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『画策の聖夜 』
空木崎・辰一2029)&栗原・真純(2356)
●師走の決意
 12月頭――溜息坂神社境内。
 その小さな神社の宮司である空木崎辰一は、竹ぼうきを手に境内の清掃を行っていた。だが、よく見ると様子がちと変である。
 普通境内の掃除といえばまんべんなく行うものであるのだが、辰一の手は動いていても足は1ミリたりとも動く様子が見られない。別の言い方をすれば、同じ場所をずっと掃き続けているのである。
 そんな辰一の表情を見ると、何やら思案の最中なのかややうつむき加減で心ここにあらずといった模様。境内に他の誰かが居たのならきっと辰一の様子が妙なのに気付いたかもしれないが、あいにくこの時境内に居たのは辰一1人だけだった。
 少しして、不意に辰一の手が止まった。
「やはり、このままでは不味いかもしれませんね……」
 神妙な表情で、辰一が溜息混じりにぼそっとつぶやいた。そして、何か決心した目で冬の空を辰一は見上げた。
「よし」
 この日、辰一は大きな決断をしたのである――そう、来るべき日に向けて。

●クリスマス・イヴイヴ
 12月23日――東京某所。街はクリスマス直前の祝日、そして年末に向けてまっしぐらとあり、人で賑わっていた。もちろんカップルの姿が多いのは、改めて説明するまでもない。
「本当にいいの?」
 栗原真純は隣を歩く恋人の辰一の顔をじっと見て、何やら確認をしていた。
「いいんです。明日だと慌ただしくなってしまいますし」
 にこっと微笑み答える辰一。それに対し、真純が若干申し訳ないような表情を見せた。
「……別にディナーだけでも嬉しいのになあ」
 2人は今、ブティックへ向かって歩いている所だった。真純が店長兼看板娘を務める甘味処『ゑびす』の開店前に、辰一が誘い出して連れてきたのである。
 ブティックへ向かう理由は至極単純。1日早いクリスマスプレゼントということで、辰一が真純にパーティドレスを贈ろうとしていたからだった。ちなみに翌日のイヴには、高級ホテルでのクリスマスディナーも待っていた。真純が遠慮を見せる気持ちも分からないではない。
「贈りたいから贈るんです。素直に贈らせてくださいよ」
 笑いながら辰一が言う。そうまで言われては、受け取らないのはかえって失礼だろう。
「そうね、どうもありがとうっ♪」
 にっこりと真純も微笑む。その笑顔を見て、辰一はほっと胸を撫で下ろした。
(よかった……これで第1段階は大丈夫)
 ……第1段階? ということは、第2段階や第3段階があるということだろうか?
(このイヴは絶対に……!)
 辰一は心の中でぐっとこぶしを握り締めた。どうやら、第2段階以降があることは間違いないようである。
 そもそも、だ。12月頭から今日に至るまで、辰一は準備に奔走していた。クリスマスディナーはキャンセル待ちでどうにか予約をゲット、今から行くブティックだって予め念入りに調べておいた店である。宮司としての仕事だって、今日明日明後日の3日間は完全フリーとするために前倒しで予定を進めていたのだ。
 それもこれも、全ては明日のための準備。いや……執念に近いものかもしれない。
 その本意はただ1つ、真純との関係を大きく前へ進めること。別の言い方をすれば、いわゆる大人の付き合いへと大きく舵を切ることであった。
 改めてもう1度言うが、辰一と真純は恋人同志である。けれども、未だに大人の付き合いとまではいっていない。そのことに、辰一は焦りを感じていたのだ。そんな辰一の焦りが、今回の用意周到準備万端な計画へと駆り立てていたのである。
 やがてブティックへ到着した2人。あれこれとドレスに目移りする真純に、似合いそうなドレスを辰一が指差してゆく。
「よろしければご試着なさってはいかがですか?」
 店員がすすっと近寄ってきて、そう真純へと言った。
「お姉さまもどうぞ」
 辰一へと向き直り、そう付け加える店員。辰一がばつの悪そうな顔を見せると、真純がくすくすと笑った。華奢な体格で綺麗な顔立ちの辰一ゆえ、綺麗なお姉さんに間違われることは少なくなかった。特に、真純と2人で居る時などは。
「せっかくだから試着してみる?」
 くすくす笑いながら、辰一に問いかける真純。辰一は苦笑して首を横に振った。
 1着のドレスを手に試着室へ入る真純。辰一が待っている間、先程の店員は何度も謝っていた。そのうちに真純も着替え終え、試着室のカーテンをさっと開けた。立っていたのは、深紅のパーティドレスに身を包んだ真純だった。
「試着したけど……どうなんだろう? あたしは悪くないと思うんだけど……」
 大きな鏡で前から後ろから自分のドレス姿を確認しつつ、辰一に尋ねる真純。
「まあ、よくお似合いですわ」
 これは店員の言葉。相手も商売ゆえ、この言葉は多少割り引いて考えるべきである。が、辰一の言葉もまた同じであった。
「ええ、真純さんによく似合ってますね。明るく華やかで……」
 こちらの言葉は真意である。それを聞いた真純もまんざらではない様子で、ついつい笑顔になっていた。
「本当? じゃあこれに決定。辰一さんありがとう、明日が楽しみね……わくわくしちゃう♪」
 真純はくるくると試着室の中で回ってみせた。はしゃぐ真純のドレスの裾がふわ……っと広がって、まるで花のようであった。

