、ものめずらしそうに人ごみを眺めては微笑んでいる。
　人は、多く集まると時に猥雑にもなる。しかし、人々の活気は悪くは無い。
　金剛はこの雰囲気が好きだった。
　人々が生命に溢れ、活動し、そして笑っている。
　「・・楽しい・・か・・？」
　「はいっ！」
　シクラメンは、元気良く答えた後で小さな声で“とっても”と付け加えた。
　「ここは、色々な人がいますわ。とても皆様楽しそうで・・元気で・・。」
　言いかけたシクラメンの身体が、大きく前のめりに倒れた。
　そう言えば・・一番最初に会った時もこうやって転んでいた・・。
　金剛は、シクラメンをひょいと持ち上げると肩に乗せた。
　「えっ・・えぇっ！？お・・重いですよっ！？」
　シクラメンが顔を赤くしながら、少々上ずった声で言う。
　「人の、一人や二人・・小鳥がとまったほどにも思わん。」
　金剛は微笑みながら言った。
　それにしても・・シクラメンは軽かった。
　もともと華奢な体つきをしていたが、肩に乗せてみるとほとんど重さらしい重さを感じない。
　金剛は肩に乗っているシクラメンをチラリと見た。
　袖から見える手首は、痛々しいまでに細かった・・。
　まざまざと思い出すのは・・彼女が明日までの命だと言う事・・。
　「金剛様・・あそこのお店を覗いても宜しいですか・・？」
　シクラメンが、少し先にある洒落た外観の店を指差した。出ている看板には、アクセサリーショップの文字がある。
　金剛はシクラメンを肩から下ろすと、店を覗いた。
　店の中には、様々に光り輝く宝石や銀細工が陳列されていた。
　どれも繊細で優美なアクセサリー達・・。
　「わぁ・・素敵ですわ・・。」
　シクラメンが並んでいるネックレスの一つを取り上げると、ニッコリと微笑んだ。
　銀の天使が青い石を捧げ持っているネックレス。
　「気に入ったのか？」
　「えぇ・・とても綺麗。可愛らしいわ。」
　金剛は、シクラメンの手からネックレスを取ると・・シクラメンの首にネックレスをつけた。
　何かを言いかけるシクラメンを制して、金剛は店の店員にお金を払うと・・店を後にした。
　「こ・・金剛様・・これ・・。」
　「プレゼントだ。今日は・・聖なる日だからな・・。」
　金剛はそう言うと、再びシクラメンを肩に乗せた。
　もうすぐで通りは終わる・・時刻は既に夕方を過ぎている・・段々と暗くなっていく空が、刻一刻と今日を刻む。
　「どこか・・行きたい所はあるか？」
　「わたくし・・広場に行きたいですわ。天使の広場と言われている広場に・・。夢だったのです。そこに行くのが・・。」
　金剛は頷くと、シクラメンを乗せたまま天使の広場に向かった・・。


★聖なる夜の終わり

　天使の広場は、相変わらずの賑わいを見せていた。
　様々な情報が行き交い、様々な人々が行き交う場所。
　シクラメンと金剛は、それを少しばかり離れた位置で見ていた。
　「わたくし・・お店の一番上に陳列されていましたわ。一番の特等席でしたのよ。」
　「・・そうか。」
　「お店の人も皆優しくって・・お店に来るお客様達も、いつもニコニコとしていて・・。」
　シクラメンは、空を仰ぎ見た。
　煌く星と、濡れる月。
　甘美なまでに光と闇が交錯する空・・。
　「わたくし・・幸せでしたわ。毎日が、幸せでした。お店が潰れて、奥の倉庫に忘れ去られても・・あの時の時間がわたくしを支えていてくれた。」
　シクラメンは、金剛の目を見て言った。
　“幸せでしたわ”と。微笑みながら・・。
　「でも、今日が一番幸せでした。色々な人を見れて、青い空が見れて、こうして・・絶対に見る事が出来ないと思っていた夜空まで見れて。」
　金剛は、かける言葉が見つからなかった。
　多分・・この場面では彼女の思いを黙って聞くことこそが一番良い“言葉”なのかも知れない・・。
　「わたくしは今、夢にまで見た天使の広場にも来ていますわ。」
　シクラメンが、胸の所に下がる天使のネックレスヘッドをそっと撫ぜた。
　「こんなに素敵な贈り物までしていただいて・・わたくし、世界一の幸せ者ですわ。」
　満面の笑み・・・。
　なんて小さな幸せと思ってしまうのは、間違いなのだろうか。
　彼女にとっては夢にまで見るほどの幸せなのだ。最高の・・これ以上ないくらいの幸せ。
　しかし、それが羨ましくも思い、そしてどこかで可哀想だと思うのは・・自分の価値観に縛られているからなのだろうか？
　「あっ・・。」
　「・・どうした？」
　「今日が・・終わりますわ・・。」
　シクラメンが、そっと呟いた。
　もうすぐで明日になる・・。
　「もし宜しければ、最後まで付き合っては下さいませんか？」
　金剛は、シクラメンと共に天使の広場を後にした。


　ついた場所は、寂しげな古びた店の前だった。
　シクラメンが奥から白い鉢植えを取って戻ってくる。
　鉢植えの中の花は茶色くくしゃくしゃになり、ほとんど枯れてしまっている・・。
　これが、シクラメンなのだ・・。
　「わたくし、金剛様に逢えてとても嬉しかったですわ。町を一緒に歩いてくださって・・色々な場所に連れて行ってくださって・・。」
　シクラメンが手を組む。
　何かに祈るように目を伏せた後で、鉢植えを金剛に手渡した。
　「・・花も人も、いつかは死ぬ・・しかし、死が全ての終わりではない・・次の、始まりへの休息だ・・。」
　「わたくし、次に生まれ変わる時はまた花になりたいですわ。みなさんを笑顔に出来る・・綺麗な花に。」
　シクラメンは、人間になりたいとは言わなかった・・。
　再び花になりたい。自分ではなく、人を笑顔に出来る花に・・。
　「シクラメン、今は大地に抱かれ・・いつか、逢うその時まで・・おやすみ・・。」
　「金剛様・・ありがとうございました・・。」
　シクラメンが、白い光に包まれて姿を消して行く。
　白い光は、丸くなりながらフワフワと空へとあがっていく・・。
　金剛の持っていた鉢植えのシクラメンも、クタリと力尽きる。
　シャラリと音がして、先ほどまでシクラメンがいた場所に・・金剛があげたネックレスが落ちる。
　逝ってしまったのだ・・。
　ネックレスを拾い上げると、金剛はそっと祈った。
　シクラメンが今度は一番幸せな花として生まれますようにと・・。
　しばらくそこに立って空を見上げた後で、金剛はその場を後にした。


　金剛は、まだ知らない。
　シクラメンの鉢植えの中に・・小さな種がいくつも落ちていると言う事を・・・。
　来年になれば、彼女が再び舞い戻り・・綺麗な花を咲かせる事を・・。

　　　〈END〉

　★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
　★　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　★
　★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
　【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

　　2251/金剛/男性/180歳/拳闘士　


　□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
　■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■
　□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

　何時もありがとう御座います。ライターの宮瀬です。
　『シクラメンの花』にご参加ありがとうございました！
　今回は“幸せ”をテーマに執筆いたしましたが・・如何でしたでしょうか？
　金剛様を今回も渋く、それでいて優しく書けてれいれば・・と思います。


　それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。

クリスマス・聖なる夜の物語２００４

雨音響希

聖獣界ソーン

2004年12月29日