●告白
 12月24日――クリスマス・イヴ。聖なる日の夜、辰一と真純の姿は某高級ホテルの最上階レストランにあった。辰一はスーツ姿、真純は言うまでもなく昨日プレゼントされた深紅のパーティドレスに身を包んでいた。
「わあ、すごぉい……」
 窓際に準備されたテーブルにつく前、真純は窓の外に広がる夜景に目を奪われて感嘆の声を上げていた。
 さすが最上階、街のあらゆる明かりが夜空に瞬く星たちのごとく見えていた。まばらに見える夜空の星よりもきらきらと輝いていて。
「何だかこれだけでも満足しちゃいそうかなあ……」
 などとつぶやく真純の瞳も、きらきらと輝いていた。
「立ってないで座りましょう。夜景は逃げませんし」
 辰一が笑って真純に着席を促した。その通り、夜景は逃げたりしない。ディナーの最中、ずっとそこにあるのだから。
 テーブルについて少しして、ソムリエがやってきて辰一にワインリストを見せた。
「本日、ワインはこのようになっておりますが……」
「お任せします」
 ソムリエに即答する辰一。無難な選択である。そのやり取りの最中、真純はきょろきょろと周囲を見回していた。
「どうしました?」
 ソムリエが去ってから、辰一は真純に尋ねた。
「あ、ううん。やっぱり高級ホテルは違うなあって」
 そう答えながらも、真純の視線は天井のシャンデリアだったり夜景だったりを向いている。ある意味当然な反応であるだろう。
 そんな反応も、ワインと料理が運ばれてくればそちらへと意識が向く。美味しい料理を至極堪能している真純の姿を見て、辰一もついついワインを飲む手が進んでしまう。たぶんそれには、この後に待っている最終段階に対する緊張と、ソムリエが選んでくれたワインの口当たりのよさもあったかもしれない。
 真純は料理で、辰一はワインで各々舌が滑らかになったのか、徐々に口数が多くなってゆき、自然と会話が弾むようになっていた。
(思いきって誘ってよかった)
 少し朱の差した頬になっていた辰一は、ワイングラス越しに真純の顔を見ながらほっと胸を撫で下ろしていた。だが、これで終わりにしてはいけないのだ。一番重要なのはこの後、そのために今までの準備があったのだから。
「ふう……ごちそうさまでした☆ 最後のデザートまでとっても美味しくてよかったわね。辰一さん、本当に今日はありがとう」
 にこにこと非常に満足げな様子の真純。それに対し、辰一はワイングラスに残っていたワインをくいと飲み干すと、真剣な表情で真純にこう告げた。
「……真純さん。よく聞いてもらえますか」
「えっ?」
 突然の言葉に、真純は座り直して辰一の顔を見据えた。
「大切な話があるんです。その……場所を変えてどうしても伝えたい話が」
 辰一はじっと真純の瞳を見つめ、答えを待った。しばしの沈黙の後、真純が無言でゆっくりこくんと頷いた――。

●暴走
 場所は変わって、同じホテルの一室。2人は今まさに、部屋に足を踏み入れた所であった。
 さすがにスイートとまではゆかないが、ディナー同様に高級そうな部屋だった。窓からは高度は変わったとはいえ相変わらず夜景が見え、ソファがありミニバーもあって……そしてダブルベッドが鎮座していた。
 2人ともこの部屋に移動するまでの間、色々な想いが交錯していたためか非常に無口になっていた。
(よし、言わないと……最初は『今後、大人としてのお付き合いを』から始めて……)
 頭の中で、何度も言うべき台詞を確認する辰一。頬はすっかり紅くなっていた。
 伝えるべき相手、真純はすぐそこに居る。後はもう、素直に想いを口にすればいいだけの話だ。
 その時、辰一は真純と目が合った。
(今だ!)
 伝えるならこのタイミングである。
「こっ……こ……」
 緊張のためか、初っ端から言葉に詰まる辰一。真純が少し不安げに辰一を見つめていた。
(『今後、大人としてのお付き合いを』だ、『今後、大人としてのお付き合いを』で……)
 頭には言うべき言葉は浮かんでいる。けれどもなかなか口には出てこない。1分ほどして、ようやく口から言葉が出てきたのだが、それは頭にあった言葉とは全く違う言葉であった。
「こ……このドレス、脱がすためにあなたに買ってあげたんです!」
「はあっ!?」
 辰一の爆弾発言に、真純が素頓狂な声を上げた。何ということか、散々飲んでしまったワインで酔いが相当回ったかして、辰一は本意とは違った言葉を口にしてしまったのである。心の奥底から直接口へと出てきた想い、人はそれを『本音』と言う――。
「ちょ、ちょっ……んんっ!!?」
 驚き聞き返そうとした真純の唇を、辰一がキスで封じてしまう。唇同志が触れ合う程度のそれではない、時が止まるのではないかと思えるほどに濃厚なキスで。
 身をよじって真純は辰一から逃れようとするが、両肩をつかまれているためかただ左右へふらつくばかり。それどころか、キスをされたまま真純はベッドへと押し倒されてしまった。
 押し倒した側である辰一は、ベッドに倒れてからもしばらくキスを続けていた。やがて唇を離し、ドレスの肩口へ手をかけようとした瞬間――辰一の左手から逃れた真純の右手が、神のごとき速さで動いた。
「何するのよっ、バカァーーーーッ!!!」
 鼓膜が破れてしまうのではないかと思えるほどの真純の怒鳴り声とともに、果てしなく乾いた大きな音が部屋のみならずフロア中に響き渡るほどに聞こえてきた……。

●そして……
 12月31日――大晦日、溜息坂神社。
 辰一は携帯電話片手に、がっくりとうなだれていた。
「今日も出てくれません……」
 暗く陰鬱なオーラを背負っている辰一。顔を見れば、左頬に青黒く手形が残っていた。誰のものかは言わずもがな。
 辰一は『ああいうこと』をしてしまった結果、翌日から全く真純と連絡が取れなくなってしまった。店・家・携帯、どこへかけてもダメなのだ。まあ当たり前だろう、『ああいうこと』をしたのだから。
「うう……前に進む所か、思いきり後退してしまったような……」
 嘆く辰一。こういう時、非常に便利な言葉がある。曰く、『自業自得』と。
 そんな辰一の来年の恋愛運に、幸多からんことを……。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月29日

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